猫のあしあと   作:のーばでぃ

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天禍変異体

 四季閣(しきかく)に笛の音が響く。

 

 どこか懐かしく、それでいて荘厳なメロディー。

この特徴的な、僅かに振るわせるかのような運指や吹き方は軒軒(けんけん)にとってとても難しかったが、毎日の練習でそれが随分と様になってきた。

 

 染み入るように瞑目して、()がその音色に聞き入っている。

いや、()だけではない。オーディエンスには夸伏(こほ)如羿(じょげい)も居た。

 

「―― どう? 結構うまくなってきたと思うんだ!」

 

 演奏を終えた軒軒(けんけん)は確かな手ごたえを感じて、はしゃいだようにそう言った。

()はそれが微笑ましくてたまらない。

 

「とても素敵だったよ軒軒(けんけん)。かつて、日昇楼(にっしょうろう)で奏でられた祈りの音色を思い出す……思わずしんみりして涙が溢れそうになってしまった。

歳を取ると、どうも涙腺が弱ってしまうね」

 

「……未だに信じられないんだよなぁ、()が村のおじいちゃんよりもずっとずっとおじいちゃんだっていう話。別に太陽人?が皆そうだってワケじゃないのは解るけど」

 

《私は太陽である()様を呼び捨てるあなたが信じられません。あなたの村、一応太陽信仰であった筈ではないのですか》

 

「あはは、なんか喋ってみるととても近く感じちゃってさ。

遠くて良く解らないから、なんとなくみんな線を引いて『太陽様』って呼んでたけど。

実際にお喋りしてみると、()算盤(さんばん)*1も丸いおじさんも、もちろん大哥(にいさん)もとてもスゴいしとても良い人だ!!」

 

 あまりに純粋で毒気のないその言葉に、如羿(じょげい)は言葉に詰まりつつ「私は機械なので太陽人ではありません」と小さく訂正するくらいしかできない。

()はコロコロと笑っている。なんなら、懐に飴ちゃんのひとつでも持っていなかったのを残念に思っているくらいである。

 

《―― しかし、とても懐かしいメロディーでした。軒軒(けんけん)、ここのところずっと練習していたあなたの真面目さと才能は、素直に感心せざるを得ません。

まるであの方が戻って来たかのようだ……》

 

(こう)か……確かに、あの子がたまに聞かせてくれた曲を思い出すよ」

 

 しんみりと肯定する夸伏(こほ)のセリフに、()が首をかしげる。

 

(こう)? どこかで聞いた名前だった気もする……はて?」

 

「ああ、お前は知らないよな。相棒の妹さ。ふんわりした穏やかな子でさ、たまに研究室に遊びに来てくれてたんだ。刺々しい相棒とは正反対で、そりゃあもうみんなのアイドルだったんだ」

 

「へえ、大哥(にいさん)は妹がいたんだね! ズルイや、僕は大哥(にいさん)の話ぜんぜん聞いた事ないんだもの」

 

「……俺が喋ったなんて言わないでくれよ。相棒はきっと、家族や昔の事は喋りたがらないと思う……結局、喧嘩別れして離別した筈だったから。

俺は未だにそれが心残りで仕方ねえ。例え、それを口にしたら「人の事情に口を出すな」と突っ返えされるのがわかってたとしてもなぁ……」

 

 俯く夸伏(こほ)を見て反射的に「今からでも仲直りすれば良いのに」と口にしそうになった軒軒(けんけん)ではあったが、その表情から今その家族たちがどうなったのかをなんとなく悟り、沈黙を返すことしか出来なかった。

 

 ……そう言えば、この笛もこの曲を吹くと言う話になった時、羿(げい)から渡されたものだ。もしかしたらこの笛は……

 

 この笛を手渡してくれた時の羿(げい)の表情を思い出す。その意味をなんとなく察して、軒軒(けんけん)は大切なものを扱うように笛をそっと握り直した。

 

「しかし不思議だね。その子はこの曲を知っていたのか。もうずいぶん前に失伝して、わたくしの持つ楽譜の形でしか残っていないと思っていた。存在すらも忘れられて久しいと。

何らかの、わたくしの知らない形で細々と受け継がれてきたのなら、これほど嬉しい事はないけれど……」

 

 羿(げい)()の出身の為、地理的にありえない事ではない。*2

しかし永い時を経てみんなの記憶からも泡のように溶けて行った物事を多く知る()としては、そのあたりにあまり希望的な考えを持つことが出来なかったが。

 

「―― 扶桑(ふそう)から、教えて貰ったとかだったりしてな」

 

扶桑(ふそう)から……?」

 

 ()が顔を上げた。

 

 (こう)は扶桑とお喋りが出来た……猫弈(みょうえき)が書の中で示唆していた事を思い出し、思わず口にしてしまった夸伏(こほ)であったが、そのあまりにも非科学的な仮説に自分で顔を赤くして「ただのジョークだよ」と言い繕った。

 

 よもや古木樹が、人の吹く笛の音を覚えていて、はるか未来に伝えたなどと。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「くそ……なんなんだアレは! あんなモノが進化の行く末だと……!?」

 

 古木樹ノードから出て来た羿(げい)は、開口一番に怒声を上げた。

怪我を無理やり丹薬で直したのか、所々に乾いた血がこびり付いている。

その姿を見て真っ先に軒軒(けんけん)が「大哥(にいさん)!?」と悲鳴に近い声を上げたが、羿(げい)には最早それを気にする余裕が無かった。

 

 噛みつくように声を張り上げる。

 

()、手伝え!! 水を止める! ……もはや手遅れだが、このままでは汚染が広がるばかりだ!」

 

 当然、()は何を言っているのかわからない。

 

「……落ち着いてほしい、友よ。一刻一秒ほどの猶予すらままならないと言うならともかく、説明する時間も取れないかい?」

 

お前はアレを知っていたんじゃないのか!?!?

 

 普段は努めて冷静さを保っている羿(げい)が、その激情のまま声を上げた。

しかし、絶句しながら羿(げい)の様相を見る一堂に、そしてその中に()の物も含まれているのに気付き、「……すまん」と小さく謝って大きく深呼吸を繰り返す。

 

 頭を振った。

 

「天人エリアはもう駄目だ。居住区の水が汚染され、変異した不死身の化け物が徘徊している。

『見ると聞くでは大違い』の典型だ……! 猫弈(みょうえき)の書だからと半分眉唾で見てきたが、アレは決して軽く扱って良い事態じゃないぞ!?

今は休眠期だから全滅までまだ至っていないが、皆が起き出したら大変な事になる!!」

 

 そう言って、玄蝶(げんちょう)に記録された天人エリアの悍ましい有様を空間に映し出した。

……普段なら軒軒(けんけん)のいる場所でこんな愚を犯すことは無かったろうが、それだけ羿(げい)も取り乱していたという事だろう。

 

 さもあらん。

 

 そこに映し出されていたのは、本来美しい景観をしていたと思わせる、趣のあるデザインの施設が広がった場所に、そこかしこにへばりつく彩度の高いピンク色の肉片。

そこから突き出る骨のような長く鋭利な棘。

 

 その肉片に寄生されたのか、蠢くそれを張り付けながら、もはや面影しか残っておらずに徘徊するバケモノの姿。

 

 羿(げい)の呪符によって破壊されたのだろう個体がみるみるうちに再生して、再びその爪を剥き、獣のように飛び掛かってくる。

余りの臨場感のある映像に軒軒(けんけん)が「ひっ!?」と悲鳴を上げた。

 

 呆然と呟く。

 

「なんだこりゃあ……この気色悪い腫瘍、まさか天禍(てんか)か? 認めたくない程に悍ましいモノになっているが……!

いや待て、まさか天人エリア全体がこんな有様なのか!? 女媧(じょか)伏羲(ふくぎ)は何してる!? 暮守(くれもり)達は動いてないのか!?」

 

「俺が知るか……! 奴らには会っていないし、そもそも何か対策が動いているようには全く見えなかった。ならば、()()()()()なのだろう」

 

「なんてこった……!」

 

 夸伏はもはや、瞠目して映像を見つめる事しか出来ない。

 

「……易公(えきこう)が、わたくしの細胞と扶桑(ふそう)を掛け合わせて、『新しい太陽人』を見出そうとしていたのは知っていた。

不老不死の体を経て、太陽人の文明を永遠の物とする事を目指していたと。

実物に興味はなかったし、()()()()()()()()()()()()()()わたくしは放置していたのだけど……

なるほど、『見ると占うとでは大違い』という事か。

わたくしの体をどうにかしたら、あんな悍ましいものが生まれてしまうのか……?

わたくしはいったい何だと言うんだ……?」

 

 ()も、あまりの悍ましさに愕然と立ち尽くしている。

 

「ね、ねえ……これ、太陽様の国なんだよね? それがこんなになってるなら……父さんと母さんは? 猫弈(みょうえき)姉ちゃんは?」 

 

「……」

 

 震えながら問う軒軒(けんけん)の言葉にしかし、一同は何も答える事が出来なかった。

 

 沈黙の後、最初に声を出せたのは()だった。

 

「……水を止めるのを手伝うのは構わない。ただ、通天塔から続くライフラインは勾芒(こうぼう)の管轄だ。彼女の説得は大前提になるだろう。

彼女なら水の浄化システムについても何か知っているかもしれない」

 

 その内容に、苦々しい顔をしながら羿(げい)が視線をそらす。

 

「……。じゃあ、()勾芒(こうぼう)を説得しに……」

 

「わかっているだろう? 友よ。

おそらく通天塔と水・酸素生成エリア双方の操作が必要になる。

その時、飛べる私は通天塔にいるべきだという事くらいは。

……それにこれは、一つの区切りとするべきじゃないのかな。君に課せられた試練なのだと、わたくしは思うよ」

 

「……それも占いか?」

 

「いいや。こっちに来てから、わたくしは努めて()()()ようにしているんだ。

わたくしにとってそれは少し難しい事でもあるのだけれど。それでも君に運命を壊されてから、いつまで続くか解らなくとも、『選ぼう』と努力はしているつもりだよ。

 

―― 友よ。だからこそ君にも、向き合って欲しいとわたくしは思っている」

 

 白濁した双眸を開き、()はまっすぐに羿(げい)を見つめる。

 

 まるで大人に怒られる子供のように視線を漂わせる羿(げい)だったが、やがて事の成り行きを不安そうに見守る軒軒(けんけん)を見て、ガシガシを頭を掻き、観念したように頷いた。

 

「……わかった。やってみよう」

 

 運命なんてものはなく、人生は自分で選択するもの。

()にも軒軒(けんけん)にもそう言って見せた。

そしてこれは、間違いなく自分の選択によって現れたものだ。

 

 ならばそこから顔を背けようとするのは、自分で否定するのも同じだったが故に。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― 姉ちゃん、僕ら向けに色々書いてくれる事もあるんだけどさ。

 

 短編の冒険活劇が一番好きかな。登場人物がすごく生き生きしているんだ!

正直、僕が書いてる武侠小説にもそういう所参考にしてたりするよ。

 

 コツがあってさ。簡単な事で良いんだ。

 

『敬意を払え』

 

 それだけだって言ってた。

 

 ―― あのね、出てくる人たちにもちゃんと人生があって、思いがあって、葛藤の果てに今に至ってるんだ。英雄も、悪役も、皆そう。

だから安易に出して安易に動かすと、すっごいぺらっぺらになっちゃうの。

あるいは設定や性格がしっちゃかめっちゃかになって、矛盾だらけの人間が出来上がっちゃう。

 

 だからどういう人生を送って来たのか、この人のすごい所はどこか、苦手なものは何か、ちょっと考えるようになったらすっごい自然に息付いてくれるようになったんだよ!

……まあそのせいで思い通りに動いてくれない所もあるんだけどね。

 

 これ、人間相手もそうなんだって。

 

 相手を自分より下に見てたらいい関係なんて作れる訳が無いし、相手の言い分をすべて否定してたらより悪い結果に転がって行く。

聞く事、認める事、興味を持つこと。すべて『敬意』から始まるんだって。

そして敬意を払えるからこそ、人は成長し、発展してく事が出来るようになるんだって。

 

その人が言ってることが本当だとしたら、どうなるんだろう。自分はどうするんだろう。世の中はどこに向かうんだろう。

嘘だとしたら、そういう理由は何だろう。自分はどうするんだろう。そんな深掘りも考えていくと楽しいよ。

 

 だから『敬意を払え』って言うのは、人間として、とっても大事な事なんだって。

猫弈(みょうえき)姉ちゃんとは色々お話ししたけれど、この話が一番印象に残っているかな。

 

 

 

 ……でも、コッショリ僕と太陽様がエッチいことする話を書くのには敬意持てないかな……深掘りしたらヒドイ事になりそうで。

 

 ―― 今思い返してみたら、アレもしかして相手は大哥(にいさん)だった?

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 羿(げい)は、かつて軒軒(けんけん)と交わした話を思い出した。

 

 その時の話で案の定、猫弈(みょうえき)は嬉々としながらラインを超えていた事がわかったが、内容自体は羿(げい)としても随分刺さる話だったのだ。

 

 思えば(こう)の話に対して敬意を持った事は無かったように思う。

扶桑(ふそう)が喋っていると、魂は扶桑(ふそう)に帰るのだと、どこか宗教的な事を語る妹に対して。

非科学的。スピリチュアルに傾いてて将来心配。そう言った思いしか持っていなかったのではないか。

 

 両親に対してだってそうだった。

両親はともかく、(こう)は間違いなく自分の話に敬意を持ってくれていたのに。

 

 ……なるほど、より悪い結果に転がって行った果ての今か。

もはや自嘲的な苦笑しか出てこない。

 

 自分を閉じ込める檻を見つめながら、ならば『敬意』を持っていたらどうなっていたのだろうと今更ながら考えて、いやいや今はそれどころではないかと頭を振ってその思考を散らした。

 

 対して目的の人物は、そんな『敬意』などまったく持っていないような目で羿(げい)を見下ろしている。

食料、酸素、水……新崑崙(こんろん)のライフラインを総括する天道議会の太陽、勾芒(こうぼう)だった。

 

 羽民(うみん)国の出身である彼女は暗い藍色の体毛で覆われ、その両手は鳥の羽のようになっている。

ここに猫弈(みょうえき)がいて形容するなら、ハーピーのようだと後述するだろう。

……そして下履いていない、とも。

毛に覆われ肌は見えないのでいやらしさは見えないのだが、まあそれも見る人間によりけりと言う所である。

 

 膝から下は鳥の足の様な義足が嵌められ、その義足には振り鐘が握られていた。

 

「どうしてこんな罠にかかったのじゃ? まったく目からうろこじゃ」

 

「遠くから気づいていた」

 

 ぶっきらぼうに羿(げい)は答えた。

 

「ふん、相変わらずの減らず口を叩きおって。

一人でわらわの領地で暴れまわるとは、その勇気を誉めるべきか、その愚かさを笑うべきか。

やっと死から蘇ったのではないか?

わらわの耕地に侵入してきた以上、長生きは出来ぬものと思うがよい」

 

「……ずいぶん簡単に『蘇った』と口にするんだな。俺が生きていたのに気付いていたのなら、なぜ殺しに来なかった?」

 

「貴様の事情や生きていた経緯など知った事か。羽虫と同じじゃ。害が出て来たなら駆除するのみよ……このようにな。

 

―― 畜生ども、時間じゃ。起きて働け!」

 

 勾芒(こうぼう)が振り鐘を鳴らした。

ちりんちりんと、それでいてどこか電子的な色を持たせながら、高い金属色が響き渡る。

 

 すると壁に配置されていた二つの箱の前面が倒れ、中から猿人が飛び出してきた。

一方は小柄で、もう一方は大柄だった。

顔色は死んだように土気色で、烏紗帽(うさぼう)を被り、額には札が張られている。その双眸は互いに暗く、もはや何も映していないようにも思える。

 

 掠れたような死臭の漂う声で呟く。

 

《マ……ママ……》

 

《ママ……暗いよ……怖いよ……》

 

 羿(げい)は思わず瞠目した。

 

「キョンシー兵……?こんなもの、数百年前に廃止されたんじゃ……

猿人まで改造したのか?」

 

「使えるものは最大限使う。何が悪い?

死後もわらわに仕えられるのじゃ。例外的な施しとも言えよう。

目が覚めた時にシステムからの報告を見たが、貴様は猿人牧場の収穫設備を破壊したようじゃな?

蒼藍星(そうらんせい)に猿人を捕まえに行った時、わらわもその場にいた。

この生物たちは命令を理解できるし、飼いならせば確かに可愛いものじゃ。

 

だがペットにせよ、家畜にせよ、結局はわらわたちの道具よ……

長時間檻の中にいたせいで、貴様も自分を畜生だと思うようになったのか?」

 

 嘲る様に笑う勾芒(こうぼう)を見て羿(げい)は少し沈黙する。

 

「……確かに。俺が変節したのも、俺が言うのが筋違いなのも認めよう」

 

「……む?」

 

 それは自分の知る羿(げい)が口にする内容にしては随分異質に見えて、勾芒(こうぼう)は思わず眉をひそめた。

 

「先ほど、お前は言ったな。どうしてこんな罠にかかったんだと。

―― お前に会う為だ。衛兵をガラクタにしても出てこなかったのでな。

いかにもな罠を見つけて掛かってみたらやっと出て来た」

 

「ほう、そんなにわらわに殺されたかったのか。ドブ臭い痩せぎすのネズミもどきが殊勝なマネをするではないか」

 

「目覚めたときにシステムからの報告を見たとも言ったな。見たのは俺の行動だけか?

天人エリアで今何が起こっているのか、水がどうなっているかも把握しているか?」

 

「……なに?」

 

 話が変な方向に向かい始める。

 

 確かに、起き抜けにシステムが報告してきた内容は頭を抱えるような物だった。

あちこちの維持システムがアラートを出しまくっていたのだ。

管理維持を務める暮守(くれもり)たちはいったい何をやっていたのだと怒鳴り散らしたくなるほどに。

 

「……把握しておるわ。暮守(くれもり)たちがサボっていたようじゃな……故にこそわらわは忙しい。本来貴様に時間を使ってやっている余裕はないのじゃ。

これより対応に動かなければならぬ」

 

「ならば最優先で通天塔の水供給を止めろ。水が汚染されて、今天人エリアは化け物の巣窟になっている」

 

「は?」

 

 そして羿(げい)玄蝶(げんちょう)を放ち、映像を見せる。

四季閣(しきかく)の皆に見せた、あの悍ましく変わり果てた天人エリアの成れの果てを。

 

 勾芒(こうぼう)はもはや絶句するしかなかった。

太陽人の面影を残す者たちのあちこちをピンク色の腫瘍が覆い、骨を突き出しながら徘徊するその様はあまりにもショッキング過ぎた。

 

合成映像(フェイク)……にしては、あまりにも……!

いや、貴様の仕業か羿(げい)!? 貴様、天道議会憎さのあまりにこのような蛮行を……ッッ!?」

 

「当然違う。俺が下手人であったなら、このことには触れずお前と戦っただろう。

……そして疑うなら疑うで構わないから、早急に対処しろ。

このまま汚染水を供給し続けたら新崑崙(こんろん)全体が汚染されてしまうはずだ」

 

「わらわに指図するなっ!! クソッ……どうして、どうしてこうなる!? 天禍(てんか)の治療法が見つかった後は太陽人は復興に向かう……わらわの手掛けたシステムは、その為の骨子となる筈だったのに……ッ!!」

 

「……水を止めるにはどうする?」

 

「たわけものッッ!! 流れがあるからまだ汚染が逆流してきてないのじゃ!! この状況で水など止めたら状況が悪化するぞ!?

……下水側の浄化システムは正常に動いておるはずじゃ。さもなければ最早ここは地獄と化しておる筈だからの。この分ではいずれ下水側の浄化システムが飽和する危険があるが……

……発生源は間違いなく『水』なのか? 何を以てそう判断した?」

 

「通天塔に登った。その途中で上層エリアのパネルが汚染アラートを出しているのを見た。

システムは水源の汚染を警告していて、水の供給を停止する事を提案していた。

……そして通天塔を流れる水が、ピンク色に染まっているのを見た」

 

「チッ……ならば優先すべきはその汚染源の特定・排除と浄化システムの設定変更じゃ。

わらわの作ったシステムではこういう時に対応できるよう、どこかのブロックが汚染されても水圧と浄化槽の経由ルートを変える事で水を止めずともメンテナンスが出来るようになっておる。

しかしそれは常時でも同じこと。それが解決できずにシステムがアラートを出しているとなれば、おそらくまだ汚染源が生きておる! 貴様はそれを排除せい」

 

「……それで汚染水を何とか出来るのか? 水路の洗浄もせずに?」

 

「汚染源さえなくなれば、汚染体も浄水に流されやがて希釈される。そういうコンセプトじゃ。

……そしてその汚染源は暮守(くれもり)の手で何とかすれば低コストメンテナンスフリーで動き続けると言うのに、暮守(くれもり)はいったい何をしているのか……!!」

 

 苛立ったその声に、羿(げい)がポツリと答えた。

 

「……知らないが。おそらく、もう全滅している」

 

「は? ……羿(げい)貴様、さっきから一体何を知っておる!?」

 

「話せば長い。今はこちらを優先したい。

通天塔に()が行ってくれている。シームレスに対応できる筈だ」

 

「は、()じゃと!?

……クソッ、本当に、本当にいったい何が起きているというのじゃ!?!?

 

ええいお前達、ぼさっとしてないで早く檻を開けてやれ!!

下水側の浄化システムが飽和するまでが勝負じゃ!! 通天塔に()がいるなら羿(げい)、貴様は下水側に行け!! 指示は追って送る!!

 

クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、本当に……ッッ!! わらわは起き抜けなのじゃぞ!?!?」

 

 盛大にイライラしながら、勾芒(こうぼう)は事態の収拾を付けさせるべく、制御室の方へ羽ばたいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして。

 

 

 

 それを見送りつつ残されたのは、キョンシー二人と檻に閉じ込められた羿(げい)

 

 『檻を開けてやれ』と命令されたキョンシー二人が、がっちりと閉じられた檻を見てオロオロとしている。

羿(げい)はその様子を見てだんだん嫌な予感がしてきた。

 

「おい。おいお前らまさか……開け方わからないのか?」

 

 そしてしばらく檻をつつきつつ、ああでもないこうでもないとオロオロしていると、やがて二人は互いに顔を見合わせ頷きあった。

 

 ―― そしてその両の腕を振り被る。

 

 

 ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!

 

 

 元が人間であるとは思えないほどの膂力で矢鱈めったらと檻を叩きまくった。

流石戦闘兵器として開発されたキョンシー兵の流れを汲むもの。

見る見るうちに檻がひしゃげて歪んでいく。

 

 さすがの羿(げい)もこれには慌てるしかない。

 

「おいおいおいおいちょっと待て、この檻はエレベーター構造なんだぞ下が下層に繋がってるんだ!! そんな真似したら落ちるだろうが!? そういう事するならせめてこじ開けて……あ、ちょっ!?

 

 

ああああああああああああ ――― ッッッ!?!?!?」

 

 

 そしてひしゃげた檻はその負荷に耐えきれず、羿(げい)を乗せたまま下層まで自由落下していった。

羿(げい)の木霊する悲鳴だけを残して。

 

 ―― 下層に落ちて行った檻を見送ると、二人はやり遂げたようにさわやかに頷きあい、次なる命令を聞く為にその場を去って行った。

 

 

 

*1
如羿のこと。算盤はコンピューターを指すような物なので、

ある意味軒軒は如羿の事を『AIさん』と呼んでるような物なのだが、

そのあたりのニュアンスなんてこの時点の彼に理解できる訳がない

*2
独自考察。古代崑崙人である姫と羿の容姿が同系統であることから、古代崑崙は地理的に夏と近かった可能性がある。




 この後、下水側の浄化層に行く前に下層を彷徨う羽目になり、道中神農(しんのう)を見つけてこれを助け、やっと浄化槽に辿り着いたら「遅い!!」と勾芒(こうぼう)に怒鳴られ、さすがに羿(げい)くんもピキっと来たそうです。

 もうヤケ酒してやる!! ……でもそのお酒、神農(しんのう)の……

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