カードゲームにおける強さとはなんだろう。
プレイング? 引きの強さ? 知識量? あるいはデッキ構築の才能?
俺の答えは超シンプル。カードの強さだ。
なんのことはない、だってそうだろ?
どんな強い腕を持つプレイヤーが居たところで、持っているのが初弾環境のデッキで、俺が持つのが最新弾ふくむ全部なら俺が当然勝てると断言できる。
そもそもキルターンが違う。禁止カードを使える方と使えない方なら使える方が勝つ、そういうクソ単純な論理。カードパワーとはそこまで人に差をつけるのだ。
そんなカードゲームが主流の世界に来てしまったら、あなたはどう感じるだろう、最高? あるいは専業ゲーマーになりたいと思うか? 俺の場合はこうだ。
「ああ……最悪だ」
せめて記憶を消してくれりゃあよかったのにな、そうすれば呑気にカードを楽しむ余裕もできたろう。
俺はある日、lifeというカードゲームのボックスやらを買い、帰る最中、この世界に迷い込んだ。これが三年前の話。
やや小綺麗で清潔感のある事務所の奥、従業員にも見せない私室の最奥。金庫のような部屋の中で保管したカード群を前に、俺は一人頭を抱える。
俺は前の世界で転売ヤーをやっていた。いわゆるクズだ。
この世界に来る直前にボックスを買っていたのも、最新弾で価値のあるカードを転売するため、金になるからと、バカみたいな量を複数店舗をハシゴして買った。
なんならまとめて仕入れるために、店によっては最新弾じゃなくても価値があるカードやら、次に高騰しそうなカードもだいたい買った。
そのカードがこれだ。
「ああ……どうする……どうしよう」
元の転売屋のカード知識から、この三年で俺は瞬く間にカードショップを開くに至った。と言ってもこの世界で俺に身元はなかったわけだから、免許はない、わりと非合法な闇ショップである。
現状を整理しよう、この世界はlifeというカードゲームを主流にしていて、俺はカード屋である、その上で俺はlifeの最新弾含めて強力なカードを大量に持っている。
わぁ! すごいね! 強くてニューゲーム! 強力なカードを使って無双するなり売って大金を得るなりなんでもし放題だね!
「バカがッ!!」
そう思ったお前はこの世界でのカードの価値を大いに見誤っている。
lifeが主流と言った、ならばカードは便利な道具か? 見ようによってはそうだろう。
だがこの世界において俺が持つ
兵器である。
世界を左右しうる存在、それはもはや兵器と同じで、それを、俺が、俺一人が持っている、大量に、腐る程に、部屋が埋まるほどにある。
「はぁ……はぁ……」
確認している。毎日、穴が空くようにどれも外に漏れてはいないか、どこから盗まれるかわかったもんじゃない。
何百か何千か、それ以上あるカード達をやっと数え終えて、俺は組み上がったデッキを一つ懐にいれる。
「よし……よし、いいな、よし」
私室を出て、扉を閉める、鍵をかけ、二重扉の鎖を結び、電子ロックにシールが貼られていたり粉で指紋が取られていないか確認し、オートロックがかかったのを視認、扉を映す監視カメラに破損や故障、死角が無いのをスマホで映像確認、その場を去る。
ここまでしてその強力なカードを使うのかって?
使うさ、俺にそこまでの腕はない。
転売やってた頃から、lifeにまるっきり興味がないわけじゃなかったし、カードはあった。だから嗜む程度にカジュアルプレイヤーとして対戦を楽しんでた。
エニグマ? 変態共と一緒にしないでくれ、俺はノーマルだ。
「ふぅ……ふぅ……」
腰につけたデッキケースが妙に重く感じる。動悸が激しい。対戦に向かう時はだいたいこうだ、本当に嫌になる。
そこまでして対戦しなくていいって? 遊びじゃないんだよ、商談やら犯罪組織やらでも当然のようにlifeが飛び出てくるんだ、勝たなければ、勝たなければいけない。
俺は相手と同条件で勝ちきれるほど腕が良くないんだから。
古びたシャッター街、薄暗いビルの中、看板もないその事務所の中は場違いのように小綺麗だ。
知る人ぞ知るそのカードショップは、公式サイトにも載っていない非合法店、店主の男は、裏の世界でトレーダーと呼ばれている。
「よう、トレーダー、今日の調子はどうだよ?」
「ええ、まぁ、ボチボチですね、アクト様」
黒塗り、革張りのソファに腰掛け、反射でギラつく革靴を机の上で組む。
トレーダーは今日も今日とて、卸したてかってくらい整ったスーツ姿で、どこぞの外資リーマンか行員かって風体だ。
気に食わねぇ、ただの札ゴロ風情がオレ等と同格のつもりかよ。
「それで……今日はどういったご要件で?」
「おいおい気が早えなぁ、ちょっと世間話でもしようや」
胸ポケットからヤニ箱を取り出し、トントンと振動を加える。飛び出た一本を食み、ライターを取り出そうとし、目の前に気取った袖口が近づいていたのに気がつく。
「アクト様、ウチは禁煙ですよ」
「ケッ、にしては用意がいいじゃねぇか、そういうところが気に食わねえんだよ」
トレーダーがよこしたライターの火で煙草に明かりを点ける。
一吸い、深く吸い込んで、一服。
肺に香る煙が口から抜けて、事務所が白く濁る。中空にやった視線の端で、トレーダーが灰皿をテーブルに置くのが見える。
つくづくコイツは本当に用意がいい、呆れ混じりに灰殻をふるい落とし、一拍置く。
「……最近、近くの組でちょっとした騒ぎがあってなぁ」
「あぁ、ニュースでやってたあれですか? 紅蓮組系事務所のボヤ騒ぎっていう」
「まぁ、サツの方ではそういう事として通ってるんだろうが」
チリチリと丈を縮める煙草を目に映しながら呟くように話す。
「メガ・バベルって知ってるか?」
「…………なるほど?」
トレーダーも当たりがついたらしい、顎に手を当て考える様はいかにも様になってやがる、嫌になるね。
手にした煙草を手慰みにゆらしながら事の経緯の説明を始める。
「最近になってヤツらがウチの
「それはどうにも物騒な話で、天下の紅蓮組様ともなると敵に回す方々が大物になりますね、心労ご察しします」
「下手なフリやめてくれや、オレ等だってカタギにおいそれと手ぇ出すような真似はしねえ、恨まれるような心当たりがねえのが一番の問題よ」
灰を弾き落とし、灰皿にシケモクを捻りつぶしながら目の前のトレーダーを睨みつける。
「てめえも知ってんだろ? ヤツら理屈じゃねえ、いかれてやがる、裏も表も見境なしだ」
「通報してみてはいかが?」
「サツが抱きこまれてなきゃそれもありかもな! クソが!」
蹴りつけた机が浮き、落ちる。共に浮いた灰皿はひっくり返って灰が舞った。
状況は悪い。裏同士のドンパチならいざ知らず、もはや治安も道理も無いようなモノ、それをどうにかする一発逆転ってのを求めてオレはこの場に来た。
舞った灰を振り払ったトレーダーは手袋についた汚れを見やったあと、視線をこちらに向けた。
「……さて、そろそろご用件をお伺いしても?」
「近く抗争をやるんでな、札を用意しろ」
「指定とレートを、おまかせいただけるのであればこちらで仮組したデッキごとの提供もしておりますが」
「とりあえず5デッキ、
「ご予算のほどは?」
「おい」
顎をしゃくり後ろの部下に指示を出す。背後の黒服が丁重にアタッシュケースを運び、テーブルの上で開く。
札束で埋まったケース、ぱっと見でも5000万はくだらない金額の暴力。
「これですと、腕によっては大会で賞を取れるレベルを揃えられます。同デッキでは対策も取られやすいため、汎用や相性の良い他テーマで調整し異なる5デッキにする予定ですが、そちらでよろしいでしょうか?」
「了解しました。Sレアは3枚3セット+ピン刺し系にされますか? バラで? 承知しました、後ほどカタログをお送りいたしますのでご確認お願いいたします」
トレーダーが嫌にテキパキと動き出す。こいつも所詮金の亡者、金の魔力には逆らえない。
手元のタブレットを手際よく操作し、店内のカードデータをリストアップしこちらに向ける。
目の前で組みあがる仮組のカードデータに頬を付く、ここまではいい、ここからが本題だ。オレはリストを目で追いながら確認を進めるトレーダーに声を投げた。
「あー、あと、あれも乗せろ」
「あれとはどういったカードでしょうか?」
「あれだよあれ」
「お前が持ってる秘蔵のカードだよ」
トレーダーの手が止まる。空気がピリっとひりつき、一瞬時間が止まったように錯覚を覚える。
数年前から囁かれる一つの都市伝説がある。裏の世界で無敗を誇るその男は、誰も見たことがないカードを使い、誰も見たことがない戦法で、誰も勝つことは叶わない。
偽物は多い、ガセって話が有力だ。だがしかし、俺には確信がある。
「お前が都市伝説だ、トレーダー」
「何の話ですか?」
前々から妙なカードを使うと話はあった。
なにせ、コイツが今裏の世界でそれなりの地位を築いているのは、その腕によるところも大きいと聞く。
この事務所の土地だって、前は落ち目の札ゴロ屋の物だったが、バトルで負けた結果、売り渡したと噂があるが、しかし、真相は不明。
「とぼけんなよ、てめぇも札屋なら店の奥に隠したとっておきの1枚や2枚持ってんだろ?」
「ウチは透明性を売りしております、お売りしているカードは全て公開しておりますよ?」
「
「…………」
「悪ぃなあんちゃん、オレ等もなりふり構ってらんねぇんだわ」
トレーダーはバトルの条件に情報の秘匿を求める。
だから調査にはそれなりに時間がかかった……バトル自体の数も少なけりゃバトルした人間も見つけるのに苦労するレベルで。
分かったことは一つだけ、
今現在、
秘密兵器、誰も手にしたことのないカード。オレ達ヤクザが欲しいのはそれだ。
「なぁ、おいトレーダー、バトルしろよ」
「お断りします」
「つれねぇなぁ? じゃあお前ごと拉致っちゃおっかな?」
「できるものなら、位置的に警察署が近いんですよ、ここ」
「サツが役に立つと思ってんのか?」
「役に立ちますよ、私の店の対応にあたっていただける方は、とくに」
トレーダーは警察にも繋がってるらしい、一筋縄じゃあいかねぇなオイ。
立場はイーブンらしい、じゃあ、交渉といこうか。
「わぁったわぁった、奪いやしねぇよ、俺が勝ったらお前の隠してるカードを言い値で買う、それでどうだよ」
「無いものをお売りするほどアコギな商売はしておりませんので」
「情報だけでいい、情報料も払う、どうだ」
「さて、同じ言葉をお聞きしたいわけでもないでしょう」
「わかった、んじゃ諦めるわ、そんでオレの知ってる情報を全部外に流す、そうだ、メガ・バベルのヤツらなら高く買いそうだ」
「…………」
ブラフ、オレの知ってる情報なんて
だがヤツはオレがどの程度の情報を掴んでいるかどうかなんて知らないだろう。
なにより、コイツは妙に情報を秘匿したがっているきらいがある。尻尾だろうとガセだろうと、掴まれるのを嫌うタチ、完璧主義、そう睨んだ、さぁ、後一押し。
「……オレが負けたら、この事はこれ以降二度と口に出さねぇ、外でもだ」
「…………」
顎に手を当て目線を逸らせるトレーダー、考えているな? よし、よし……自分自身半信半疑だったが本当に存在するんだ、その、この世に存在しないカードが。
トレーダーはその状態のまま、しばらく後、重い沈黙を破り、口を開いた。
「…………一つ、条件があります」
汝、逆行の弐番。赦されざる永劫、力場の悪魔。