長い割にいるのか分からない話になとてしまった。
広場
「ケロッ、止みましたね。」
「止んだな。」
どれほど戦闘が激化しても、
森から学友たちが帰還しても、
相澤を守る、という役目を果たす為、側を一切離れなかった蛙吹。
そして、生徒たちの無事を祈り続けていた相澤の下に、
絶えず届いていた戦闘音が止んだ。
「終わった、のか?」
蛙吹同様、相澤の警護に就ていた砂藤も森の様子を伺う。
先ほど森から帰還したヒーローに相澤が問いかける。
「ラグドール。さっき言っていたことは、確かなのか?」
「………ええ。アチ、ん゛ん゛。私の個性、サーチの範囲内から、麗日さん、発目さんが消えているわ。」
相澤の質問に、森から帰還したプロヒーロー、ラグドールは暗い表情で事実を答える。
「さっき、ニケと名乗ってたヴィランが二人を抱えていたけど、私の個性に反応してなかった。偽物の可能性が高いのだけど、」
「二人を連れ去ったであろうヴィランたちがわざわざ偽物を用意する必要があったのか?」
「分からない。襲撃してきたヴィランが手練だったから確認する余裕がなかったわ。それに、」
「ヴィラン連合の死柄木とスピナー。この二人による妨害もありました。」
八百万が会話に加わる。
「緑谷さん、爆豪さんが間に合ったことで私たちは無事に森を抜けられましたが、」
「その死柄木たちは、二人の足止めをした後、直ぐに撤退。緑谷くんたちはニケを追いかけて森の奥へ。」
庄田に支えられた物間がより詳しい状況説明を行う。
「………そのニケって奴は、さっきの謎の圧を出した奴だと思うか?」
「いいえ。ニケも強敵ではありましたが、僕らでも相手が成り立つ程度の奴です。」
物間は自分たちが広場に付いてから発せられた謎の圧を思い出しながら、相澤の疑問に否定で答える。
「さっきまで緑谷くんたちが相手をしていたであろう気配は、桁が違っていたと思います。」
広場にいる面々が、どう動くべきかで悩み、
「イレイザー、どうする?戦闘音は鳴り止んだ。プロだけでも森に、」
ブラドキングが提案をしている最中、
森の奥から話し声が聞こえてきた。
「大丈夫かい緑谷くん。君だってヘロヘロだろうに。」
「うん、大丈夫。ありがとう青山くん。」
「〜〜〜。」
「ほら、カッちゃんも、『気にするな』だって。」
「いや。今の『下せこの野郎。』とかじゃない?」
出久、勝己、そして青山の3人が帰還した。
「爆豪、大丈夫か!?怪我してんのか!?」
「緑谷くん、無事か!?」
「青山く〜ん!生きてるー!?」
生徒たちが3人に群がっていく。
「うん、心配かけてゴメン。先生、報こーーー。」
出久は言葉を紡ぎ切る前に、その意識を失い前のめりに倒れていった。
「緑谷くん、大丈夫か!?綠谷くーん!?」
「おい、爆豪も気絶したぞ!本当に大丈夫か、オイ!?」
ーーーーー
合宿所から近い大きな病院
後で聞いた話だと、
僕らが森から帰還した直後に救助チームが到着。
脳無やヴィランたちは拘束、
怪我人は医療機関へと搬送された。
怪我人は多かったが生徒たちやプロヒーロー、なによりもカッちゃんの活躍により重症者は数名に止まったらしい。
僕こと緑谷出久は戦闘後の疲労で気絶。
病院に運ばれて、翌朝まで寝ていてた。
「オイ出久、起きたか?」
目を覚ますと、隣でカッちゃんがベットから身体を起こしていた。
「うん今起きた。カッちゃん、昨日あれだけ大暴れしてたのに元気そうだね。」
「どこがだ。疲労が溜まりすぎて立つのも億劫だよ。」
「だよね、僕も。」
「おぉ、二人とも聞いていたよりも元気そうじゃな。」
会話の最中に病室に入ってきたのは、
「発目博士。」
「おう、爺さん。そろそろ来るんじゃないかと思ってたぜ。」
明さんの祖父である発目博士だった。
その後ろにも人がいて、
「緑谷、治療はいるか?」
「………はい。よろしくお願いします、治崎さん。」
裏社会で最も腕の立つ医者が立っていた。
治崎さんと僕の付き合いは2年前まで遡る。
例の組織にカッちゃんと明ちゃんが連れ去れた時、
アメリカへの裏ルート、偽の身分やパスポートを用意してくれたのが発目博士の古い知り合いである死穢八斎會の組長さんだった。
………実はその時、組長のお孫さん関係で揉めに揉めて、この治崎さんて大喧嘩にまで発展したのだ。
以下過去ダイジェスト
「孫助けにアメリカ行くんで移動手段を頼む。」
「任せな。古い知り合いの頼みだ。ただ数日はかかるぜ?」
屋敷に泊めてもらうと僕ら少女に出会う。
包帯だらけの少女。
僕と麗日さんは少女と仲良くなるが、違和感があった。
そして治崎さん、治崎が少女、エリちゃんに何をしているのかを知ってしまった。
知ってしまったからには動かずにはいられなかった。
だから、戦った。
当時の僕の全力。
荼毘さんのアドバイス。
お茶子さんによる無重力ブースト。
途中止めに入ってくれたエリちゃんによる回復。
様々な奇跡が重なって僕は勝った。
「ありがとうよ、坊主。治崎と真正面からぶつかってくれてよ。」
そこから、組長さんと治崎との間にどんな会話があったかは分からない。
けれど準備が整って僕らが屋敷を離れる時、
「お前のおかげで、親父としっかりと話すことができた。礼を言わせてくれ。」
憑き物が落ちたかのような表情をした治崎が見送ってくれた。
個性が暴走してしまった場合のエリちゃんへの対応。
死穢八斎會の今後のあり方。
やる事は山の様にあったであろう。
にも関わらず、
数ヶ月後、治崎は、……治崎さんは裏社会でも有名な闇医者になったそうだ。
実は夏の大冒険の後、何度か発目博士に連れられて、エリちゃんに会いがてら、死穢八斎會の屋敷にも何度か遊びに行っていて、
「親父から改めて極道とは、侠客とは、を教えられてな。まともな道から外れちまったから極道。弱い者を助け、義理人情を重んじて生きるのが任侠。それを実行するのが本当の侠客でありヤクザだ、ってよ。」
「………なんか、まるでヒーローみたいな立ち位置ですね。」
「それだよ。俺はあれだけヒーローを嫌いだったのに、ヤクザが好きだったのに、嫌いな理由は俺が好きなモンが評価されてないから、っていうガキみたいな理由だったんだぜ?笑っちまうな。」
「でも、治崎さんは今、義理人情を重んじるヤクザになろうとしてるんですよね?だったら、笑いません。」
「………なあ緑谷、お前ヒーロー目指すの辞めてウチ来い。俺がお前を裏社会最大組織の大親分にしてやるよ。」
「いや、結構です。」
こんな会話をする様な仲にはなっている。
以上過去ダイジェスト
「怪我自体は大した事は無さそうだが、疲労の溜まり方が尋常じゃない。」
治崎さんが僕とカッちゃんの状態を確認していく。
「どうする?修復だけだと完全回復とならなそうだ。一回分解を挟むか?」
「………はい。この後の事を考えると完全回復で。」
「いつでもヤレや。」
カッちゃんも僕と同じ考えの様だ。
「じゃあ行くぞ。」
バツンッ、バシュンッ
治崎さんがカッちゃんに触れた瞬間、
何かが弾け、縮む音。
続いて僕。
治崎さんが僕に触れ、
視界が完全に消え、戻ると、身体の奥底に溜まっていた疲労やダメージが全て無くなった。
「いつ見ても治療行為には見えんの。」
「スクラップ&ビルドを実際に人間にやるとこうなるんですよ。修復だけなら問題ありません。しかし、緑谷たちのあの目、デカい鉄火場が控えているんでしょ?なら、完全な状態で送り出せるコッチの方が良い。」
「まあ確かに。ワシの個性じゃと完全回復には時間がかかるからのぅ。」
発目博士の個性、メンテナンスにはこれまで何度もお世話になった。
ただ即回復、というわけにはいかない。だから今日は治崎さんを連れてきてくれたんだ。
「発目先生も、渡すモン早く渡してください。」
「わかっとるわい。少しは年寄りを労わらんかい。」
「ならさっさと引退しろジジイ、そうすればウチの取り分が増える。」
「喧しい。孫が独り立ちするまでは金稼ぐわい。」
博士は治崎さんと軽い口喧嘩をしながらがケースを渡してくる。
「君らが雄英で使っているのと同じものじゃ。」
「ありがとうございます。」
「助かるぜ爺さん。」
「緑谷、手助けが必要なら言ってくれ。親父からの許可は貰っているからな、助太刀するぞ。それでそのままウチに来い。」
「麗日建設の面々もいつでも動けるそうじゃ。それと、」
博士は一枚の紙を渡してきた。
「明から秘匿回線に連絡があったわい。相手が動くとしたら今夜か明日の夜、本人たちは女子四人で楽しくやっとるらしいぞ。麗日夫妻にも二人の無事は既に伝えておるよ。」
「………ああ、やっぱり。自分たちで付いて行ったんだ。」
今のお茶子さんを相手に奇襲を成功させるのは至難の業である。
ましてや、ヴィランが襲ってきている最中であり、明さんも一緒にいたのだ。
奇襲を成功させ、明さんを人質に取れれば可能性はあるけれど、
集中していたであろうお茶子さんを相手に簡単にできることでは無い。
しかし、それを実行できる奴があの場に来ていた。
死柄木はオールフォーワンが自ら動く可能性を考慮して、先に動いてくれていたんだ。
「それで、どうするよ出久?」
カッちゃんが身体の調子を確認しながら聞いてくる。
「うん。とりあえず………着替えよっか。」
ーーーーー
病院の廊下
「結局、今回の襲撃で大怪我したの物間だけだったな。」
「ウチと葉隠、それに轟はあのニケとかいうキモイ奴に腹パンされたけど、物間はA.Tでモロに蹴られてたもんね。」
「本人曰く、緑谷の蹴りの方がヤバかったらしいがな。」
「緑谷どんだけだよ。」
A組の面々が廊下を進む。
「だけどよ。緑谷も爆豪もボロボロだったじゃん。怪我はねぇけど疲労がヤベェってリカバリーガールも言ってたし、まだ起きてねぇんじゃねぇか?」
見舞いの品を抱えながら歩く峰田の疑問に、
「………本音は?」
瀬呂が疑問で返すと、
「正直もう病室にいねぇ可能性もあると思ってる。」
「分かるわって、オイ。あの病室、緑谷たち以外患者いなかったよな。」
出久たちの病室から明らかに医者でも看護師でもない、警察関係者には見えない人物たちが部屋の前で何かを待っていた。
加えて、その内の一人は、
「皆、下がってくれ。」
天哉に焦凍、鋭児郎が前に出る。
三人とも一様に冷や汗を流している。
「なあ、二人とも。俺の勘なんだが、あの男、かなりの実力者じゃないか?」
「ああ。昨日のニケって奴にも負けねぇレベルだ。」
「少なくてもタイマンじゃ勝ち目がねぇ、ってのは確実だ。」
強敵との戦闘経験が多い三人は治崎の実力に気が付き、警戒する。
場所も場所であるため、どうするべきかで悩んでいると、
「ん?おぉ!君たちは、雄英の、しかもA組の子たちだね。体育祭で観たよ。」
明らかな実力者である人物の隣に立つ老人がコチラに気付き話しかけてきた。
「止まれよ爺さん。アンタら何モンだ?なんで爆豪たちの病室の前にいる?」
警戒を解かないまま、鋭児郎が尋ねる。
「ん?ああ、すみません発目先生。どうやら俺のせいで要らない警戒をさせたみたいです。」
「発目博士?発目女子のお爺様ですか!?」
「そうじゃよ。流石は雄英生、此奴の怪しい気配にちゃんと気付いておる。」
「気配じゃなくて強さにだよ、クソジジイが。」
「あっ、あの!お孫さんのことを緑谷さんたちから聞きこられたのでしょうか!?お二人は全力で戦われて!」
「そうです!二人ともボロボロになっても戦い続けて。だから責めたりはしないでやってほしいです!」
「ケロッ。直接は見てないけれど凄まじい戦いだった筈だわ。」
「そうだぜ。むしろアイツらがいなかったらどんだけ被害が出たかって話だよ!」
捲し立てる様に出久たちを庇う学生たちの様子に驚くも、発目博士は優しい表情で、
「分かっとるよ。じゃからワシらはここに来た。二人とも友達が来とるぞ。開けても良いか?」
「ーーーーー。」
返事があったのか、発目博士が扉を開ける。
そこには、
ヒーローコスチュームに身を包んだ出久と勝己が立っていた。
ーーーーー
起きてるだろうとは思っていた。
何なら、麗日たち救出のための作戦を練り始めているくらいはしていると思っていた。
まず身体を休めろ!
とか言ってやってから、その救出作戦に加わろうとも思っていた。
――だけど。
俺たちが病室に入った瞬間、その考えは全部吹き飛んだ。
そこにいた緑谷と爆豪は、
雄英に置いてあるはずのヒーローコスチュームに身を包み、
今すぐ戦場へ向かうと言われても納得できるほどの、張り詰めた空気を纏っていた。
「皆、お見舞いに来てくれたんだ。」
緑谷がいつも通りの声で言う。
だけど、その“いつも通り”が、今は逆に異常に感じる。
「緑谷くん! 爆豪くん! ヒーローコスチュームを校外へ持ち出す場合は、ちゃんと申請をしないといけないはずだ! したのかい、申請は!?」
飯田、ツッコミたい気持ちは分かる。
けど、多分そこじゃねぇ。
いや、確かに大事だけども!
「行くのか、お前ら。」
そして隣では、轟がいきなり核心をぶち抜いていた。
「「…………」」
返ってきたのは沈黙。
だが、その沈黙こそが一番分かりやすい答えだった。
病室の空気がさらに重くなる。
「……緑谷くん、爆豪くん。君たちの強さは知っている。だが、ここから先はもうプロに任せるべきだと、俺は思う。」
飯田の言葉は正論だ。
誰が聞いても間違っていない。
「そうですわ。お二人が多くのプロヒーローよりもお強いのは承知しております。ですが、救出作戦ともなると、プロ同士や警察との連携が重要になります。」
今度は八百万が説得を重ねる。
「下手な介入は、プロの作戦の邪魔になります。ここはプロヒーローを信じて待ちましょう。」
二人が言っていることは間違ってねぇ。
間違ってはいねぇ。
……それでも。
緑谷と爆豪の目を見れば分かる。
あれはきっと、
覚悟を決めた奴の目だ。
一度決めたら、絶対に止まらねぇ奴の目だ。
「私も、お茶子ちゃんと明ちゃんを心の底から心配しているわ。」
梅雨ちゃんも一歩前に出る。
「それでも、私たちがこれ以上勝手な行動をして、ましてや戦闘行為なんてしてしまったら、ルールを破ることになる。それはヴィランと同じだと思うわ。」
……ああ。
駄目だぜ、梅雨ちゃん。
多分、その言葉じゃこの二人は止まらねぇ。
「ルールか。そうだな。ルールを守らないのはヴィランと同じだな。」
爆豪が小さく呟く。
「うん。きっと雄英も今は大変な状況なんだろうし、僕らが勝手に動いたら迷惑をかけてしまうね。」
緑谷も静かに続けた。
ああ、クソ。
その流れは駄目だ。
言わせちゃいけねぇ。
「爆豪! 緑谷! 止めねぇから! だからっ!」
「何を言っているんだ切島くん!?」
「「それでも、助けるために必要なら、ルールを破ることだって覚悟の上だ。」」
重なった声が病室に響く。
その言葉は、
守るためならヴィランになることすら厭わない、
そんな宣言にも聞こえた。
皆、二人から放たれる圧に呑まれて動けねぇ。
空気が重い。
身体が勝手に竦む。
けど、
それでも俺は、なんとか爆豪の腕を掴んだ。
「………雄英、辞めるとか言わねぇよな?」
思わず出た言葉だった。
普段の爆豪なら鼻で笑い飛ばしそうな問いかけ。
だけど今は、どうしても確認したかった。
「………さあな。」
爆豪は、らしくないくらい優しい手つきで、
俺の手を外した。
「多分、皆が正しいんだと思う。プロも警察も、そして雄英も動いてくれている。」
緑谷の進路を塞ぐように、轟と飯田が立つ。
「きっとオールマイトやエンデヴァー、トッププロたちが奴らと戦ってくれる。」
「ああ、そうだ。だから――」
「でも、それは僕らが動かない理由にはならない。」
飯田の言葉を、緑谷が真っ直ぐ断ち切った。
「僕らが行動することで、助けられる可能性を少しでも上げられるなら、行くよ。」
静かな声。
だけど、そこには揺るぎない意志が宿っていた。
緑谷が二人の間を割って進む。
止められねぇ。
「………俺たちは足手纏いか?」
轟の口からそんな言葉が漏れた。
「………ごめん。」
短い謝罪。
それが逆に痛ぇ。
自惚れ抜きで言うなら、
今の俺と飯田や轟は、
強さだけなら他の皆よりも突出し始めた。
状況次第じゃ、プロにだって勝てると思う。
それでも、
緑谷たちにとって俺たちは、
足手纏いなのかよ。
「………ハァ。正直、こうなるとは思ってた。」
耳郎が呆れたように溜息を吐く。
――次の瞬間。
「フンッ!」
バシンッ!!
「イッ!?」
「カッちゃん!?」
乾いた音が病室に響いた。
耳郎が、爆豪の背中に平手を叩き込んだのだ。
「行ってきなよ。それで、ちゃんと四人で戻ってきて。」
「おっ、おい耳郎! 背中押してどうすんだよ!」
上鳴が慌てているが、
「いいの! 皆がちゃんと反対してるんだから、一人くらい背中押してやっても問題ないでしょ!」
爆豪が背中を擦りながら耳郎を睨む。
けど、その目には怒りよりも、
どこか呆れと感謝が混じっている気がした。
「チッ、耳郎テメェ………。ハッ、良い女だな。」
「フンッ。今頃気付いた?」
「へッ。」
爆豪が笑う。
ほんの一瞬だけ、
いつもの調子が戻った気がした。
そして背を向けたまま、片手をひらひらと振る。
「約束すんよ。」
その一言を残して、爆豪は病室を出ていった。
「ぐっ………。緑谷くん。君たちはきっと無理をする。無茶をする。」
飯田が血を吐くように言葉を絞り出す。
「本音を言えば、しがみついてでも、縋りついてでも、君たちを止めたい。止めなければいけない。」
その声は震えていた。
怒りでも恐怖でもない。
友達を失いたくないという、どうしようもない感情なんだろう。
「蛙吹くんの言っていることが正しい。……ただ、それとは別に。」
飯田が緑谷の背中へ言葉を向ける。
「何かを成し遂げようと、信念を貫き通そうとする時、人はルールを踏み越える時があることも、今の俺は知っている。」
――保須市で遭遇した、ヒーロー殺しステイン。
ヴィランであり、殺人鬼であり、
兄を傷つけた張本人。
奴は、己の信念だけを貫いていた。
飯田天哉の中には、
あの日の記憶が焼き付いている。
「だから、これは俺の我儘で、願いだ。」
飯田が拳を握る。
「どうか、無事に戻ってきてくれ。」
「うん。分かった。」
緑谷は振り返らずに答えた。
その返事だけを残して、
病室から出ていく緑谷。
残された俺たちは、
ただその背中を見つめることしかできなかった。
ーーーー
「治崎くん。二人と先に車に向かってもらって良いかの?」
「………あまり時間はかけないでくださいね。」
発目博士の頼みを了承し、治崎は出久と勝己の後を追った。
扉が閉まる音がやけに大きく病室に響き、発目博士はA組の面々へと向き直った。
「「「「「…………ッ。」」」」」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
不安。
悔しさ。
情けなさ。
それらが入り混じった表情で、生徒たちはその場に立ち尽くしていた。
止めたかった。
追いかけたかった。
けれど、足は動かなかった。
言葉も届かなかった。
それだけは、全員が痛いほど理解していた。
「彼らは譲らないよ。」
その場にいる全員へ語りかけるように、発目博士は静かに口を開いた。
責めるでもなく、慰めるでもない。
ただ事実を突きつけるような声だった。
「彼らは二年前、私のせいで大きな戦いに巻き込まれた。」
その声に込められていたのは、大きな後悔。
そして、それとは相反するような、小さな興奮。
「強敵と戦い、傷つきながらも前に進み続けた彼らの中には、確かな信念が根付いている。」
発目博士の目は、二人が出ていった扉を見ているようで、
その実、もっと遠い過去を見ているようにも見えた。
「そして私の中にも、同様に信念が存在する。彼らがヒーローでもヴィジランテでも、……たとえヴィランであっても、その歩みを最後まで支え続けるという信念がね。」
その言葉に、病室の空気がわずかに凍る。
普通なら、止めるべきだ。
正すべきだ。
そう言うべき場面で、発目博士は支えると言った。
ヒーローでも。
ヴィジランテでも。
たとえ、ヴィランであっても。
その瞳の奥に見え隠れしていたもの。
それはきっと――
狂気。
「今ある平穏を捨て、自ら死地に飛び込み、本気で彼らと共に命を賭けられる覚悟。」
発目博士は鋭児郎を見つめるが、
彼は何も言い返せなかった。
「彼らの信念を捻じ曲げてでも、社会の正しさを通し続ける意思。」
その視線は八百万と蛙吹へ移る。
正しいことを言った。
間違ったことは言っていない。
だが、正しい言葉を口にすることと、
その正しさのために誰かの思いを踏み躙ろうとすることは、まるで違う。
「例え彼らに恨まれても、彼らのために彼らを止める決意。」
最後は天哉と焦凍へ向けられた。
二人の拳が、わずかに震える。
止めたいと思った。
止めるべきだとも思った。
けれど、最後の一歩を踏み出せなかった。
本気でぶつかり合わなければ、止められないことは分かっていた。
それを恐れてしまった。
嫌われることを、拒絶されることを、
そして何より、あの二人の覚悟を否定することを恐れた。
「それらをこの瞬間に持てない君たちに、彼らを止める術は存在しないよ。」
静かな断言だった。
だがその言葉は、刃のように突き刺さった。
己の命を賭けられる覚悟を持たぬ者に、
命を賭けて戦いに挑む者たちの隣に立つ資格はない。
社会のルールを守り通すため、
己の想いすら殺す意思を持たぬ者に、
他者の信念を捻じ曲げることは叶わない。
彼らの前に立ちはだかる決意を持てぬ者に、
彼らを止めることなど……出来るはずもない。
「………だったら、」
鋭児郎は顔を上げ、前を見る。
胸の奥で、悔しさが暴れ回っている。
言い返したい。
違うと叫びたい。
それでも、発目博士の言葉を否定できるだけの答えが、自分の中に見つけられない。
「だったら! このままアイツらを黙って見送れって、そう言うんすか!?」
「切島、ここ病院!」
三奈の慌てた声が飛ぶ。
けれど、鋭児郎の叫びは誰もが抱えていた感情である。
ーー発目博士の先ほどの言葉、
内心を言い当てられた気がした。
どこかで思っていたのだ。
自分が付いていくと言えば、周囲が止めると。
アイツらに無理だと言われると。
そして、その言葉に従えばいいのだと。
止められたから行けなかった。
選ばれなかったから追えなかった。
そんな言い訳を、心のどこかで探していた。
ああ、この人の言う通りだ。
今の俺は……アイツらと命を賭けるには、覚悟が足りない。ーー
――蛙吹梅雨は、自分の言葉を思い返していた。
『それでも、私たちがこれ以上勝手な行動をして、ましてや戦闘行為なんてしてしまったら、ルールを破ることになる。それはヴィランと同じだと思うわ。』
間違ってはいない。
今でも、そう思う。
ルールは必要だ。
秩序は守られなければならない。
けれど。
私は……ルールを破らなければ助けることのできない命があった時、
その命を、どうするのだろうか。
ルールを守るために、見捨てるのか。
助けるために、ルールを破るのか。
その問いに、すぐ答えを出せない自分自身に、
愕然としてしまった。ーー
発目博士は耳郎へ向き直る。
「それはそうと、清々しい激励じゃったよ、お嬢さん。」
「あ、いや。あれはなんつーか、勢いというか……。」
耳郎は気まずそうに視線を逸らす。
ただ背中を押したかった。
勝手に行くなと怒るより、
戻ってこいと伝えたかった。
それだけだった。
「ほっほっほっ。勢いで勝己くんの背中を引っ叩けるだけでも凄いことじゃよ。」
発目博士は笑う。
その笑みは、先ほどまでの言葉とは不釣り合いなほど穏やかだった。
だが――
「黙って見送り、信じて待ちなさい。」
最後に、その目付きが変わった。
穏やかな笑みが消え、
研究者の目でも、教師の目でもない、
何かを失い、何かを知ってしまった者の目になる。
「付いていくことができない己の弱さを憎み、言葉でも力でも彼らを止める術を持たない己の無力を恥じなさい。」
病室にいる全員が発目博士を見る。
慰めではなかった。
励ましでもなかった。
それは、あまりにも残酷な現実の突きつけだった。
「その、痛みを伴う後悔こそが、君たちを新たな強さへと導いてくれるはずじゃ。」
誰も、返事をすることはできなかった。
ただ胸の奥に残った痛みだけが、
二人の背中を見送ることしかできなかった事実だけが、
確かにそこにあった。
言いたいことを言い終えた発目博士もまた、病室を後にした。
扉が閉まる。
今度こそ病室には、A組の生徒たちだけが残された。
誰かが息を呑む音がした。
誰かが拳を握る音がした。
そして誰もが、
あの二人が戻ってくることを願いながら、
自分の弱さと、真正面から向き合っていた。
ーーーーー
雄英高校は襲撃後、記者会見を行っていない。
発目博士からの連絡で、誘拐された二人が無事だと把握していたからだ。
明からの連絡に加えて、
警察側の地道な捜査の成果として、
ヴィラン連合のアジトが発見された。
そして今、
ヴィラン連合アジトでは、
「やあ。調子はどうだい、先生?」
「フフフフフ。教え子の成長をその身をもって味わったものだから、………絶好調さ。」