猫のあしあと   作:のーばでぃ

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パンドラの箱

 桃花村(とうかむら)に今、雷にでも撃たれたような衝撃が巻き起こっていた。

一番青い顔をしているのは司祭であったが、仮面をしているが故にその表情は解らない。

彼女としては幸運だったと仮面に感謝しているだろう。今の自分の表情を見られる訳には行かない。

 

「た、たた……太陽様! お、おこしになる日が来るとは夢にも思わず、ろくな御もてなしが出来ない非力を何卒、何卒お許し頂きたく……!」

 

 村の皆が平伏する中、司祭が一歩前に出て頭を地面にこすりつける。

 

「ああ、気にしなくて構わない。むしろ、突然訪問して騒がせてしまっている事を許して欲しい。平伏する必要も無いよ。どうか顔を上げて楽にしておくれ」

 

「は、ははっ……! その寛大なお心に感謝いたします……ッ!!」

 

 軒軒(けんけん)を伴った()であった。

軒軒(けんけん)は司祭の取り乱しっぷりにアワアワしているが、()は流石に慣れているのか、ひょうひょうと対応している。

流石永きに渡り歴史を見続けて来た生き神様である。崇められる事にだって慣れていた。

 

「―― あなたは、この村の司祭だね? 猫弈(みょうえき)があなたの事を気遣っていたよ。

責任を一身に受けてなお村の皆を導き続けて来た、あなたの事をわたくしも尊敬していたんだ」

 

「か、過分な評価痛み入ります!! ……あの、猫弈(みょうえき)は何か失礼な事をなさっていないでしょうか?」

 

「むしろ失礼を重ね続け、私たちを思い切り振り回しているね」

 

たいっっっっへん申し訳ございませんッッッ!!!!

 

「あっはっはっはっは!」

 

 ()はコロコロ笑っているが、司祭としては心臓がバクバクしすぎて死んでしまいそうな勢いである。

若くないのだからもう少し労ってあげて頂きたい。

 

 ()としては、こういう相手には態度で見せるのが一番理解しやすいと心得ているのだが、しかし司祭に掛かった太陽()フィルターの層は分厚過ぎたといった所か。

こうなるとどうしようもないので、さっさと要件を済ませて離れてあげるのがお互いの為という物である。

 

「さて、その猫弈(みょうえき)なんだけど、彼女の手掛けた書が私たちにとって重要な意味を担っていてね。

騒がせて申し訳ないのだけれど、しばし書を見せて欲しいんだ。

案内や対応は不要だよ。その為に軒軒(けんけん)を連れて来たからね」

 

 軒軒(けんけん)は控えめに、苦笑したままチロッと手を振って見せた。

 

「持って行くような事もしない。読ませてくれるだけでいい。ただ、少しばかりその時間をおくれ」

 

「も、もちろんでございます!! ごゆるりと、お好きなようになさってくださいませ!!

……あ、あの、太陽様。大変に恐縮なのですが、お伺いしたい事がございます。

飛天玉座についてなのですが……」

 

「うん? ……ああ、そうか。

すまないけれど、修理できる時期は未定なんだ。

 

元々あなた方の何人かがこちらに来た時、作物の収穫量が増えていたのは、あなた方の数を減らしてしまった事による補填の意味合いが強かった筈だ。

飛天玉座が壊れたままでもあなた方の生活が悪くなるような事は無いから安心してほしい。

流石に今の収穫量で賄えなくなるほど数を増やされるのも困ってしまうけれどね。

基本的に飢える事はない筈だよ。

 

ただ、壊れた飛天玉座に近づくのは止めた方が良いだろうね。

あの下にある空間には衛兵が詰めている。彼らはただ機械的に侵入者を攻撃するから、どういう理由があってとか考慮が出来ないんだ。命の保証が出来なくなる」

 

「は……ははっ! お気遣い感謝いたします!!」

 

「フフ、あまり長居してあなたの心労を増やすのも本意じゃないんだ。

……では、この場は失礼させて頂くよ。行こうか、軒軒(けんけん)

 

「あ……う、うん! それじゃあね司祭さま! みんな!」

 

 ―― 太陽の元に行き、一時的とはいえ戻って来た例は軒軒(けんけん)ただ一人である。

好奇や畏怖……そんな視線に晒されながら、軒軒(けんけん)は居心地が悪そうに身じろぎしつつ、気持ち早足になりながら猫弈(みょうえき)の家へと向かった。

 

 

 

「……び、びっくりしたあ……

……そうだよね。太陽様が本当に、しかもイキナリ来たんだもん。みんなああなるよね」

 

 自分の心臓もまたバクバク音を立ててるのを感じ、軒軒(けんけん)は胸に手を当てる。

 

「フフ! さすがの軒軒(けんけん)も、ああいうのにはタジタジだったね」

 

()は凄い慣れてそうだったね……」

 

「神様扱いされたのも一度や二度じゃないのさ。ああいう場面のあしらい方は、わたくしもいくつか心得ているよ」

 

「……寂しくならない? 僕はちょっと、寂しかったかな。前まで一緒に遊んだ子も、何か見えない壁で遮られちゃったみたいにさ……」

 

「……優しいね、軒軒(けんけん)。そうだね、寂しくなる時もあったけれど……そのうち慣れて行ってしまったよ。

結局のところ、わたくしだけは時間に置いて行かれてしまうから……だからこそ、ああ云う崇められ方をされてる分には、逆につらい思いをしなくて済んでいたのかもね」

 

 自重するように、諦めたように笑う()の横顔だった。

軒軒(けんけん)が励ますように言う。

 

「……あのね。あのね、()! そりゃあ、最後は辛くなってしまうかもしれないけどさ!

でも僕は、最後までああゆうのはやらないからね!

……出会って仲良くなってケンカして笑って、最後に別れてべっそべそに泣いてからまた新しい出会いに導かれる……それ全部ひっくるめるからこその人生なんだって姉ちゃんも言ってた!!」

 

 ()はその双眸を開き、まぶしい物を見るような目で軒軒(けんけん)を見つめる。

ある意味それは、()にとって随分残酷な話でもあるのかもしれないけれど。

 

「……ありがとう、軒軒(けんけん)。いい友達を持ってわたくしも嬉しいよ」

 

「うん!」

 

 ―― そう言えば。占いでもなく体質でもなく。何の打算も立場も関係なく。友と呼べる人が出来たのは、何時ぶりだったろうか。

いつか胸を大きく抉るであろう心地よい安寧に()は努めて微笑みを作る。

時間に置いて行かれ続けた身としては、後にくる喪失感への恐怖がどうしても勝ってしまうものだ。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 天人エリアには管理人が二人いる。

太陽・女媧(じょか)伏羲(ふくぎ)の兄妹だ。

 

 風氏という貴族生まれの彼らは、その莫大な財産で天道議会のスポンサーを担ってきた。

扶桑(ふそう)の親株がある古代崑崙(こんろん)遺跡を丸ごと宇宙船に改造するなどという離れ業が実現できたのは、彼らの力があってこそと言える。

 

 貴族らしく傲慢で、容姿端麗にして芸能に通じ、優雅を愛し優美を旨とする。

そんな二人である。

 

 荒事など、出来よう筈もない。

ましてやこの地獄のような環境では。

 

 ……そう思っていたのだ。

 

 

 

 劇場を模したような一室。

そこに設置してある、もうしばらく使った形跡のない霊枢。

普通に入る事が出来たのだが、それにしては荒らされた様子もない。

 

 使う人間も。荒らす人間も。

誰もいなかったという事なのだろう。

……もっとも、新崑崙の頂点である太陽の私室に荒らしに入ろうとするような、度胸のある市民など居ないという話かもしれないが。

 

 ―― このまま、不用心に放置されているよりは。

 

 そう考えて、羿(げい)は調査もかねて霊枢にアクセスし王璽を抜いた。

『丙』の印。その理念は『公正』……これは伏羲(ふくぎ)の霊枢のようだ。

魂境にて垣間見えた場景もそれを示唆していた。

 

 しかし。

 

 

 

《開演は……まだか……》

 

 

 

 最後に見えた伏羲(ふくぎ)の様子は。

認識が曖昧だった為かシルエットしか見えなかったが、あの肥大した腫瘍はやはり……

 

 ……首を振って切り替える。

霊枢と管理システムでは設計目的が違う。流石にエリアの細かい状況までは解らないか。

休眠から起きた時に状況を知るための端末がある筈である。

それを探そうと部屋を見回し ――

 

 ―― 通信が入ってきた。

 

 

羿(げい)、久しぶりね。いつから泥棒になったの?》

 

女媧(じょか)!? 生きていたのか!?」

 

 

 死んだと思われていた管理人の片割れからの通信だった。

多少気分を害したように女媧(じょか)は小さく鼻を鳴らす。

 

《―― あなた、失礼なのは変わらないわね。死んでいたのはあなたの方でしょう?

手癖も悪いわ。王璽を盗むと議会立法に則り死罪になるわよ》

 

「管理者がいない王璽が放置されている方が問題だ……と思ったが。伏羲(ふくぎ)はどうなった?」

 

《何? まるでお兄様の王璽を代わりに引き継いだみたいに言うのね。天道議会に離反したあなたがまだ太陽のつもりなのかしら。

……でもね。実を言うと、あなたが何をしようがわたくしにはどうでもいいの。

でも、うるさくて、芝居も見てられないってお兄様が言ってたわ》

 

伏羲(ふくぎ)はそっちにいるのか……? 霊枢は随分放置されていたようだぞ?」

 

《そんなの、あなたには関係のない事でしょう?

こうしましょう。約束してちょーだい。必要な物を持ったらすぐにここを出て行くって。

あなたが大騒ぎするから、10年に一度のパーティーを早めなくちゃならなくなったの。準備を始めなきゃ》

 

 羿(げい)は軽く混乱していた。

認識がズレている。この地獄において、女媧(じょか)の様子には危機感が全くない。

 

「パーティー? お前達、天人エリアがどうなっているか、見ていないのか?」

 

《なあに? 完成した後、見に来なかったの?

全体的に装飾の趣味が悪いし、特にレストランの食事なんて食べられないわ。

蓬莱の料理人をもっとたくさん乗せるべきだったのよ。誤算だったわ。

―― でもがまん、がまん。

どんなにひどい条件でも受け入れるしかないわよね?》

 

 決定的に話が噛み合っていなかった。

噛み合っていなかったのだが……この女媧(じょか)の言には違和感を覚える。

 

 彼らは新崑崙(こんろん)の完成にその財で貢献した大貴族。

それ故に、限りのあった新崑崙(こんろん)搭乗者枠も一定数持っていたのだ。

 

 故にこそ風氏に仕えていた侍女、近衛、()()()……全員でこそないが普通に伴っていたのを羿(げい)は知っている。

 

「……俺が言っているのは、あの奇妙な肉塊、死体、生きる屍の事だ」

 

《だからなに? 魂境に適応できないやつらが出てきて動き回ってるのよ。たまに面倒な事をするけど、対応できないわけではないわよ。

こうして数百年も過ごしてきたのよ。衛兵と暮守(くれもり)に対応できないことはないの。

でも……あなたが現れたのは流石に予想外だったわ。ほほほ》

 

 女媧(じょか)が喋るほど、違和感が大きくなっていった。

そして、それ故に気付く。

 

 ―― 彼女はちゃんと、この状況を認識しているのだと。

 

「……『敬意を払え』、か……」

 

《……え、何……?》

 

「いや、何でもない。

ならばパーティーは進めていろ。そこは安全なのだろう?

しかし生憎だが、その周りはもうしばらく騒がしくなる。

……水も回復したし、天人エリア下層は既にあらかた()()出来た。

もう歩き回る屍は居ない」

 

《……え?》

 

「不死身の化け物に対抗できる手段が出来たと言ったんだ。安寧できるエリアは広い方が良いだろう? バケモノ退治は引き受けてやるから、せめてその間だけ警備システムは切ってくれないか。システムが化け物に反応しないのも理解に苦しむが」

 

 

 

《―― ダメよッッ!!》

 

 

 

 明らかに焦った声が響く。

予想外の解答に羿(げい)は思わず「なんだと?」と聞き返していたが、女媧は取り合わなかった。

 

《ダメよ!! ダメ、ダメ、ダメ、ダメッッ!! そんな事させない!! 絶対にダメッッ!!

……そうよ、いらないわ!! あなたなんかいらないの!! そのまま帰って!! わたくしたちに構わないでっっ!!》

 

 ―― そして次の言葉を発する間もなく、通信は一方的に遮断された。

余りの剣幕に呆然と立ち尽くす羿(げい)を残して。

 

 

「……失敗したか?」

 

 

 羿(げい)は鼻頭にひやりと冷たい感触を覚えた。*1

 

 なぜ女媧(じょか)がこんな行動に出たのか。すぐに浮かぶ理由は二通りある。

しかし理由はともかく、それによって起こる結果が問題だ。

 

 ―― 結局のところ自分は離反者であり。

本当に突き放したいのであれば、彼女は容易に他の太陽へ連絡を取るだろう。

 

 そしてこの場合真っ先に通達が行くのは、おそらく ――

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 夸伏(こほ)には異名がある。『新崑崙(こんろん)の鉄槌』だ。*2

崑崙(こんろん)中を探しても、夸伏(こほ)の右に出るような職人はまずいない。

 

 自他ともに認めるその技術力は流石で、一体どこの材料をどう使ったのか、だいたい1時間でスキャナーを開発して見せた。

しかも、画像解析ではなく透過スキャンによる解析である。書を閉じたままでもデータの取り込みが可能だ。

棚に押し込められたり積み上がったりしてるしている書の山を、ちょいと角度をつけつつ「みーっ」とやってあげれば一丁上がりという強さだった。

 

 夸伏(こほ)は後述する。

 

「いや、見た目には凄そうに見えるがクッッッソ楽だったぞ。

要はな、読み込み部分だけ仕上げりゃ良いんだ。で、スキャンデータをノイズ除去(サニタイズ)正規化(ノーマライズ)もせずにまんま算盤に丸投げする。

後は算盤が翻訳したテキストデータをパパっと出してくれる。

……こんな楽な仕事で評価されるのは流石に不本意って奴だな」

 

 軒軒(けんけん)は当然何を言っているのか解らなかったが、それでもやっぱり「スゴい!」の評価は変わらないのだ。

 

 ()が司祭に「少しばかりの時間」と言った言葉に嘘はなかった。

猫弈(みょうえき)の家の中でちょっとゆっくりめにスキャナーを「みーっ」と振り回せば取り込みは終了。

あまりに早い帰宅に司祭は何か粗相があったのかとオロオロしだして、また気まずい思いをする一幕があったりする。

 

 さて、これはそんな夸伏(こほ)の超技術と如羿(じょげい)の超処理能力が掘り出してしまった、ほぼ事故にも等しい代物であった。

 

 その書は、序章だけは軒軒(けんけん)が言う所の『姉ちゃん文字』ではなく、その場にいたもの全員に理解できるような常用文字で記されていた。

 

 

 


 

 

 

 暗号解読おめでとう。

この書はおそらく、あなたが求めたひとつの解答であり、ある意味でひとつの冒涜でもある。

 

 桃花村(とうかむら)の人たちが幸福であるように、無知である事が幸福につながる事象も確かに存在する。

ある視点において、知は確かに力ではあるが、同時に凶悪な呪いともなり得るのだ。

 

 例えばその事実が貴方に襲い掛かる事を少しも想像出来ないのであれば、私はこの書を破棄する事を強く強くお勧めする。

貴方のその感性は絶対に尊重されうる物だからである。

故にこそ、私は暗号解読の鍵にかくある言葉を使ったのだ。

 

 書を読む前に、必ず日を置くほどに熟慮されたし。

そして鍵の言葉を今一度、強く強く胸に刻んで頂きたい。

 

 願わくば、呪いの先に光あれ

猫弈(みょうえき)

 

 

 


 

 

 

 ……つまり、スキャンが過ぎて、隠されていた書を偶然拾い上げてしまったようである。

おそらく渾身のセキュリティとして施したであろう猫弈(みょうえき)の暗号が、その存在すら気づかれる事なく、本当にただのうっかりで突破されてしまったのである。

 

 ディスプレイ表示されている文を見て、面々はその事実における「アチャー」感と一緒に、どこか言いようのない薄ら寒さを覚えた。

 

 だってあの猫弈(みょうえき)である。

無秩序に無遠慮に肥溜めの中に宝石をぼちょぼちょ落として「おあがりよ!」してきた猫弈(みょうえき)である。

 

 その猫弈(みょうえき)が暗号を作ってまでひた隠し、常用文字を使ってまで警告する。

それだけで、その事実だけで、どれだけヤバいのか計り知れなくなるのである。

 

「……ちなみに、この書はどこにあったのかな?」

 

《……書の棚の床下に隠されておりました》

 

「なるほどそれは気付かなかった……暗号というのは?」

 

《わかりません。今回スキャンされた書の中に、それらしきものは無かったように思われます》

 

「では鍵というのも?」

 

《わかりません》

 

 ふむ、と()は一考する。

 

「しかし算盤。君はもう、この書の中身を知っているのだよね?」

 

《……》

 

 如羿(じょげい)は重々しい沈黙を続け、絞り出すように答えた。

 

《知っています。解読しました。すべてが腑に落ちました。すべてが!!

これは……猫弈(みょうえき)の警告に、誇張や虚言はありませんでした。

正しく呪いです。こんなバカな事がある筈がありません。どう扱えば良いのかすらも、私には……》

 

 如羿(じょげい)のホログラムが、まるでノイズが入ったように乱れている。

処理能力に影響が出るほど葛藤を続けているのが分かる。

 

 例えば。この場にいる全員、微かに訝しんではいたのだ。

「実はこの書の中身は、猫弈(みょうえき)の性癖がフルブーストされた発禁書なだけなのでは」と。

 

 しかし如羿(じょげい)のこの有様を見て、どうもそんな薄い内容では無いらしい事は察せられた。

本当に、何らかの意味で覚悟がいる内容なんだと。

 

 ―― ()が問う。

 

「算盤、中身を開示できるかな?」

 

 如羿(じょげい)は答えた。

 

()様……ご無礼を、何卒……何卒お許しください。

私はこの書を……開示したくありません。羿(げい)様にも、開示したくないのです》

 

 ますます乱れる如羿(じょげい)の様相に、軒軒(けんけん)は力強く頷いた。

 

「―― わかった! だったら見せなくても良いよ、算盤。

僕達だって、算盤を困らせたり追い詰めたりしたい訳じゃないんだ。

みんな、算盤が相応の理由なしに「見せたくない」なんて言う筈が無いって解ってるんだから。

大哥(にいさん)だって解ってくれるよ。

 

……ねえ、こうしない?

『鍵が見つかるまで開示するのは禁止!』っていうのは?

―― きっとそれは、姉ちゃんが設定した最低限のラインだと思うんだ」

 

 軒軒(けんけん)のその言葉に、()夸伏(こほ)は思わず顔を見合わせた。

 

「……まあ、良いんじゃあないか? 正直、好奇心が随分刺激されるが……

ことこの件において随分お預けを食らってたやつに言われてしまえば、倣うしかないさ。

正直、算盤の過剰反応も気になるしな……」

 

「そうだね。他に読むべきものは沢山あるんだ。わたくしもその決まりごとに異論はないよ。

……申し訳なかったね、算盤。君を追い詰める意図は無かったんだ、許しておくれ」

 

《いいえ! いいえ、滅相もありません!

……お気遣い下さり、どうもありがとうございます。

軒軒(けんけん)も……ありがとうございました》

 

「うん!」

 

 少しずつ如羿(じょげい)のノイズが収まって行くのを見て、軒軒(けんけん)は嬉しそうに笑った。

 

 夸伏(こほ)が軽く咳払いする。

 

「まあ、そんな訳だ……とりあえずその書は置いておいてだな。なるべくこう……猫弈(みょうえき)していないライトな所から読んで行きたいんだが、適当なのを見繕ってみてくれないか」

 

 すると如羿(じょげい)は再び固まった。

 

 先ほどではないにしろホログラムにノイズを混ぜながら、上を向いたり下を向いたりと大いに悩み考えて、そしてついに恐る恐る顔を上げ、まるで親に叱られるのを恐れつつ自分のやってしまったことを懺悔するような幼子のごとき様相でこう答えた。

 

 

 

《あ、あの……レシピ本とかいかがでしょうか?》

 

猫弈(みょうえき)してないのそれだけなのかよ!?!?

 

 

 

 

 ―― なお、その後軒軒(けんけん)の作った東坡肉(トンポーロー)は随分と好評だったそうな。

 

*1
つまり冷や汗。にゃんこは鼻と肉球からしか汗をかかない

*2
なお、『絶景の美男子』でも『カロリー摂取器』でもない




 悲報、神農(しんのう)が空気。
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