ライブハウスCiRCLEのラウンジを貸し切って、二人の少女が口論していた。
「だぁーかぁーらぁー!何度も言ってるでしょ!?アンタたちみたいなAmateurにロックは勿体ないって!」
「でも、私が先約。先に誘ったの私たちだから。」
「由美、誘ったのは主に君だろう?ボクと麗美を巻き込まないでくれ…。」
一人は由美。腕を組んでむすっとした表情をしている。
もう一人は猫耳のような装飾を付けたヘッドフォンが特徴的な少女で、テーブルを挟んで由美と激しい口論をしている。
何故、こんな状況になったのか。
それは、六花の事だった。
紆余曲折を経て、RAISE A SUILENの正式メンバーとなった朝日六花、改めロック。
(ここから…!私はこのRAISE A SUILENの正式メンバーと、して…)
ここから自分の音楽が始まると胸を高鳴らせていると、忘れていたことを思い出したのだ。
「…?what's wrong?何か不都合なことがあるのかしら?」
「ちゅ、チュチュさん…。実は...。」
六花は由美とバンドを組む約束をしていたことを思い出し、RAISE A SUILENのプロデューサー兼、DJのチュチュに報告をした。
「あら、そうだったの?じゃあ早く断りを入れてきなさい。」
「は、はい!」
チュチュにそう言われた六花は直ぐ様スマホで電話をする。
雑居ビルの一件の後、由美から、メンバーに入りたかったら掛けてと渡された番号があったのだ。
二回の着信音の後、通話が開始される。
「もしもし、六花さんかい?」
電話に出たのは不良のボスであるアザの少女、友梨からだった。
「あ、はい!えっと、由美ちゃんは?」
「うん。今いるけど…おっと!?」
「六花ねえ!入るの!?」
何かドタバタと騒々しくなったかと思えば、電話口から興奮した様子の由美の声が聞こえた。
どうやら、一緒に演奏できるのをずっと楽しみにしていたのだろう。
六花は、出来ればこんなことは言いたくなかった。でも、あんな小さな子をずっと放置して待たせるわけにもいかない。苦しい思いをしながらも、六花は意を決して告白をした。
「あのね、由美ちゃん。聞いてね?私、他のバンドのメンバーになったんだ。」
「…え?」
「ごめんね?由美ちゃんと一緒に演奏もしたかったけど、私…」
「やだ。」
「…由美ちゃん?」
「やだ。絶対やだ。だって、私が先に誘ったんだもん。変わって。そのバンドのやつに。私たちが先約だって突っぱねてやるから。」
六花が謝ると、由美は駄々をこねてきた。六花が説得しようとしても、やだ。変わって。の一点張りで会話が出来なくなっていた。向こう側から微かに友梨や麗美の宥めるような声も聞こえている。
「あ、え、えぇと…。」
「Heyロック!いつまで時間掛けているの?時間は有限よ!」
いつまでも電話をし続けている六花にしびれを切らしたのか、チュチュが話し掛けに来た。
「あ、チュチュさん!その…。」
六花の困ったような表情を見たチュチュは鼻をフンと鳴らした。断りきれなくて、まごついていると思ったのであろう。
「あなたから言いづらいなら、ワタシが言ってやるわ!貸しなさい。」
そう言って、六花のスマホを手に取り、由美と話し始めるチュチュ。
「もしもし?ワタシがロックをスカウトしたRAISE A SUILEN、通称RASのプロデューサー、チュチュよ。あなたたちが先に誘ったみたいだけど、諦めて欲しいの。ロックはこれから…は?六花ねえを返せ?私たちが先約?あのね、ロックから聞いたけど、あんたたちはまだMemberも、band nameも決まってないAmateurバンドでしょ?そんなバンドに居てもしょうがないでしょ!?」
スマートにお断りをするはずだったチュチュの語気がだんだん強くなってくる。
おそらく、電話の向こうでは由美が屁理屈を捏ねてチュチュに反論しているのだろう。
その声が聞こえて、ただ事じゃないと感じ取った他のメンバーも集まってくる。
「どうしたんだ?チュチュが相当荒れているけど…。」
ベーシスト兼ボーカルのレイヤが六花に話し掛ける。
「え、えぇと、私を先にバンドに誘った子とチュチュさんが…。」
「あぁもう!聞き分けなさいよ!他のやつはいないの!?アンタじゃ話しになんないわよ!」
その後、話が進まないと判断した友梨によって、後日CiRCLEのラウンジで話し合おうと言うことで落ち着いたのだった。
由美たちだけでは不安だと言うことで、後見人として神前玲と美竹蘭が付き添って来たのだった。
友梨と麗美は六花が別のバンドに加入すること事態は別に問題ないのだが、由美だけは断固として譲らない。
そして、今はチュチュと由美の二人が口論をし続け、他のメンバーはその成り行きを見守っている。という状況なのだ。
「なんつーか…。すまねぇな、コイツが。」
神前玲は二人の口論をBGMにRASのメンバーに謝罪する。
「いえいえ!ロックさんがそれほど魅力的だからしょうがないですよ!」
「ああ。私から見ても、ロックのギターの才能はチュチュの見込み通りだろうしね。」
「にしても、噂の黒豹があのチビたちの後見人かぁ。」
「おいおい、黒豹はもう昔の話だ。今の俺は、しがない私立探偵だっての。」
玲は言い争う二人を放置してRASのメンバーと親睦を深める。
一方のもう一人の後見人である美竹蘭は由美の説得に行く。
「由美、もう意地張るの止めなって。話進んでないじゃん。」
「やだ。蘭ねえ。これは私たちと六花ねえの問題だから。」
「Afterglowのvocalの言う通りよ!いい加減諦めなさい!」
由美は憧れている蘭の意見ですら突っぱねる。
「…どうすんの?このままじゃ日が暮れても堂々巡りだよ?」
自分の意見すら聞いてくれない。蘭はうんざりしたように玲に尋ねる。玲は顎に手を添え、考える仕草をした後、よし。と短く言い、二人の間に入る。
「はいはい!二人の意見はよぉーく分かった!由美は六花とバンドをしたい。チュチュさんは正式メンバーとして迎え入れたい。どっちも譲りたくないのなら、これはもう六花本人に決めてもらうしかないな。」
「…分かった。」
「良いわよそれで!」
玲の交渉に二人は同時に承諾する。
「六花ねえ。」
「さぁ、ロック!」
二人同時に手を差し出す。
六花は二人の真剣な眼差しを真っ向から受け止め、暫し考えるように深呼吸をした後、頷いた。
「ごめんなさい!」
六花が謝罪と共に、手を取ったのは、
「ロック…!信じてたわよ!!」
チュチュの手だった。
「……………え?」
一方の由美は差し伸べたまま固まり、理解が追い付かないのか、目を見開き、呆然とする。
「残念だったわね!これでスッパリ諦めて新しいmemberを探した方がいいわよ!」
チュチュが勝ち誇ったように胸を張る。
だが、由美は掴まれなかった手のひらをただ呆然と眺めるだけで何も言わない。
「…ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ。ワタシだけ騒いでバカみたいじゃない。」
チュチュがそう言った直後、見開いた由美の目から大粒の涙がポロポロと出てきた。
「う…、うううう…!」
理解が追い付いてきたのか、由美は身体を震わせ、
「うわぁあああああああ!六花ねえ取られたあああああ!!!」
大声で泣き始めた。
表情が乏しい物静かな印象を受ける少女が、突然人目も憚らず喚きだし、RASのメンバーはビックリする。
「な、なぁっ!?」
「チュ、チュチュ様!一旦宥めてあげた方が…!」
「あ、あーと、私、ケーキ作れるけど、食べるか!?」
「こ、こう言う時どうすればいいのかな…!」
「で、でらやわじゃ!」
あたふたするRASの面々。
そして、驚いているのは彼女らだけじゃなかった。
「ゆ、由美!落ち着いて!」
「え、えーと。えーと!どがんすればよかと!?」
親友の見たことない感情の発露に友梨と麗美もパニックになる。
「…初めて見たな、あんなに大泣きする由美。」
「うん…。ちょっと、いや、かなりビックリした…。」
玲と蘭も驚きと物珍しい目で大声で泣きわめく由美を見守る。
「蘭ねえええええ!取られた!取られたあああああ!!!」
「うわっ!?ちょっと由美!?」
由美は泣きながら蘭に飛び付き、蘭は驚きながらも受け止める。
「おー、よしよし。」
玲は蘭に飛び付いた由美をひっぺがし、腕に抱えてあやす。
「玲!あいつらボコボコにして六花ねえを取り返して!」
「what!?」
「チュ、チュチュ様に手を出すなら…!」
泣きながら由美はとんでもないことを言い出した。その言葉を聞いたRASのメンバーは一瞬身構える。
「バーカ。俺と蘭はあくまで後見人だ。それに、六花のRASで頑張りたいって意思を無視するのは最低なやつがすることだぞ?」
「うぅ~!玲のバカ!」
玲は由美をあやしながら、それを拒否した。玲の言葉を聞いた由美は唸りながら、玲の腕から離れ、蘭に泣きつく。
「蘭ねえ…!悔しい…!悔しい…!!うわあああああああ!!!」
「そうだよね…ムカつくよね…悔しいよね…。でもね、由美。受け入れなきゃダメだよ。」
蘭は由美を抱き締め、頭を撫でて宥める。
「え、えぇと、じゃあ、チュチュさん!六花さんはこれから、RAISE A SUILENのロックさんとして、活動していくと、言うことでいいですね?」
「オ、of course!それで良いわ!」
友梨はまだ動揺があるものの、話を纏めて〆にかかる。
「六花さん!あ、いやロックさんやった。アタイら応援しとるけんね!」
「ありがとう、友梨ちゃん、麗美ちゃん!あと、好きな方で呼んでもいいよ。」
六花は二人に礼を言った後、蘭に泣きついている由美に近付き、由美と同じ目線に屈み、話し掛けた。
「ごめんね、由美ちゃん。由美ちゃんがバンドに誘ってくれたのは、でら嬉しかった。でもね、私は、私が求めてる音楽は、RASにあるって気がするの。セッションの約束は守るから、応援しててくれる?」
六花が説得すると、由美はぐずりながら、六花を見て、鼻をすすりながら答えた。
「…分かった。でも、忘れないで。絶対私たち、六花ねえがそっちに入ったら良かったって思わせるバンドになってやるから。」
由美からの宣戦布告に六花は少し驚いたような顔をした後、はにかんで、拳を突き出した。
「ふふ、うん。今日からライバルだね。」
由美も涙で濡れた拳を突き出し、六花の拳と軽く合わせる。
CiRCLEのラウンジで行われた六花争奪戦はこれで幕を閉じたのだった。
日が暮れた帰り道、流石に泣き疲れたのか、由美は蘭に背負われながら眠りについている。
蘭の背で寝息を立てている由美を見ながら、玲はぼやく。
「にしても、こいつあんなに六花にご執心だったのは意外だな。何が気に入ったんだ?」
「多分、六花と由美は共通点があったんだと思うよ。」
玲のぼやきに友梨が答える。
「ほら、由美は蘭さんに憧れてボクや麗美を巻き込んでバンドを作ろうとしているじゃないか。一方の六花さんはPoppin'Partyに憧れてギターを始めたって聞いたんだ。由美は、そんな六花さんを見て、お互いに憧れているバンドを追いかけながらバンドをしようってピンと来たんじゃないかな?」
これはボクの勝手な想像だけどね。と、友梨は締め括る。
「…ま、由美はまた一つ、良い経験をしたってことで…。」
玲は蘭の背で眠り続ける少女を見てそう呟くのだった。
また玲をよろしくお願いします