猫のあしあと   作:のーばでぃ

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道(タオ)

 それは統合して『三界計画』と名付けられた。

 

 『三界』とはすなわち、永生炉、新崑崙(こんろん)、そして蒼藍星(そうらんせい)の3つに生きる場所を見出すと言う意味だ。

 

 永生炉にて偽りの楽園に沈むか、変異体となって新崑崙(こんろん)に住まうか、そして天禍を治療し、元能エネルギーから離れ、蒼藍星(そうらんせい)に骨を埋めるか。

太陽人にそれらの選択肢を与える。

 

 正真正銘、天道議会の持つ技術の集大成であり、最後の太陽人生存計画だった。

 

 解決すべき技術的課題はいくつかあった。

永生炉のバージョンアップ。蒼藍星(そうらんせい)移住のための最低限の生活基盤持ち込み。

そして、変異体の知性を保つ研究。

 

 しかもそれらは天禍相手のように先の見えない闇ではなく、解決への道筋が確かに見えている希望の光だった。

羿(げい)のセリフに照らせば。ここに至って科学者は、ついに人々の道を照らす事に成功した訳だ。

……とはいえ、空想に沈むかバケモノになるか今までの生活を捨てるか。与えられる選択肢はあまり上等な物では無かった訳だが。

 

 本計画は三界それぞれの整備が必須である事から、必然いくつか計画に細分化された。

方丈(ほうじょう)計画』はその中の一つ、永生炉に関わるものである。

 

 そもそも永生炉は時間稼ぎとしての側面が強く、コールドスリープさせたまま生涯を終えるような運用は想定されていない。

さらにいかなコールドスリープと言えど、夢を見る程度の代謝は働いている以上、さすがに限界はやって来る。

 

 永生炉計画発足当初、羿(げい)はこれの目的を『天禍(てんか)克服までの時間を稼ぐ』と言う点に終始した。そしてそれまでの時間について正確に見積もれたわけではないが、さすがに数百年もあればなんとかなるだろうと言う希望的概算はあった。

 

 つまりそれが永生炉の限界点になる。

 

 もうちょっと述べると、永生炉は猿人依存度が強すぎて数百年ほどしか持たないのだ。

 

 いかに完璧に調整され自動化された()()と言えどだ。

脳が大きく感情豊かで社会性に優れた生き物たちを、限定エリアに押し込めたまま生贄を要求し続けるようなマネをどれだけ続けられるだろうか。

人の古代史を顧みれば、想像もつきそうなものである。

 

 数百年か、あるいは千年か。

 

 ―― そう、千年持つなら上等の部類だ。

それ以上は神農(しんのう)のように現状に疑いを持ったコミュニティが発生し、バージョンアップできないシステムがそれを抑えられなくなり、最終的に永生炉が崩壊するだろう。

むしろ神農(しんのう)の出現こそが崩壊の前兆と言えなくもない。

 

 そして、そうなるほどに時間が経ってしまえばもはや、そこまでシステムが続いていてもコールドスリープしたまま朽ちるのは避けられない。

 

 つまり方丈(ほうじょう)計画とは、より永く、より強固で、より最適化した上でより良い終焉を……と言うわけだ。

 

 

 

 ―― さて、何故敢えて三界計画から方丈(ほうじょう)計画を挙げたのか。

結論を述べると、この計画においては羿(げい)が思ってもみない方向へと変質してしまったのである。

 

 

 

 主に太陽・蚨蝶(ふちょう)による裏切りによって。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 一口に言えば『調和』である。

 

 自然の理と、宇宙の理と合一し、『調和』の道を目指す。

……かなり乱暴な丸め方だが、道教を一口に説明するならこう言った物となるだろう。

 

 究極の理想として『神仙』と言う道がある。

完璧に『調和』のとれた体となれば、それは自然や宇宙と融合する事と同義であり、それはつまり有るがままに於いて有り、不老にして不死の存在になる事と一致すると言う。

 

 この究極を求めて道教では、精神修行の他にも錬丹や気功と言った術も学ぶ。

こう言った修行を行う者たちの事を『道士』と呼ぶ。

 

 もちろん、神仙になる事だけが道ではない。

積善派(せきぜんば)と言って、善行を積み徳を積み、社会貢献や人助けを行って天と人との『調和』を目指す、そんな考え方もある。

人間社会の『調和』を目指し、過度な執着から離れ無為自然のままに生きる。一種の悟りとも呼べるだろう。

 

 おもしろいのがこの道教、突き詰めて考えてみると、科学を目指し宗教から背を向ける事を旨とする天道議会の()()()()()()()点があったりする事だ。

 

 宗教から背を向けるにも関わらず、()()()()()()()。とんでもない矛盾に思える訳だが。

 

 しかし天道議会。その科学の力を以て宇宙の理を読み解き、結果として不老にして不死の存在になる事へ近づこうとしているその姿は、そのまま道教における『神仙』を目指す事と同義と言える。

 

 ―― 科学を以て調和を目指す事も(タオ)

あるがまま、無為自然に生きる事もまた、(タオ)なのだ。

 

 大切なのは手段ではない。

『調和』する事こそが真理なのである。

 

 ……長い間、人はその事を忘れてしまっていた。

 

 思えば羿(げい)の両親は、無為自然を侵食する科学の力を忌諱し、(タオ)に縋って羿(げい)の選択を否定した。

そして羿(げい)は、発展を拒否し停滞と終末を選んだ(タオ)を嫌悪し、科学の道に傾倒した。

 

 彼らだけではない。天道議会も含め、多くの人がそれを忘れてしまっていた。

 

 科学の道を歩み、宇宙の理を解きほぐす兄を誉れにしながら、自身はまた無為自然も忘れずに生きる。

―― そんな(こう)の様な、真に(タオ)を解する者はきっと、少なかったことだろう。

 

 ……猫弈(みょうえき)は、どうだったのだろうか。

座禅を組みながら羿(げい)は考える。

 

 竹の皮から竹簡よりも取り回しの良い『竹皮紙』を見出し、

『七想起』をはじめとしたさまざまな著書を広げ、

しかし自分の死期が確定してもこれに抵抗せず、真実の吹聴もせず、

ただあるがままに生き、納得のままに死を受け入れた。

 

 桃花(とうか)村の多くの者達は未だ、飛天玉座の向こうで彼女が大暴れしていると信じている。

そこに悲壮は無く、それ故に彼らは幸福だ。

ある意味でこれは、真実を開示しなかった猫弈(みょうえき)が守り切ったものとも言える。

 

 ……これはまさに『調和』なのではないだろうか。

彼女もまた、(タオ)を解していた少数の中の一人だったのではないだろうか。

 

(……『調和』は……認める事から始まる……か?)

 

 天道議会とて、なにも最初からこれに背を向けていた訳ではなかった。

 

 伝承、平等、公正、忠誠、規律、革新、無私、博愛、知識、洞察。

 

 十王の掲げる10の精神。

これはまさに『調和』を目指す指針であると言える。

道教に背を向けながらしかし、その精神には道教の影響が強く見られた。

 

 知らなかった訳ではない。

だがしかし、『理解』していなかったのだ。

掲げていながら、それらが目指していた物を『理解』していなかった。

 

 ―― 月を指差すことと同じようなものだ。指に集中するな、その先に意識を向けろ。

 

 もし猫弈(みょうえき)が存命であれば、ドヤ顔をしながらブルース・リーを引用してそう口にするだろう。

ちなみにブルース・リーは、その場の感性で月に喩えたのではないと言われている。

禅宗の教えに『指月の喩え』と言う物があり、同じ事を説いていた。これを引用したのだろうと。

 

 羿(げい)はゆえに、禅宗の教えからその喩えだけは知っていた。

 

 ふと見上げた空には星がまばらに瞬いていた。

プロジェクターに写されている疑似的な空。

ふと求めた月もまた、人工の夜空に欺瞞の光を発していた。

 

 ―― だがしかし、その光を指して偽物だと憤る者はどこにも居ない。

此れもまた、『調和』のひとつと言えるのかもしれない。

 

 羿(げい)は考える。

崑崙(こんろん)が目指すべき調和とは何か。

 

 やりたい事は、ちゃんと見えた。

だからそこに至るまでの『調和』を考えるのだ。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 太陽各々が精力的に動き、定期的な十王会議にて何名かが忙殺によるホログラム参加するようになると、だんだんと会議場に集まるよりも通信で簡易会議に済ませる場面が多くなった。

さらに如羿(じょげい)のフルサポートの為にセキュリティレベルをダウン。

エネルギーの消費量も上昇し、もはやデジタル的な隠蔽が随分おざなりな状況が続く事になると、当然四季閣(しきかく)の場所が割れる。

 

 ―― するとついに、勾芒(こうぼう)が自分で四季閣(しきかく)を見つけて突撃してくるようになった。

薬酒の源泉たる神農(しんのう)を隠蔽し続ける事がついに叶わなくなり、先延ばしにし続けていた勾芒(こうぼう)神農(しんのう)の対面を許す事態になる。

 

 ……羿(げい)としては、警戒半分、楽観半分の部分があったのは認める。

あの『和』を成功させた十王会議からこっち、今ならきっと勾芒(こうぼう)神農(しんのう)と接触してもそこまで酷い事にはならないだろうなとどこかで思い始めていた。

 

 果たしてその予見は半分正解していたが、半分は別の方向へすっ飛んだ。

 

 

 

「ほう、貴様があの薬酒の源泉、神農(しんのう)か。

……かような猿人があのような神秘を造り出してみせるとは……」

 

「フン、またナントカ人とやらが増えたのか。どいつもこいつも統一性のない出で立ちだな。まったく羿(げい)と同じ種族とは思えん。

 

……しかしお前、なんで下履いてないんだ? 女なのは解るが、痴女なのか?

 

 

あ? キサマ、ハダカに葉っぱな分際で今わらわにケンカ売ったのか、あ゛あ゛??

 

 

 

 考えてみれば、唯我独尊と疑心暗鬼が衝突したらジョートーのキメ合いに発展するのはコーラを飲んだらゲップが出るのと同じくらい当たり前な事だった。

 

 同時に羿(げい)は思う。争いは同じレベルの者同士でしか発生しないのだと。

下が無いのと上が無いのを比べる行為は、誰がどう見たってどんぐりの背比べどころの話では無いと思う。両方アウトだ。口にはしないけど。いや、下の方がヤバさは上か?

 

 事態はすわ殴り合い勃発かと言う所まで行った。

勾芒(こうぼう)も女とは言え実はかなりの体育会系である。農家は体力が無ければいけないらしい。あの羽の手をどう畳んでいるのか知らないが、しっかり拳を握って見せる。

武器や手勢を使おうとしていなかったのは『野良ザル相手に表道具は用いぬ』的なアトモスフィアだったのか。

 

 対して神農(しんのう)桃花村(とうかむら)付近にいた機械衛兵くらいなら軒軒(けんけん)を庇いつつ何とか出来る程度の動けるデブである。

頭頂部が寂しいどころか枯れ果てたカッパなお年ごろであったとしても、その腕っぷしは健在であった。

汚い乳首と脂肪の下にはちゃんと筋肉が宿っている。

 

 羿(げい)としては二人の剣幕よりも、勾芒(こうぼう)の連れて来た二人のキョンシー兵のうち小さい方が、四季閣(しきかく)の一画になぜか置いてあるドラの前で、ともなればゴング代わりに鳴らさんとバチを構えつつソワソワしながらタイミングを見計らってた姿の方が非常に印象に残っていた。

アレはしつけがなってる方なのだろうか。それともなっていない方なのだろうか。

 

 なお、そんな事態は四季閣(しきかく)が誇る天下無敵軒軒(けんけん)の一喝による両成敗にてしっかり終息した。

もうあいつ一人で良いんじゃないかな。

 

 

 ……で、どんな紆余曲折を経たのか。

羿(げい)勾芒(こうぼう)が持ってきた毒を醸した薬酒と目玉蓮根で酒盛りする三人と言う、とても不思議な図が完成するのである。

 

 

 蓬莱(ほうらい)では一応高級品に挙げられた目玉蓮根。

それを怪訝な顔をしながらそれでも口に入れつつ、動揺を隠せずに神農(しんのう)が一人ごちた。

 

「目玉を生で食うとかさすがバケモノ、と思ったが……本当になんなんだコレは。

しゃくしゃくと瑞々しく、さわやかでかつ濃厚な味わい……くやしいが、非常にうまい。

しかし見た目と全然違うから脳が認識を拒む。本当に何かの目玉じゃないのか?」

 

「フン。わらわの手掛けた最高傑作の一つじゃ。

このグレードともなると本来は口に出来る者が限られる。心して食すが良いぞ」

 

「お前ら太陽人と言うヤツが、こう言った作物を自在に作り出すほどの技術を持っている事は良くわかった。……しかし、なんで見た目が目玉なんだ」

 

「気にせず素直に受け入れよ。説明しても、どうせお主の頭と知識では理解できん」

 

「……フン」

 

 おもしろくなさそうにブスくれながら、神農(しんのう)は盃の中身を煽った。

 

「まあ、そうだな。認めよう。軒軒(けんけん)が教えてくれようとしていた永生炉?……についても、俺はとんと理解が出来なかった。

それが悍ましいもので出来ている、と言うのは流石に理解できたがな。その理由も、そもそも何をするものなのかと言うのも、何度聞いても良くわからなかった」

 

「……そちらの方が普通であろう。前知識も何もなく、元能エネルギーなんてものも知らず、原始的な生活を続けて来た者に対してコールドスリープやメタワールドを理解しろなどと。

わらわは厳しい方だと言われてはおるが、さすがにそんな無茶を要求したりはせぬ。

……アレは、理解できた軒軒(けんけん)が異常なのじゃ。

羿(げい)、貴様の仕込みか? ともすればアレは、わらわ自ら暮守(くれもり)に取り立ててやっても良い域におる」

 

「いいや。軒軒(けんけん)と一緒に居た2年で、確かにいろんな話を聞かせはしてきた。

だが……あの好奇心と聡明さは、あいつの立派な才覚だよ」

 

 きっと、猫弈(みょうえき)の影響も少なからず受けてはいるのだろうな、とちらりと思う。

暇を見つけてマユツバな思いで羿(げい)も『七想記』を斜め読みしてみたが、そこかしこの設定に猫弈(みょうえき)のインテリジェンスな部分を思わせる部分が点在していた。

なるほど、普通に面白い物も書くのだなと妙な納得をしたのも覚えている。

本当に、これであの(ヘキ)さえなければ。

 

 軽く首を振って視線を落とす。

 

「俺としては……それでも悍ましい物であると理解出来てなお、俺に対しての態度が変わっていないのが不思議だ。

永生炉は理解できなくとも、桃花村(とうかむら)の真実は理解できたのだろう?

……お前は俺に、恨み言があるんじゃないのか」

 

 覇気のない羿(げい)の様子に対し、神農(しんのう)がつまらなそうに鼻を鳴らして応えた。

 

「何度も言ってるぞ。俺は、自分の目で見たモノしか信じちゃいない。

―― それはつまり、自分で理解した物しか評価しないという事だ。

お前の所業は解ったが、その内容を理解できないのに何か評するほど俺の頭はマヌケじゃあない。

……まあ、こうやってここで過ごす前だったら反発していたかもしれないが。

今ここに至れば、少なくともお前が悪趣味や狂想、我欲からこの蛮行を続けてるとは思わん。お前らにとっては絶滅から逃れるために縋った、不本意でもか細い希望の糸だったという事ぐらいは理解してるつもりだ」

 

「……」

 

「だから、俺が気になるのはその先だな。……つまるところ、俺たちはこの後どうなるんだ?

何か変わるのか? それともこのままなのか?」

 

 勾芒(こうぼう)が小気味よさそうに笑う。

 

「蓬莱晩年の愚民どもに聞かせてやりたいセリフだな。ただただ自分だけは助かりたいとギャーギャー反射的に騒いでいたあ奴らよりもよほど冷静で弁えておる。

わらわの関わった猿人共も、素直でどこか冷静なものばかりであった。

この点に於いて、おぬしらは明確にわらわ達より優れておると言える」

 

 羿(げい)は思わずドラの傍でソワソワしてたやつを顧みて「冷静……?」と訝しむが、口に出すのはやめておいた。

 

 盃の中身に視線を落とし、その水面に映った自分の顔を眺めながら答える。

 

「……俺としては、永生炉からの解放を進めたい。お前たち猿人を蒼藍星(そうらんせい)に返す事を考えてる」

 

 その様子を見定めるように、煽るようにして勾芒(こうぼう)が言った。

 

「ほう……ならば羿(げい)、おぬしは永生炉を止める気なのか」

 

「いや……永生炉には手を入れられる余地がまだ結構残っている筈だと思っている。

魂境(こんきょう)のクロックを落として眠った者達の処理能力を少し維持に割り振れば、全体として必要な処理能力を下げられるのではないかと。永生炉から出たくない者達もその方向なら受け入れるのではないだろうか。

同時に、ソフトウェアの面から並列処理の拡張性を補強する。その上で新しくCPUを増設し

、猿人への依存度を緩やかに下げていく。

……俺の作ったシステムは、元々そう言った事が出来るように拡張性を持たせて設計している」

 

「ふむ、準備の良い事じゃな。しかしその為の資材はどうする? 蒼藍星(そうらんせい)から発掘するのか?」

 

「いや、その方向はなるべく取りたくない。蒼藍星(そうらんせい)天禍(てんか)をばら撒く可能性があるからだ。その辺りの小惑星からの採掘を考えたい……が、効率の良さそうな場所について実は目星がついていてな。

この星系、恒星の周りをいくつかの惑星が回ってるのだが、その恒星から蒼藍星(そうらんせい)までの距離に倍するほどの位置に小惑星帯が広がっていた。*1

雑にスキャンをかけてみたが、金やプラチナ、鉄なんかが豊富に見つかった。それなりに大変だが、あそこを採掘すれば、必要な資材は多分集まる」

 

 勾芒(こうぼう)の目が呆れに染まった。

 

「……貴様、そう言うのを見つけるの本当に得意じゃな。

となると資材状況によっては不可能とされていた元能波のマスキングさえ……いや、さすがに人手が足りんか」

 

「衛兵のいくつかを改造すれば、作業マシンとして人手に加える事も十分可能だろう。

崑崙(こんろん)ほどムチャかつ大規模な計画にはならない」

 

「なんじゃお主、自覚しておったのか」

 

「……お前ら、頼むからわかる言葉で話してくれ」

 

 質問した筈の神農(しんのう)が置いてけぼりにされて、途中から理解を放棄しため息を付いていた。

天道議会十王は、例外はあるが基本的に技術屋集団だ。

その面子と酒を飲むともなれば、こうなるのも無理は無かったのかもしれない。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 この件を境に、四季閣(しきかく)のデジタル的な隠蔽は遂に完全開放される事になった。

あの十王会議からこっち、隠蔽する意味は薄くなっていたから、いつかはこうなっていただろうなと思ってはいた。

 

 だがいざ解放してみると、そもそも『神農(しんのう)の事が知れ渡ったら誰かがモルモットにして来るんじゃないか』とか、『有用な猿人がいるのが分かったら別の方向に利用する計画が立ち上がるんじゃないか』とか、そんな警戒を持っていたこと自体が不信による幻想でしかなかった気がしてくる。

 

 ……蓋を開けてみれば、ただ自分が臆病なだけだったという事なのだろうか。

太陽を信じられずに余計な警戒をしていた。それだけだったと言う事なのだろうか。

 

 それが取り払われたのなら、これもまた一つ『調和』に近づいたという事なのだろうか。

 

 四季閣(しきかく)を解放してから、ぽつぽつと太陽の来客が増えた。

色々解析を諦めきれていない勾芒(こうぼう)が、毒物や肴を持って神農(しんのう)を訪ねるだけではなかった。

 

 戦神計画の事を聞きに、截全(せつぜん)がやって来る事もあった。

混元紀当時の時を僅かながらも過ごしていた蚩尤(しゆう)に、(せつ)国の事や『別れの書』の事を聞いたり、そこに()が混じって会話が弾んでいる光景も見られた。

 

 時折、奄老(えんろう)四季閣(しきかく)に足を運ぶ事すらあった。

目当ては山海9000で、どういう心境の変化があったのか新崑崙(こんろん)中に分散された荷の目録を作っているようだった。

(せい)の手を握りながらぶっきらぼうに、しかしきちんと対応している山海9000も印象的だった。

 

 誰しもが、少しずつ変わっていっているのかもしれない。

あるいは、十王に名を連ねたばかりのかつての頃に、心境が戻ってきているのかもしれない。

 

 

 

 ―― その上で驚いたのは、纏足ゆえにそうそう出歩かない女媧(じょか)までもが、伏羲(ふくぎ)を伴って四季閣(しきかく)に顔を見せた事だ。

 

 

 

「……ねえ羿(げい)、あなた、色々開き直って随分な劇物を放りっぱなしじゃないかしら」

 

 

 

 通信でやり取りするのはマズい話題だと思ったのだろう。

他にも軒軒(けんけん)を見に来たとか、神農(しんのう)を見に来たとか、ついでの要件はぽつぽつあったらしいが、そのついでをそぞろに済ませると、女媧(じょか)は軽く人払いを要求した上でそう切り出した。

 

 主語が無かったが、何の事を言ってるのかはすぐに察する。

九日百科の事だろう。

 

 十王会議の時に配ったタブレットはそのまま皆に贈呈した。

以降の会議でも普通に手にしていた辺り、アレの利便性については十分浸透したという事なのだろう。もちろん羿(げい)もそのまま使用し続けている。

 

 如羿(じょげい)が解放されてから、特に会議が無くともあのタブレットは方々で使い倒されていた。手軽に如羿(じょげい)の検索、分析、解説を受けれて、かつ施策のシミュレーションもすぐに行え、しかもUIが使いやすい。

世が世なら、太陽人一人につき一つ持ちたがるデバイスになった事だろう。

平たく言えば、責任感がありハルシネーションが皆無で回答が正確なChatGPTである。誰だって飛びつく。

 

 さて、そのタブレットでアクセスできる情報だが、猫弈(みょうえき)の著書が普通に含まれていた。

誰でも深掘りしようと思えば、容易に九日百科に辿りつく事が出来る状態になっているのだ。

 

 そしてChatGPTのように、如羿(じょげい)は『これを書いた猿人の正体が気になりますか?』と聞いたりはしない。

自分で深掘りしようとしなければその劇物に目を通すようなことは無かったのである。

……さてはて、現時点で九日百科に目を通した太陽はどれだけいるのか。

今のところ、四季閣(しきかく)にいる面々以外は誰もそれに触れた話題を出さなかった。

 

 ただ一人、目の前の女媧(じょか)を除いて。

 

「……読んだのか」

 

「とんでもない猿人もいたものだわ。わたくしは、どうしてこの事について今まで議題が立ち上がらなかったのか不思議で仕方ないの。

もしかして、みんな忙しくて全く見ていなかったのかしら」

 

「……」

 

 どうなのだろうか。

 

 やはり今まで話題に出していなかったが、神農(しんのう)の事を把握していた辺り、少なくとも勾芒(こうぼう)は九日百科を読んでいた筈だと思う。

 

「……どう扱えば良いのか決めかねているか、あるいは気にしてもしようが無いと割り切っているのかもな」

 

「あなたは?」

 

「俺か。俺は……どうだろうな。最初は随分と振り回されたが。

結局、気にしない方が精神衛生的にも良いと言う知見は得た」

 

「だからって他のメンツにもそれを要求して放りっぱなしにするの良くないと思うわ」

 

「いやそんなつもりは無くて……見たら見たで、各々で考えて折り合えつけて貰えばなと」

 

「各々で折り合い!?皆が見る事になるって言うのよ!?

あんな……あんな、艶めかしく乱れながらお兄様と同衾するなんて!!

 

まって真剣に何の話???

 

 女媧(じょか)が火照る頬を覆いながら、何かを振り払うように頭をよじった。

当然羿(げい)の声は聞こえていない。

 

「あんなの……あんなの、困るのよ!!あなたの赤裸々な所を垂れ流すのはもう勝手にすれば良いけれど、それにお兄様を巻き込まないでちょうだい!?

良いじゃない、軒軒(けんけん)()とよろしくやっていれば!数だってそっちの方が

多かったわ!!」

 

カップリング比率が分かるほどに読み込んじゃったの???

 

 羿(げい)は思わずキャラが変わってしまうくらいに気が遠くなった。

そして猫弈(みょうえき)は自分と()、そして軒軒(けんけん)と掛け算するのがお気に入りだったという事を知った。

そんな情報、一生知りたくなかった。

 

「それに……それに、わたくしとお兄様がイチャイチャするのもいくつかあったけど……は、恥ずかしいわ。さすがに、他の人には見られたくないの」

 

「!?!?」

 

「おい、そのお兄様がおまえを二度見してるんだが???」

 

 お兄様も寝耳に水の情報だったらしい。

リアクションを見るに、変異体の知能低下デバフを貫通している気がする。

そして猫弈(みょうえき)の節操がなさすぎる。

日記を見るに途中までは太陽をネタにするのを我慢していたように見受けたのだが、ライン越えたらどういう勢いで書いていたと言うのか。

 

「ま、まあ、そう言うのを置いておいたとしてもよ……?いえ、置いておきたくはないのだけど、話が進まないから置いておいたとして。

猫弈(みょうえき)の書は危険だわ。日記も、物語も、後その……羿(げい)のおしりがすごく弱い本もよ」

 

言い方

 

「視座が特殊なのよ。わたくしだって書は嗜むし執筆もするからわかるわ。

アレはわたくしたちとは全く違う視座を持って書かれてる。だから、わたくしたちには思いもつかない発想がポンポン出てくるの。

そういうものに、大抵人は惹かれたり影響されたりするわ」

 

「……特殊なのは視座ではなく(ヘキ)だろう。こんな下劣なコンテンツにそこまで身構える事こそアホだと思うぞ」

 

 ジト目で睨む羿(げい)の表情には不満と反意がありありと浮かんでいる。

猫弈(みょうえき)の被害者No1であるが故だった。

それでも女媧(じょか)は首を横に振る。

 

「いいえ、視座よ。

(ヘキ)の方はまあ……冷静に考えてみれば嗜好としては有り触れてるし、オープンなだけじゃない。確かにつつましさが皆無だとは思うけれど」

 

「つまりはそれが全てだ」

 

「……ならねえ、羿(げい)。聞くのだけれど。

猫弈(みょうえき)の九日百科に照らせば、この世界はゲームでありわたくし達はそこに出てくるただの登場人物でしかないわ。

でも九日百科や日記を紐解いても、何処にもわたくしたちを軽視するような視点や上から見るような書き方が無かった。

事象への考察、(ヘキ)やミームと思えるようなものを除けば、物語の黒幕である易公(えきこう)に対してでさえ、キャラクターを軽く見たり展開や人格に文句を付けたりするような勝手な事は全然書かれてなかったわ。

血の通った敬意が先に来てるのよ。

 

―― ねえ、羿(げい)。あなた、創作物のキャラクターや世界に対して猫弈(みょうえき)ほど真剣に敬意を持つようなマネできる?」

 

「……」

 

 真剣な女媧(じょか)の言い方に、羿(げい)は気付かず視線を逸らしていた。

 

 脳裏をよぎるのは九日百科の前書きに記された、猫弈(みょうえき)の警告。

我思う、故に我あり(COGITO ERGO SUM)』を挙げ、書に何が書かれていようとも、その命と人生は間違いなく自分たちの物であると念を押していた文章。

 

 それは物語の中の人物ではなく、血の通った人間への『敬意』だった。

 

「だからあなたも影響されたのよ。……いいえ、あなたが一番影響されたんだわ。

あの十王会議は、猫弈(みょうえき)の影響があったからこそ今に繋がる転換点となり得た」

 

 ―― 『敬意を払え』

 

 その考え方は、軒軒(けんけん)を通じて猫弈(みょうえき)から学んだ言葉だった。

その所は羿(げい)本人も認めている。

……この流れでそれを認める事ほど癪な事は無かったが、しかし的を射ていたが為に羿(げい)は何も言い返せなかった。

 

「ねえ、羿(げい)。そうやって人とは違う視座を以て、人々に影響を与え、その道を照らす人達の事をわたくし達はなんて呼んでいたかしら?」

 

「…………。

……『太陽』、か?」

 

 女媧(じょか)は神妙に頷いて見せた。

 

「そうよ。猫弈(みょうえき)の書は、わたくしたち十王にすら影響を与える太陽になり得てるわ。

太陽を照らす太陽……だから危険なのよ。新たな発想程度ならまだ良いけれど、体制や考え方に強烈な変化を及ぼすような影響を太陽にもたらしたら。

……三界計画が成った後なら良いわ。でも、今のタイミングで太陽が変節したら新崑崙(こんろん)は一体どうなってしまうの?

変化とは常に、良い方向に倒れるとは限らないわよ?」

 

 それは、技術集団である天道議会から一歩引いた貴族の視点を持つ女媧(じょか)だからこそ出来た警告だったのかもしれない。

 

 そして実感の籠った警告でもあった。

天道議会の変節は、十王こそが何よりも実感していたのだから。

 

「……猫弈(みょうえき)の書全般に、アクセス制限をかけるべきと。

つまりは、そう言う事か?」

 

 結論に入った羿(げい)の言葉にしかし、女媧(じょか)はただ視線を伏せた。

 

「……わからないわ。無責任だと思うけど……どうすれば良いのかなんて、ずっとわからないの。

その『変化』が無ければ希望は見えなかった。今は無かった。わたくしは貴方の手によって、黙したお兄様の棘に貫かれ、お兄様と共に双子の道果になっていた。

……そして今になってなお、わたくしはその未来でも悪くないと思ってしまうの」

 

 伏羲(ふくぎ)の体に頬を寄せ、縋るように目を閉じる。

 

羿(げい)、あなたは読んだかしら?『九日 Nine Sols』はある神話をモチーフにしているそうよ。

フフフ……その神話の中で、わたくしとお兄様は夫婦なんだっていうの。しかも『三皇』と呼ばれる帝王がわたくしとお兄様よ。

わたくしは人を作り、お兄様が文化を作った……猿人の神話はなかなかセンスがあるわね」

 

 ……それ確か、『三皇』最後の一人は神農(しんのう)だと言う話ではなかったか?つまりお前ら神農(しんのう)と同等って事なんだが。

羿(げい)は指摘しようと思ったが、女媧(じょか)の目が少しばかり昏かったので心に留めるだけでやめておいた。

 

 ちなみにその神話において、羿(げい)(こう)(姮娥)もまた夫婦だったそうな。

羿(げい)としては内心複雑しきりであるが、それ以上に猫弈(みょうえき)(こう)×羿(げい)本も書いていた事実を羿(げい)は知らない。

なお、(こう)のポジションは左である。ここでも羿(げい)のお尻はとても弱いらしい。人の業は深かった。

 

 女媧(じょか)が続ける。

 

「わたくしはお兄様と居れればそれで良いの。三界計画が成った後は、この新崑崙(こんろん)でお兄様と一緒に過ごすわ。変異体の体となってね。

……フフフ、これだけはお兄様がなんと言おうとも曲げてあげないんだから。諦めて頂戴ね?」

 

「……」

 

 伏羲(ふくぎ)の反応は少なかった。

だが、どこか葛藤しているようにも見える。

 

「でもだからこそ、この件についての選択はわたくし以外の人がするべきだと思ったわ。

この先の新崑崙(こんろん)においては、耐性や考え方の変節なんて関係ない筈だから。

……わたくしはただ、警告しに来ただけ。選択を委ねに来ただけ……

ただね、羿(げい)猫弈(みょうえき)の書が、単なる(ヘキ)を書き綴った汚物入れ程度に見ているなら、少し改めた方が良いと思うわ。

どんな形であってもこの書は、確かに光になり得てしまってるのだから」

 

 そう警告した女媧(じょか)の言に、羿(げい)は書と出会ってからこっち、自らが歩いてきた道のりを想い「……そうだな、覚えておこう」とかろうじて返しただけに留めた。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― すべては玉石混合……いや、これはもはや玉『糞』混合か。それをし続けた猫弈(みょうえき)のせいだと未だに思う。

『何もしないことを選択した』とかそう言う類の話はもはやどうでも良い。

とにかく玉糞混合で(ヘキ)をバラ撒き続けたのだけはどうしても許せない。

 

 それさえなければ真剣に、書に対する議題を挙げる気にだってなれてたのである。絶対。

 

 どうすれば良かったのかは未だに解らない。

書に対する扱いを何か考えていれば良かったのか?

ともすれば、果たして女媧(じょか)の言うように、それが書の影響によってもたらされた事だったのかも怪しいものだ。

 

 ただ気付けば、もう取り返しのつかないところまで終わってしまっていた。

 

 誰もが四季閣(しきかく)に足を運んでいた状況になっていた時期に。

そう言えば、易公(せんせい)だけは未だに通信越しのやり取りで四季閣(しきかく)までは来ていないなと気付き。

 

 羿(げい)にしては珍しく、軒軒(けんけん)に頼んで東坡肉(トンポーロー)を作って貰い、それと薬酒を差し入れに軒軒(けんけん)を伴って天禍(てんか)研究所に足を向けた時にはもう、全てが終わっていた。

 

 

  こんな事、全然望んでいなかったのに。

そこに待っていたのはもはや完全に変異してしまった師の姿と、そして ――

 

 

*1
火星と木星の公転軌道の間にある小惑星帯の事。メインベルトとも呼ばれる。




 スランプ続きでしたが、そろそろ最終回です。
たぶん次回か、そうでなかったらその次くらいに。
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