猫のあしあと   作:のーばでぃ

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青嵐剣舞

如羿(じょげい)による訳文

甲辰年臘月壬子月丙午日

 

 

 いよいよ祭りの日を明日に迎えた。

最後の晩餐なんで食糧調味料大放出、猫弈(みょうえき)姉さんが渾身の腕を振るって、食べきれないから近所の子呼んでささやかに宴の席を設けたら7~8割食い漁られた。イナゴか貴様ら。

味見でしか食えなかった品がいくつかあった。ちょっと酷過ぎると思う。

「太陽様のところで良い物食って来てくれよ」じゃないんだよ、私は明日死ぬんだよ。

いっそ真実伝えて曇らせるぞ貴様。

後片付け手伝ってくれたのは軒軒(けんけん)くらいだ。

 

 私がこうして書を編むのも、これで最後になるだろう。

羿(げい)、私は別に恨んでいないよ。短い人生だったが、まあ中々楽しかった。不便も多かったけどね。

心残りもまああるが、それも含めての人生だ。なんだかんだ言って、私は好き勝手生きた。

それができる環境でもあった。

 

 蒼藍星(そうらんせい)……私が言う所の《地球》は、描写見る限りでは氷河期あたりだった筈だ。そんな厳しい環境の時代において、2年ごとに収穫があるとはいえ、結構な人間が飢えも渇きも寒さもなく幸福として生きられた。

家畜の安寧と言えばそれまでだが、でもそこに幸福は確かにあった。

普通に感謝しているよ。

 

 ……うん、あれ?氷河期になったのは太陽人の干渉のせいだったか?

今この新崑崙(こんろん)は太陽系にあるんだよね?

もしかして扶桑(ふそう)が地球に届く光を随分取り込んじゃったとかそう言うオチだったのか?

……まあいい、どうせ考えても解らんし結果も変わらん。些事だ些事。

 

 何様だと思うかもしれないけど、一つお願いがある。

私は好き勝手生きた上にこういうイタズラを残して逝くが、羿(げい)、あなたは一応大義を口にして人を殺すのだから、せめて勾芒(こうぼう)の「何がしたいのだ」という問いにしっかり答えられるようになって欲しいと思う。

 

 天禍(てんか)の猛威は止まらず、新崑崙(こんろん)は破綻し、その果てに義務と責任に追い詰められた易公(えきこう)は、理性のない不死身の化け物を指して『太陽人の向かうべき進化の形だ』と思い込む。いや、自分に言い聞かせたと言うべきか。

 

 こんな状況で王璽(おうじ)だの議会法典だのに意味はない。あるべきは、「結局どうしたいのか」と言うヴィジョンだ。

 

 それでも天禍に対抗したいのなら太陽は絶対必要だし、すべてを閉じて終わらせたいなら猿人を蒼藍星(そうらんせい)に返す選択肢も良いだろう。

蓬莱星(ほうらいせい)に戻って永生炉(えいせいろ)プロジェクトを続け、いっそそのまま太陽人をみな電子化してしまうと言うのも生存戦略としてはありだと思う。

ちなみに猫弈(みょうえき)さんは機械にも魂は宿る派です。

タチコマローゼンメイデンもなんなら初音ミクだってみんなみんな生きてるよ。

※翻訳不能。おそらく実例だと思われる。

 

 だからこそ、「殺す」と言う取り返しがつかない行動を起こすのならば、あなたの中で何がしたいのかを明確にしていて欲しい。

勿論、復讐に身を焦がして新崑崙(こんろん)ごと沈むと決めるのならばそれも良いと思う。

まあ、さすがに易公(えきこう)よろしく全太陽人化け物化計画を進める方向には倒れないと思うけど。

 

 だって、がむしゃらに進んだ後で振り返ったら全部破綻してたと気付くより、その方がよほど救いようがあるじゃないか。

もっとも、何を知ったようなことをと言う感想しか出ないだろうし、この書をそのまま真に受けるなんて事も無いだろうし、その場を経験しなければ実感もないだろうし、何なら全く現実とは違う事を述べている可能性もあるから、結局これはお願いですらなくただの『祈り』なのだけどね。

 

 ―― 最後に。

もし桃花村(とうかむら)の皆に『選定』の事実を伝える機会が来たとしたら。

 

 哪旺(なわん)吒明(たみん)の二人に、猫弈(みょうえき)は最後までお前らを恨んで逝ったと伝えてほしい。

 

 あの東坡肉(トンポーロー)は5時間かけて作った、私が一番楽しみにしていた一品だったんだ。死ぬ前の贅沢として特に気合を入れて作った物だったんだ。ごっそり行った上に「太陽様のとこでまた作ればいーじゃん、俺らはこれで最後なんだぜ?」とかのたまいやがったの絶対許さない。しかもあんだけ食い散らかしといて後片付け手伝いもせずに逃げやがった。こいつらは絶対曇らせる。絶対だ。食い物の恨みは最も恐ろしいという事を思い知らせてやる。

 

 軒軒(けんけん)に、今日の菜品(おかず)のレシピを残す。

ただし、あの二人には絶対に食わせるな。食われるな。

猫弈(みょうえき)は恨んでいるぞと伝え置け。

例え墓が作られ、そこに供えるなんて高尚なマネする事になったとしても絶対に許さん。

死んだら食える訳ないだろうが!!

 

 

 


 

 

 

「なぜコイツは、最後の最後で猫弈(みょうえき)なんだ……ッ!」

 

「素敵な子じゃないか。永生炉(えいせいろ)プロジェクトの真実を知り、自らが死ぬ原因が羿(げい)であることを知ってもなお、君に感謝して終わった。

わたくしは彼女もまた、確かな光を持つ子だったのだと思っているよ。

ぜひとも会ってみたかった。

 

そして、至言も残している。

 

《「何がしたいのだ」という問いにしっかり答えられるようになって欲しい》

 

……友よ、どうする?君はまだ、誰もその手に掛けてはいない。

所詮彼女の書だからと鼻で笑って聞き流すのも、しかして祈りを真摯に受け取るのも、君が自由に選択して良いんだ」

 

「……」

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 そして羿(げい)()は、四季閣(しきかく)の一画にて向かい合っていた。

 

 特に、これを見物している軒軒(けんけん)のテンションがすごい。

始まる前からワクワクが止まらないようだ。

大哥(にいさん)がんばれー!」と無邪気に応援なんかしているのを聞いて、羿(げい)はため息を付き()は微笑ましそうに笑っている。

 

 いつも通りの、すっぽり外套を被った状態の()を見て羿(げい)が言った。

 

「手足はそのままで良いのか?」

 

「別に戦う事や勝つこと自体が目的ではないからね。わたくしが本気で戦えば、ここを壊してしまうし軒軒(けんけん)達も危ないだろう。なにせ手札のひとつに重力場を作り出すような物もあるからね。

今の君の実力に興味はあるけれど、此度の趣旨はそれでは無い事はちゃんと弁えているよ。

……羿(げい)、君の方は出来そうかい?」

 

「さてな。だから、やってる内に体に教え込ませるんだ。何度も、何度も。

俺は昔からそうやって覚えてきた」

 

「それはとても英雄的だね。……さて、それでは始めてみようか」

 

 ふわり、と()の体が空に浮かび、外套の下からパラパラといくつもの(ひょう)が零れ落ちた。刃渡りが長く、ともすれば剣にも見える。

しかしそれらが地に落ちる事はなく、くるくる回転しながら()の周りに漂うと、その切っ先をピタリと羿(げい)に向ける。

 

「刃引きした物を用意出来れば良かったのだけど、あいにくこれしか手持ちが無いんだ。気の循環を怠ったら死ぬよ」

 

「こちらとて素人ではない、気遣いは無用だ。―― 来い!」

 

 その掛け声とともに、まずは小手調べとばかりに3本が矢のように殺到した。

当たれば普通にケガでは済まない速度だったがしかし、羿(げい)は冷静に的確にその(ひょう)を弾く。

 

 小気味の良い小さな銅鑼を叩いたような音が響いた。

羿(げい)がいつも聞く、防御化力の音だ。

相手に返るように弾いてみたが、しかしその(ひょう)()の力に絡め捕られて再びその周りを漂う。

 

「まあ、このぐらいはね。どんどん行くよ!」

 

 次の瞬間、()の周囲に漂っていた(ひょう)が一斉に舞い上がり、まるで意志を持った群れのように空間を縫って襲いかかる。

羿(げい)は一瞬調息し、地を蹴った。

パキンパキンとリズミカルに澄んだ音が弾けていく。そして体を勢い良く回転させ、(ひょう)のひとつを踏みしめて舞い上がった。

 

 ()の位置まで高度が届く ―― が。

 

(これではダメだ……太極蹴りでは)

 

 羿(げい)は敢えて攻撃せず、追加で迫る(ひょう)を弾いて着地した。

()は何も言わなかった。羿(げい)の意図を完全に理解しているからである。

その代わり、方々に離れていた(ひょう)を回収して再び衛星のごとく漂わせた。

 

 太極蹴りと呼ばれるこの技法は、気と共に回転力を乗せる事でエネルギーや攻撃を『踏む』ことが出来る。

高さを稼ぐ手段の一つでもあるが、その場合は踏む対象が無ければ成り立たない。

 

 今目指しているのはそこでは無いのだ。

 

 再び(ひょう)が放たれた。

仙歩で踏み込むように躱してさらに跳躍、気を足に集めながら空を蹴る……が。

当然、虚空を踏みしめても何の抵抗も返ってこない。

羿(げい)の身体はそのまま放物線を描き、(ひょう)の一閃が肩を掠めた。

 

「くっ……!」

 

 裂けた袖口から血が滲む。()は表情を変えず、次の手を打つ。

鏢が再び舞い、今度は上下左右から包囲するように迫ってくる。

羿(げい)は藻掻くように両足を使って虚空を捕らえようとするが、やはり何も手ごたえは帰ってこなかった。

身体は減速せず、むしろ無防備に落下していく。

 

(クソッ、違うこうじゃない! ただの蹴りではなく、もっと ―― ッ!?)

 

 だが、思考が追いつく前に、(ひょう)が一閃。羿(げい)は咄嗟に腕を交差させて防御するが、衝撃で空中の姿勢を崩し、背中から地面に叩きつけられた。

 

 軒軒(けんけん)の悲鳴が遠くに聞こえる。()はすぐに鏢を止め、ふわりと降りてくる。

 

「大丈夫かい? 今のは少し強すぎたかな」

 

「……いや、まだだ。もう一度だ、()

 

 羿(げい)は血を拭い、ふらつきながら立ち上がる。

その目には、確かな光が宿っていた。

 

「……わかった。ではさらに行くよ」

 

 再開の合図とともに、()の鏢が再び舞う。今度は数が増えている。八本。

それぞれが異なる軌道を描き、羿(げい)の周囲を囲むように迫る。

羿(げい)は跳躍。太極蹴りの構えを取るが、踏み込まない。

イメージしたのは太極蹴りではなく、呪符の方だ。

 

 防御化力により蓄えた気力を使って、呪符に注ぐが如く足に流動して一気に ――

 

 ―― パンッ!!

 

 乾いた音を立てて、羿(げい)の体がさらに舞い上がった。

成功だ。むしろ相対している()の方に笑みが浮かんだ。

飛来する三元剣の一閃をふわりと躱して楽しそうに口を開く。

 

「見えて来たね、友よ。それでは一段階進めてみようか」

 

 今度は外套から地球儀のような球体が零れ落ちた。

いや……地球儀ではない。地球に当たる部分がまるで銀河のような様相で黒く輝いている。

あるいは銀河義とでも呼ぶのだろうか。

 

 疑問もつかの間、その球が一瞬脈動して空間に穴をあけたような黒い渦を纏う。

 

「……!?」

 

 羿(げい)の体が小さな銀河に引き寄せられた。

重力場……いや、そこまで仰々しい規模ではない。抵抗も出来そうだがしかし、戦闘中で、しかも空中でこの引力負荷は問題である。

 

(もう一度……いや!?)

 

 そして羿(げい)を引き寄せる引力とは裏腹に、その渦から(ひょう)が飛び出してきた。

防御化力で凌げるほどに調息が出来ていない。

咄嗟に体をひねってやり過ごすが、皮一枚を滑る刃が頬に赤い筋を刻んで行く。

 

 そしてさらに銀河から(ひょう)が飛び出してくる。

その上で、羿(げい)は見逃していなかった。

先ほど掠めた(ひょう)が、弧を描いてこちらに戻ってきている事を。

 

 前後から鋭い流星が羿(げい)を挟むようにして飛来する。

 

 ―― そしてパキンと言う音が立て続けに響いた。

調息は、間に合っていた。

 

「素晴らしい視野と冷静さだ。常人であれば混乱のまま前後串刺しになっていただろうに」

 

 空を蹴り、再び同じ高度に戻って来た羿(げい)に心からの賞賛を送った。

唐竹に振り下ろされた三元剣が、()の目の前でピタリと寸止めされていた。

勝負ありだ。

 

 防御化力は相手の攻撃の力を己の気力に転換する。

調息し、的確にこれを捕らえられるなら、絶え間ない攻撃はむしろ羿(げい)への追い風だったのだ。

 

 二人の英雄が大地に戻ってきた。

 

 息を切らしながら羿(げい)は血を拭うと、懐から丹薬の入った煙管(きせる)を取り出し一服する。

吸い込まれた薬煙は瞬く間に羿(げい)の出血を塞ぎ、その傷を癒した。

……相変わらず、体に良くなさそうなほど急激な薬効だ。

 

 対する()は全くの無傷である。

勝った方が傷だらけ、なんて良くある物語のようであったが。

 

「凄かったよ大哥(にいさん)!! 空で剣がたくさん舞ってパンパンパンパンっって!!」

 

 軒軒(けんけん)は大興奮だった。

その様子を見て息を切らしていた羿(げい)が図らず大きく溜息を付いたのは、果たして今しがたの戦闘だけが理由なのか。

 

(……随分加減されていたな)

 

 自分もまた勝つことが目的ではなかったが故にいつものように()りに行ってはいなかったが、それでも自分なりに全力ではあったのだ。

が、うまい事あしらわれたと言った所だろうか。

 

(……)

 

 元方士(ほうし)団親衛隊副隊長。なるほど、太陽の中でも上位に入るだろう。

とはいえ()相手にこんな状態で、はたして本命である易公(えきこう)をどうにか出来るのだろうかと不安がよぎる。

 

 ……そう言えば猫弈(みょうえき)蚨蝶(ふちょう)()易公(えきこう)の3名を太陽の中でも別格に数えていた。

截全(せつぜん)の事を知らないという訳ではないのに、それでもなおこの3人だ。

 

 ()截全(せつぜん)より上を行っていると言うのは今の一戦で納得は出来た。

易公(えきこう)も師と仰いだからこそその実力は知っているが……蚨蝶(ふちょう)も?

あの荒事とは無縁のように見える女学者が、実は相当に戦えたのか?

そうだとするなら、能ある鷹が見事に爪を隠していたのだなと感心する事しきりだ。

 

「しかし相棒、今の一戦でまあ、目途がついたのは解ったが……本当にやるのか?

通天塔(つうてんとう)を登るなんて……無茶苦茶と言うか、まず考える方がおかしいレベルじゃないか」

 

 夸伏(こほ)が不安げに声を掛けた。

 

「仕方が無いだろう。天人エリアへ通じるエレベーターは閉ざされている。

()だって上層に登るのにエレベーターじゃなくて自力で行き来してるんだ。

……つまり、俺はそれを踏襲しているだけで考えがおかしいのは()の方だ」

 

「友よ、それはちょっと酷くないか」

 

 瑤池(ようち)遺跡は日昇楼から上層へ続く道を行くと、通天塔(つうてんとう)と呼ばれる、まるで雲に届けと云わんばかりの塔がある。

天神エリアへ物資その他の循環を担うライフライン施設となっているが、基本的に人が登る造りになっていない。

建設時に造られた足場がいくつか残っているだけで、それだって階段が上まで続いてるなんて言う行き来を想定したものではないのだ。

しかもそんな所なのに、なぜか警備システムが生きている。

 

 空を飛べる者でなければ、ここを登るのは自殺と同義なのだ。

 

「その為に空にて制動できる技術を会得したんだ。足を踏み外しても何とでもなるさ。

……最短で確認しなくてはならない。

もう、気づいたら何もかも終わってたなんて言うのは御免だ」

 

 ―― 次の目的は天人エリア。

そこで起こっている事を、その目でしっかり確認する事。

 

 それが羿(げい)の出した選択だった。

 




 ゲーム内でも2段ジャンプを覚えますが、それじゃなくて気力を消費してさらにジャンプできる的なスキルをイメージしています。
2段ジャンプが縦雲歩なら、こちらのスキルは空渡(そらわたり)とでも名付ける?
……いや、ネーミングセンスが中国じゃなくて和だなこれじゃあ。
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