弔とオールフォーワンの激突、
そしてオールマイトが冤罪をかけられる数時間前。
「では、打ち合わせ通りでお願いできますか?」
「はい。準備しておいてくれた設備に加えて、枢さんの協力があれば不可能ではないと思います。」
弔たちがいるアジトから少し離れた場所。
そこには、枢が事前に準備していた別の隠れ家があった。
外から見れば、ただの使われていない建物。
だが内部には、いくつもの機械とモニターが並び、簡易的な研究施設のようになっている。
そこにいるのは、明とお茶子、枢と渡我の女性4人。
さらに黒霧を加えた合計5人だった。
「全力は尽くしますが、マーキング的な個性にどこまで対応できるか分かりません。」
明は珍しく、少しだけ慎重な声で言った。
いつものように目を輝かせてはいるが、相手はオールフォーワン。
相手の個性が科学でどこまで解析できるのか、確証はない。
「承知しています。」
黒霧は静かに頷いた。
これまで自分にまとわりついていた違和感。
それを断ち切る。
その可能性があるだけで、十分だった。
「分かりました。では始めましょう。枢さん、お願いします。」
「任せろ。装置を起動する。」
枢がスイッチを入れると、低い駆動音が部屋に響いた。
複数のモニターが一斉に点灯し、黒霧の身体を中心に膨大なデータが流れ始める。
明と枢はすぐに表情を変えた。
雑談をしている時とはまるで違う、技術者の顔。
機械が動き始め、明と枢はモニターに映し出されたデータを確認していく。
膨大な量のデータを確認し始めて数分が経過し、
「あった! 多分コレです!」
明が叫ぶ。
画面上に表示された、ひとつの異常な反応。
周囲の通信や電波とは明らかに違う。
黒霧個人に向けられているような、謎の電波だった。
それを明は発見する。
「これ、普通の通信じゃないです。たぶん、個性由来の何かが混ざっています!」
勢いよく端末を操作し、ジャミングを試みる。
「これか? よし、サポートする!」
枢も即座に反応し、明の援護のためPCを操作していく。
二人の指が、キーボードの上を凄まじい速度で走る。
「よし! スキャン成功しました。」
「スキャンした情報を元にジャミングシステムを構築する!」
「………出来ました! ジャミング波を展開します!!」
その瞬間、部屋の空気がわずかに震えた。
目に見える変化はない。
だが、確かに何かがなくなった。
「どうでしょう?」
明が黒霧を見る。
黒霧はしばらく何も言わなかった。
ただ、自分の内側に意識を向けるように、静かに立ち尽くしている。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「………はい。これまで常に感じていた、視線のような違和感が無くなった気がします。」
黒霧は、これまで感じたことのない解放感の中にいた。
いつも、どこかで誰かに見られているような感覚。
背後に細い糸を繋がれているような感覚。
それが、消えていた。
オールフォーワンが黒霧に付けていた個性によるマーキング。
それを明と枢は科学の力で解除してみせたのである。
「黒霧さんが完全にオールフォーワンの支配から解放された訳ではないはずです。しかし、接触されない限りは恐らく大丈夫………だと思います。」
明らしくない曖昧な返答。
それでも、
「ありがとうございます。発目明、そして枢。あなた方のおかげで、私は己の意志で動くことが出来ます。」
黒霧は深く頭を下げた。
その姿は、いつもの丁寧な執事のようでいて、どこか晴れやかだった。
ーーーーー
とある病院の地下。
薄暗い部屋の中で、オールフォーワンは静かに意識を研ぎ澄ませていた。
「(黒霧との繋がりが絶たれた? ………ふふふ。弔、本当に僕と敵対する気なんだね。)」
怒りはない。
むしろ、その声には楽しげな響きすらあった。
教え子が、自分の鎖を断ち切ろうとしている。
その事実を、オールフォーワンは愉快そうに受け止めていた。
この数時間後、
怪我を癒やし、身体の調整を終わらせたオールフォーワンは弔たちのアジトへと乗り込んだ
ーーーーー
弔とオールフォーワンの激突、
そしてオールマイトが冤罪をかけられる数十分前。
「明ちゃんが依頼を達成したんやったら、次は私の番やね。」
お茶子が屋上の縁に立ち、街を見下ろす。
夜の街には、まだ普通の日常が広がっていた。
そのすぐ近くで、これから怪物同士の戦いが始まるなど、誰も知らない。
「お手伝いしますね、お茶子ちゃん!」
「よろしくお願いします、麗日お茶子。」
お茶子に加え、弔たちと枢を除いたヴィラン連合の面々は隠れ家の屋上にいた。
ライダーである二人はA.Tを駆動させ、風を生み出していく。
お茶子自身はもちろん、渡我にもゼログラビティを付与しているため、
二人の走りはキレッキレである。
重力から解き放たれた二人は、屋上を蹴り、壁を蹴り、空気そのものを足場にするように走る。
お茶子は膨大な風を操り、
渡我がそれを補助することで、
巨大な風の探知結界を広げていく。
風は目に見えない網のように、街の中へと広がっていった。
人の流れ、車の動き、建物の中の気配。
そのすべてを拾い上げるために。
更に、
『街中の情報端末、監視カメラ、その他ハッキングできるものは片っ端からハッキングして、お茶子ちゃんの探知結界と照らし合わせます。』
通信越しに明の声が響く。
『半径数キロといっても街のど真ん中だ。10万人はいる住民の情報を私たちだけで処理するのは流石に無理だ。だから、私の職場にも協力を要請してある。なに、社長がうちのリーダーたちのファンだからな。快く協力してくれているよ。』
枢の声はいつも通り落ち着いていたが、その裏ではとんでもない規模の作戦が動いていた。
ーーーーー
某サポートアイテム企業。
「さあ諸君! 我らが解放の旗印たる風が、叛逆の狼煙を上げる! そのサポートができる栄誉を誇り、サラリーマンらしく仕事にかかろう!」
「チ゛ィィッ! なぜ私があんな小娘の手伝いなど………なんだこのアホほどのデータは!?」
「社長! 現場に、現場に行かせてください。生の声を、生の声を聴かせに行かせてください!」
幹部勢が歓喜発狂暴走している中、
枢に鍛えられた優秀な人員が送られてくるデータを処理していく。
画面には次々と人の位置情報が表示される。
道路、住宅、ビル、地下街。
対象は多すぎるが、
見落とすわけにはいかなかった。
ーーーーー
枢への援軍も強力であるが、明への援軍も強力である。
『枢さんのお仲間も凄いですね! こちらも負けてはいられません。メリッサ、ラブラバさん、よろしくお願いします!』
『任せて明! あと麗日建設の社員さんも手伝ってくれるわ!』
『………。』
メリッサ、A.Tが使える社員Cさんに加えて、超絶技能を持ったハッカーが仲間に加わる。
『任せなさぁい!』
特にハッカーの働きが凄まじく、
明とメリッサ、そして枢の3人で進めている作業と同量を一人で処理していく。
明たちの本業は機械弄りだが、3人の天才少女を上回る合法ロリハッカーはマジでやばい。
屋上では、お茶子と渡我の動きがさらに加速する。
風の探知結界が広がるたび、人々の位置が浮かび上がっていく。
弔は事前に仲間たちに相談していた。
ーーー
『今回の戦いで、俺はやりたいようにやる。だから、周りに一般人がうじゃうじゃいるのは邪魔だ。』
『素直に一般人に被害を出したくない、って言えばいいのによ。』
『察してやれよスピナー。格好付けたいお年頃だ。』
『殺すぞテメェら。』
ーーー
乱暴な言い方だった。
けれど、そこに込められた本音を、仲間たちはちゃんと分かっていた。
その願いを叶えるため、
『ハァッ!』
『シッ!』
弔とオールフォーワンが激突した瞬間、
「ワープゲート、展開!!!!」
黒霧が全身全霊で個性を発動する。
黒い霧が街のあちこちに広がっていく。
それは敵を襲うためのものではない。
この場から人々を逃がすための、無数の出口だった。
対象はヴィラン連合アジト半径数キロにいる住民、全員。
当然ながら一気に数万ものワープゲートは展開できないため、
アジトに近い位置から順に転送を進めていく。
最優先は、戦いに巻き込まれる可能性が高い場所。
アジトの周辺、隣接する建物、通行人、車の中にいる人々。
黒霧は息を詰めるようにして、次々とゲートを開いていった。
そのため、
ヴィラン連合のアジト周辺に待機しているヒーロー、警察たちの下に、
市民が消えている、という情報が入る。
ーーーーー
「オールマイトォ!?」
「これは絶対に私関係ないよねぇ!?」
ーーーーー
現場は当然、大混乱だった。
避難誘導をする前に、市民が次々と消えていく。
誰かに襲われたのか。
それとも、別の個性なのか。
その判断がつかないまま、情報だけが飛び交っていた。
『ワープゲートを避けてしまった人にはA.Tライダーたちを向かわせます。申し訳ないとは思いますが、あの近辺にいると命に関わります!』
麗日建設のA.Tが使える社員たちが集めたA.Tライダー約3000人がワープの補助に回る。
彼らは屋上を越え、路地を抜け、時には車道の上を走りながら市民のもとへ向かっていく。
「大丈夫か黒霧!」『ああ、こりゃダメだ』
トゥワイスが黒霧に駆け寄る。
「てっ、ダメじゃねぇよ! 悪い、俺の個性が問題なく使えれば、お前をもっと増やせるのによぉ。」
トゥワイスの個性で黒霧を3人に増やしてはいるが、
それでも転送しきるにはまだ時間がかかる。
黒霧の身体は、黒い霧のまま小さく震えていた。
大量のゲートを維持しつつ、
新しいゲートを開くたびに、意識が削られていく。
それでも止まるわけにはいかない。
「なにを、言って、いるのですか、トゥワイス。あなたの、おかげ、で、かなり楽をさせて、もらって、います。」
途切れ途切れの声。
だが、その言葉に嘘はなかった。
ギリギリの個性発動。
それでも、既にアジトの半径数百メートルの住民は転送し終えている。
ついでに転送先は、
ーーーーー
「本当に来たぁ!?」
「無駄口を叩くな、マイク。皆さん落ち着いて。ここは雄英です。誘導するので焦らず付いてきてください。」
雄英高校である。
グラウンドに、体育館に、次々と黒いゲートが開く。
そこから現れるのは、事情を知らない市民たち。
子どもを抱えた母親。
買い物袋を持った老人。
仕事帰りらしき会社員。
皆、突然の転送に目を白黒させていた。
「(クソ。校長宛に発目の爺さんから連絡があったかと思えば、数万人規模の避難民を受け入れろだと?)」
続々と市民が転送されてくるが、
「教師はそれぞれ指示を出して。ランチラッシュは食事関係を、ミッドナイトは女性たちへの対応を、イレイザーは万が一暴れてしまうような市民がいた場合の対応を。ヒーロー科生徒はそれぞれ役割に分かれて行動しなさい。」
そこは天下の雄英高校。
根津校長の指示の下、避難民を的確に捌いていく。
突然の事態でも、教師たちの動きは早かった。
生徒たちも戸惑いながら、それぞれにできることを探して動き出す。
水を配る者。
案内をする者。
泣き出した子どもに声をかける者。
雄英は、一瞬で避難所へと姿を変えていった。
「………。」
「相澤くん。生徒たちが心配なのは分かるが、今は目の前のことに集中しよう。」
ヒーローとしてではなく、教師としての顔をしていた相澤に根津校長が声をかける。
相澤は少しだけ眉間に皺を寄せた。
心配していないわけがない。
だが、今この場で教師が揺らげば、生徒も市民も不安になる。
「いえ。心配は心配なんですが。………アイツら、次は何をやらかすか、と心配していました。」
「………それは、絶対に何かをやらかすと思うから覚悟だけ決めておきなさい、としか言えないかな。」
「ですよね。」
相澤は小さくため息を吐いた。
生徒を信じている。
だが、信じているからこそ怖い。
あいつらはいつだって、こちらの想像の少し先を行く。
そんな予感を抱えながらも、相澤は目の前の避難民へと向き直った。
ーーーーー
弔とオールフォーワンが激突。
その衝撃でビルが大きく揺れる。
「ハァッ!」
間髪入れずに、
弔はオールフォーワンを蹴り上げる。
その直後、
竜巻を発生させた………室内で。
「お゛お゛い!」
「場所考えて技出せ!」
荼毘とスピナーも巻き込まれるが、
慣れたものなのか、
文句を言いつつ、即座に対応する。
竜巻はオールフォーワンごとアジトの天井を吹き飛ばし、
空へと伸びる。
そして、
竜巻の内部に閉じ込められたオールフォーワンに向けて、
「叛逆の狼煙代わりだ。」
風に崩壊を纏わせ放つ合わせ技が繰り出された。
「ぶっ壊れろ。」
神野決戦、開幕。