猫のあしあと   作:のーばでぃ

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決意

 かの発明王トーマス・アルバ・エジソンは、『発明に必要なものは99%の努力と1%のひらめきである』と言う有名な言葉を残した。

その言葉に照らせば、易公(えきこう)に必要だったのはその閃きだったのだろう。

罪の意識から強迫観念に襲われていた彼女がひらめきを得るには、天禍(てんか)はあまりにも重く、特殊で、致死性が高すぎたのだ。

 

 しかし天道議会の『和』の先に、変異体と言う最終セーフティを得た彼女は、この500年が嘘だったかのように天禍(てんか)の解析を推し進めてみせた。

 

 ―― 元能エネルギー感染。

 

 曰く、この発想をくれた猫弈(みょうえき)()()には、一度会ってみたかったと言う最大級の賛辞を添えて。

猫弈(みょうえき)()()のあたりで羿(げい)の顔がものすごく酸っぱい顔をしていたのはもはや語るまでもない余談である。

会議の際、如羿(じょげい)が気を利かせてねじ込んだ猫弈(みょうえき)(ヘキ)の効能は何の効果も発揮してはいなかった。

 

 とはいえ、『閃き』の部分においては全盛期かと思うほどに絶好調である。

崑崙(こんろん)のAI制御が解禁され、もはやセキュリティとか意味ねーからと全開放されたポートをフルに使い、シミュレーションや実験の取りまとめ、検査や解析、情報共有エトセトラ、如羿(じょげい)がフルにアクセス&サポートできるようになったのも躍進の一因になっていた。

 

 ちなみに、今ITに強い系太陽人に永生炉(えいせいろ)から起きられたら情報流出で色々ヤバい事になったりする。

まあある程度は如羿(じょげい)が止めてくれるとは思うが。

 

 しかしこれ以上如羿(じょげい)を酷使するのも酷な話だろう。

フル稼働過ぎて今、如羿(じょげい)のある羿(げい)の霊枢は熱帯もかくやという有様だった。

緩んでふざけた夸伏(こほ)が、ライトなカラーのトランクスルックにグラサン掛けて合成タピオカをキメてるレベルである。

理不尽な事に、なんかめっちゃ似合っていた。

 

「こういう時にこそ本物のタピオカを合わせたかったぜ……軒軒(けんけん)に貰ったやつは飲んじまったからな*1

 

「でもこれとってもおいしいよ! この丸いのがモチモチしてて最高!」

 

 夸伏(こほ)と同じものを飲みながら、軒軒(けんけん)が嬉しそうに言った。

彼も夸伏(こほ)に倣ってトランクスにシャツスタイルである。

まるで真夏のプールサイドだ。

 

「おお、わかるか! でもな、本物のタピオカはもっとモチモチして食感が素晴らしかったんだ。

お前にも味わせてやりたかった」

 

「……カロリーも2~3倍跳ねるのではなかったか? 消化性も悪く、タピオカを飲み過ぎて腸にタピオカを詰まらせた例がニュースになっていた筈だ。

だからこの合成タピオカが生まれた」

 

「相棒、おまえもそろそろ解ってるハズだろう?

―― 世の中は正論だけでは成り立たないんだ」

 

「……それは俺の霊枢をトロピカルにする理由にはならないハズだ」

 

「まあそう言うな相棒。天禍(てんか)の判明した性質に『こんなの解るかバカ!』としか思えないのが次々出て来たからな。もはやハメを外さないとやってられん」

 

「……わかるが、それでも俺の霊枢をトロピカルにする理由にはならないと思うぞ」

 

《申し訳ございません羿(げい)様。私がトロピカルな真夏のいけない太陽となってしまったばかりに》

 

お前もなんかおかしくなり始めたか???

 

 感情設定70%ともなると、AIでも悪ノリするらしい。

如羿(じょげい)の発声用システムからドラムとエレキギターのカッティングが響き、『にゃーにゃーにゃーにゃにゃにゃーにゃにゃー♪』と一昔以上前に流行った柑橘系バンドの夏ソングが流れだした*2

いや、一昔どころではないか。一応500年以上経っている訳だし。

 

 天を仰いで溜息を付く。

その呼気には諦念がこれでもかと詰まっていた。

 

 ―― そう、わかるのだ。投げ出したくなる気持ちは。

 

 ここにきて残った道が『元能エネルギーの放棄』と言う、進歩と発展を旨とする天道議会とは真逆の結論になろうとは。

結果論で言うならば、(こう)たちの選んだ道は正しかったと言えるのかもしれない。

 

 一応それでも、進歩自体はあった。それもめまぐるしい物が。

 

 勾芒(こうぼう)奄老(えんろう)が快復した。神農(しんのう)の薬酒の効果が証明されたのだ。

あの意味不明な吐瀉物を口にした後、二人はあっさりと天禍(てんか)から解き放たれた。

……撤回、これは進歩とは呼ばないか。彼らの顔にあったのは喜びではなく虚無であった。

 

 とはいえ、羿(げい)の死体から得た生体サンプルや治療後の羿(げい)の血。

そしてここに勾芒(こうぼう)奄老(えんろう)の快復後の血も追加され、天禍(てんか)の抗ウイルス薬は驚くほどあっさりと完成した。

これは文句のつけようもない進歩と言えるだろう。

 

 夸伏(こほ)はこれの治験に真っ先に手を挙げた。

一時的かつ多少の発熱や倦怠感、消化不全と言った副作用が認められたものの、結果的には天禍(てんか)の治癒を確認。

はれて太陽人の手によって死病を克服した最初の一人となったのだ。

 

 「お前の血を元に作った抗ウイルス剤だ。治るって信じてたさ、相棒」―― 夸伏(こほ)はニヒルに口角を上げサムズアップしながらさわやかな顔で言い放って見せたが、羿(げい)神農(しんのう)の酒を飲むのに使ってた杯を手にじっと見つめ続けると居たたまれずに目を逸らしやがったので、全てとは言わないがそれ以外の要素も多分に含んでいたのだろう。

 

 太陽人の共生菌の一部が元能エネルギーの共鳴によって天禍(てんか)を生み出していたと言う易公(えきこう)の仮説は、件の十王会議後に天禍(てんか)研究所に駆け込んだ彼女と、元能エネルギーのマッピング資料を起こした夸伏(こほ)(と如羿(じょげい))の手によって瞬く間に証明された。

 

 凶悪な事に、2~3罠が仕込まれていた。

当初、古木樹の変質により元能エネルギーに混じったノイズによって天禍(てんか)が発生すると言うメカニズムが提唱されていたが、実態はさらに複雑だったのだ。

この天禍(てんか)発生にも天禍(てんか)が絡んでいた。

 

 つまりこう言うことだ。

 

 一番最初に天禍(てんか)と言う形で発生したウイルスは、宿主の塩基や宿主が浴びている元能エネルギーの波……つまりは元能波(電気で言う所の電波)を浴びて活性。

宿主の塩基を使って自己増殖しながら共鳴を行う。

そしてある程度の段階まで増殖し、それゆえ比例して増大した天禍(てんか)の共鳴は、元能エネルギーにノイズと言う形で影響を及ぼし始める。

 

 天禍(てんか)の感染を広げたのはこの時のノイズだ。

このノイズが太陽人の共生菌の一部に動作不良を起こさせ、その際に天禍(てんか)と同一のウイルスを発生させる。

要は宿主の体内にあるウイルス量が増えるか、周りに感染した人間が多くいると、元能エネルギーによる感染力が増大するという事だ。

 

 晩年、太陽人は元能波で通信を行い、膨大なコンテンツを賄うためにその量や密度も増大し、そうでなくとも生活機器をはじめとした元能エネルギーに触れて生活していた。

 

 もはや感染源から隔離するとか経路がどうとかいう話ではないのである。

ノイズを出すレベルの増殖があれば、元能波によって遠くにいる人間を天禍(てんか)に感染させることが可能になる。

こんなウイルスを隔離させるなんて、石器時代まで時計の針を巻き戻さなければ不可能だ。

……いや、石器時代は言い過ぎか。

少なくとも元能通信技術台頭前ぐらいまで巻き戻せばギリ行けるかもしれない。

慰めにもならないが。

 

 当初想像された『古木樹による太陽人排除説』の信憑性が多少薄くなったのは小さな慰めになるのだろうか。

ノイズの発生源はあくまで増殖した天禍(てんか)であり、古木樹ではなかった。

こうなると、実は易公(えきこう)天禍(てんか)を生み出してしまったのではなく、ただ単に共鳴で発生した天禍(てんか)を発見しただけだったと言うケースもあり得るのだが、彼女がそこに言及する事は無い。

 

『嘘も真実も、人の命の前ではどうでもいいことだ』

 

 彼女が魂境(こんきょう)の中で羿(げい)とまみえた時に口にしたセリフだ。

どこまでも冷たく、そして精力的に、彼女はそれを実行し続けている。

 

 そして、それゆえに対策も。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 「羿(げい)勾芒(こうぼう)奄老(えんろう)夸伏(こほ)……彼らの回復した細胞を使って実験を行った……やはり、再感染した。

―― そして抗ウイルス剤への対抗の兆しも。

単純に太陽人皆を治療して終わり、とは行かなさそうだ。

元能エネルギーからの脱却は、やはり必要になってしまうだろう」

 

「で、でも……元能通信さえしなければ良いのよね?何も、元能エネルギーすべて捨てるなんて……」

 

「いや……残念だが、元能エネルギーを使ってる以上、今の仕組み的にどうしても元能波の影響は受けちまう。

例えば軍用装備みたいに、全ての機器に非透過処理を行えばあるいはどうにかなるかもしれないが……あいにく、そんな資材は無いだろうな」

 

「なら、処理する対象を絞れば……!」

 

「なあ女媧(じょか)。この新崑崙(こんろん)のエネルギーは完璧に一元化されてる。対象を絞るも何も、そのエネルギーの大本となってる元能柱をまずどうにかしなければならねえんだ。

これはもはや、ほぼ設計変更に近い作業になる。

流石にこんな事態を想定した造りにはなってねえんだよ……クソッ、新崑崙(こんろん)の鉄槌の名に懸けてこんなこと言いたかないがな。きっぱり言わせて貰うぜ。

 

――『不可能』だ」

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ……わかるのだ。投げ出したくなる気持ちは。

道教に背を向け、科学の発展を是とした天道議会が、これまで積み上げて来たものを捨て不便な生活に戻れと告知しなければならない。

 

 例え天禍(てんか)を克服できても、現実が厳しいのは変わらない。

永生炉から出てくることを拒否する者達で溢れかえるだろう。

いっそ本当に永生炉を永生とするプランを考えた方が、よほど科学的で支持を得られそうまである。

 

 羿(げい)は依然、截全(せつぜん)にこう言った。

 

 

 ……科学者が真っ先に(タオ)を理由に死の意義を探し始めてしまったら、後ろに続く人々はもう死ぬしか選べなくなるじゃないか。

希望の有無を悟りたいなら、それは科学者でない奴がやればいい。

 

 俺がもしそれを悟る方向に倒れるとしたら、それはもう、思いつく事もやれる事も全部試して打つ手が何も無くなって絶望した後の話だ

 

 

「……潮時、なのか……?」

 

 

 太陽人が、元能エネルギーなしで生きて行けるはずがない。

いや正確には、大多数がそんな道を選ぶくらいなら永生炉を選択するだろう。

永生炉を動かし続ける事は出来るが、それは軒軒(けんけん)たち猿人の命と引き換えだ。

 

 そして結論が出てしまった以上、ここから先は『どの道を選択し、どう整えるか』と言う政治の話になる。

 

 ―― 科学者の仕事が、終わる。

 

 

(結局……俺は、何がしたかったんだ)

 

 

 『和』を持った十王会議は、間違いなく重要な一歩を与えてくれた。

前に進んだという実感と、そして確かな結果をもたらしてくれた。

 

 しかしそれでも、『何がしたいか』と言う回答を、羿(げい)は未だに得られないでいる。

 

 プロジェクト自体は、いくつか動き出していた。

眠る太陽人を永生炉から引き離していく方法の模索。

猿人に頼らない永生炉の存続方法の研究。

文明が絶えて500年経った蓬莱の状況確認。あわよくば、天禍(てんか)が治った太陽人の受け皿となり得るか。

そして同じ理由による……蒼藍星(そうらんせい)。いや、『地球』の状況調査。

 

 しかしそれらはきっと、羿(げい)が求めていた『やりたかった事』からどんどん離れていく事柄の様な気がするのだ。

 

 濁った眼で、手元に視線を降ろした。

そこには何となく受け取ってしまった、羿(げい)の分の合成タピオカミルクティーのカップが握られている。

この霊枢の室温に対抗するかのようにキンッキンに冷えた奴だ。

 

 ぐるぐるしていた思考を力なく投げ捨てて、のろのろと太いストローに口を付ける。

甘くてモチモチしていた。

……のどに何か絡んだ感覚がして、甘い飲み物はそれほど好きになれない。

 

 蚨蝶(ふちょう)のセリフを思い出す。

 

 

 ―― 世の中には『納得』なんて叶う筈もなく沈んでいく想いがあるわ。

そんな大波を超えて、あなたが『納得』のできる答えに行きつける事を願うわ、羿(げい)

 

 

(納得のできる答えには……行きつけなかったな)

 

 

 それでも、動くべきことはある。

自分でなければ出来ない事も。

たとえ納得のいく答えなど、どこにも見つからなかったとしても。

……そう区切りをつけて、無理やりに顔を上げた時だった。

 

 

 ―― 着信を知らせる電子音が、鳴り響いた。

 

 

 太陽の誰かが報告なりなんなり入れに来たのか。

最初はそう思ったが、違った。

端末に表示されたその名前は……

 

 ―― 如羿(じょげい)が瞬時に状況を察知し、ノリで流していた曲をオフにする。

その反応を見て、夸伏(こほ)軒軒(けんけん)が会話を止め、なんだろうと羿(げい)に視線を投げた。

 

 だからだろうか。

ホログラムを使ったハンズフリーモードで、これを受けようと思ったのは。

 

 

 

――『兄さんへ。お元気ですか?』

 

 

 

「……(こう)!?」

 

「え、大哥(にいさん)の妹さんの?」

 

 ホログラムの奥で穏やかにほほ笑む、羿(げい)の妹・(こう)がそこにいた。

羿(げい)はそれを、まるで懺悔をするような、どこか縋っているような、そんな目で見つめていた。

 

 

『暇になると、つい兄さんに手紙を書き始めちゃうの。まあ、いつもの事だよね。

実は……ここに残ると決めた事に、後悔がなかったわけじゃないの。

兄さんのいない世界で、一人きりで死んで行くと考えると、やっぱり寂しくなるわ』

 

「……」

 

 

 後悔にまみれているのは、自分の方だ。

あの頃の自分は、もっと違う未来を見ていた筈だった。

たとえ困難な壁であったとしても、科学の力でそれを解き明かし、乗り越えてみせると。

それを強く信じていたのだ。

 

 

『兄さんがとっくに遠くへ行ってしまって、このメッセージも追いつかないのはわかってる。

最初の手紙が届くのだって、数百年後になるんだもの。

返事を受け取れないのは解ってるの』

 

「……」

 

 

 500光年。

太陽人がこれほど遠くまで来られたのは、確かに科学のなせる業だった。

……だが、500光年の旅を経て、得たものは何だったのだろうか。

 

 ―― そうだ、意味がないのだ。

科学だけでは。世界の真理を手にするだけでは、意味が無かったのだ。

 

 

『でもいいの。私は記憶の中から兄さんの欠片を見つけ出して……兄さんの表情や返事を想像できるから』

 

(こう)……」

 

『兄さん、兄さんは今頃理想を実現して、成功の喜びを味わってるでしょうね。

もう新しい生活を始めてたりして?』

 

「いや……迎えに行くつもりだった。本当なんだ……

まさか次に目が覚めたらもうこんなにも年月が……」

 

 

 メッセージの向こうにいる(こう)は、自分の成功を欠片も疑っていなかった。

こんな風に、『何をしたいか』と言う問いすら出せずに彷徨ってる、そんな姿は想像も出来なかったのだろう。

(こう)は、何処までも自分を信じていたのだという事が良くわかる。

 

 

「あんなことに遭わなければ……いや」

 

 

 図らず言い訳がましく口から漏れ出たセリフに、自分で嫌悪した。

 

 自分の選択だったではないか。

自分が信じて突き進んだ道だったでは無いか。

蒙昧なままに。『和』なんて目もくれず。自分の知識がただ一つの真実だと勘違いして。

 

 ―― そうだ、この事態は紛れもない。自分が引き起こした事だった。

 

 

『新しい家族ができたら、兄さんは私を忘れちゃうかな?』

 

「そんなわけないだろ……お前を忘れるなんてこと……

むしろ、紹介したい奴ができたんだ……!」

 

『私たちが一緒にいた時の事、思い出したりするかしら?』

 

「……ごめん……兄さんはお前に会いたいよ……

本当に……会いたい……」

 

 

 ―― やりたい事。

『何がしたいか』……ああ、こんな簡単な事だったじゃないか……

 

 俺は家族と。

 

(こう)と。

 

 

 

 一緒に、生きたかったんだ。

 

 

 

『ごめんね。最後の手紙なのに、つまらないことばかりで。

兄さん、本当はただ伝えたくて……時間が来たわ。もう行かなくちゃいけないの。

 

でも、心配しないで。私はどこにも行かないわ。

ただ兄さんよりちょっと先に天地に帰るだけよ』

 

「…………。

 

わかってる……」

 

『約束して。また会えたら、兄さんの話を聞かせてね』

 

「ああ……話したい事が、沢山あるんだ……

たくさん、あるんだ……ッ!」

 

『体に気を付けて。またね!大好きな兄さん!』

 

(こう)……!」

 

 

―― 蓬莱からのボイスメッセージは以上です。

 

 

 伸ばした手が、ホログラムを空虚に掴んだ。

自らの最後を悟りなお笑っていた妹の姿は、空虚の先に掻き消える。

 

 鼻からこみあげてきた熱い物を押し殺し、道服の袖で目を拭って、飛び出る嗚咽を噛み締めて。

羿(げい)は努めて顔を上げた。

 

 

「ああ……またな、(こう)(タオ)の行きつく先で、また。

 

……約束だ

 

 

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― もう、取りこぼさない。

『やりたい事』が見えた瞬間だった。

 

 

 

@ @ @

 

 

 いいとこ2年、実質的にはあと1年。

蚨蝶(ふちょう)は、自身に残されたタイムリミットをそう理解している。

だからこそ、その最後の仕事に足を踏み入れるのに躊躇いはなかった。

 

 幸い、電子の存在となった蚨蝶(ふちょう)に肉体的な制限はない。

おまけに羿(げい)謹製のスーパーAI・如羿(じょげい)が味方についている。

電子の存在+スーパーAI。このタッグはとてつもないシナジーを発揮するだろう。

 

 ……しかし、彼女が提出した計画書を見て、易公(えきこう)はただただ絶句した。

 

「これは……なにをしようとしているのか解っているのか!?」

 

『ええ、適材適所と理解しているわ。リソースにだって無駄がない。

あなた、こう言うの大好きでしょう?』

 

 ホログラムの体で佇む蚨蝶(ふちょう)は、ただただ穏やかに笑っている。

 

「……嫌味か?確かに私は、おまえに恨まれるだけの事をした」

 

『フフ、ごめんなさいね。他意は無いの。恨んでもないわ。

……でもね、本気も本気よ。と言うか、現時点において私ほど適性が高いメンバーは居ないんじゃないかしら』

 

「……」

 

『最後にひと花……なんて言葉があるけれど。

生涯の幕を飾る仕事としては中々の物じゃない?

それに、どこかでデータは取るつもりだったのでしょう?』

 

 易公(えきこう)から見れば自棄になってるとしか思えないようなその提案を前に、しかし蚨蝶(ふちょう)は胸を張って泰然としている。

ホログラム体を前に『地に足が付いた』と言うような表現は不適切だろうか。

……決してそれは嫌味でも、自棄を起こしている訳でも、何ならその内容を理解していない訳でもなかった。

 

「なぜ、そこまでして……?」

 

 易公(えきこう)のその問いに答えようとして、口から出ようとしたその回答があまりにもあまりなものだったから、蚨蝶(ふちょう)はホログラム体を震わせて自分で自分に笑ってしまった。

 

『あっは、あはははは、アッハッハッハ!!

いえ……いえ、ごめんなさい……プクク、ええ、きっとそのまま戯言だと思われるでしょうし、正味な話、戯言そのものではあるのだけどね!』

 

 あんまりにも可笑しかったのか涙目になりながら、蚨蝶(ふちょう)が答えた。

 

 

 

―― 私、総受け派の猫弈(みょうえき)とは違って、CPは軒軒(けんけん)派なのよね

 

 

 

「……………………

 

…………………………………………は?」

 

 

 

 理解不能な言葉が飛び出し、そのまま易公(えきこう)は宇宙を背負った。

 

 コロコロと笑いながら蚨蝶(ふちょう)が続ける。

 

『考えてみたのだけれどホラ、私は太陽なものだから。他の太陽の事も知ってるワケじゃない?

嫌な所も、苦労させられた所も、聊か以上に知ってるからか他の太陽と掛け合わせるのイマイチ萌えなかったのよねえ……

その点ほら、軒軒(けんけん)は凄いイイ子だし。

……うん、やっぱり私はあの二人で幸せになって欲しいななんて思うの。

それが理由』

 

「…………まったく理解できないのだが」

 

『ちなみに易公(あなた)との師弟CPなんて選択肢もあったのだけど、いやあビックリするほど『ないわ』って感じだったわ』

 

「余計わからない。と言うか、忌まわしいかつての騒動を思い出させないで欲しい。

……まだ子供だった羿(げい)を取り立てたあの頃、天道議会に反発する無責任な外野共が、やれ独り身の寂しい喪女が若いツバメを囲っただのなんだのと……!」

 

『ああー、あったわねえあの普通にライン越えてきてたやつ。小可(シャオヘ)が「でも実のところ、自分好みに育てるおつもりなんですかねやっぱり!」って目をキラキラさせてたの思い出したわ』

 

「嘆かわしいにも程がある!!」

 

『アハハハハ!』

 

 本当に愉快そうにお腹を抱えて笑う蚨蝶(ふちょう)である。

易公(えきこう)が歯噛みしながら問うた。

 

「……本当にそれが理由か?冗談のようだが、しかし嘘のようにも聞こえなかった。

お前は、本当にそんな理由で……自らを実験動物(モルモット)にするつもりなのか?」

 

『ええもちろん!

……そんな理由で良いのよ。私は、『私たち』はね。

推し活に命捨てがまれるならば本望!……とまでぶっ飛びはしないけれど。

でも、とても小気味の良い話だって……私はそう思うの』

 

 はっきりとそう言って見せる蚨蝶(ふちょう)の姿に目を細める。

 

 ―― 変わった、と思う。

明晰ながらもどこか儚げのような物を感じていたかつての蚨蝶(ふちょう)ではない。

まるで黄金に輝くような何かが、彼女を通して見えた気がした。

 

《世界は変わることなく続いて行く》

 

 ……山海9000にインプットされたスローガンがふと脳裏に浮かび、「どこがだ」と苦笑と共に吐き捨てた。

 

 代わりに言い放ってやる。

 

「……わかった。だが、覚悟しておくのだ蚨蝶(ふちょう)

言っておくが、私は意地でも()()()()成功してみせるぞ?

そうしたらお前は……どうなってしまうのだろうな?」

 

『あらあらあら……易公(えきこう)、今のあなたとっても良い顔してるわよ』

 

 顔を突き合わせて笑みを飛ばしあう女傑が二名。

人知れずに行われる、天道研究センターでの一幕だった。

 

「―― 永生炉改め、方丈(ほうじょう)計画とでも銘打とうか。

一年でケリをつけよう。

 

……時に蚨蝶(ふちょう)。この話、羿(げい)は知っているのか?」

 

『え?もちろん知らないわよ?

あの子きっと、もうこの手の話できない気がするし』

 

 軽く言ってのける蚨蝶(ふちょう)の様子に、易公(えきこう)は思わず消えた筈の頭痛を覚え、深く深く溜息を付いた。

 

 

 ―― かつては蚨蝶(ふちょう)の方がこの手の話を敬遠していただろうに、本当にどういう化け方をしたのだか。

 

 

 

*1
原作において、本物のタピオカミルクティーが飲めなくて人生最大の心残りだと語る夸伏(こほ)に、軒軒(けんけん)が同フレーバーの携帯糧秣をプレゼントするシーンがある

*2
微妙に外しているので歌詞の記載には当たりません(暴論)

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