The Last Boss Master ~転生カードゲーマー、悪の組織のボスになる。~ 作:恋愛を知らぬ化け物
【バニラ・エッセンス】
コスト11 呪文
・次の自分のターンのはじめまで、相手の全てのカードは能力を失う。
‐大いなる闇の力を飲み干し、復活したドドド・ドラゴン!しかし、彼の目にはかつての輝きは無く、ただ映るモノ全てを屠らんとする狂気だけがあった……‐
『IGNITE』の一話は、はっきり言って衝撃だった。
主人公の情報はアニメ版が放送される前にほとんどが公開されていたのだが、そこに書かれていた情報からは、彼女が明るく活発な少女であるという事しか読み解けなかった。
確かに文末が「友達100万人が夢だったようだが………?」なんて意味深な感じで締めくくられていたりと疑う要素は沢山あったが、俺達は『ウォイト!!』や『うぉいと部っ!』といった偉大な前提達を見てきた俺達は、「ウォイトのメディアミックスはどれも明るく楽しい感じで行くんだな」と思い込んでしまったのだ。
そこに叩き込まれたのは、あまりに陰鬱すぎる
公式ホームページや公式SNSで見たあの笑顔はどこにも無く、ただ俯いて、目元を一切映さず、同級生達からのいじめを粛々と耐える姿が、まず流れた。
無論、それはウォイト学園での話ではない。いじめは彼女が中学生の頃の話。最初に流れたのは、彼女が辛い過去を夢に見ていたシーンだった。
龍牙カイナは三年間のいじめで、すっかり人が変わっていた。
人付き合いが怖くなった、と後に語ったように、社交性は失われ、笑顔も消え、誰とも言葉を交わさずに一日を過ごしてはベッドに籠り、「今日も大丈夫だった」と安堵するだけの日々を過ごしていた。
そんな彼女に、転機が訪れる。
いつものように俯きながら寮へと向かっていた彼女に、空からカードが降ってきたのだ。
突然のことに驚きつつも、地に落ちる前にキャッチすることに成功した彼女は、思わずそのカードの名前を読み上げる。
─――【始まりを告げる者ビギニング】、と。
こうして『IGNITE』は始まった。
いじめのトラウマから塞ぎ込み、本来の自分を失ってしまった少女が、【ビギニング】と【フィナーレ】の因縁に巻き込まれながら成長し、新たな一歩を踏み出す物語。それが『IGNITE』だった。
《最初に見た時から、ヤバいヤツだって思ってたドラ。嫌な気配がするカードを持ってる人は沢山いたけど、ナラクから感じる気配は桁違いに濃いドラ。だから近づかないと気づけなかったドラけど………でもオイラの鼻は誤魔化せないドラ!【フィナーレ】!そこに居るドラね!!》
龍牙にとっての【ビギニング】は、心を閉ざしてしまった自分を、再び立ち上がらせてくれた相棒だ。だからこそ全力で協力するし、まだ復活もしておらず、するかどうかも定かでは無かった頃から【フィナーレ】探しに奔走していた。
実際に復活してからは、セツナの存在もあってますます【フィナーレ】に対する敵愾心が強まり、もはや【ビギニング】以上に闘志を燃やしていると言って良いほどだ。
そんな彼女に対して、「【フィナーレ】?俺の相棒だけど?」とか馬鹿正直に伝えようものなら、まず仲良くする道は断たれる。
それは嫌だ。たった一回、それも【ビギニング】や【ドドド・ドラゴン】が初期状態の時に戦っただけで、満足できたはずがない。
龍牙とはこの先何度も戦いたいし、それは決死の戦いなんかでは無く、こういうカフェの一角で楽しくやるような、フリー対戦であって欲しい。
という事で、俺はなんとしてでも【フィナーレ】の事を知られないようにしないといけないんだけど。
………なんかもう無理そうじゃね?
「【グランド・フィナーレ】?名前は知ってるけど………それを、俺が持ってるって?」
《とぼけるなドラ!オイラがアイツの匂いを間違えるはずないドラ!お前のカバンの中に、確かにアイツがいるドラ!!》
取り敢えず誤魔化してみるも、失敗。むしろ火に油を注いだようで、【ビギニング】が表情を険しくして詰め寄ってきた。
少なくとも【ビギニング】相手には何言っても無駄っぽいな。確信してるらしいし、持っていない事を見せる以外の方法で納得しなさそうだ。
龍牙の方は
もしかして、詰み?
《―――さっきから、随分と騒がしいね》
突然、カバンの中から声が聞こえた。そして次の瞬間、俺のカバンが光り輝き、虚空から一人の少女が姿を現した。
彼女は知らない学校の制服に身を包み、頭には小さな王冠を、腰には明らかに作り物の剣を携え、気取った様子で周囲を見渡し───【ビギニング】と目が合ったところでその動きを止め、微笑んだ。
《【フィナーレ】………?》
《いいや?ボクは
これ見よがしに腕を組んでくる俺の相棒―――越智終奈。突然現れた謎の美女に、全員はキャパシティを超えたのか目を丸くするしかできていない。
それでも【ビギニング】はすぐに頭を振って気を取り直し、鋭い視線を越智へ向ける。
《いや、見た目は全然違うし、名前もなんか知らない名前だけど、でも匂いは【フィナーレ】の匂いドラ。お前は【フィナーレ】ドラ!》
《だから違うって。君、しつこいよ?》
「えっと………ナラク君って、人間をカードにする力でも持ってるの?」
「無い。コイツは………モンスターワールドとはまた違う世界の人間で、モンスターの力を使える人間だ」
と、そんな設定だった気がする。この世界に来て言葉を交わすようになっても、特に聞こうとしていなかったのが仇となったか。
【フィナーレ】だ、【フィナーレ】じゃない、と子供の喧嘩みたいな言い争いをする二人を無視して、うろ覚えの設定を元に、上手い言い訳を考える。
「越智の世界だと、人はモンスター由来の力をもっていて当然らしい。なんのモンスターが自分の力の元になっているのか、誰も知らないらしいが………多分、越智の力は【フィナーレ】由来だったんだろうな」
「そっか。………でも、【フィナーレ】の力を持ってるなら、世界を滅ぼせることに変わりはないんじゃ………」
《そうドラ!【フィナーレ】はそこに居るだけで世界を終わらせる危険な存在ドラ!》
《その【フィナーレ】っていうのがどういう存在なのかはともかく、ボクはそんな事ないと思うよ?今日まで生きてきて特に何も起きてないし。ボクはただの、モンスターの力が使える演劇部部長さ》
胸に手を当て、堂々と答える越智。【ビギニング】はこうも力強く否定されては何も言えないのか………というか、龍牙が納得してしまったせいで、釈然としない表情ながらも黙り込んだ。
「正直あんまりよくわかんなかったけど………ナラク君も、えっと、終奈ちゃん?も、別に悪い人じゃないんでしょ?」
「そりゃ勿論」
《悪人の演技なら得意だけど、ボクは自分を本物の悪人だとは思わないね》
「なら良かった!」
どうやら、危機は脱したようだ。
嬉しそうに笑う龍牙を見つつ、胸をなでおろす。
危うく、原作主人公と敵対してしまうルートに突入してしまうところだった。越智が機転を利かせてくれたおかげで、なんとか助かったな。
まぁ、【
この後は、五人で相手を変えては対戦し、変えては対戦し、を繰り返して、寮に帰った。
一人一杯しか頼んでないのにかなり長い事滞在してしまったが、魅上さんはむしろ長く戦えたことを喜んでいた。
………明日も行くか。
×―――×
『―――全員、揃ったようじゃの』
長い髭を手で梳かしながら、老人が言う。その言葉に少女二人が揃って苦笑し、顔を見合わせた。
「博士、毎回それ言うよねー」
「好きだよねー、そういうの」
『うるさいぞ小娘共。こういうセリフが場の空気を引き締めるんじゃ』
『締まってねぇけどな』
ナラクの友人四人が、オンライン上で会合する。月夜と瑠璃は一つの部屋に集まり、同じ機材を共有して参加しているが、他の二人はそれぞれ別の場所に居る。
どこか緩んだ空気のまま始まったその会議は、その実彼らにとって非常に重要な───毎晩行われる『報告会』だ。
初めに報告を始めたのは、葛原だった。ナラクの前で見せる溌剌とした姿は鳴りを潜め、淡々と語る。
『まず
『そうかそうか。それは重畳。―――ワシの方は
「潜入計画立ててたの昨日だよね………?」
「さすが博士。禿げてるけどすごーい」
『なぜか暁からは褒められた気がしないんじゃが』
『そらそーだろ、そいつボス以外に良い事言わねーぞ』
それは全員そうだけど、と心の中で付け足す四人。
ナラクは仲良し五人と思っているが、実際には四人の関係はあまり良くない。強いて言えば女子二人は友達同士だが、残りは「ナラクを慕っている」という一点のみの、薄い繋がりに過ぎないのだ。
故に、この報告会も
「こっちは大ニュースがありまーす。―――わかっちゃったんだよね、Abyssの正体」
『Abyss?俺らが
『世界大会の王者が、まさか学園に特別講師でもしに来たのかの?』
「ぶっぶー。ちがいまーっす」
「正解は、ボスがAbyssだった、でしたー」
おどけて報告した二人に、男二人が固まる。そしてすぐに、全く同じタイミングで叫んだ。
『お、おいおいおい!!ヤベーだろソレ、なんの為の組織名だよ!!』
『完っ全に仇になったのぉ………』
嘘だ、とは思わない。ナラクの強さは十分に知っているし、彼が世界王者じゃない方がおかしいとすら思っていた二人だ。ナラクが既に頂点に君臨していたと聞いても、疑おうともしない。
だが、そもそもAbyssがナラクであるとは気づいていなかった。本人も言っていた通り、割とそのまんまな名前なのだが、その可能性を微塵も考えてはいなかった。
そこにはナラクの言う『大きな力』が働いていたのだが、それを知る者はいない。
「『クルーエル・アビス』が、Abyssを崇拝する集団と思わせて実は………から、Abyss=ボスを崇拝する集団になっただけだし、別に良くない?」
『ボスと俺らの関係がそのまま伝わっちゃ不味いって話だろォが!!ボスが『クルーエル・アビス』との繋がりをバレないようにしたがってるのはお前らも知ってる事だろ!』
葛原が怒鳴る。その大きな声に眉を顰めながら、瑠璃が音量を下げた。
クルーエル・アビス。黒井ナラクを崇め、彼の意思を執行するための組織。組織の中でも彼と一際親しい四人が幹部を務めるソレの存在を、ナラクは当然ながら知らない。
なにせ、四人がナラクを慕うあまりに勝手に作り、勝手に運営している組織なのだから。
だが、四人はナラクに認めてもらった組織だと思っている。ボスと呼んでも(外でなければ)許してもらえているのがその証拠だと、馬鹿真面目に思っている。
故に、彼らは時折、ナラクの言動を曲解する。滅多に命令をせず、友として接することを重視する彼が、唯一強く禁止している『人前でのボス呼び』を、彼が組織との繋がりを隠したがっている為だと考えているように。
『………まぁ、ワシらの存在はまだ公に知られておらん。まだ、
「そーそ。そりゃ、私たちもボスの正体知った時はビビったよ?でも、もう今更どうしようも無いじゃん。私たち四人だけならともかく、街一つ分くらいの人数の組織になっちゃってるじゃん?『突然だけど名前変えまーす』とか言い出しようがないし、諦めるしか無くない?」
「それに組織名はボスが決めたヤツでしょ?ウチらで勝手に変えちゃうの、シンプルに嫌じゃん」
『けどよぉ………』
納得できていない様子だが、引き下がる。葛原もわかっているのだ。どうしようも無い事くらい。
なお、組織名を決めた、と言っているが、「なんか良さげな単語とかあるー?」と脈絡も無く尋ねられて咄嗟に答えただけなので、そこまで深い理由があっての『クルーエル・アビス』というわけでは無い。
微妙な空気が流れるが、すぐにナラクを賞賛する言葉が出てくる。
教えてくれなかったことに一抹の寂しさを感じこそすれ、彼の思想は重々承知している面子だ。仕方なかったのだろうと納得し、やれ「Masters Cupを制するとは流石はボス」だの、やれ「闇のカード使いの地位向上を成し遂げた英雄という呼び方は、ボスにこそ相応しいと思っていた」だの、本人もいないのに湯水のように彼を称える言葉を吐き出した。
それがしばらく続いた後、ふと瑠璃が口を開く。
「そ・う・い・え・ば。月夜ちゃんが隠してる事があるんだよねー」
『隠してる事?』
月夜の肩が揺れる。瑠璃はソレを冷たい目で見つつ、淡々と報告する。
「ボスの切り札と対を成す存在、見つかったんだよねぇ」
『【ビギニング】か!始まりの象徴、終焉と対を成す者!東京に降り立っただろう、という予想は立てていたが………ついに担い手が見つかったか!』
「そーそ。担い手は、龍牙カイナ。ウォイト学園の一年生で、月夜ちゃんと同じクラスで───
「っ………」
左手で右腕を握り、俯く。「隠していました」と宣言するかのような姿を見せた事に、瑠璃は溜息を吐いた。
『なんと。慕情よりも友情を選んだ、という事かのぉ。これは興味深い。恋と友ならば、普通は前者を取るものだと思っていたが』
『ボスの
「別に、カイナっちの方を選んだとか、そういう話じゃないし………ボスの事は、今でもちゃんと、すっごい好きだし?」
『ならばなぜ
ナラクの相棒が【グランド・フィナーレ】であることは、四人とも知っている。
そして【グランド・フィナーレ】を握るという事が何を意味するか。それも、知っている。
クルーエル・アビスの役割は、ナラクの意思の執行。
そして【グランド・フィナーレ】がその手に来るのは、世界の滅亡を願う者であるという事。
―――そう。クルーエル・アビスの最終目的は、世界の滅亡。
彼らはナラクがよりスムーズに世界を滅ぼせるよう、手助けしているのだ。
『【フィナーレ】の終焉を防ぐのは、【ビギニング】の存在。それを滅することが、我らクルーエル・アビスのボスに対する最大限の奉公。【ビギニング】のカードを破り、始まりを担う、その資格を持つ人間を殺す。それが成せる立場にありながら、なぜソレをしない?それは、お主が変心した何よりの証拠じゃろ』
「違う!!ウチは、あの日からずっと、ボスの為に生きてる!ボスだけが、私の生きる理由だから!!」
「………ま、チクった私が言うのもアレだけど、放っておいてあげてよ。ボスもボスで、龍牙カイナをなんか気にかけてるっぽいし」
『あ?どういう事だ?』
博士の言葉を、必死に否定する月夜。
その隣で爪を弄りながら、瑠璃は最後の爆弾を投げ込んだ。
「龍牙カイナの存在を、なぜか会う前から知ってたっぽいし?それに、わざわざ呼び止めてファイトしたがったり、【フィナーレ】の存在に勘付かれても開き直らず誤魔化したり………なーんか、龍牙カイナとの繋がりを残そうとしてる感じがあったんだよねー」
『………それはまさか、ボスが【ビギニング】を生き残らせる道を選んでいると、そういう事か?』
「んー」
多分だけどね?と前置きして、答える。
「ボスは【ビギニング】を真のファイトで叩き潰した上で、世界の滅亡をしようとしてるのかなーって。その方が気分が良い、完全勝利っぽい、って。なんか、言いそうじゃない?」
ストックがもう切れているせいで、出す時間がこんな不健康な時間に………。