猫のあしあと   作:のーばでぃ

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天道攻略

 人生わからないものだ。

いけ好かないとか、絶対に合わないとか、ずっと思っていた相手と今、肩を並べて戦っている。

しかも自分から言い出した上で。

 

 少し前の自分だったら嫌悪感が先に出ている以前、そもそも敵と言う意識が拭えなかっただろう。

なのにこの状況において、羿(げい)は自分でも驚くほどに心が凪いでいるのを自覚した。

それどころか、相手の動きを見て自分からサポートに回るような真似までやって見せている。

誰だお前は、と一瞬自分に笑ってしまうほどだ。

 

 一体どういう変異を経たのか、鋭い棘を弾丸のように撃ち出して来る花のような変異体に、呪符を張り付け爆破する。

このタイプは大抵壁だの天井だのと手の届きにくい場所に陣取って、狙ったのかと思うような嫌なタイミングで遠距離攻撃を突き刺して来る。

早々に排除するのが吉だ。

 

「―― 随分当たり前のように空を跳ねるのだな。空中戦が得手だったとは知らなかった」

 

 渡した変異体破壊王を改造して取り付けた矛を変異体に叩きつけて截全(せつぜん)が言う。

彼の持つ矛の一撃は元能の炎を伴う。それは変異体を貫いて地を奔り、他の変異体まで巻き込んで焼き払うのだ。

()()の効率でいえばこれ以上の技は無いだろう。

 

 空は羿(げい)が撃ち落とし、地上は截全(せつぜん)が焼き払う。

図らず役割分担が出来上がっていた。

 

「……突き詰めれば空を自在に飛べるらしい。ともすれば、手を触れずに物を浮かせたりとか」

 

「イヒヒ……覚えがあるな、その技。我が国師の得手だった」

 

「国師……? いや、もしかして()の事か?」

 

 とりあえずここら一帯がひと段落したのを見届けて、截全(せつぜん)が振り返る。

羿(げい)の指摘が意外そうに瞠目していた。

 

「知っていたのか。易公(えきこう)が情報を止めていた筈だが」

 

「色々あった。……俺も、おまえが知ってるのは驚いたが、考えてみれば『別れの書』の時点で(せつ)国と関わりが深かったのだから、何かしら関係が残っていても不思議は無いか」

 

「……中々興味深い『色々』だな? 随分知っている事が多いらしい」

 

「……本当に色々あった」

 

 その声色は苦悶で満ちていた。

情報の制限や誤魔化しから『色々』で括っている訳ではないのを表情からありありと読み取ることが出来て、思わず截全(せつぜん)は「お、おう」と生返事を返すことしか出来ない。

 

 触れないでおく方が良いのだろうか。

思わず、人に苦痛を与えるのを良しとする截全(せつぜん)をしてそう思わせたのは凄い事なのかもしれない。

 

 截全(せつぜん)が仕切り直すように続けた。

 

「……あの後、俺の方でも改めて新崑崙(こんろん)を確認してみた。

500年前の件で易公(えきこう)がAIによるオートメーションの脱却を進めていたが、それでも最低限の自動メンテナンス機能は残されていた。

……が、現在ではそれすらあちこち動いていないようだ。想定外の経年劣化で説明がつくとは思えないな。新崑崙(こんろん)は緩やかに崩壊に向かっている」

 

 羿(げい)が肯定する。

 

「そうだろうな。管理すべき暮守(くれもり)が居なくなってしまっている。

……ここまでは前の時に解っていた事だな。その後見えたものはあるか? 易公(せんせい)と連絡は付いたか?」

 

「いいや、未だ連絡は付かない。そしてこの状況についても太陽の関与がいくつか見えているな。狙ってこの状況にしたやつが居るという事だ。

……普通に考えるなら、第一容疑者は天道議会を離反したおまえになるな?」

 

「……そうだな。今やっている『掃除』は()()()()()()()()()()()

 

 客観視してそう言い切る羿(げい)に、截全(せつぜん)は愉快そうにイヒヒと笑った。

 

「まあ、結論はもう少し後でわかる。このまま掃除を続けて行って天禍研究所まで降りれればな。

つまり事ここに至れば、易公(えきこう)が生きていれば奴がクロ、死んでいればお前がクロだ」

 

「……なるほど。少し乱暴だが的は射ている気がする。

しかしそうなるなら結局、やることは変わらないな。このまま継続だ」

 

「ああ、そこに異論はない。……が、おまえの変節には興味があるな」

 

 顔を上げた羿(げい)の目線と截全(せつぜん)のそれが交差する。

截全(せつぜん)は黒いあごひげを撫でながら後を続けた。

 

「お前はもう少し、自信に満ち溢れていた奴だった筈だ。自分一人でも世界を変えられると信じていたかのように。ただひたすら覇道を突き進むかのように。

そんなところに俺はシンパシーを感じていたんだぞ?

人のセリフに肯定から入るなんて、昔のお前はどこに行ってしまったんだ?」

 

 さすがにこの言い草には羿(げい)も渋い顔をする。

 

「……なら、努めて変節して正解だと今、心から思ったよ。傍から俺はそう見えていたのか」

 

()()()?」

 

「自分だけが正しいと信じ、自分だけを信じて突き進んだ結果が今の天道議会だと思っている。

夸伏(こほ)蚨蝶(ふちょう)も同じ言葉を重ねていた。

『太陽達がもう少しまともにやり取り出来ていれば、もう少しマシな状況になっていた』と」

 

「ふん、欺瞞だな。力無きものがいくら言葉を重ねても、そこに力は宿りはしない」

 

「俺も今までそれで突き進んでた。そして挙句に失敗した。

……だから今、その逆をやろうと思ったんだ。俺の妹がやっていた事を、俺も」

 

 気に食わなさそうに截全(せつぜん)が軽く鼻を鳴らす。

 

「……少しつまらなくなったなお前は。遅きに失したとは思わないか? それは離反する前に考えるべき思考だ」

 

「離反自体に後悔はしていない。それが適切かつ正しい選択だったかは別問題としてだが。

天道議会にいたままでは、俺はまだ何も見えてない状態だっただろうからな」

 

「ほう? ……離反して何が見えたと言うんだ?」

 

「――『正義』や『大義』と言う名の光で道を照らしたとして、それだけでは結局、道は暗いままだと言う現実だ。

……俺たち科学者は、道を明るく照らさなくてはならない」

 

 それは、見方によればそのまま易公(えきこう)の考え方と同じものでもあった。

天禍(てんか)をばら撒いたのが易公(えきこう)であったとして、事ここに至れば罪を告白し裁きにその身を任せるよりも、天道議会が力を持っている内にその力を総動員して一刻も早く天禍(てんか)の終息を探る。

冷静になれば、そう言う思考を理解する事は出来た。

 

 とは言ったものの、両親を亡くし、妹と決別した切っ掛けとなった天禍(てんか)の要因になった本人が、全て黙った上でそれを進めるのは随分意味が違って来るとも思ってはいるが。

 

「道を照らす、か。科学者サマはご立派な事だ。力無きものにも平等に光を届けようとする。

天禍(てんか)はむしろ、『篩』を掛けに来ているとは思わないか?

同調だけして自分で歩きもしない。そのくせ不平不満だけは無限に垂れ流し続ける……そういう『動かない奴ら』からバタバタと死んで行ったんだ。

このさき生き残るのは、一歩踏み出した奴だけだ」

 

 ……危険な思想である。なまじ、その側面を理解できてしまうあたりタチが悪い。

 

「……ノーコメントだ」

 

「イヒヒ、強がるなよ。俺はお前の努力を認めているんだぞ?」

 

「ノーコメントだ。科学者がそういう思想で動いてしまったら、三流の陰謀モノ映画にしかならなくなる」

 

「イッヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 その返し方がツボに入ったのか、截全(せつぜん)は愉快そうに腹を抱えて笑った。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 易公(えきこう)が生きていればクロ。死んでいれば羿(げい)がクロ。

截全(せつぜん)はそう言いはしたが、彼の中ではもう、ほぼ易公(えきこう)がクロだろうと言う見切りは付いていた。

付いていたのだが……さすがに、この状況は皮肉が利き過ぎと言うものだ。

 

 よもや死んでいるのが、羿(げい)の方であったなどと。

 

「……やはりあったか」

 

 羿(げい)の声色は、悟っていたかのように平坦だった。

 

 引き裂かれたその亡骸に、よく見る天禍(てんか)の花が咲いている。

菌類のような物に侵食された体は朽ち始めているが、光の無いその双眸は最後の瞬間まで足掻き続けた事を物語るように見開かれていた。

 

 ―― 美しい、と一瞬截全(せつぜん)は思う。

その今際に、しかして諦めなかった事が見て取れるその様相が切り取られたその形が。

彼の生き様をそのまま表しているようにも思えて。

まるで『別れの書』を見ているような気分になるのだ。

 

「……なるほど。これが、俺に声を掛けた理由か」

 

「そうだ。……しかしこの頃はまだ、変異体破壊王が開発されていなかった」

 

「お前、それは無謀が過ぎるだろう」

 

 羿(げい)は十と数秒ほど自分の亡骸を見下ろすと、やがて切り替えるように一度瞑目し、その遺体に咲いている花を摘み取った。

 

「花などどうするんだ?」

 

「……少しな。試したい事があるだけだ。……いや、成功したら本当にどうしようと言う話ではあるのだが」

 

 もごもごと口ごもる羿(げい)は、それ以上言いたくなさそうではあった。

まあ、科学者サマとしてやりたい事があるのだろうと納得しておく。科学的な話に興味はなかった。

 

 それよりもだ。

 

「どういう気分か聞かせてくれないか? 史上初の沼男(スワンプマン)の当事者になった心境と言う奴をだ。「やはりあったか」と言ったな? 知っていたのか? もしかして他でも死んでたのか?」

 

 ニヤつきながら截全(せつぜん)が問う。精神的に甚振って喜んでいるようにも見えるが、実は截全(せつぜん)としてはそんな意識が無いのがタチの悪い所である。

羿(げい)が普通に落ち着いているから、単純にその心境を知りたいのだ。

もちろんそこにデリカシーと言う言葉は存在しない。

 

 ――『苦痛は英雄を鍛える』と言う価値観から、()()()自他に苦痛を齎している。

その情報が九日百科にあったからと言うのもあるが、ちょっと前だったら完全にキレて殺しにかかってたなと思いながら羿(げい)は嫌そうに言った。

 

「想定していただけだ」

 

 オカルトだのなんだの、ここのところ価値観を揺さぶる事実がどさどさ降ってくる故に、もう最初は受け流して後からちょっとずつ噛み砕くと言うやり方を覚えてきた羿(げい)である。

 

 軒軒(けんけん)がゲームの中で死体を回収していた時点で、この状況は想定できていたのだ。

……いや、正確にはそれよりも前からか。

 

 個人的には、この花を元にした神農(しんのう)の反吐で天禍(てんか)が治っちゃったと言う事態になる事の方が余程怖い。流石にそんな状況になったら受け流せる自信が無いのである。

 

「なんだ、それだけか? 自分は本当に自分なのか、と言った葛藤は無いのか?」

 

「……『我思故我在(我思う、故に我あり)』。自認として俺が俺であるのなら、俺は俺で良いのだそうだ」

 

「ほう。誰の言葉だ?」

 

 羿(げい)は視線を外し、答えなかった。

 

「まあ……この死体こそが俺だと信じるのなら、これを連れ帰って裁判にでもかける事だ。

俺は関係ない。そういう理屈だろう?」

 

「イヒヒ……なるほどな、わかりやすい。なら帰り掛けに、この死体は貰って行くか」

 

 

………………は?????

 

 

 なんなら今日イチ取り乱した瞬間だった。

 

 まさか本当に連れ帰ると言い出すなんて誰も思う筈が無い。

しかし截全(せつぜん)の視線は死体に固定されていて、その言葉が本気のように思える。

顎髭を撫でつつ遺体を見下ろしながら目を細めて語っている。

 

「ううむ、見れば見るほど素晴らしい……こいつは(せつ)家の保管庫にふさわしい逸品だ。

この表情たるやどうだ。理不尽への反逆と生への渇望を体現したかのようだ……!

このまま保存処理は出来るものだろうか……?」

 

おおおおおおお、おおお前、俺の体を使って何をするつもりだアアああーーーッッ!?!?!

 

「うん?」

 

 

 勘違いである。

いや、それでも截全(せつぜん)の行動はどうかと思うけども。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 古木樹ノードから出て来た羿(げい)の様相は、まるで亡者のごとくだった。

肩を落としてフラフラと蒼白のままに歩いていれば、何かあったのかと誰だって思う。

 

「兄さん大丈夫!?!?」

 

 軒軒(けんけん)が泡を食って駆け寄った。その様相に気付いて他のメンツも集まってくる。

天道研究センターの攻略……截全(せつぜん)と二人での攻略であった筈だが、こんなになる程に過酷だったと言うのか。

 

 ゆっくりと顔を上げ、揺れる瞳で軒軒(けんけん)を見上げると、羿は軒軒(けんけん)に縋りつくように体重を預け、血を吐くように声を上げた。

 

 

軒軒(けんけん)、やっぱり俺は悪い奴だ……

俺は……俺は……ッ! 悪魔に魂を売ったッッッ!!!!!!

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 焦燥する羿(げい)の説明を聞いて、四季閣(しきかく)の面々は揃って頭痛を耐えるような微妙な表情を浮かべていた。

 

「……それで、自分の死体を渡してきたと」

 

「此処まで強烈な罪悪感に苛まれるのは初めてかもしれない。

しかも自分自身に対しての罪悪感とはな、は、はは……クソッ!

今頃俺の死体はどんな目に遭っているのか……ッ!!」

 

「いや、うん、たぶん截全(せつぜん)が聞いたら物凄く心外だと思うレベルの勘違いをしていると思うよ、友よ」

 

 両目を覆う羿(げい)を見ながら、これちょっとカウンセリングを受けた方が良いレベルの精神汚染なんじゃないかと()は思った。

本来は、自分の死体を見た事によるSANチェックが入る場面だと思うのだが一体全体なんでこうなった??

 

 蚩尤(しゆう)が瞑目する。

 

『かたじけない、羿(げい)殿。小生の為に苦渋の決断をさせてしまった』

 

「……いや、大丈夫だ。俺もあの死体の件があって初めて、お前の件の交渉に使えると思い至れたくらいだったしな。

とにかく、これで気兼ねすることなく刑天(けいてん)を破壊する事が出来る。

まあどこかで截全(せつぜん)に会って貰う事になりそうだが」

 

『もちろん構わない。考えてみれば小生は、兄の破壊の方法ばかり気が行って、その所有者に渡りをつける事は全く考えていなかった。とても野蛮な思考だ。自戒しなければならないと反省しているよ』

 

 つまりは、今代の所有者である截全(せつぜん)に「死体やるから刑天(けいてん)を壊させろ」と取引を持ち掛けた訳である。

流石に蚩尤(しゆう)の事情は話す事になったが、截全(せつぜん)は事情を聴いて快諾して見せた。

死体について、「俺は関係ない」と言った羿(げい)の理屈を持ち出してごねる事すらしなかった。

 

 ただ、「どこかでその蚩尤(しゆう)と会わせろ」と一つだけ条件を付けた上で。

 

「……刑天(けいてん)の居場所は、今はまだ倉庫だったか? 研究所回りの攻略が一段落してからそちらに向かうつもりだ」

 

『かたじけない、羿殿。

……ちなみに急かす意図では無いのだが、天道研究センターはどうだったのだろうか。

武闘派の太陽と組んでなお攻略が難航していると見える。

この身にも何か手伝える事はあるだろうか?』

 

「うん? ……ああいや、確かに途中で切り上げたがそう言う理由ではないんだ。

施設が荒れてて天禍(てんか)研究所に降りるまともな手段が無かったのでな。

下層に行けそうな大穴はあったんだが、アレを降りたら退路が確保できなくなるから一度切り上げたんだ。截全(せつぜん)も死体を持ち帰りたかったらしいしな……

次は縄梯子やライトなんかを用意してもう一度当たってみる予定だ」

 

 羿(げい)四季閣(しきかく)の入り口の方に視線を投げた。

正確には、山海9000がいる方向へ。

その理由を察して蚩尤(しゆう)が穏やかに口にする。

 

羿(げい)殿。山海9000の護衛の件を考えているなら、小生の方は後に回して貰って構わない。一刻も早く友に会いたいと言う気持ちは尊重されるべきものだ。彼に応えてあげて欲しい』

 

「……そうか、悪いな。確かにどちらを先にするか迷っていたから、そう言ってくれると助かる。

攻略が終わって山海9000(アイツ)の準備ができていたら、そっちから当たってみるか」

 

 ―― 倉庫。

あちらに行くなら、奄老(えんろう)とも会う事になるかもしれない。

易公(えきこう)奄老(えんろう)……コンタクトしていない太陽も残りは二人。

不思議なものだ。全員殺すつもりで挑んでみたら、結局関係を修復して行ってるような状況になっている。

 

 後二人……そう、後二人だ。

 

 『何がしたいか』を見定めなくてはならないタイムリミットが近づいて来ている。

特に根拠がある訳ではないが、羿(げい)はそんな感覚を覚え始めていた。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 截全(せつぜん)は自らの霊枢に腰掛けながら、ケースに入った羿(げい)の死体を眺めていた。

 

 祖、截通(せつつう)。覇道の果てに『別れの書』をしたためて自刃した暴君。

 

 後ろを振り向けば、首の部分が壊された截通(せつつう)の像が目に入る。

截全(せつぜん)が幼き頃、心無い者達に暴力と共に破壊された像。

修復せずにそのままにしているのは、かつての苦痛を忘れずに糧にし続ける為だった。

 

 『別れの書』は当然截全(せつぜん)も目にした事がある。

まるで生き様と言う物が書の形に凝縮したような、鮮烈な思いを抱いたのを覚えている。

 

 この羿(げい)の死体は、その『別れの書』にも勝るとも劣らないものを感じた。

 

 諦めていないのだ。

調べれば調べるほど詰んでいるこの新崑崙(こんろん)にあって、おそらくは自分よりも状況を理解しているであろう羿(げい)が、諦めずに足掻いている姿が見て取れる。

 

「『苦痛は英雄を鍛える』……この状況にあって、おまえはまさに今強くなり続けているのだな」

 

 心の中に湧き上がるものを噛み締めるように、截全(せつぜん)は瞑目した。

 

 

「―― お邪魔するよ」

 

 

 ふと掛けられた声に振り向けば、旧知の姿がそこにあった。

 

「おや国師殿ではないか珍しい。何か良くない卦でも教えに来てくれたのかな?」

 

「フフ! 実は現在卦は休業中でね。単純に君の顔を見に来たのと……あと君が手に入れた()()も一目見てみたくてね」

 

 (せつ)国においてはかつてより関わりの深かった太陽、()の姿がそこにあった。

いつもの外套に覆われた姿ではなく、手足を伸ばした格好で。

 

「ほう、耳が早いな。それも卦か?」

 

「いや、実は今羿(げい)のところで厄介になっていてね。その死体の事も聞いたんだよ」

 

「うん? ……これは驚いた。国師が天道議会に離反していたとは。

という事は、国師は俺の敵か?」

 

「いいや、わたくしは誰とも戦わない。太陽としての理念の通り、この行く先を『洞察』する。

……その代わり、彼の家は私が守ろう。そう言う取り決めなんだよ」

 

「それも十分裏切りとは思うが。……いや考えてみると、天道議会でやっている事とさほど変わりはないな」

 

「実はそうなんだ。卦は立てないと言う違いはあるけれどね」

 

「そう言えば休業中と言っていたな。あれほど卦に絶対の自信と信頼を置いていた国師が。

どうした? 心変わりする事でもあったのか?」

 

「フフ、その通りだよ。わたくしは現在、卦とケンカの真っ最中なんだ」

 

 その返答に思わず瞠目するほど驚いた截全(せつぜん)の横に立って、()羿(げい)の死体を見た。

死してなお残るその表情と覇気。

()はこの後の羿(げい)の姿を知っている。四季閣(しきかく)の古木樹ノードから、べちゃりと這い落ちたように出てきた羿(げい)の姿を。

呆然としながら軒軒(けんけん)の腕の中で動揺する羿(げい)の姿を。

 

 ―― その直前まで、彼は抗い続けていたのだ。

 

「……確かに悪趣味な事も否定できないけれど。でも、君が手元に置きたかった理由が良く分かるよ。まるで『別れの書』にも似た迫力が宿っている」

 

「そうだろう? 羿(げい)にとってはただの死体にしか見えていないのだろうが、俺はこの死体に眩しい物を見たのだ。

そして隣に立って呪符を振るうアイツの姿も、この死体と何ら見劣りするものではなかった。

……それだけに、不満な部分が大きくなる。

あいつは科学者でありながら覇道を征く者だと思っていたのに、逆の方向に変節していた」

 

「そうだね。……その変節で、弱くなったと思うかい?」

 

「……」

 

 截全(せつぜん)が返した沈黙が、その問いの否定を物語っている。

 

「『今までがダメだったから、いっそその逆をやってみよう』……その結論はある種とても科学者的だね。勿論それだけではなく、変節するに足る出来事が本当に溢れるように降りかかっている故なのだけれど。

彼はそんな中にあって、自分なりの『納得』できる結論を必死になって見出そうとしている」

 

「イヒヒ……随分とおもしろい事態が起こっているようだな? 蚩尤(しゆう)とか名乗る戦神二号機の話も俺は知らなかった。確かにいつからか、片割れを紛失したと言う事は知っていたが」

 

「ホントにね。時代の風が今、羿(げい)を中心に物凄い勢いで吹き荒れているよ。

……前にわたくしは、君の行く末について卦を立てたね?」

 

「そうだな。俺は羿(げい)に敗れ、朽ちるのだと……もっとも、俺はそれを信じていなかったが。蓋を開けてみれば戦う事すらせず、肩を並べて化け物相手に矛を振るっている。

イヒヒ……なんだこの現状は。自分でも不思議で仕方ない。

俺達はこの後に矛を交える事になるのか?」

 

「いいや。これについては訂正と謝罪を。すでに事象は運命から大きく外れ始めた。

君の言うように宿命論はもはや通じず、この先の舵取りは各々の手に委ねられたんだ」

 

 ()の声は弾んでいた。

それは截全(せつぜん)の知る()の姿とは大きく違って見えて、本当に何があったと驚くしかできない。

 

「国師も変節したな。卦の先に会った達観はどこへ行った?」

 

「フフ! 好ましくない変節に見えているかな?

……そうでないなら、截全(せつぜん)。君も変節するには良い時期だよ。

わたくしは太陽達が各々何を想い、何を考え必死に歩いて来たかを知っている。だから君の覇道もその想いも理解しているつもりだ。……ううん、当代の(せつ)である君の事はより深く、だね。

だから君の生き方も選択も私は否定しないけれど……一度立ち止まって、ゆっくり深呼吸してみるつもりはないかい? あるいは一時だけ、周りを見渡し歩いてみるでも良い。

()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言われてしまったら、截全(せつぜん)の答えはもう決まっている。

 

「『苦痛は英雄を鍛える』……祖、截通(せつつう)もそうだっただろう?」

 

「それを言われると弱いね。確かに彼は立ち止まる事も、周りを見渡し歩く事もしなかった。

……けれど、わたくしが歩んできた時の流れの中で、英雄は截通(せつつう)だけでは無かったよ」

 

「フン。……今更か」

 

「今だから、かな。これは卦ではなく経験談さ。

フフ……下らないと吐き捨てるなら、愚者の戯言と思ってくれても構わない」

 

「『賢者は歴史を以て語り、愚者は経験を以て語る』、か。国師の変節にも興味はあるな。

最早歴史と信じる卦ではなく、愚者と知りながら経験を取る程に未来が見えなくなったのか?」

 

 それを聞いて数舜、()はポカンと口を開けた。

 

「……そうだね。もはや卦に囚われるつもりはないけれど、逆に今立てたらどんな卦になるのかと言う好奇心は出て来たよ。

この一時だけ、行く末について卦を立ててみようか」

 

 ふわりと()の体が宙に舞う。

天体を象る占球を通し、()の心眼が未来の糸に視線を奔らせる。

 

 ……そして次の瞬間、()が愉快そうに笑った。

それはもはや、爆笑と言っても良かった。

 

「アハ、アッハッハッハッハッハ!!! なるほど、なるほどやはりそういう物か!」

 

「随分愉快な物が見えたようだな?」

 

「ハハハ、君は錬丹室で羿(げい)と矛を交えて倒れ、わたくしは石窟にて羿(げい)と矛を交えて倒れ、新崑崙(こんろん)は浸食の果てに爆散するらしい。

―― つまりこれは、()()()()()()()()()()()()()だよ」

 

「……どういう事だ? 訳が分からん」

 

「フフ、ごめんね。さらに訳のわからない事を述べてしまうけれど、つまりはわたくしの卦はもはや起こりようもない定まったひとつの事しか示さなくなっていて、状況は既に運命から離れてしまっているという事さ。

羿(げい)とはこの物語が終わった後の世界を共に歩む約束をしたけれど……この分では、本当に卦がまるごと見えなくなるのだろうね」

 

 ひとしきり笑った後に、()はその手足を縮めていつもの外套に覆われた姿に戻った。

截全(せつぜん)がそれをポカンと見ている。

彼にとっては、その姿の方が見慣れないものであったからだ。

 

「国師も廃業だね。もはや未来は見えず、運命は各々の手に委ねられた。それを確信出来たよ。

……截全(せつぜん)、わたくしは洞察を続けるよ。君の事も含めてね。

皆が自身の選択によって紡ぐ糸を、どうかわたくしに見せておくれ。

『変わることなく』じゃない。世界は『変わりながら』続いて行くんだ」

 

「……国師も含めて、か」

 

 訳の分からない()の変節の中で、そこだけは理解できた截全(せつぜん)の言だった。

肯定するように()はふんわり笑うと、踵を返して部屋を出て行った。

 

 しかし「あ」と思い出したかのように去り際にひょっこり頭だけ戻して一言。

 

羿(げい)なのだけど、彼は今ある種の強迫観念に捕らわれていてね。

彼、君がその死体を使ってイカガワシイ事をしたがってたんだと思ってたよ。ガチで」

 

「は!? ……はあ!?!?!? どういう侮辱だ!?!?」

 

「そこについてはわたくしからも否定して置いておくからね。彼、自分がそう云う目に遇う事を示唆され過ぎててそのあたり敏感になってるんだ。

君に()()()()趣味が無いなら、そのあたりちょっと気にしてあげておくれ」

 

「当然だ! 一体何をどうしたらそうなる!?!?」

 

 不可解だった羿(げい)の反応のアレソレがやっと腑に落ちて、截全(せつぜん)は寝耳に水過ぎるその話に憤った。

彼としても死姦癖のあるゲイのサディスト扱いはもはや戦争なのである。

……いや、サディスト扱いについては自業自得ではあるのだが。

 

 ―― 世界は変わりながら続いて行く。好ましい事も、好ましくない事も。

そうまとめるにはいささか以上に納得のいかない事すらも、だ。

 

 




 とらちゃんの一部を見直して、以下の点に気付きました。

暮守(くれもり)羿(げい)離反後、新しく新設された易公(えきこう)の私設部隊である
・それ故に羿(げい)は、終盤夸伏(こほ)に話題に上げられるまで暮守(くれもり)の事を知らなかった

 新崑崙(こんろん)のメンテナンス要員と言う、こんな大事な役職が本来の運用内に設計されておらず、しかも易公(えきこう)の私設部隊としてしか定義されてなかったとは思いませんでした。
それゆえ拙作と矛盾が発生していますがご容赦ください。
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