月下の花を摘むのは誰   作:ledi

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繋がり

 

クィレルが消えたと同時にまたガシャーンという大きな音が鳴った。

さっきよりも近付いてきている。

シオリはなんとか上半身を起こして何事かと音のする方を見た。

すると、廊下の曲がり角から青白い人影が宙を滑るようにして現れた。

 

 

「おやおやぁ?こーんなところに一年生がいるぞ!いつもぼっちのアオツキだ。今日も一人ぼっちかい?ひひひ!」

 

「ピーブズ・・・」

 

 

ピーブズでもなんでもいい、シオリはクィレルと離れられたことに心から安堵した。

何をするつもりだったのかは分からないが、目的があって近付いてきたらしい。

ここで会ったのも偶然ではなく一人きりのところを襲うために機会を伺っていたのかもしれない。

これ以上は考えても分からないし、それよりとにかく休まなければ。

シオリはなんとか壁まで這っていき、壁づたいに立ち上がった。

力をいれないと膝がすぐ折れてしまう。

 

 

「ピーブズ、誰か呼んできてくれない・・・?私、ふらふらで・・・」

 

 

駄目でもともと、シオリが弱々しい声で助けを求めるとピーブズは意地の悪い笑い声をあげた。

 

 

「なーーーんで俺がそんなことをするのさ?ふらふらの一年生がいたらすることは一つだろう、ほーら、お一つどうぞ!」

 

 

ピーブズが手に持っていたたくさんのガラクタのうち塗れた雑巾を投げつけてきた。

びちゃっと嫌な音がしてシオリの足に当たる。

ずるずると足を伝って床に落ちたそれは妙な緑色をしていて何を拭いたものなのかも分からない。

シオリは顔を引きつらせた。

 

 

「分かった、もういいからあっちに行って・・・私、あんたと遊んでる場合じゃ・・・ない、んだから・・・」

 

「おおおう、なーんて偉そうな話し方!そんなアオツキにはとっておきをプレゼントだ・・・よいしょっ、遠慮しないで!」

 

「嘘でしょ・・・」

 

 

ピーブズが嬉しそうに甲冑の頭を構える。

さっきの音はこれだったのか。

そんなことを考えてる場合ではなくシオリはポケットにある杖に手をのばした。

 

 

「そんなの当たったら死ぬって・・・馬鹿なの?ああ、しんど・・・」

 

「ってのは冗談・・・なわけないだろ!ほーら!」

 

 

まっすぐシオリめがけて重厚な銀色の頭が飛んでくる。

さすがのピーブズもそこまで危ないことはしないだろうと思っていたがそんなことはなかったようだ。

せっかく助かったと思ったのに。

あれの当たりどころが悪ければ、使命は果たされないままシオリの短い人生は今日で終わるだろう。

この世界に来てからというもの、どんなに色々と思い悩んでも何もうまくいかない。

十四年しか生きていない自分にとってここ数日は最も理不尽で辛い数日だった。

 

 

(次から次へと私が何したっての?クィレルもこいつも人が弱ってるのをいいことに好き勝手して・・・)

 

 

杖を握る手に力が入り、手のひらの中が熱くなる。

シオリはピーブズを懲らしめてやりたいという怒りに任せ、浮遊呪文を思い浮かべながら初めて杖を思いきり振った。

 

 

「どいつもこいつも・・・ふざけんな!」

 

「ぎゃっ!」

 

 

シオリに命中するはずの甲冑がすんでのところでぴたりと止まったかと思うと、それまでとは比べ物にならないものすごい速さでもと来た方向へ飛んでいった。

ピーブズがポルターガイストであることも忘れて思わず汚い悲鳴をあげてしまうほどの鋭い一撃だった。

甲冑はそのままピーブズの体をすり抜け、あまりの速度に天井に当たった衝撃で割れてしまい、一際大きな音をたてて床に散らばった。

 

 

「い、いーけないんだ!見つかったら罰則だぞ!知ーらない!」

 

 

ピーブズはシオリを挑発するように喚いたが、思いがけない反撃をくらった驚きで持っていたガラクタを全てまき散らしてしまっていた。

生徒から奪ったのだろう片方だけの靴や汚い小鍋なんかがばらばらに床を転げ回る音がおさまる頃にはピーブズも消えていた。

そしてシオリもまた思いがけないことに口を半開きにして、床に散らばった銀色の欠片を唖然と見つめた。

 

 

「今のって・・・」

 

 

無言呪文が成功した。

もっとずっと時間がかかると思っていたのに信じられない。

シオリは一人だというのに喜びのあまり万歳をして叫んだ。

 

 

「やっったー!・・・あっ、」

 

 

膝ががくんと折れて体が後ろに傾く。

慌てて壁に手を伸ばしたが届かなかった。

硬い石の廊下が後ろに迫ってくるのを感じてぐっと目をつむったが、なぜかいつまでも痛みがやって来ない。

恐る恐る目を開けると、きれいな赤髪の同じ顔が二つ、こちらをのぞきこんでいた。

 

 

「こっそり近づいて驚かせようと思ったのに。」

 

「急に倒れるからこっちの方が驚かされちまった。」

 

 

背中を支える掌も二つ、そして左右から同じ声。

 

 

「あ、あの、支えてくれてありがとう。もう大丈夫だから・・・」

 

「「どういたしまして。」」

 

 

二人が同時ににっこりと笑った。

笑うとくしゃっと入る目元のしわも、きれいに並んだ白い歯の眩しさも全く同じだ。

シオリを壁にもたれかからせると、二人は肩を組んで並んだ。

 

 

「僕はフレッド。こっちはジョージ。君、シオリ・アオツキだろ?」

 

「ロンから聞いたぜ。授業初日にあのでっかい蝙蝠にケンカを売ったって。」

 

「君、はっきり言って最高だよ。」

 

「あー、ありがとう・・・?」

 

 

フレッドとジョージの間髪入れずに続く会話のせいでめまいのしてきた頭をおさえていると、二人が顔を見合わせた。

 

 

「ところで君、なんでそんなに顔色が悪いんだ?」

 

「血みどろ男爵の次くらいに顔が白いぜ。マダムポンフリーのところに行った方がいい。」

 

「マダムポンフリーのところはやめて。気分が悪いだけだから・・・寮まで連れていってほしいんだけど・・・いい?」

 

 

クィレルと接触する度にマダムポンフリーにお世話になっていたらダンブルドアに何か勘づかれてしまうかもしれない。

慌てるシオリに双子が再び顔を見合わせた。

 

 

「「もちろん。」」

 

 

二人は左右からシオリに肩をかして歩きだした。

何も詮索されないのを不思議に思いながらシオリもなんとか足を進める。

 

 

「マダムポンフリーが嫌なら僕達の作った元気爆発ジュースを飲むかい?」

 

「元気になるかわりに鼻血が止まらなくなるんだ。これ以上顔が白くなっちまったらゴースト行きだろうからおすすめはしないけど。」

 

「ぷっ、あはは。」

 

 

シオリが思わず吹き出した。

フレッドとジョージは少し驚いた様子で互いに目配せした。

 

 

「なんだ、普通に笑うんじゃないか。」

 

「スネイプに食ってかかった上にいつもマンドレイクみたいな萎びた顔だからどんなやつかと思ってたよ。」

 

「・・・そんな風に思われてたの?」

 

 

心外だ。大人しく過ごそうとしていただけなのにそれじゃ悪い意味で目立っている。

自分がどんな風に見えていたのか、マンドレイクの顔を思い出してみる。

どこを見ているのかわからないしかめっ面、しわしわの老婆のような偏屈な表情。

なるほど、たしかに独りよがりになっていた自分にはぴったりかもしれない。

 

 

「マンドレイク・・・ふ、んふふ、あはは!」

 

 

シオリが年相応に声をあげて笑った。

こんな風に思い切り笑ったのはこの世界にきて初めてだ。

何を思っているのか、フレッドとジョージはシオリの明るく花の咲いたような横顔をじっと見た。

 

 

「・・・君、その方がずっといいぜ。」

 

「マンドレイクじゃなくて手のかかるお姫さまってとこだな。」

 

「お姫さま・・・どこが・・・?」

 

「どこがって、今僕達に担がれてるとこじゃないか。か弱いお姫さま。」

 

「さあさあ、お姫さま。人目のつかない道、びっくり近道、ありったけのお菓子が手に入る道、僕達にかかればなんでもござれさ。早く行こう。」

 

「・・・本当にありがとう。何も聞かないでいてくれて。また何かお返しするね。」

 

「同じグリフィンドールなんだから礼はいらないよ。」

 

「ほら、寮は家族って言うだろう。世話やくのもケンカするのも隠し事も・・・なんでもありさ。」

 

「多分、僕達の方が言えないことはいっぱいあるしな。」

 

 

二人はそう言っていたずら好きな彼ららしく口の端をあげてにやりとした。

彼らの飾らない態度と優しさにさっきまでの恐怖や苛立ちがすっと消えていく。

二人に担がれながら、シオリは幼いながらに身をもって気付きだしていた。

 

 

(どんなに頑張っても一人じゃだめなんだ。一人で生きていけるように世界はできてない・・・)

 

 

いつも誰かが側にいてなんの不自由もなく育ったシオリはそんなことを考えたこともなかった。

未来のことさえ漏らさなければ、ただの一人の人間としてこの世界で生きていいんじゃないか。

そう考えると、ずっと息を苦しくしていた大きなつかえがとれたような気がした。

自然と口許を緩ませて二人の軽口を聞いていると、ふいにフレッドが、あ!と大きな声を出した。

 

 

「さっきの話!どうしてもお返ししたいってなら・・・君、無言呪文を使えるんだろ。」

 

「・・・え?」

 

「あれだけ魔法が上手いなら俺達のイタズラ開発に協力してくれよ。」

 

「そりゃあいい!ナイスだフレッド。」

 

 

すっかり気を抜いていたところにずばり切り込まれて、シオリはうまく取り繕えるはずもなかった。

 

 

「無言呪文なんか使えない・・・って言っても遅い?」

 

「そうだな・・・ジョージ、ぶさけんなって呪文なんかあったか?」

 

「さあ、そんなふざけた呪文は聞いたことがないね。」

 

 

肩をすくめてふざけてみせる二人。

それはもうしっかり見られてしまったらしい。

今までならどうにか隠しきろうとやっきになっていただろうが、シオリは少しため息をついただけで二人に向かってぎこちなく笑った。

 

 

「皆に黙っててくれるなら・・・協力、します・・・」

 

「「そうこなくちゃ。」」

 

 

眩しい笑顔に少しばかりの毒気も感じつつ、シオリは諦めて延々と披露される二人のイタズラ開発計画に相づちを打ち続けた。

 

無事にグリフィンドール寮につくと、ぐったりとしたシオリにハーマイオニーが怖い顔で走りよってきて医務室に連れて行くと言って聞かなかったが、フレッドとジョージがうまくかわしきってくれた。

納得しきれないながらもハーマイオニーが女子部屋まで連れてきてくれてシオリはやっとベッドに横になることができた。

なおも続くハーマイオニーの小言を遠くに聞きながら、人に心配してもらえるのはこんなに嬉しいことなのかと頬が緩む。

一人きりではない、人の気配に安心して自然と重くなっていくまぶたに任せシオリは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シオリはまたあの森の中にいた。

風が空を切る冷たい音も木々のざわめきも全てが変わりなく、まん丸に輝く月もずっとシオリを待っていたかのように変わりない淡い光を注いでくれる。

人の世界にはないこの深い闇夜を不思議と怖いとは思わなかった。

いつまでもここにいたいようなそんな気持ちにさえなって、森の匂いを胸いっぱいに吸い込んでゆっくりと吐き出す。

 

 

「全く同じ夢を見るなんて初めて・・・何か意味があるのかな。」

 

 

そう思ったところで、一つだけ前と違っていることに気がついた。

暗闇の中、何かが動いたのだ。

 

それはこちらに気付いていない様子で、木々が開けたところの暗い草むらに一人立って、あの白い無垢な蕾をじっと見つめていた。

執拗なまでに蕾から目を離さないそれは、黒いマントを頭まで被っていて顔が見えない。

 

 

目を反らさなければ。

 

 

ただ佇んでいるその影になぜそう思うのか、頭ではわからない。

しかし体が全身の毛を逆立ててはっきりと訴えている。

心臓が一刻も早く逃げ出そうと胸を殴るように強く脈打っているのに、指の先まで血の気が引いてしまって体が言うことを聞かない。

どんどん荒くなっていく息と鼓動がどうか伝わらないようにと必死に祈る。

 

 

時間というものがなくなってしまったんじゃないかと思える程の間、あるいは数秒かもしれない、シオリは逃げることも目を離すこともできずその影と対峙していた。

影もまた微動だにせず蕾を見つめていた。

 

そして終わりは突然訪れた。

 

影がわずかに動いたかと思うと、この闇夜よりも濃いマントの奥の暗闇から青白い五本の指が現れたのだ。

骨と皮だけのその指は気味悪いほどはっきり見える関節をひとつひとつゆっくりと伸ばした。

指の求める先には小さく閉じた真っ白の蕾が儚く揺れている。

どちらも夜の中同じように白く浮かび上がって見えるのに、その指は死を思わせる禍々しさを放っていた。

 

体を支配していた恐怖を越えて口がひとりでに動いた。

 

 

「やめて!」

 

 

ゆっくりと頭をもたげて、マントに隠れているものが顔を見せる。

後悔はない。

あの蕾を失えば全て終わってしまうのだから。

誰にささやかれたでもなく心からそう思って、シオリは覚悟を決めた。

月明かりがシオリを、蕾を照らすのと同じようにそれを照らす。

もう見えてしまう。

もう戻れない。

もうあと少し・・・

 

 

 

 

 

ばっと勢いよく起き上がるとそこは見慣れた自分のベッドだった。

ベッドを囲むカーテンが閉めきられている。

寮の寝室の中は暗く、しんとしていた。

屋敷しもべたちが毎日整えてくれているのだろう清潔な白いシーツをかたかたと震える手で握りしめ、しわのないそれを呆然と見つめる。

 

 

「・・・・・・ヴォルデモート。」

 

 

自然とこぼれ落ちたその名前に、月明かりの下出会ってしまったものの正体を理解した。

カーテンの向こうの穏やかな寝息に混じって、歯車が狂い始めた音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

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