猫のあしあと   作:のーばでぃ

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天なる災禍

 良くフィクションではウイルスに感染した人に対し、治療薬としてワクチンを処方するパターンが散見する。

これは『ワクチン』と言う言葉がウイルスに対抗する物として既に有名になっている事から、説明の簡略化のために敢えて『ワクチンを投与する』と言う説明の仕方で収めていると考える。

 

 その収まってる部分をほじくり返すのだが、『ワクチン』はあくまで『予防薬』であり、感染した者に対して処方するのは逆効果になりかねない。

多くの場合、ワクチンとは弱毒化したウイルスであるからだ。

 

 ではどうするのかと言うと、ウイルスの抑制や撃退を行う『抗ウイルス薬』と呼ばれる物を投与する。

()を除いた全員が天禍(てんか)に感染している太陽人に対して、必要なのはこちらである。

 

 これはどういった原理のものかと言うと、そもそもウイルスと言うやつは宿主に感染すると、宿主の塩基を使って自身のコピーを作り増殖させる。

この塩基は何でも良いという訳ではなく、ウイルスそれぞれによってコピーを作りやすい箇所、言うならばウイルスが好む塩基と言うものが存在する。

なので、そのウイルスが好む偽の塩基を投与することでウイルスをそちらに誤認させる。

偽の塩基でコピーされたウイルスは本来の挙動が出来ずに自滅するという理屈だ。

 

 ではこの抗ウイルス薬はどう作るのか。

 

 これは抗生物質やワクチンのようにある意味で『原始的』な製法では作り得ない。

ウイルスを解析して、そのメカニズムからウイルスが好む塩基をコンピューターで導き出して、はじき出した塩基に基づく偽物を有機化学の技術を使って合成すると言う、高度な技術が大前提の手法になる。

 

 易公(えきこう)が躓いた理由がここにあった。

この天禍(てんか)、感染から増殖までのメカニズムについて既知の常識が全く通用しなかったのだ。

現時点において増殖過程のみならず、感染経路すら明らかになっていない。

それ故に、既存のパターンを当てはめて正解を導くコンピュータ的な手法が全く使えなかったのである。

それでも足掻いて500年、外部変数をあれこれ設定して調査し続けたが、それでもこの方向は全く光明が見えなかった。

 

 ゆえにこそ、易公(えきこう)はやり方を『天禍(てんか)血清』と言う手法にシフトさせたのである。

抗ウイルス剤を作るのではなく、天禍(てんか)に対抗できうる抗体を会得させる方法に。

天禍(てんか)ウイルスの増殖を止められないなら、天禍(てんか)ウイルスに罹っても体が耐えられるようにすれば良いと。

 

 ―― そしてそれが、『変異体』と言う解を生み出すに至った。

 

 さて、抗ウイルス薬。その設計において、当該のウイルスを克服した生物の抗体を参考にして設計図を作成する手法が存在する。

ウイルスを解析してそのメカニズムがわからなかったのであれば、対抗した生物の抗体を参考にして設計すればいい。

 

 そしてここに今、薬酒によって抗体を会得した羿(げい)と言う参考資料が生えてきた。

しかも、しかもだ。

抗体が無い状態で天禍(てんか)に感染し、そのまま死亡した『比較対象』となり得る()()()()()()()まで保存されているのである。

 

 ……截全(せつぜん)がとってもとっても嫌な顔をした。

 

「確かに……確かにアレは冷凍保存しているが。永生炉(えいせいろ)を改良した物で保存してはいるが。

……わがまま言ってるのは解っているが、アレはもう俺のだぞ? 取引だってしたんだ。

アレ無しで作れないのか?」

 

 答えたのは易公(えきこう)だった。

 

「作れるかもしれないが、あれば大変に有利になる。

どれほど有利かわかるか? 羿(げい)の死体と今の羿(げい)の血液を比較したら、その差分がそのまま天禍(てんか)の抗ウイルス剤に成り得てしまうほどだ。

……試験管数本分の血さえ貰えれば十分なのだ。もしあるなら、私からもお願いしたい」

 

「……生きている羿(げい)であればそれも良かったかもしれないが。

しかし、死体だぞ? 血液は既に凝固を始めていた。そこらの注射器を刺して採血、は非現実的な筈だ。

……つまり、切開しなければならない認識だが」

 

 あー、と事情をよく知る()が天を仰いだ。

あの死体は、あの形あの見た目、そしてあの表情である事に大いなる意味があるのだ。

注射痕ならともかく、切開となれば確かに躊躇もするだろう。

 

 羿(げい)が耐えがたきを耐えるように言う。

 

「良しわかった。そんなにお前が俺の死体が欲しいと言うなら……今の俺が死ねばいいだろう? 今の俺の死体を貰ってくれ。

それに……それに、ご要望とあればどんな扇情的なポーズでも……取って……取って見せる……グ、ウウッ!!」

 

その、俺がお前の死体をイタすのに使っているなどと言う酷過ぎる妄想を辞めろ!?

国師よ!? 誤解は解いてくれたんじゃあなかったのか!?!?!?」

 

「悲しいかな、わたくしが友を気遣うセリフにしか聞こえなかったようなんだ。

まあ彼からしてみればあの死体は、『別れの書』を思わせる芸術品ではなくただの死体でしかないのだろうから無理も無いのかもしれないが」

 

「「無理も無いかもしれない」で俺が男色の死姦趣味と思われるのはあまりにも理不尽が酷過ぎるだろう!?!?!?」

 

「いや、その、ほら……く、『苦難は英雄を鍛える』らしいし……」

 

国師の不明の理由に(せつ)家の家訓を使わないで頂きたい!!

 

 ぐだぐだである。

 

「―― 傍聴席より発言を宜しいだろうか」

 

 今まで沈黙のまま会議を見守っていた蚩尤(しゆう)が、ここでその巨躯の右手を上げた。

 

「まず截全(せつぜん)殿が、羿(げい)殿の死体と引き換えに兄の破壊をお許し頂けた事、重ね重ねお礼申し上げる。

……小生が思うに、羿(げい)殿の無理解はおそらく、『別れの書』を実際に見た事が無いからではなかろうか。

話の端を聞くに、その死体は最後まで抗おうとする羿(げい)殿の様相がそのまま残された一品だったとお見受けする」

 

「ああ、その通りだ……そう言えば理解を得られた国師も『別れの書』は見ていた筈か。

ならば羿(げい)、おまえにも後で見せてやる。我が(せつ)家の最初にして最高の至宝を。

アレを見れば、俺が死体に何を見たのか理解も出来ると言う物だ」

 

 羿(げい)の眉間が怪訝に歪んだ。

具体的には「何言ってんだこいつ」と言う感じに。

 

「たかが死体だぞ。何を躍起になっている……

 

……と言うか、その『別れの書』だが……本当に残ってるのか? 今も」

 

 ふ、と。

羿(げい)はある事を思い出したのである。

倉庫の現状、その裏事情について。

 

 視線が奄老(えんろう)に集まる。

特に、截全(せつぜん)の強い視線が。

 

「おい……おい、まさか……」

 

「あ、あ、ある!! 流石にアレばかりはちゃんと残っておる!! ……ハズじゃ。

刑天(けいてん)もちゃんと残してあったじゃろう!? 変な邪推は止さんか!!」

 

 裏返った声で奄老(えんろう)が叫んだ。

 

 新崑崙(こんろん)の倉庫の裏事情。

実は出航前から既に、倉庫の積載量はパンク状態になっていたのである。

原因は……まあ、貴族のわがままと言えなくも無いか。

 

 永生炉(えいせいろ)プロジェクトの大株主である(フェン)氏を筆頭に、奄老(えんろう)が強く出れない貴族の面々が揃って自分の財産を残したがったのである。

それ故に、奄老(えんろう)は本当に必要な資材や歴史資料と言った物を秘密裏に処分し、無理やり倉庫に空きを作ってその要求を満たしていたのだ。

 

 もちろん、優先的に応えて来たのは(せつ)家に対しても同様。

なんといっても天道議会の一員だ。その財を無碍に扱えるわけがない。

 

 ないし、奄老(えんろう)自身も(せつ)家の荷の処分を命じた覚えもない。

ないのだが……ひとつ、気がかりな部分はあった。

 

 出航直前に、パンク状態にも関わらず、さらに(フェン)氏が荷の追加を要求してきたのである。

 

 対応できる訳がない。しかし、(フェン)氏は優先順位最上位。要求に応えなければ計画が危うくなる。

そしてもうパンク状態なので無理ですと素直に言ってみた所で、「ならば他の荷を処分してどうにかせよ」と言われることは明白であり、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こういう物は『忖度』で進めなくてはならないのだ。

 

 なにしろ他の荷を処分してどうにかしろと要求を行った時点で、それは要求した側の汚点になる。彼らは「そんな事は言っていない」と言うスタンスをあくまで取り続けたいのだ。

ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それが上流階級にいる者達の思考なのである。

 

 猫弈(みょうえき)に言わせるならば、これを「永田町言語」と表するだろう。

そして「永田町言語」のできない人間は追い落とされるのである。

 

 だからこそ奄老(えんろう)は、『処分してでもどうにかしろ、記録は残すな』と部下に投げ、そこから先は目を逸らした。

 

 ―― その部下たちが、『別れの書』を処分していたとしたら?

 

 相手は截全(せつぜん)。「部下が勝手に」は通用しない。

『ある』と断言するその口のまま、奄老(えんろう)は氷で出来た手で心臓をわしづかみにされているような気分を覚えた。

『まさか』『もしかしたら』……そんな思い思考が奄老(えんろう)の臓腑を圧迫する。

 

『―― 別れの書 ちゃんと残ってる』

 

 助け舟を出したのは、意外にも山海9000だった。

 

蚩尤(しゆう)が書を 最後に見た 新崑崙(こんろん)を徘徊する前?』

 

「? ……ああ、その通りだとも」

 

『なら残ってる エリアデータ 持ち出された形跡ない』

 

 奄老(えんろう)がガバっと顔を上げた。

 

『それどころか 倉庫に入らなかった荷物 新崑崙(こんろん)の各所に分散して 隠されてる

保存状態はわからない けど あるにはある』

 

「……なんじゃと……」

 

 思いがけない所から出てきた事実に、奄老(えんろう)は瞠目するしかできなかった。

 

「……そう言えば、なんでこんな所にこんな物があるんだと思うようなのが彼方此方にあったが、そう言う事だったのか」

 

「イヒヒ……優秀な部下に助けられたな、奄老(えんろう)

 

 丸投げされた奄老(えんろう)の部下たちは、頭を抱えながらもギリギリのラインで何とかし続けていたのである。

それでも保存環境と言う点では、倉庫内とそれ以外では雲泥の差がある。劣化はどうしても出ているだろう。

だからこそ、奄老(えんろう)にその報告は出さなかった。

 

 ―― どうせ許可は出ないだろうと、そして否定されるだけで具体案など出さないだろうと、見限られていたから。

 

 それに気づいた奄老(えんろう)はうなだれる事しか出来なかった。

 

 易公(えきこう)が口を開く。

 

「―― すまない、話を戻させてほしい。

私はどうやら、截全(せつぜん)が死体からの採取を否定する理由を勘違いしていたようだ。ただ外見が変化するのが問題と言うのであれば解決法がある。

ひとつ聞くが、その死体は羿(げい)が天道研究所の攻略に失敗して死亡した物だった筈だな? という事は、その死体には外傷が残っていると見たが、どうだ?」

 

「ああ……確かに残っているが、それが?」

 

「では、その傷口に生検トレパンを刺す程度ならどうだろうか。それなら見た目に何も影響はない。それに、血を抜くよりも組織サンプルを貰った方が実は効果的だ」

 

「……せいけんトレパン?」

 

 まったく馴染みのない単語が出てきて首を傾げる截全に、如羿(じょげい)が間髪入れずにフォローする。

截全(せつぜん)の持つタブレットにひとつの器具の画像が映し出された。

 

《生検トレパンとは、皮膚や組織のサンプルを円柱状にくり抜くための専用器具です。

見た目は、ペンの先に大きな注射針のような円形の刃がついた形をしています。

大きなと言ってもそのサイズは直径4ミリ程度で、採取対象に刺して横に回す事で組織片を採取します》

 

「ほう、そんなものが……確かにこのサイズなら、別に見た目に影響は無いな。

ああ、これだったら構わない」

 

「……となると、俺も血液を提示するよりこれ使った方が良いのか?」

 

「いや、羿(げい)の方は普通に血液を提供してくれれば十分だ。生検トレパンを使うとなったら麻酔は要るだろうしな。そこまでして組織を採取する理由はこの場に置いては薄いだろう」

 

「この程度に麻酔なんて不要だが……まあ、わかった」

 

 天禍(てんか)の解析に向けて、大きな手ごたえを感じた気がする。

それほど『治る前の検体』と『治った検体』が揃うと言うのは大きい話なのだ。

今までになかったアプローチで研究を続行する事が可能になる。

これは確かに、太陽人の元に差し込んだ希望の光となり得た。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「―― アプローチとしてはこれで方向性は見えたと思う。

ただそれとは別に、天禍(てんか)について個人的にもう少し議論してみたい話題がある」

 

「……む?」

 

「ああ、例の文章についてだね、友よ。わたくしもアレは易公(えきこう)に見てみて欲しかったんだ」

 

 四季閣(しきかく)の面々は、次の話題を理解しているようだった。

 

 ―― それは、桃花村に現れた異端。

神農(しんのう)以上のオカルトにして、しかし何もなさずに飛天玉座を受け入れた一人の猿人。

しかして死したのち、ある意味でこの天道議会の場を作る切っ掛けになった人物の書。

 

 『天禍についての考察』の項目である。

 

 

 


 

 

 

甲辰年季夏辛未月壬辰日

 

 

 天禍(てんか)とその変異体について、ちょっとガチで考察してみる。

まずはうろ覚えの情報も含めて並べてみよう。

 

天禍(てんか)について

1. ウィルス性の病

2. 感染すると体に腫瘍ができ、そして死に至る

3. 死亡するとその死体には白い花が咲き、道果と言う果実を実らせる

4. 死亡率100%

5. 感染ルートは判明していない

6. 扶桑(ふそう)の研究の過程で発生

 

変異体について

A. 天禍(てんか)血清と言う変異を促す薬剤によって発現

B. 水の汚染により天人エリアで蔓延したことから、感染性も認める

C. 投与されると8割は死に、2割が変異する(数字はうろ覚え)

D. 変異すると爪や突起、巨大な腫瘍と言った外観の著しい変化が起き、意識が無くなり、生物に対して襲い掛かる

F. 破壊してもすぐ再生し、事実上の不老不死となる

G. 天禍(てんか)()の研究の過程で発生

H. 解析自体は可能らしく、夸伏(こほ)の変異体破壊王で殺害できる

 

 1のウィルス性についてなんだけど、ずっと違和感を持っていた。

これ、実は誤訳による勘違いとかじゃないか? 少なくともウィルスでは無いと思う。

人に寄生し、死んだ場所に花を咲かせ果実を成す。この現象は明らかに寄生系植物のそれだ。

冬虫夏草のようなカビ・細菌によるものと言われた方が納得できる。

 

 扶桑(ふそう)を研究して偶然生み出された。

しかしその性質は寄生系植物……となれば、天禍(てんか)扶桑(ふそう)に寄生していた微生物が変化した物と言う線は考えられないだろうか。

そして寄生先を太陽人にも求めた。

結構つじつまが合う気がする。

 

 感染ルートが不明と言うのも実はヒントになっている気がする。

空気感染、飛沫感染、接触感染、考えられるルートは全部洗ったのだろう。

隔離だって試しただろう。

しかしそれでもルートを断定する事が出来ず、隔離にも失敗した。

 

 ゆえに、ピンと来たものがある。

天禍(てんか)扶桑(ふそう)に寄生していた物が由来であるならば、その感染ルートは扶桑(ふそう)の元能エネルギーなんじゃないか?

 

 太陽人は古来より扶桑(ふそう)に支えられながら生きてきた。そしてそれは現代に置いても例外じゃない。彼らは扶桑(ふそう)が無ければ生きていけないのだ。

故にこそ、隔離しても扶桑(ふそう)のエネルギーは使っていた筈だ。

 

 確か、扶桑(ふそう)の汁だか果実だかを使って火を起こすとかエネルギーを得るみたいな話があった気がする。

元能エネルギーをどう運搬しているかにも掛かっているが、あるいはそれが電気的な輸送手段であったとして、天禍(てんか)は導線の先に自分自身を作れるような特異な能力を持っているのかもしれない。

扶桑(ふそう)に寄生して生息範囲を広げていたのならなおさらに。

 

 もしこれらの推測が当たっていた場合、寄生体から見て太陽人は同じく扶桑(ふそう)のエネルギーを使う兄弟のようなもの。

親和性は随分高かったと思われる。太陽人特攻と言う意味で。

死体に花を咲かせるのがせいぜいだった天禍(てんか)が、変異体として太陽人を操るまでに至っている状況も、この考えに拍車をかけている気がする。

 

 ならば対策についてどうアプローチするべきか。

 

 可能性があるとしたら、変異元である寄生体の天敵や性質を探る事。

そこから特効薬を作れるかもしれない。

 

 あるいは、扶桑(ふそう)のエネルギーを直接取り込めるような何かを考える。まあこちらは無理くさいような気もするが、寄生体が求めるのが扶桑(ふそう)のエネルギーであるなら、そのアプローチで共生する方向に倒せるかもしれない。

 

 あるいは全員で生涯引きこもる覚悟で魂境へ引っ込み、AIに維持と研究を任せる方針もアリなのではと思う。

 

 ()天禍(てんか)の影響を受けなかった点も着目したい。

感染自体していないのか、単に発症してないのかは気になるところだ。

寿命が意味をなさない……例えば癌細胞のように無限に細胞分裂する体質だとしたら、これは扶桑(ふそう)のそれを思わせる。

もしかしたら共生の方向に倒れているのかも。

変異体と言う形になった理由もそこに見出せるかもしれない。

 

 色々書いたが、易公(えきこう)はきっと私よりも何倍も頭が良いのだから、こんな考えとっくに至っているように思う。結局私のは外部から見た考察止まりだもの。

至っているからこそ絶望して、変異体に希望を求めたのかもしれない。

 

 ところでこれ、ウィルス性では無いのだとしたら。

実は『某』パワーで何とかなったりしないか?

道果食わせたらワンチャンあるかも。毒判定になるかどうかは微妙だけど。

 

 そうなるとなんだ? みんなして『某』を取り合いする事になるのか?

太陽人老若男女問わず、こぞって『某』の口に含んだ液体を求める訳か。

 

 これは、(ヘキ)からだいぶんズレてはいるのだけど、何と言うか、何と言うかこう……

 

 ……おもしろいかもしれない。

 

 

 


 

 

 

 タブレットに表示されたその書の内容を見て、易公(えきこう)は呆然としながら呟いた。

 

「……これは……?」

 

「2年前に演算室行きとなった猫弈(みょうえき)と言う猿人が、天禍(てんか)を外部から見て考察していた内容の書だ。

なぜ猿人がこんな知識を持ってるのかとか、変異体や易公(せんせい)について知ってるのかと言った点については、話が全く進まなくなるので今は無視をして欲しい。

ただ、天禍(てんか)については研究論文や検体を見た訳ではなく……言語化が難しいが、本当に『外部から見た』程度の知識しか持っていない。

 

そして今見て欲しいのはこの考察の内容についてだが……如羿(じょげい)、なんで(ヘキ)の部分まで開示した??

 

《彼女に対して、ヘンな期待を持たれ過ぎると支障があるかと思われましたので》

 

「なるほど……」

 

 ―― 2年前に演算室行き。

つまりすでに、この猿人は故人であると言う事だ。

 

 易公(えきこう)は考察の内容を反芻した。

 

 ズレている部分は確かに散見する。

研究論文や検体を見た訳ではない、と言うのであれば市井の一般人と同程度の知見しかなかったと仮定するとして。

 

 『天禍(てんか)がウイルスではなく細菌ではないか』と言う論争については、確かに天禍(てんか)が流行を始めたあたりに言われていた話だった。

その振る舞いがあまりに生物的過ぎた為である。

 

 しかし、その後の調査において花を形成する組成が既知の細菌由来であり、さらに電子顕微鏡でないと見えないレベルの幾何学構造が認められた為、天禍(てんか)はウイルス性であると判定された。

 

 『バクテリオファージ』と呼ばれる『細菌に感染するウイルス』と言う物がある。

有名なコレラがこの類で、実は普段無害であるコレラ菌が『CTXφ』と言うウイルスに感染する事で宿主に牙を剥くようになる。

天禍(てんか)もその類のものと考えられていたのだ。

 

 しかし、このウイルスがどこから来たのかが500年間まったくわからなかった。

感染経路不明。隔離も効果なし。

まるで死神のように、いつの間にか太陽人の中で増殖しているウイルス。

 

 だが。

 

「元能エネルギー感染……! 確かにこの筋は盲点だった。

普通に考えればあり得ないルートだが。変異体が扶桑(ふそう)からエネルギーを受けている可能性を考えると、確かにこの線が一番しっくりくる」

 

 今まで行ってきた実験を頭の中で思い返しながら易公(えきこう)が言った。

この経路への反証例は、覚えている限りなかった筈である。

如羿(じょげい)にも実験記録を精査させてそうである事を確認する。

 

 女媧(じょか)が首を傾げた。

 

「ね、ねえ……さすがにウイルスと言う『物質』と、エネルギーと言う『波』が違う物だって言うのはわたくしでも解るわよ?

元能エネルギーで感染するなんてそんな事、あり得るの?

これってアレでしょう? 電話でおしゃべりしている相手にそのままプレゼントを贈るような話でしょう?」

 

 的を射ている。

 

「考え方としてはその通りだ。しかし、我々はその『電話でおしゃべりしている相手にプレゼントを贈る』方法を実用化している」

 

「……ちょっと羿(げい)、あなたまさか……ウイルスが玄能ワープしてるって言いたいの?

ウイルスが? そんな複雑な事を??

わたくしもあなた達に言えるほどじゃないけど、ちょびっとは勉強したのよ?

細菌は『生き物』で、ウイルスは複製能力を持った単なる『物質』。その筈でしょう?

……その単なる物質がまさか、『演算』が不可欠な元能ワープを自分で行ってるって、そう言うの??」

 

 

「ちがう」

 

 

 呆然としたまま呟いた易公(えきこう)のセリフは消え入りそうにか細かったが、しかし不思議とハッキリ耳に届いた。

視線が易公(えきこう)に集まる。

静寂の末、易公(えきこう)は悟ったように立ち上がった。

 

「ちがう……私は勘違いしていた! 今までずっとずっと、勘違いしていたのだ!

元能エネルギー感染……そうだ、何故私は思いつかなかった!?」

 

「……易公(せんせい)?」

 

 

ウイルスが元能ワープしたのではない!『元能エネルギー』がウイルスを生み出していたんだ!!

 

 

 それは、己が人生に対する叫びと言っても過言ではなかった。

 

 

 ―― 現代科学におけるミステリーのひとつとして『ウイルスはどこから来たのか』と言う物がある。

 

 細菌ならわかる。こちらは生物なので、『進化』で普通に説明がつくのだ。

しかしウイルスは女媧(じょか)が口にしたように、性質的には『物質』と定義される。

ならばその由来は一体何か?

 

 いろいろな説があるが、その中の一つに『脱走説』と言う物がある。

細菌や細胞が何らかの刺激を受け、それにより細胞からDNAの断片が飛び出しウイルス化したと言う考え方だ。

 

 その刺激となり得るものには諸説あるが、天禍(てんか)においてはそれが元能エネルギーであると易公(えきこう)は言及した。

 

 羿(げい)が反論する。

 

「待って欲しい易公(せんせい)! もしそうであるなら、太陽人はもっと前から天禍(てんか)に襲われていた筈だ。今になって『そう』なるのは理屈が合わない!」

 

「本当にそうか? 長い歴史の中で、我々は古木樹に負担をかけ続けて来た。

近年に至っては混元紀を経てエネルギーの生産量と消費量が膨大となり、元能柱の発展によってさらにエネルギー依存度が増した。

古木樹への負担が掛かり過ぎているとして、どこかで宗教が生まれるような事すらあった。

負担を数値化できるなら間違いなく、その値は指数関数並みに増大しているだろうと言う確信がある。

―― そして、古木樹はウイルスのような『物質』ではない。間違いなく『生命』なのだ」

 

 その仮説を聞いてその場の面々が絶句する。

なぜならそれは、太陽人の根底を覆す論説だったのだから。

 

「……つまり……外部刺激によって、古木樹がそれに『対応』した……?」

 

「十分あり得ると思っている。私も実験として、古木樹に様々な刺激を与えていたからな。

勿論子株に対してではあるが……しかし古木樹間の共鳴については今更この場で取り上げるまでも無い話だな?」

 

「ウイルスが生まれたのではなく、元能エネルギーがウイルスを生み出すような有害な物へと変わったという事か……!」

 

「我々太陽人の中には扶桑(ふそう)が由来とされる共生菌がいくつか存在する。花として変性していたものも含めてな。おそらくウイルスの発生個所はそこだ。

元能エネルギー自体に害はないが、その周波に多少のノイズが入ったのかもしれない……例えば、共生菌に変成を促すような、ごくごく僅かなノイズが。

もしそうであるなら、500年間謎とされていた理由にも説明がつく。これは生物学者の領域ではなく元能エネルギー技師の領分という事になるからな。生物学者に解る訳がない。

―― 夸伏(こほ)、この説に対する反証は浮かぶだろうか?」

 

 この場に置いて最優の元能エネルギー技師である夸伏(こほ)は、易公(えきこう)の問いを受けて食い気味に首を振った。

 

「いや、ない!

……そもそも、生体由来である元能エネルギーにノイズがあるってのは常識中の常識だ! エネルギー輸送の最中にもノイズが入るから、そもそも技師(おれたち)はそのノイズを前提とした上で回路を設計する。そうじゃなきゃ、素子を使って元能エネルギーを電気に一時変換したりとかはしないんだ。

……そのノイズに毒が仕込まれていたって……?」

 

「しかし易公(せんせい)、もしその説が正しいなら、ウイルスは各個人の中で『発生』している事になる。そんな由来で、都合よく同じウイルスになるものか?」

 

「どうだろうな。確かに普通ならあり得ない。

ただ、個人的には古木樹が起こす『共鳴』と言う現象がこれに関わっている気がしている。

正直私は今すぐ天道研究所に駆け込んで、この説の実証実験を行いたい気分だよ。

……何せ、この500年の反芻の中で、この説に対する反証がひとつも出ていない筈なのだ」

 

《肯定いたします。確かに記録の中にも反証と思える実験結果は無く、それどころか肯定できる記録がいくつか散見します》

 

 ホログラムディスプレイに表示される実験記録とその要約。

この説を補強する事象について綴られた内容が、易公(えきこう)の話を加速させる。

 

「けど……けどよ。もしそうだとしたら……」

 

「―― ああ、そうだ」

 

 易公(えきこう)は静かに、しかしはっきりと皆に突き付ける。

 

 

 

もしそうならば……太陽人は、元能エネルギーを捨てなくてはならない

 

 

 

 ―― それは太陽人の生きてきた積み重ねを否定する、残酷な現実だった。

 

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