セブルス・スネイプは学生の頃から頭脳明晰で座学、魔法実践ともに非常に優秀な成績を修めた。
それにもかかわらず当時の周囲の評価が高くなかったのは、いつでもどこでも本にかぶりつくように勉強する姿が必死すぎたからかもしれないし、成績優秀であること以外に彼に何もなかったからかもしれない。
自分には何もない、ということはスネイプ自身がよく分かっていた。
両親は幼い彼に愛を十分に与えなかったし、衣食住すらままならないため見目がいいとは言えない姿、それらを理解して自分は魔法にしがみつくしかないと考える卑屈さ。
さらに唯一彼が持っている、と言えたリリーという美しく優しい友人はジェームズポッターという彼の人生史上最低の男が奪っていった。
彼には魔法以外に何もなかった。
そしてスネイプは今もこうして魔法を使うことそのものを仕事にしている。
正しいことではなかったが、彼はホグワーツの教師以前も魔法を使うことで居場所を得ていた。
それは闇の魔術で得た、闇の帝王の腹心の部下という立場だった。
学生時代の彼しか知らない者は、スネイプのことをただの本の虫だと思っているかもしれない。
しかし生まれ持った天才的な魔法のセンス、非常に論理的な思考とそれをさらに発展させる発想力が彼の優秀な成績、闇の帝王の信頼まで勝ち得た理由だった。
反対に彼に著しく欠けているものもある。
それは人の心や自分の心を理解し、コントロールする力。
これは生まれつき全くといっていい程センスがなかった。
その上、普通の子供なら両親に愛されて遂げていくべき重要な精神的発達も逃してしまった。
彼の家の中はそれ以前の問題で手一杯だったのだ。
そんなスネイプは今、この最も苦手とする問題に直面していた。
シオリが怒っているがどうするべきなのか、そもそも自分がどうしたいのか分からないのだ。
元の彼女は思ったことを隠さないので分かりやすかった。
そもそも、それくらいはっきりしていないとスネイプと一週間も2人きりで過ごすことはできないだろう。
スネイプもシオリのはっきりし過ぎている部分を不快に思っていたこともあったが、慣れてしまえば一緒に過ごすのにこんなに楽なことはなかった。
彼は他人と過ごして居心地が悪くないという初めての経験に違和感を覚えただけで、なぜ居心地が悪くないのかということは分からなかったし考えなかった。
人との間に何かあっても考えない、対処しようとしない、それが人の心を理解できない部分を助長させていた。
それほど欠落していても、スネイプはダンブルドアが認めるほどの真実の愛を持っていた。
一方的で受けとる人のいない、ひどく孤独な愛。
それゆえ愛している相手にも、誰にも壊すことができない強さがあった。
終わらせることのできないその愛は強いと同時に呪いとなってスネイプを縛り付けていた。
その呪いもあって、後に英雄と呼ばれるような大胆で危険な偉業を成し遂げるはずのスネイプだが、彼にとってシオリという問題は難しすぎた。
とても小さなことに思えるのに、優秀な彼の頭脳にはこの問題を解決する方法がない。
薬を調合しても、書類を片付けようとしても、ウィーズリーの双子をいつものように怒鳴り付けても、どこかでずっとシオリのことが引っ掛かっていた。
「あの目は・・・なんだというのか・・・」
組分け儀式のあの日、シオリがこの部屋を出ていってから彼女の目を見たのは罰則中に視線が合ったのが最初で最後。
それ以降、偶然廊下で出会ってスネイプがシオリに気付くことがあっても、彼女が絶対にこちらを見なかった。
そうなると、なおさら最後に見たシオリの顔ばかりが浮かんでくる。
いつもは光を宿している大きな瞳がゆらゆらと揺れて何かを語っていた。
スネイプにはそれが何か分からなかった。
悲しいとも怒っているともつかない表情にどうしていいか分からないうちに、彼女はまた視線を反らしたのだ。
「煩わしい・・・」
そう言いながら、もう何度このシーンを思い返したかわからない。
勝手に浮かんでくることもあれば、シオリを見かけて自ら思い返してしまうこともあった。
そして何度その目に耐えても答えは見つからなかった。
今日も理由のわからない胸の引っ掛かりを振り払って地下教室へと向かう。
スネイプは気付いていない。
大きな変化が彼の中で今まさに起きていることに。
そのことにスネイプが気付くのはあと何年後になるのか分からないが、ダンブルドアが何かを企んでいたのだとしたらそれはもうほとんど成功していると言えるだろう。
何も知らないシオリもまた、ひりつく胸に耐えながら廊下を一人歩いていた。