月下の花を摘むのは誰   作:ledi

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魔法界へようこそ

 

 

 

 

「あるとすれば今年・・・いや、間違いないと確信しておる。」

 

 

二人は沈黙した。

 

壁一面を埋め尽くすおびただしい数の本、ところ狭しと並ぶ奇妙な計器に囲まれた部屋に、真紅の羽の柔らかくこすれる音だけが響いている。

黄金のくちばしが羽を繕い、ぱさりと落ちたそれは燃え上がり灰となって消えた。

黒く潤んだ瞳が時折二人を見つめる。

 

 

「この十年、ハリーに何もなかったことは幸いじゃった。リリーの護りを頼り、彼らのもとに身を隠すという計画は正しかった。しかしこれからはそうはいかん・・・ハリーの名が広まるのは誰の手にも止めようがない。」

 

 

部屋を見下ろすようにずらりと飾られた肖像画たちが彼の言葉に耳を澄まし、顔をしかめている。

窓の外はちょうど日が落ちるところで、赤い太陽と夜が交じり、深く清んだ紫に染まっていた。

その空よりも濃い派手な紫色のローブをまとった老人はこの威厳ある校長室から浮いていたが、彼こそがこの部屋の主で偉大な魔法使いと名高いダンブルドアだった。

長くたくわえた白髭を彼の手がゆったりと撫で付ける度、袖に刺繍された銀色の星々がちらちらと瞬くのを鬱陶しく思いながらスネイプが口を開いた。

 

 

「しかし、このホグワーツならば貴方の目がある。血の守りがあるとはいえ、名もなきマグルのもとにいるよりむしろ安全が保障される面もあるのではないかと。」

 

「それでもやつは、やつの憎しみはこの老いぼれの目をくぐり抜けてハリーに忍び寄ろうとするじゃろう。手はいくつあっても足りんが、多ければいいというものでもない。やつは人の心を惑わす。さてどうするべきか・・・」

 

 

問いかけるというよりほとんどひとりごちるようなその言葉に、スネイプは口を閉じた。

べっとりとした黒髪に引きずるほど長い真っ黒なローブをまとった彼もまた、まるで影のように部屋から浮き上がっていた。

再び沈黙が落ち、スネイプは感情の見えない暗い瞳でただダンブルドアを見つめ、彼の言葉を待った。

闇の力に敵うのはダンブルドアしかいないと信じるスネイプは、ダンブルドアのまさに影としてその命令すべてに従ってきた。

そんな彼をダンブルドアもまた信頼していた。

 

 

「お主の頭脳だけではない、やつにも破れぬだろうお主の並々ならぬ想いをわしは信じておる。して、ハリーにも何も言わぬつもりか?わしは・・・」

 

「無論。我輩ははっきりと申し上げたはずです。」

 

 

ダンブルドアは少しの間スネイプを見つめ、やがてゆっくりと椅子から立ち上がり、フォークスのもとへと歩み寄った。

彼は間もなく生まれ変わる時なのか、羽を繕うことはもうやめてただ静かに息をしている。

終わりを前にしても揺れることのないその瞳が、ダンブルドアを見つめ返した。

 

 

「愛とは、何度でも甦るものじゃ。失ったと思うても気づけばまた新たな絆が生まれている。ハリーは不幸にも多くを失ったが、このホグワーツで過ごし成長するなかでまた新しい愛があの子を守るじゃろう。お主の変わらぬ愛とともに・・・もはやそれに頼るしかないわしは全くの老いぼれじゃ。」

 

 

スネイプはハリーが全てを失ったのは自分のせいであるとわかっていた。

この老人はそれをはっきりと口にしてまた忠誠を誓わせる。

信用されていないわけではない。

それは理解しているがいい気がするものではなかった。

スネイプはハリーのことを考える度に、緑の瞳の美しい少女を思い出し胸が張り裂けそうになるのだ。

その想いを、ありていに言えばダンブルドアは利用していた。

利用するよう差し出したのはもとはスネイプ自身だったが、心が変わりないことを確認するために何度もこの痛みを味わわされるのは耐え難いものだった。

それでも全ては自分が招いた悲劇。

ダンブルドアという偉大な魔法使いの力をかりなければ終わらせることはできない。

自分の悲しみもあの少女の願いも全て背負い、闇の帝王を相手にしてでもやり遂げるしかないのだ。

 

ハリーはそのために必要な存在だ。

愛しい人と同じだけ憎い男の血も流れている生き残った男の子。

スネイプは彼を愛してはいなかったが、愛する人の最期の望みを守ることでしか自分の犯した罪を償えないと分かっていた。

 

そうして痛む胸を黙っておさえるスネイプを、アイスブルーの瞳が見据えた時だった。

 

 

「・・・セブルス。」

 

「なにか?」

 

「いつからいたのか・・・気付いておったか?」

 

「なんのことです?」

 

「ほれ、見てみよ。」

 

 

顎でやった先には、先ほどまでダンブルドアが腰掛けていた椅子があった。

そしてそこには髪の長い女がもたれかかるように力なく座っていた。

 

 

「っ!?」

 

 

スネイプがすぐに杖を取り出した。

眉をひそめ素早く視線を動かし、女の他に何者かが紛れていないか部屋の中を見渡す。

ダンブルドアはただ静かに女を見ている。

 

 

「校長、これは・・・」

 

「分からぬ・・・話を聞かれていたかもしれぬのう。」

 

「・・・吐かせなければ。」

 

「まあ待つのじゃセブルス。」

 

「待てるとお思いで?ハリー・ポッターが入学しようという今、我輩の立場が闇の陣営に伝わればもう尽くせる手はなくなるのですぞ!」

 

「ん・・・・・・んん、」

 

 

張り詰めた空気に似合わない小さな吐息のこぼれる音が響いた。

そのわずかな音にさえもスネイプは杖を向け、神経を尖らせた。

 

 

「よく眠っておる。セブルス、静かに、そっと起こしてやるのじゃ。まだ闇の者と決まったわけではない。」

 

「しかし・・・!」

 

 

スネイプは諭すような、しかし有無を言わせぬ瞳に負けて口をつぐんだ。

しぶしぶ、音をたてないように女の側まで歩み寄る。

長い黒髪がかかっていて顔が見えない。

杖の先で髪をかき分けると、さらさらと流れ落ちた黒髪のすき間にまだ幼い少女の寝顔があらわれた。

よく見ると体も小さく、成人していない子供であることは間違いない。

すうすうと寝息をたてて、小さな肩がゆっくりと上下する。

本当に眠っているようだ。

長くて黒々としたまつ毛は窓からの光を反射して艶めき、薄く開かれた唇には柔らかく赤みがさしている。

 

 

「ふむ。ホグワーツの生徒ではなさそうじゃな?」

 

「アジア系と思われるが・・・この顔は見たことがありませんな。」

 

「これ、お嬢さん。目をお覚まし。」

 

「んっ、うん・・・」

 

 

少女が寝返りをうった。

目が薄く開かれる。

髪と同じ真っ黒の瞳がゆっくりと動いてまた閉じた。

 

 

「聞こえているだろう。目を開けたまえ。」

 

 

スネイプが苛立ちを隠さない口調で言うと、またゆっくりと目が開いた。

今度ははっきりとスネイプを捉える。

 

 

「どこ、ここ・・・?誰?」

 

「それはこちらが聞きたいのだがね。名は?どのようにして侵入した?」

 

「侵入・・・侵入って?私は自分の部屋で・・・本当にどこなのここ?」

 

 

まだ呆けているのか、口をぽかんと開けたまま小さな頭がゆっくりと部屋を見回す。

 

 

「まあ待てセブルス。急いでも答えは出ん。お嬢さん、お主は眠っておったのじゃ。眠る前にどこにいたか覚えておるかの?」

 

「わっ、ダ、ダンブルドア!?ってことはこれは夢・・・?」

 

「質問に答えろ。」

 

「あ、じゃあこれはスネイプ?うそ、すごい何この夢・・・あ、フォークスもいる!」

 

 

少女は突然立ち上がりフォークスの側に駆け寄った。

潤んだ瞳が少女を見つめ返し、差し出された小さな指に額をこすりつける。

力なく呼吸だけを繰り返す体には鮮やかなオレンジと真紅の羽が混じっており、一切の乱れなく並んだ羽は触ったこともないほど柔らかく滑らかだった。

 

 

「羽だけじゃなくて瞳まで綺麗なんだね。おまけに優しいなんて・・・本当に綺麗だなあ。」

 

 

この体が力強く空を飛ぶ姿はどれほど美しいだろう。

そんな想像をして少女が思わずため息をつくとフォークスが体を起こして舞い上がった。

すると勢いよく炎が燃え上がりフォークスはたちまちに灰の中に姿を消した。

 

 

「すごい・・・今生まれ変わったんだ。ていうことは・・・あ、いる!小さくて可愛い・・・」

 

「フォークスのことを知っておるのかな?」

 

「はい、もちろんです!ここはダンブルドアの校長室ですよね。それなら真っ赤な鳥は不死鳥のフォークスに決まってる。すごい夢だなあ。会話までできるなんて。」

 

「わしのことをよく知っておるようじゃ。じゃがわしは・・・はて、お主に覚えがなくてのう。失礼でなければお嬢さん、名前は?」

 

「あ、シオリです、シオリ・アオツキといいます。」

 

「ふむ、シオリ。お主がここを夢の中だと思うのはどうしてじゃ?」

 

「えっ、だってこんなの本の中の世界そのままだもん。ダンブルドアにスネイプに・・・ハリーもいるのかな。ハリーは何年生?」

 

 

ハリーという名前にスネイプがぴくりと反応した。

眉間の皺が深くなり、シオリを睨む目がぎらりと光る。

シオリに向けられた杖はまだ彼女の身体の真ん中をしっかりと捉えている。

ダンブルドアは校長室の中をゆっくりと見て回っているシオリの表情や仕草、ひとつひとつを何かの秤にかけているようにじっと見た。

 

 

「ふむ・・・ハリー・ポッターなら今年入学予定じゃ。シオリ、本の中の世界というのはどういうことかな?」

 

「まだいないの?本っていうのは、ハリー・ポッターが主人公の魔法の世界の話を描いた本。世界中で大人気で私も好きなんです。」

 

「・・・・・・なるほど。シオリ、お主、魔法は使えるか?」

 

「使えるも何も魔法なんてないけど・・・今なら夢の中だし使えたりするのかな?どうやったらいいんだろ。」

 

 

くるくると指を回して魔法が出ないか遊びだしたシオリをおいて、ダンブルドアはまた椅子に腰深くかけた。

スネイプがシオリに向けた杖を逸らさぬまま、ダンブルドアに駆け寄る。

 

 

「やつの言うことが理解できないのは我輩だけでは・・・」

 

「わしもじゃ。しかし、もしやするとこれは計り知れぬ大きな好機かもしれん。」

 

「・・・どういう・・・?」

 

「シオリ、こちらへ来なさい。せっかくの夢の中じゃ、わしと話をしていかんかね?」

 

「えっ、はい。もちろん喜んで。」

 

 

シオリという少女はくるりとこちらを振り向き、屈託のない明るい笑顔をみせた。

 

 

「シオリ、この世界の話をする前にお主について聞きたいことがある。答えたくないことは答えなくてよい。」

 

「わかりました。」

 

「まず、お主の世界ではわしらのことは本に描かれているのじゃな?空想の世界のこととして。」

 

「そうです。それがとっても細かいところまで設定が凝ってて、まるで本当に存在してるんじゃないかって思わせる面白さがあるんです。」

 

「ほっほ。シオリはその本を本当に気に入っておるのじゃな。その本はハリーのことを主人公にしておるというたな。ハリーが入学してからのことを描いておるのか?」

 

「はい!ホグワーツでの生活が一番面白くて好きです。後半は大変なこともたくさんあって読むのが辛いけど・・・」

 

 

シオリが何を思い出しているのかダンブルドア達には分からなかったが、どこか遠くを見るその瞳にははっきりと悲しみが映っていた。

それは二人の計画の、ハリー・ポッターの生きる道の険しさを分かりやすく伝えていた。

 

 

「・・・そうか。シオリ、わしらはこの世界を夢とは思うておらん。わしらにとってはここは現実なのじゃ。お主には夢に過ぎないことかもしれぬが、お主の知る本の中には、話せばこの世界を変えてしまうような未来の話が載っておるじゃろう。その本のことを口外せんと、わしと約束してくれるかの?」

 

 

ごくなんでもないことのように、静かにかけられたその言葉にシオリは目を大きく開いた。

穏やかに微笑んでいるこの老人は今、その様子とはかけ離れた話をしている。

これは夢で片付けられることではないのだと。

この世界中の数多の命がかかった重要なことなのだと。

 

 

「・・・やっぱりこれ、夢じゃないの?おかしいよねこんなリアルな夢。だってこんなシーン私知らないし、ダンブルドアとの会話に筋が通りすぎてるし、スネイプずっとめっちゃ警戒してるし・・・」

 

「それはわからぬ。お主には夢のことで数秒後にはもう目を覚ましておるかもしれん。なんせこのようなことはわしにも初めてでな。」

 

「どうしよう・・・ダンブルドアにも分からないってことは、もし目を覚ませなかったら帰れないってことですよね?でも私、魔法も使えないしこんなとこで生きていけない。目を覚まさなきゃ。」

 

 

シオリはもう笑っている場合ではなかった。

ただ家で眠りについたことは覚えている。

ごく普通の一日だったはずだ。

異世界に来てしまったきっかけを探そうとするが思い当たることは何もない。

青くなって必死に考えこんでいると肩にそっと何かが触れた。

驚いて顔を上げる。

 

 

「お主がよければ、わしの遠縁の者としてホグワーツに住まわぬか?今は考えても何の手がかりもないのじゃ。わしが目を覚ます方法を探そう。それまでシオリはこの世界で遊んでいってはどうじゃ?」

 

 

アイスブルーの瞳が優しく細められ、いたずらっぽくきらりと光る。

シオリは美しいほどの賢さを秘めた瞳に心を奪われた。

それと同時にブルーの瞳に映っている取り乱した間抜けな自分の顔に気づき、首を大きくふった。

 

 

「うん、そうだ。慌てても仕方ない・・・申し訳ないんですが、お世話になってもいいですか?」

 

 

また明るい笑顔で今度は落ち着いて真っ直ぐにダンブルドアを見る。

その笑顔には幼さはなく、もう全てを理解して覚悟を決めた顔だった。

 

 

「賢い子じゃ。遠縁とはいえ孫のような年頃じゃな。わしのことはじじいでもアルバスでも好きなように呼ぶとよい。この世界のことはよく知っておるようじゃが、慣れるまではセブルスと共におるのじゃ。それだけは守りなさい。わかったかの?」

 

「はい・・・私よりこっちに言った方がいいんじゃ・・・すごい嫌そうな顔してますけど。」

 

 

シオリは隣で苦虫を噛み潰したような酷い顔をしているスネイプを見上げた。

今にも山程の不満が飛び出さんばかりに口をもごもごとさせている。

 

 

「セブルスよいな?」

 

「我輩はまだそやつを・・・」

 

「わしは、この子の話を信用に足ると思うたが。」

 

 

半月眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。

しばしの沈黙のあと、スネイプが視線をそらした。

 

 

「・・・校長がそうおっしゃるのであれば我輩は従うまでです。」

 

「助かるのう。わしではシオリの相手は務まらん。この世界のことを教え、シオリが困らぬように手を差し伸べて導くのじゃ。よいな?」

 

「・・・・・・・・・御意。」

 

 

たった今覚悟を決めたものの、隣人の恐ろしい顔に大きな不安を抱きながらシオリの魔法界での暮らしが始まった。

 

 

 

 

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