良くフィクションではウイルスに感染した人に対し、治療薬としてワクチンを処方するパターンが散見する。
これは『ワクチン』と言う言葉がウイルスに対抗する物として既に有名になっている事から、説明の簡略化のために敢えて『ワクチンを投与する』と言う説明の仕方で収めていると考える。
その収まってる部分をほじくり返すのだが、『ワクチン』はあくまで『予防薬』であり、感染した者に対して処方するのは逆効果になりかねない。
多くの場合、ワクチンとは弱毒化したウイルスであるからだ。
ではどうするのかと言うと、ウイルスの抑制や撃退を行う『抗ウイルス薬』と呼ばれる物を投与する。
これはどういった原理のものかと言うと、そもそもウイルスと言うやつは宿主に感染すると、宿主の塩基を使って自身のコピーを作り増殖させる。
この塩基は何でも良いという訳ではなく、ウイルスそれぞれによってコピーを作りやすい箇所、言うならばウイルスが好む塩基と言うものが存在する。
なので、そのウイルスが好む偽の塩基を投与することでウイルスをそちらに誤認させる。
偽の塩基でコピーされたウイルスは本来の挙動が出来ずに自滅するという理屈だ。
ではこの抗ウイルス薬はどう作るのか。
これは抗生物質やワクチンのようにある意味で『原始的』な製法では作り得ない。
ウイルスを解析して、そのメカニズムからウイルスが好む塩基をコンピューターで導き出して、はじき出した塩基に基づく偽物を有機化学の技術を使って合成すると言う、高度な技術が大前提の手法になる。
この
現時点において増殖過程のみならず、感染経路すら明らかになっていない。
それ故に、既存のパターンを当てはめて正解を導くコンピュータ的な手法が全く使えなかったのである。
それでも足掻いて500年、外部変数をあれこれ設定して調査し続けたが、それでもこの方向は全く光明が見えなかった。
ゆえにこそ、
抗ウイルス剤を作るのではなく、
―― そしてそれが、『変異体』と言う解を生み出すに至った。
さて、抗ウイルス薬。その設計において、当該のウイルスを克服した生物の抗体を参考にして設計図を作成する手法が存在する。
ウイルスを解析してそのメカニズムがわからなかったのであれば、対抗した生物の抗体を参考にして設計すればいい。
そしてここに今、薬酒によって抗体を会得した
しかも、しかもだ。
抗体が無い状態で
……
「確かに……確かにアレは冷凍保存しているが。
……わがまま言ってるのは解っているが、アレはもう俺のだぞ? 取引だってしたんだ。
アレ無しで作れないのか?」
答えたのは
「作れるかもしれないが、あれば大変に有利になる。
どれほど有利かわかるか?
……試験管数本分の血さえ貰えれば十分なのだ。もしあるなら、私からもお願いしたい」
「……生きている
しかし、死体だぞ? 血液は既に凝固を始めていた。そこらの注射器を刺して採血、は非現実的な筈だ。
……つまり、切開しなければならない認識だが」
あー、と事情をよく知る
あの死体は、あの形あの見た目、そしてあの表情である事に大いなる意味があるのだ。
注射痕ならともかく、切開となれば確かに躊躇もするだろう。
「良しわかった。そんなにお前が俺の死体が欲しいと言うなら……今の俺が死ねばいいだろう? 今の俺の死体を貰ってくれ。
それに……それに、ご要望とあればどんな扇情的なポーズでも……取って……取って見せる……グ、ウウッ!!」
「その、俺がお前の死体をイタすのに使っているなどと言う酷過ぎる妄想を辞めろ!?
国師よ!? 誤解は解いてくれたんじゃあなかったのか!?!?!?」
「悲しいかな、わたくしが友を気遣うセリフにしか聞こえなかったようなんだ。
まあ彼からしてみればあの死体は、『別れの書』を思わせる芸術品ではなくただの死体でしかないのだろうから無理も無いのかもしれないが」
「「無理も無いかもしれない」で俺が男色の死姦趣味と思われるのはあまりにも理不尽が酷過ぎるだろう!?!?!?」
「いや、その、ほら……く、『苦難は英雄を鍛える』らしいし……」
「国師の不明の理由に
ぐだぐだである。
「―― 傍聴席より発言を宜しいだろうか」
今まで沈黙のまま会議を見守っていた
「まず
……小生が思うに、
話の端を聞くに、その死体は最後まで抗おうとする
「ああ、その通りだ……そう言えば理解を得られた国師も『別れの書』は見ていた筈か。
ならば
アレを見れば、俺が死体に何を見たのか理解も出来ると言う物だ」
具体的には「何言ってんだこいつ」と言う感じに。
「たかが死体だぞ。何を躍起になっている……
……と言うか、その『別れの書』だが……本当に残ってるのか? 今も」
ふ、と。
倉庫の現状、その裏事情について。
視線が
特に、
「おい……おい、まさか……」
「あ、あ、ある!! 流石にアレばかりはちゃんと残っておる!! ……ハズじゃ。
裏返った声で
新
実は出航前から既に、倉庫の積載量はパンク状態になっていたのである。
原因は……まあ、貴族のわがままと言えなくも無いか。
それ故に、
もちろん、優先的に応えて来たのは
なんといっても天道議会の一員だ。その財を無碍に扱えるわけがない。
ないし、
ないのだが……ひとつ、気がかりな部分はあった。
出航直前に、パンク状態にも関わらず、さらに
対応できる訳がない。しかし、
そしてもうパンク状態なので無理ですと素直に言ってみた所で、「ならば他の荷を処分してどうにかせよ」と言われることは明白であり、そして
こういう物は『忖度』で進めなくてはならないのだ。
なにしろ他の荷を処分してどうにかしろと要求を行った時点で、それは要求した側の汚点になる。彼らは「そんな事は言っていない」と言うスタンスをあくまで取り続けたいのだ。
ゆえに、
それが上流階級にいる者達の思考なのである。
そして「永田町言語」のできない人間は追い落とされるのである。
だからこそ
―― その部下たちが、『別れの書』を処分していたとしたら?
相手は
『ある』と断言するその口のまま、
『まさか』『もしかしたら』……そんな思い思考が
『―― 別れの書 ちゃんと残ってる』
助け舟を出したのは、意外にも山海9000だった。
『
「? ……ああ、その通りだとも」
『なら残ってる エリアデータ 持ち出された形跡ない』
『それどころか 倉庫に入らなかった荷物 新
保存状態はわからない けど あるにはある』
「……なんじゃと……」
思いがけない所から出てきた事実に、
「……そう言えば、なんでこんな所にこんな物があるんだと思うようなのが彼方此方にあったが、そう言う事だったのか」
「イヒヒ……優秀な部下に助けられたな、
丸投げされた
それでも保存環境と言う点では、倉庫内とそれ以外では雲泥の差がある。劣化はどうしても出ているだろう。
だからこそ、
―― どうせ許可は出ないだろうと、そして否定されるだけで具体案など出さないだろうと、見限られていたから。
それに気づいた
「―― すまない、話を戻させてほしい。
私はどうやら、
ひとつ聞くが、その死体は
「ああ……確かに残っているが、それが?」
「では、その傷口に生検トレパンを刺す程度ならどうだろうか。それなら見た目に何も影響はない。それに、血を抜くよりも組織サンプルを貰った方が実は効果的だ」
「……せいけんトレパン?」
まったく馴染みのない単語が出てきて首を傾げる截全に、
《生検トレパンとは、皮膚や組織のサンプルを円柱状にくり抜くための専用器具です。
見た目は、ペンの先に大きな注射針のような円形の刃がついた形をしています。
大きなと言ってもそのサイズは直径4ミリ程度で、採取対象に刺して横に回す事で組織片を採取します》
「ほう、そんなものが……確かにこのサイズなら、別に見た目に影響は無いな。
ああ、これだったら構わない」
「……となると、俺も血液を提示するよりこれ使った方が良いのか?」
「いや、
「この程度に麻酔なんて不要だが……まあ、わかった」
それほど『治る前の検体』と『治った検体』が揃うと言うのは大きい話なのだ。
今までになかったアプローチで研究を続行する事が可能になる。
これは確かに、太陽人の元に差し込んだ希望の光となり得た。
@ @ @
「―― アプローチとしてはこれで方向性は見えたと思う。
ただそれとは別に、
「……む?」
「ああ、例の文章についてだね、友よ。わたくしもアレは
―― それは、桃花村に現れた異端。
しかして死したのち、ある意味でこの天道議会の場を作る切っ掛けになった人物の書。
『天禍についての考察』の項目である。
甲辰年季夏辛未月壬辰日
まずはうろ覚えの情報も含めて並べてみよう。
1. ウィルス性の病
2. 感染すると体に腫瘍ができ、そして死に至る
3. 死亡するとその死体には白い花が咲き、道果と言う果実を実らせる
4. 死亡率100%
5. 感染ルートは判明していない
6.
変異体について
A.
B. 水の汚染により天人エリアで蔓延したことから、感染性も認める
C. 投与されると8割は死に、2割が変異する(数字はうろ覚え)
D. 変異すると爪や突起、巨大な腫瘍と言った外観の著しい変化が起き、意識が無くなり、生物に対して襲い掛かる
F. 破壊してもすぐ再生し、事実上の不老不死となる
G.
H. 解析自体は可能らしく、
1のウィルス性についてなんだけど、ずっと違和感を持っていた。
これ、実は誤訳による勘違いとかじゃないか? 少なくともウィルスでは無いと思う。
人に寄生し、死んだ場所に花を咲かせ果実を成す。この現象は明らかに寄生系植物のそれだ。
冬虫夏草のようなカビ・細菌によるものと言われた方が納得できる。
しかしその性質は寄生系植物……となれば、
そして寄生先を太陽人にも求めた。
結構つじつまが合う気がする。
感染ルートが不明と言うのも実はヒントになっている気がする。
空気感染、飛沫感染、接触感染、考えられるルートは全部洗ったのだろう。
隔離だって試しただろう。
しかしそれでもルートを断定する事が出来ず、隔離にも失敗した。
ゆえに、ピンと来たものがある。
太陽人は古来より
故にこそ、隔離しても
確か、
元能エネルギーをどう運搬しているかにも掛かっているが、あるいはそれが電気的な輸送手段であったとして、
もしこれらの推測が当たっていた場合、寄生体から見て太陽人は同じく
親和性は随分高かったと思われる。太陽人特攻と言う意味で。
死体に花を咲かせるのがせいぜいだった
ならば対策についてどうアプローチするべきか。
可能性があるとしたら、変異元である寄生体の天敵や性質を探る事。
そこから特効薬を作れるかもしれない。
あるいは、
あるいは全員で生涯引きこもる覚悟で魂境へ引っ込み、AIに維持と研究を任せる方針もアリなのではと思う。
感染自体していないのか、単に発症してないのかは気になるところだ。
寿命が意味をなさない……例えば癌細胞のように無限に細胞分裂する体質だとしたら、これは
もしかしたら共生の方向に倒れているのかも。
変異体と言う形になった理由もそこに見出せるかもしれない。
色々書いたが、
至っているからこそ絶望して、変異体に希望を求めたのかもしれない。
ところでこれ、ウィルス性では無いのだとしたら。
実は『某』パワーで何とかなったりしないか?
道果食わせたらワンチャンあるかも。毒判定になるかどうかは微妙だけど。
そうなるとなんだ? みんなして『某』を取り合いする事になるのか?
太陽人老若男女問わず、こぞって『某』の口に含んだ液体を求める訳か。
これは、
……おもしろいかもしれない。
タブレットに表示されたその書の内容を見て、
「……これは……?」
「2年前に演算室行きとなった
なぜ猿人がこんな知識を持ってるのかとか、変異体や
ただ、
そして今見て欲しいのはこの考察の内容についてだが……
《彼女に対して、ヘンな期待を持たれ過ぎると支障があるかと思われましたので》
「なるほど……」
―― 2年前に演算室行き。
つまりすでに、この猿人は故人であると言う事だ。
ズレている部分は確かに散見する。
研究論文や検体を見た訳ではない、と言うのであれば市井の一般人と同程度の知見しかなかったと仮定するとして。
『
その振る舞いがあまりに生物的過ぎた為である。
しかし、その後の調査において花を形成する組成が既知の細菌由来であり、さらに電子顕微鏡でないと見えないレベルの幾何学構造が認められた為、
『バクテリオファージ』と呼ばれる『細菌に感染するウイルス』と言う物がある。
有名なコレラがこの類で、実は普段無害であるコレラ菌が『CTXφ』と言うウイルスに感染する事で宿主に牙を剥くようになる。
しかし、このウイルスがどこから来たのかが500年間まったくわからなかった。
感染経路不明。隔離も効果なし。
まるで死神のように、いつの間にか太陽人の中で増殖しているウイルス。
だが。
「元能エネルギー感染……! 確かにこの筋は盲点だった。
普通に考えればあり得ないルートだが。変異体が
今まで行ってきた実験を頭の中で思い返しながら
この経路への反証例は、覚えている限りなかった筈である。
「ね、ねえ……さすがにウイルスと言う『物質』と、エネルギーと言う『波』が違う物だって言うのはわたくしでも解るわよ?
元能エネルギーで感染するなんてそんな事、あり得るの?
これってアレでしょう? 電話でおしゃべりしている相手にそのままプレゼントを贈るような話でしょう?」
的を射ている。
「考え方としてはその通りだ。しかし、我々はその『電話でおしゃべりしている相手にプレゼントを贈る』方法を実用化している」
「……ちょっと
ウイルスが? そんな複雑な事を??
わたくしもあなた達に言えるほどじゃないけど、ちょびっとは勉強したのよ?
細菌は『生き物』で、ウイルスは複製能力を持った単なる『物質』。その筈でしょう?
……その単なる物質がまさか、『演算』が不可欠な元能ワープを自分で行ってるって、そう言うの??」
「ちがう」
呆然としたまま呟いた
視線が
静寂の末、
「ちがう……私は勘違いしていた! 今までずっとずっと、勘違いしていたのだ!
元能エネルギー感染……そうだ、何故私は思いつかなかった!?」
「……
「ウイルスが元能ワープしたのではない!『元能エネルギー』がウイルスを生み出していたんだ!!」
それは、己が人生に対する叫びと言っても過言ではなかった。
―― 現代科学におけるミステリーのひとつとして『ウイルスはどこから来たのか』と言う物がある。
細菌ならわかる。こちらは生物なので、『進化』で普通に説明がつくのだ。
しかしウイルスは
ならばその由来は一体何か?
いろいろな説があるが、その中の一つに『脱走説』と言う物がある。
細菌や細胞が何らかの刺激を受け、それにより細胞からDNAの断片が飛び出しウイルス化したと言う考え方だ。
その刺激となり得るものには諸説あるが、
「待って欲しい
「本当にそうか? 長い歴史の中で、我々は古木樹に負担をかけ続けて来た。
近年に至っては混元紀を経てエネルギーの生産量と消費量が膨大となり、元能柱の発展によってさらにエネルギー依存度が増した。
古木樹への負担が掛かり過ぎているとして、どこかで宗教が生まれるような事すらあった。
負担を数値化できるなら間違いなく、その値は指数関数並みに増大しているだろうと言う確信がある。
―― そして、古木樹はウイルスのような『物質』ではない。間違いなく『生命』なのだ」
その仮説を聞いてその場の面々が絶句する。
なぜならそれは、太陽人の根底を覆す論説だったのだから。
「……つまり……外部刺激によって、古木樹がそれに『対応』した……?」
「十分あり得ると思っている。私も実験として、古木樹に様々な刺激を与えていたからな。
勿論子株に対してではあるが……しかし古木樹間の共鳴については今更この場で取り上げるまでも無い話だな?」
「ウイルスが生まれたのではなく、元能エネルギーがウイルスを生み出すような有害な物へと変わったという事か……!」
「我々太陽人の中には
元能エネルギー自体に害はないが、その周波に多少のノイズが入ったのかもしれない……例えば、共生菌に変成を促すような、ごくごく僅かなノイズが。
もしそうであるなら、500年間謎とされていた理由にも説明がつく。これは生物学者の領域ではなく元能エネルギー技師の領分という事になるからな。生物学者に解る訳がない。
――
この場に置いて最優の元能エネルギー技師である
「いや、ない!
……そもそも、生体由来である元能エネルギーにノイズがあるってのは常識中の常識だ! エネルギー輸送の最中にもノイズが入るから、そもそも
……そのノイズに毒が仕込まれていたって……?」
「しかし
「どうだろうな。確かに普通ならあり得ない。
ただ、個人的には古木樹が起こす『共鳴』と言う現象がこれに関わっている気がしている。
正直私は今すぐ天道研究所に駆け込んで、この説の実証実験を行いたい気分だよ。
……何せ、この500年の反芻の中で、この説に対する反証がひとつも出ていない筈なのだ」
《肯定いたします。確かに記録の中にも反証と思える実験結果は無く、それどころか肯定できる記録がいくつか散見します》
ホログラムディスプレイに表示される実験記録とその要約。
この説を補強する事象について綴られた内容が、
「けど……けどよ。もしそうだとしたら……」
「―― ああ、そうだ」
「もしそうならば……太陽人は、元能エネルギーを捨てなくてはならない」
―― それは太陽人の生きてきた積み重ねを否定する、残酷な現実だった。