5月17日改訂
世界総人口の約八割が、特異体質――『個性』を持つ超人社会。
個性を悪用する敵《ヴィラン》に対抗する職業、『ヒーロー』が脚光を浴びている時代だ。
一方で、個性が世界に溢れていくにつれ、人々の探究心が宇宙へ向けられることは少なくなっていった。
無重力下においても、人々が自由を――翼を手に入れるために開発された機構、《エアトレック(A.T)》。
当初、A.Tは各国政府や大企業から大きな注目を集めていた。
しかし、世界が“個性”によって大きく混乱したことで、多くの開発プロジェクトは凍結、あるいは中止へと追い込まれていく。
生き残りを懸けたA.T開発企業は、方向性を大きく転換した。
宇宙ではなく、地上へ。
地上運用を前提としたA.Tは商品化され、市場へと流通していった。
当初の構想ほど莫大な利益を生むことはなかった。だが、その圧倒的な機動力、エンターテインメント性、そして何より、重力下でなお“自由”を与えてくれる道具として、A.Tは徐々に人々へ浸透していった。
そして――。
僕、緑谷出久は、このA.Tとの出会いによって、運命を変えることになる。
無個性でありながら、最高のヒーローを目指――
「出久さん、出久さん! この新型パーツを使えば、そのA.Tを――私たちのベイビーを新たな境地へ!」
「うん、明さん。ちょっと黙ってね。他所で聞かれたら誤解しか生まれない発言やめて!?」
「明ちゃん張り切っとるな〜。」
「そういうテメェはどうなんだよ?地元遠いだろ。どうやって序盤から登場する気だ。」
「愛の力で。」
「いや、それこそ無理があるだ――」
「愛で。」
「……いや、だから――」
「愛や。」
「おう。」
勝己は真顔で頷いた。
「……ふぅ。僕のヒーローアカデミア小説『A.T使ってガチバトル 炎の英雄』、始めっぞ。」
「カッちゃんが僕のセリフ奪った!?」
⸻
春風がビルの隙間を吹き抜ける四月。
緑谷出久は、高校受験を控えた中学三年生だった。
「ハッ、結局、雄英のヒーロー科にすんのか。出久。」
後ろから聞こえてきた声に、出久は振り返る。
そこにいたのは、出久の幼馴染の爆豪勝己――通称、カッちゃん。
彼は担任から配布された進路希望調査票を覗き込み、鼻で笑った。
もっとも、その声音に侮蔑は含まれていない。
「うん。やっぱり雄英一択かなって。」
出久が苦笑交じりに答えると、
勝己はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
だが次の瞬間、教室中から笑い声が上がる。
「無個性で雄英とか、緑谷無理すんなって!」
「普通科行って、街中でも走ってろよ無個性!」
「どんだけA.Tが凄くても、個性なしじゃヒーローは無理だろ!」
好き勝手に飛び交う嘲笑。
出久は慣れたように苦笑しつつも、
どう返すべきか迷っていた。
――その時。
ボンッ!!
爆裂音が教室に響き渡る。
発生源は、もちろん勝己だった。
「俺も当然、雄英だ。」
掌から煙を立ち昇らせながら、勝己は鋭く睨みつける。
「出久。テメェも来んなら、他のモブどもとNo.2争いするつもりで来るんだな。」
乱暴な口調。だがそこには、出久が雄英に受かることを疑っていない信頼があった。
……おそらく。
「ねぇよ、んなもん。」
勝己は教室を見回した。
まるで地獄みたいに静まり返った空気の中、彼は舌打ち混じりに言い放つ。
「おいクソモブ共。こいつはクソナードだが、誰よりも走って、努力してる。積み重ねもねぇ奴らが、偉そうに抜かしてんじゃねぇ。」
その鋭い視線は、クラスメイトだけでなく担任にまで向けられた。
「先生もよぉ。生徒の目標を笑いモンにしてんじゃねぇよ。教育委員会に訴えっぞ。」
「カッちゃん、いいよ。」
慌てて出久が止めに入る。
「僕が無個性なのは事実だし、気にしてないから。」
去年の夏頃から、何故かよく見るようになった光景だった。
ーーーーー
放課後。
出久と勝己は並んで帰路についていた。
街ではヒーローたちが活躍し、それを称える歓声が響いていた。
「おい、マウントレディ! デビュー初日だからって張り切りすぎだ!」
「ここ見ろ! 絶対お前だろ、この大穴! ……おい逃げんな!!」
巨大化したマウントレディが逃走する足音まで聞こえてくる。
同時に、裏路地からはA.Tの走行音や、トリックを決める音も響いていた。
だが、それを快く思わない人間もいる。
「またA.Tよ。危ないわねぇ。」
「あんなのストリート連中のオモチャだろ。誰か怪我したらどうすんだ。」
その言葉を聞き、出久は複雑そうに目を伏せる。
「(A.Tも個性と同じなんだ。使い方次第では危険になる。でも……誰かを救ける力にも、きっとなれる)」
背中に背負った、炎を思わせる赤いA.T。
その重みを感じながら、出久は自分の“力”について考えていた。
その時、
悲鳴と、異様なぬめり音が街に響いた。
「ヴィランだ!?」
「誰か助けて!!」
逃げ惑う人々がこちらへ押し寄せてくる。
その光景を見た瞬間、出久の足は自然と前へ出ていた。
「カッちゃん!」
「言われなくてもわかってらぁ!」
二人は人波を縫うように駆け抜け、騒ぎの中心へ向かう。
そこにいたのは、ヘドロ状の身体を持つヴィラン。
奴は一般人を取り込み、人質にしていた。
人質の個性は発火系らしい。
混乱か、それとも脅迫されているのか、
周囲には無差別に炎が撒き散らされている。
「くそっ、これじゃ近づけねぇ!」
「消火系個性のヒーロー呼べ!!」
「シンリンカムイは!? あいつなら多少燃えても救助できるだろ!」
「逃げたマウントレディ追いかけてます!!」
「馬鹿野郎!! 今すぐ呼び戻せ!!」
デステゴロを中心としたヒーローたちが包囲網を敷いている。
だが、人質側の火力が想定以上に高く、誰も踏み込めずにいた。
「(シンリンカムイやマウントレディが戻れば助けられる。でも――)」
出久の視線が、人質と交差する。
怯え、苦しみ、助けを求める目。
その瞬間だった。
考えるより先に、体が動いていた。
「出久、速攻でやるぞ!」
「うん!!」
二人は同時にA.Tを装着する。
炎を模した赤いA.T。
手榴弾の意匠が刻まれた黒いA.T。
出久のA.Tが地面を噛む。
ウィールが火花を散らし、熱を生み出し、足元から炎が噴き上がる。
「フェザー・スマッシュ!!」
放たれた蹴撃から、炎の羽が撃ち出される。
一直線に飛来した炎はヘドロヴィランの腕部を吹き飛ばし、人質の腕を露出させた。
「なっ、別のヒーローか!?」
ヴィランも、周囲のヒーローたちも、突然の乱入に反応しきれない。
その一瞬。
「爆速ターボ!!」
勝己が爆破とA.Tを組み合わせた加速で突っ込む。
「中坊だと――!?」
勝己は笑う。
「舐めんな。オレらは、ただのガキじゃねぇ。」
人質の腕を掴み――、
「助かりてぇなら耐えろよ。」
爆炎が炸裂する。
「エクス・カタパルト!!」
本来は相手を叩きつける投擲技。
だが今回は、その回転と爆破の勢いを利用し、人質だけを強引に引き剥がした。
人質は勢いのあまり気絶したものの、救助には成功する。
「ふざけるなァ!! なら次はテメェに取り付――」
「言ったろ。」
勝己がニヤリと笑う。
「俺らは、って。」
「……は?」
その頃には、出久の準備は完了していた。
先程とは比べ物にならない熱量。
A.Tをさらに強く地面へ走らせ、摩擦熱を極限まで高めていく。
炎が膨れ上がる。
まるで灼熱の波。
「フェニクス・スマッシュ!!!」
放たれた炎の奔流がヘドロヴィランを呑み込み、その巨体をビル壁へ叩きつけた。
衝撃と熱風が街路を揺らす。
そして――ヴィランは動きを止めた。
直後。
「私が来た!!」
轟音と共に、一人の男が舞い降りる。
「少年たちよ! 危険だ、下が――な、さい?」
「「オールマイト!?」」
そこに立っていたのは、平和の象徴。
二人が憧れ続けたNo.1ヒーローだった。
ーーーーー
周囲のヒーローたちは、無茶な行動を咎めつつも、出久と勝己の活躍を高く評価していた。
将来有望な若手候補として顔を覚えておこう――そんな空気すら漂っていたが、オールマイトの登場によって全員が後処理へと移行する。
瓶詰めにされたヘドロヴィランが連行されていく。
その様子を横目に、出久と勝己は――ただただ感動に震えていた。
目の前に、本物のオールマイトがいる。
「人質の命に別状なし。建物被害も許容範囲内。あの状況下で瞬時に判断し、最短で事件を解決した。君たちは非常に優秀だ。」
褒められた。
憧れのヒーローに。
それだけで胸がいっぱいになる。
「しかし! 無免許での個性使用による戦闘行為は違法だ! 次からは必ずヒーローに任せるように!」
注意すら嬉しかった。
だが。
「オールマイト。」
「うん? なんだい?」
出久には、どうしても聞きたいことがあった。
「無個性でも……ヒーローになれますか?」
一瞬、オールマイトが固まる。
「え? 無個性? では一体どうやって……まさか、そのA.Tで?」
改めて、出久を見る。
技術、判断力、そして総合的な実力。
全てを理解した上で、オールマイトは静かに口を開いた。
「ヒーローには危険が付きものだ。力なしに全うできるほど、簡単な仕事ではない。」
その言葉に、勝己が反論しようとした。
だが、その前に。
「――しかし!」
オールマイトは力強く笑った。
「敢えて言おう。なれるとも!!」
力強い声が響く。
「考えるより先に身体が動き、誰よりも速く人を救けた! 君たちは、最高のヒーローになれる素質を持っている!!」
その言葉を聞いた瞬間。
出久の涙腺は、完全に崩壊した。
「う、ぁ……っ」
隣では勝己も満更ではなさそうな顔をしている。
だが、泣き始めた出久を見るなり露骨に顔をしかめた。
「チッ、泣くなよ。テメェが泣くと、俺まで弱そうに見えるだろうが。」
「う、うんっ……ご、ごめんっ……!」
二人の様子を見て、オールマイトは満足そうに頷く。
「もう一度言おう! 君たちは最高のヒーローになれる! では、またいつか!!」
⸻
事件後。
簡単な事情聴取を終えた出久と勝己は、帰路についていた。
「ヒーローになれる、って言ってもらえた。」
呟く出久に、勝己は鼻を鳴らす。
「あぁ? まあ俺様は最初っから、トップヒーローになって高額納税者になることが確定してた存在だけどな。」
「ははっ、そうだね。」
新しい時代の始まりだった。
ーーーーー
翌日。
『オールマイトによると、今回ヴィランを確保したのは中学生二人組だったとのことです。そのうち一人は、A.Tを使用した無個性の少年だとか――』
テレビからニュースキャスターの声が流れる。
『いやぁ、いけませんねぇ〜。おそらく個性持ちの少年の足を引っ張っていたんでしょうねぇ〜。そういった無謀な行動は控えていただきたいものですなぁ〜』
「大丈夫だから! 気にしてないから!!」
出久は必死に叫ぶ。
「だからテレビ局に乗り込んで爆殺しようとすんのやめて!?」
「うるせぇ!! あのクソコメンテーター爆破してやらぁ!!」
そんな幼馴染を、朝から全力で止めにかかる緑谷出久の姿があったとか、なかったとか。