月下の花を摘むのは誰   作:ledi

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ままならぬ黒

 

 

 

ジリリ…

 

 

朝早く、目覚まし時計がさあ鳴ろうとしたところで、ハーマイオニーは素早くそれを止めた。

ぱっと起き上がりベッドを囲うカーテンを開ける。

目をこすって、誰も見ていないがあくびの出る口を手で隠した。

 

元々、早寝早起きをする習慣なのだが最近どうにも寝付きが悪い。

新しく学ぶことが山ほどあって寝る直前まで勉強机に向かっているからだと思いたいところだが、ハーマイオニーはクラスメイトの中で自分だけが"また"浮いていることを気にしていた。

 

ハーマイオニーはマグルの世界にいた頃から勉強が好きだった。

やればやるだけ結果の出る勉強は彼女にとっては単純で分かりやすく簡単なことだったのだ。

それよりも、こんなにやるべきことをやって正しく振る舞っているのに、自分から離れていくクラスメイト達のことが理解できずいつも苦しかった。

ハーマイオニーは楽しい勉強と大人達のくれる褒め言葉だけを頼りに学校へ通っていた。

こんなところまで来てまた一人になるのかもしれないと思うと辛いが、今までもそうだったのだから自分は自分らしくいようと言い聞かせる。

 

それでも勝手に出てくるため息に、どんよりとした気持ちでのろのろと準備にとりかかろうとすると、早朝のまだ薄暗い寝室の中、目の前にシオリがいた。

 

 

「きゃっ!ちょっと、何なの!?」

 

「おはようハーマイオニー。」

 

 

いつからそうしていたのか、ハーマイオニーの隣にある自分のベッドにちょこんと座っているシオリ。

暗がりで微笑みながら静かにこちらを見ている様子はかなり不気味だ。

ハーマイオニーは顔をひきつらせたが、昨日のことが気になっておずおずとシオリに歩みよった。

 

 

「あなた食事は・・・食べれたのね。気分はどう?」

 

「とってもいい気分だよ。昨日はありがとう。おかげで元気になったよ。」

 

「そう・・・なら良かったわ。」

 

 

ハーマイオニーはほっとしたが、すぐ彼女とは距離が空いてしまっていたことを思い出して口を閉じた。

 

自分がそうしているように、シオリもまたシオリらしく振る舞っているのが見て分かる。

同じことをしているはずなのに彼女のことが眩しく見えるのはなぜだろう。

本当は彼女に興味があるし、もっと話をしてみたい。

しかし魔法薬の授業でそのシオリらしさとハーマイオニーらしさがぶつかったことで、それ以上どうしたらいいか分からなくなってしまった。

シオリは前と変わらず微笑んでくれるし話しかければ答えてくれる。

この胸の内をそのまま伝えられればきっと・・・そう思ってもままならないのがこの口と意固地な頭だ。

ハーマイオニーは今日も言うことを聞いてくれない口を固く閉じ、何にもない床をじっと見つめていたが、ねえ、という声に顔を上げた。

 

 

「今日はいい天気になりそうだね。」

 

 

そう言ったシオリの顔が、今まさに明けようとしている青みがかった淡いオレンジの空に照らされて、暗い部屋の中で優しく色づいている。

ただ窓の外を見ているだけなのにどうしてこの子はこんな目をするのだろう。

ハーマイオニーは彼女の黒い瞳に様々な色が見える気がして目を奪われることがあった。

彼女は自分の知らないことを知っている、直感だがきっと合っている。

単なる知性以上の得難い何かが彼女の目に見えるのだ。

ふいにシオリがこちらを向いて、ハーマイオニーはその横顔をじっと見つめてしまっていたことに気付き慌てて視線をそらした。

 

 

「じゃあ、私行くね。」

 

「え、ええ。」

 

 

シオリがひらひらと手を振って談話室への階段を羽のように軽やかに降りていった。

ハーマイオニーは思い通りに動かない口を自分の手でひねってみたがどうにもならず、またため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝起きのハーマイオニーも可愛いな。お礼も言えたし、早起きして得しちゃったね。」

 

 

ハーマイオニーが自分のことで想像よりもずっと頭を悩ませているとは知らず、シオリはまだ誰もいない廊下をのんびりと歩いていた。

 

 

「今日は飛行訓練があるんだよなあ。私、運動苦手だけど大丈夫かな?」

 

 

初めての飛行訓練と言えばハリーがクィディッチの選手になるきっかけの大事なイベントだ。

目の前でハリーの箒さばきを見れるのかとうきうきしながら大広間へ入ると、談話室を好まない生徒たちだろうか、数人が教科書や本を開いてまだ朝食の乗っていないテーブルでくつろいでいた。

天井からは差したばかりの柔らかい日が大広間を照らしていて、ゆったりとした時間が流れている。

シオリも適当に座り、周りにならって飛行学の教科書を開けてみた。

なるほど、体育の教科書を読んでいる時のように知的好奇心が全く刺激されない。

これを読むくらいならとりあえず箒にまたがればいいんじゃないだろうか、そう思いながらページをめくっているとかくん、かくんと頭が揺れだした。

 

 

 

 

 

 

 

パシッ

 

 

「へっ?」

 

 

衝撃を感じて起き上がると、ついさっきまで人のまばらだった大広間がほとんど埋まっている。

いつものように生徒達でがやがやと賑わっていて、机の上も食べきれないほどの朝食が並んでいる。

不思議に思いながらなぜかじんとする後頭部をさすって振り返ると、眉間に皺を寄せ何か怪しむように片目を細めてこちらを見下ろしているスネイプがいた。

 

 

「えっと、なんですか?」

 

 

寝起きで舌足らずな間の抜けた返事に満足したとは思えないが、スネイプはシオリの顔を観察するようにぐるりと見回した後、何も言わずに職員席へと向かっていった。

 

 

「だ、大丈夫かい?君、スネイプに目をつけられてるよね・・・僕もだけど。」

 

 

いつのまにか隣に座っていたネビルが心配そうに声をかけた。

周りにはスネイプがシオリをいびっているように見えたらしく、向かいにいるパーバティ達からも哀れむ目を向けられている。

 

 

「大丈夫だよ。ありがとう。」

 

 

(多分、また倒れてるのかと思ったんじゃないかな。怒ってる顔と心配してる顔が全く同じだから勘だけど。)

 

 

職員席についたスネイプを見ると目が合ったので、シオリは少しだけ笑ってスネイプにしか見えないように小さく手を振った。

自分は大丈夫だという意味だったのだが、スネイプはなぜか目を大きく開いて飲んでいる最中だった紅茶に咳き込んだ。

思った通りに伝わったのか分からないが、まだ咳き込んでいるスネイプを放って机に目を戻すと飛行学の教科書がぐっしょりと濡れている。

 

 

「それよりネビル、誰か私の教科書にイタズラしたのを見た?なんかすっごく濡れてるんだけど。」

 

「さあ・・・僕が来た時には君がそこに突っ伏して寝ていたけど・・・。」

 

「え、じゃあこれ全部私のよだれ?」

 

 

見開き1ページだけでなく、大量のよだれで次のページをめくれない程くっついてしまった教科書を二人で見つめる。

 

 

「そ、そうかも・・・。」

 

「す、すごいよね?こんなによだれ垂らせる人・・・私、見たことないよ。」

 

 

シオリがネビルと顔を見合わせて堪えきれずに吹き出すと、僕もないや、とネビルも笑った。

ひとしきり笑うと朝食の香りにシオリの腹がぐぐっとなって、二人は皿に手をつけた。

おかしな時間に少しの夕食だけとって一晩越したせいか、シオリがいつにもましてすごいスピードでパン、肉、魚、果物と胃につめこむように食べていると、メンフクロウがひらりと舞い降りてきてネビルに小さな包みを届けた。

 

 

「思いだし玉だ!ばあちゃんは僕が忘れっぽいことを知ってるから・・・何か忘れてるとこの玉が教えてくれるんだ。こういう風にぎゅっと握ってもし赤くなったら・・・あれれ・・・?」

 

 

たった今まで白かった思いだし玉がそれはもう真っ赤に輝き出したのでネビルが愕然とした。

 

 

「何かを忘れてるってことなんだけど・・・。」

 

 

ネビルが何を忘れたのか思いだそうとしていると、突然シオリとネビルの間にすっと手が出てきて玉を引ったくった。

振り返ると、透けるようなプラチナブロンドの青白い顔の男の子、マルフォイが口の端だけを上げて笑いながら同じく緑のネクタイをしたクラッブとゴイルに玉をかかげて見せていた。

 

 

「やめろマルフォイ!」

 

 

ハリーとロンがはじけるように立ち上がった。

マルフォイと喧嘩する口実がほしかった二人は彼らよりもずっとがっしりとしたクラッブとゴイルにも怖じけつかず、二組が睨み合う形になる。

 

 

「ポッター、君のところにはフクロウが来ないようじゃないか。かわいそうに、僕は毎日父上からの菓子が届いて食べきれなくて困ってるんだ。」

 

「いいからそれをネビルに返すんだ。」

 

「そうだ、ウィーズリー、君に余っている菓子を分けてあげよう。僕のうちじゃいつでも食べられるが君のとこじゃそうもいかないだろう?”いらない”ものだから遠慮はしなくていい。」

 

「黙れよマルフォイ!うちの家族を馬鹿にしたらただじゃおかないぞ!」

 

「へえ?じゃあどうするってんだい。やってみろよ。」

 

 

シオリは途中まで筋書き通りに進んでいるなと、残り少なくなってきたチキンをとっておくかベーコンをおかわりするかに集中していたが、どうも止まらない言い争いにこんな話だったかと首をかしげた。

彼らを止めるはずのマクゴナガルがどこにも見えない。

おかしい、この言い合いを止める者が現れなければ話が変わってしまうかもしれない。

マクゴナガルでなければ一体誰がその役をするのか?

あたりを見回してもこのいざこざに気付いている教師はいないようだ。

ハリーとマルフォイはもうほとんど胸を付き合わして睨みあっていて時間があるようには見えない。

シオリはチキンもベーコンも諦めて立ち上がり、まだ口いっぱいに入っているパンをできる限り急いで噛みながら、ハリーとマルフォイの間に割って入った。

 

 

「シオリ・・・?」

 

 

突然の邪魔が入り、マルフォイだけでなくハリーも驚いてまじまじとこちらを見ている。

シオリはパンを飲み込んでからでも間に合ったかもしれないと思いながら、まだ口を一生懸命動かしていた。

頬をリスのように膨らませているばかりで何も話せないでいると、マルフォイがフンと鼻をならした。

 

 

「お前もこの僕になにかあるのか?話す前に口の中のものと、くっつているパンくずをどうにかしたらどうだ?お前の家はパンの一つにも困っていたのか知らないが、そんなに必死に食べられると胸が痛んで見てられないんでね。」

 

 

クラッブとゴイルがげらげらと笑った。

ハリーは目の前にいるシオリがそれを全く意に介さず、にやにやと意地悪く笑うマルフォイをただじっと見ているのが信じられなかった。

自分ならパンチの一つでも食らわしてやりたいところだ。

マルフォイも思っていた反応がなかったからなのか、怪訝そうにシオリを見ている。

 

 

(マルフォイって本当に嫌なやつだな。しかし、プラチナブロンドってこんな色なんだ。近くで見ると光に透けてキラキラしてる。肌も白くて人形みたい。)

 

 

シオリは多少の怒りはわいていたが、初めて見る美しい生き物に夢中になってまだパンを噛んでいた。

そしてマルフォイの顔を見つめ続けた。

真っ黒の大きな瞳が瞬きもせずに自分だけを見るものだから、マルフォイは居たたまれなくなって一歩後ずさった。

 

 

「ど、どうにか言ったらどうなんだ?」

 

 

詰め込みすぎたパンがやっとかさを減らして口の中に余裕が出てきた。

 

 

「シオリ、どうしたんだい・・・?」

 

 

もうあと少しだ。

 

 

「おい!いい加減に・・・。」

 

 

ごくん。

 

 

シオリの喉がゆっくりと上下して、パンがやっと胃に降りていくところが様子を見守っていた全員に見えた。

シオリが服の袖で口許をぬぐった。

パンくずがぱらぱらと床に落ちる様子にマルフォイが顔をしかめる。

シオリはふうと息をつくと気だるそうに首を少し傾げた。

いつも大きな瞳が今は冷たく細められて、真っ直ぐにマルフォイを射貫く。

 

 

(こいつ・・・ただの馬鹿なグリフィンドール生かと思ったら、どこかの上流貴族の出なのか?こんな・・・)

 

 

マルフォイはこんな冷たい目で見下されたのは生まれて初めてだった。

有無を言わせない瞳にまるで彼女が貴族の令嬢で自分が下践の者であるかのような気分になる。

そんなはずはない、自分は選ばれた特別な人間なのだ。

両親に連れられて行ったどんな社交場でも褒め称えられ、家名を恐れられ、両親の威光はそっくりそのまま自分の物なのだと誰に言われずとも理解した。

自分こそが、非魔法族と血を裏切る者達に侵されてしまった魔法界をこの美しい汚れなき血でもって率いていくべき人間に違いなかった。

ならばどうしてこの少女は・・・まるでさっき払ったパンくずを見るのと同じような、いや、それ以下の目で自分を見るのだろう。

おかしい、こんなのは間違っている。

顔をしかめて必死に本来の自分を思い出そうとするがシオリの前では彼は無力だった。

マルフォイはなぜか鼓動が早くなり、顔が熱くなっていくのを感じた。

 

突然、シオリがにやりとした。

 

 

「・・・っ!?」

 

「怒ると顔色が良くなるね。それくらいのがいいよ。」

 

「ふ、ふざけるな!僕を誰だと思ってる!聖二十八一族の…」

 

 

シオリがマルフォイの背後に視線を移した。

 

 

「あ、マクゴナガル先生、マルフォイが…」

 

 

まずい、取り繕わなければと振り返るがそこには誰もおらず、マルフォイは持っていた思い出し玉をシオリに奪われてしまった。

 

 

「何するんだ、返せ!」

 

「おかしなこと言うね。これはネビルのでしょ。」

 

 

シオリはマルフォイへの興味をもうなくしたようで、思い出し玉をネビルに渡してまた朝食の続きを楽しもうとしていた。

 

 

「お、覚えてろ!僕を馬鹿にしたことを後悔させてやる・・・!」

 

「馬鹿になんかしてないのに。失礼なのはあっちだよね、ネビル。」

 

「う、う、うん・・・?取り返してくれてありがとう。」

 

 

ネビルはシオリがマルフォイを馬鹿にしていないというところに頷くのは難しかったが、勇敢な友人に心から礼を言った。

シオリはまだ残っていたチキンをとってかぶりつき、喧嘩するタイミングを逃してしまったハリーとロンも顔を見合わせて大人しくテーブルに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行訓練の授業は個人の素質がかなり関係しているようで、ハリーの箒がすんなりと上がったのが信じられないくらいシオリとハーマイオニーの箒は頑固に地面から離れようとしなかった。

マダムフーチの鷹のような黄色い目で見られても、もっと真剣に命令しろと言われても、シオリはどうにもならない箒にがっくりと肩を落とした。

 

 

「これ絶対無理だ。できる気がしない。」

 

 

マダムフーチの指示通り、言うことを聞かない箒にまたがるだけまたがる。

こんなにはっきりとノーを突きつけられてるのに、この箒で飛ぼうとするなんで無茶だ。

私が箒だったらこの分からず屋めと、なんらかの方法できっちり分からせてやりたいところだろう。

 

 

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。笛を吹いたらですよ。一、二の・・・」

 

 

マダムフーチがはっきりと全員にそう言ったが、ネビルは緊張するやら怖じ気づくやら、一人だけ地上においてけぼりを食らいたくないやらで、笛が鳴る前に思いきり地面を蹴ってしまった。

 

 

「こら、戻ってきなさい!」

 

 

マダムフーチの大声をよそにネビルはシャンペンのコルクのようにひゅーっと飛んで行き、遠くなり続ける地面を、顔を真っ青にして見下ろした。

そして声にならない悲鳴をあげてネビルは箒からまっ逆さまに落ちた。

 

 

ガーン、ドサッ

 

 

最後にポキッという嫌な音をたててネビルは草の上にうつぶせに墜落した。

 

 

「手首が折れてるわ。」

 

 

そう言われなくても、涙でぐちゃぐちゃのネビルがおかしな方向に曲がった手首をおさえているのを見て、マルフォイをのぞくクラスの全員が顔をしかめていた。

 

 

「医務室に行きますが、その間誰も動いてはいけません。箒もそのまま地面に置いておくのです。さもないと、クィディッチのクの字を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ!」

 

 

二人がもう声の届かないところまで行った途端、マルフォイが大声で笑いだした。

 

 

「あいつの顔見たか?あの大間抜け。」

 

 

他のスリザリン生もはやしたてるのをグリフィンドール生が睨み付ける。

 

 

「ごらんよ!ロングボトムのばあさんが送ってきた馬鹿玉だ。」

 

 

マルフォイは思い出し玉を掲げてシオリを見た。

 

 

「残念だったな。せっかく取り返したのにロングボトムは尻もちのつき方を思い出せなかったらしい。」

 

「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう。」

 

 

今朝とちょうど反対に、ハリーがシオリとマルフォイの間に割って入った。

マルフォイは面白くなさそうにハリーを睨んで、そしてまたシオリの方へと視線を戻した。

 

 

「これはロングボトムが取りにこれる所に置いておこう。そうだな・・・木の上なんかどうだ?」

 

 

そう言ってマルフォイはひらりと箒に乗って飛び上がり、大きな樫の木の梢と同じ高さまであっという間に舞い上がった。

 

 

「ここまで取りにこいよ。アオツキ。」

 

「え?わたし?」

 

 

なぜ自分が思い出し玉なんかを欲しがらないといけないのか。

これはハリーが素晴らしい箒の才能を開花させるための出来事で、箒から無視されるような人間には何にもならない。

マダムポンフリーが忙しくなるだけだ。

シオリがなぜこうなったのか首をかしげていると、ハリーがさっと箒にまたがった。

 

 

「シオリ、大丈夫。僕が取り返してくるよ。」

 

「ハリー・・・ありがとう。」

 

 

シオリが少し目を見開いてハリーに笑いかけると、ハリーもにこりとした。

初めて箒に乗るとは思えない不敵なまでの笑みだ。

ハリーは柄を持つ手に力をこめた。

 

 

「だめよ!フーチ先生がおっしゃったでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ!」

 

 

ハーマイオニーの叫びを無視して、ハリーは血の騒ぐのに任せて地面を強く蹴り、広い広い空へと急上昇した。

いつも絡まってばかりの癖毛が気持ち良さそうに風になびいて、マントが大きくはためいている。

 

ハリーは父であるジェームズに箒の乗り方を教えてもらうことはできなかったが、その体に流れている血がすでに父の全てを彼に伝え、引き継がせているのだろう。

ハリーの側にいることはできなくても二人はいまも繋がっているのだと、シオリは小さくなっていくハリーの姿に胸がきゅうと絞まった。

 

 

「素敵だね、ハリー。」

 

 

シオリがため息をついてハリーを見送るかたわらで、女子は悲鳴をあげ、男子が歓声をあげる。

ハリーはマルフォイのところまで軽々と上がってみせ、二人は空中で向かい合った。

 

 

「僕はアオツキに言ったんだ、でしゃばりめ。少し浮くことができたくらいで格好はつかないぞ。ロングボトムのように間抜けな姿を見てもらうといい。」

 

「彼女は君なんか相手にしない。それをこっちに渡せ。さもないと箒から叩き落とすぞ。」

 

「へえ、そうかい?」

 

 

マルフォイが振りかぶって、シオリめがけて思い出し玉を思いきり投げた。

 

 

「取れるものなら取ってみろ!」

 

 

シオリはもしかしなくとも真っ直ぐこちらへ落ちてくる玉と、稲妻のような速さでそれを追いかけるハリーを見た。

周りで悲鳴が上がっている。

シオリは箒と一つになったようなハリーの鋭い急降下に目を奪われて、足が動かなかった。

 

 

「シオリよけて!」

 

 

ハーマイオニーの声が聞こえて、シオリははっとした。

さっきまであんなに遠くにいたのに、今はもう風に揺れる髪の隙間に稲妻型の傷がはっきり見えている。

だめだ、もうよけられない。

ハリーの目が一瞬、こちらをしっかりと捉えて大丈夫だと言った気がした。

シオリは強く目をつむった。

 

 

強い風が吹いて長い髪が後ろにさあっと流れた。

ゆっくりと目を開けると、箒を片手にハリーが立っていた。

もう片方の手には思い出し玉をつかんでいる。

 

 

「・・・すっごいやハリー!君って天才だよ!」

 

 

ロンが叫ぶとグリフィンドール生から歓声が上がった。

 

 

「ハリー、本当にすごいよ。素敵だった。」

 

 

シオリの言葉にハリーは頬を赤らめた。

 

 

「僕、君がスネイプに言い返してくれた時、とても嬉しかったんだ。君の方がすごいよ。だから・・・これ。」

 

 

ハリーが思い出し玉をシオリに差し出した。

 

 

「マルフォイなんかと関わらなくていい。君はいつも一人でいるから・・・もしスリザリンのやつらに何かされたら教えて。」

 

「ありがとう。」

 

「ハリー・ポッター・・・!」

 

 

微笑み合っていた二人だけでなく、クラス全員がマクゴナガルの声に飛び上がった。

ハリーの顔がみるみる青くなっていく。

 

 

「よくもまあ、そんな大それたことを・・・二人とも大怪我ではすまなかったかもしれないのに・・・」

 

「先生、ハリーが悪いんじゃないんです、」

 

「お黙りなさい、ミス・パチル。」

 

「でもマルフォイが・・・!」

 

「くどいですよ、ミスターウィーズリー。ミス・アオツキ怪我はありませんね?ポッター、さあ私と一緒にいらっしゃい。」

 

 

マクゴナガルは大股に城に向かって歩き出し、ハリーが体が麻痺したようにぎこちない足取りでとぼとぼとついていく。

 

 

「ハリー、これネビルに渡しておくね。また後でね。」

 

 

ハリーの心中を思ってシオリは慰めるつもりで言ったのだが、ハリーは少しだけ振り返り、また後なんてあるのだろうかと一層悲しい顔をして、もう随分と先に行ってしまったマクゴナガルを追いかけていった。

 

 

「馬鹿なやつめ、いい気味だ。アオツキ、おかげでポッターがホグワーツからいなくなるんだ。礼を言った方がいいかい?」

 

 

マルフォイが心底おかしくてこらえきれないという風ににやにやして、グリフィンドール生が歯を食いしばった。

シオリはすたすたとマルフォイに近付き、何かを恐れるように徐々に見開かれていく淡い灰色の瞳をじっと見つめた。

そして小さい手でマルフォイの胸ぐらをつかんで、人形のようだと思っていたのに今は随分と歪んでしまった顔をぐいっと引き寄せた。

 

 

「な、何だ!やる、の、か・・・」

 

 

目の前に迫ったその顔からマルフォイは逃げようと思えば逃げられたのに、今朝と違ってはっきりと侮蔑の浮かぶ冷えきった目に捕らわれて思わずその細かな造りを見てしまった。

 

 

真っ先に目に入ってきたのはその黒い髪と瞳。

黒はマルフォイが最も好み、普段からよく身に付けている色だった。

しかしどうだろう、この少女の持つ黒は彼の知るどんな黒よりも貴く、彼の母親の持っている一流品のように高級だとか、そんな価値では測ることができない美しさを持っている。

それもそのはず、この黒は生きて息をしているのだからその力強さに単なる宝石や織物が敵うはずがなかった。

瞳を縁取る睫毛と顔にはらりとかかっている長い髪はしっとりと露に濡れた様な艶やかな黒、自分を捕らえて離さないその瞳は深い深い漆黒で、見つめているだけでまるで底のない沼に足が沈んでいくようだ。

つんと尖ったように見える閉じられた唇は淡い紅色で、黒に華を添えて彼女の顔をより一層完璧なものにしていた。

 

一体どれほど見つめあっていたのか、永遠にも思えた美しい時間はシオリが口を開いたことで終わりを迎えた。

 

 

「私、あんた嫌い。」

 

 

あまりにも低く憎しみのこもった一言だった。

直接的すぎるその言葉に周囲が思わず身を引いたのにもマルフォイは気付かなかった。

 

さっきまで見とれていたその唇から憎らしい言葉が出てきたのは不思議と嫌な気分ではなかった。

それよりも彼は現実に帰ってきた今もまだ心と身体を奪われたままで、シオリを作る全てをできる限り細部まで見ることしか思い付かなかった。

 

 

「しつこいの嫌いなんだよね。人のこと気にする前に自分のことちゃんと見なよ。」

 

 

シオリが手を離してマルフォイの体はやっと動くことを許され、後ろによろけた。

同時にマダムフーチが戻ってきて終業を告げる鐘が鳴り響いた。

 

 

「ドラコ、大丈夫か?」

 

「あんなやつ気にするな。」

 

 

友人と呼べるか分からないクラスメイトの声はマルフォイには届かなかった。

 

彼の淡い灰色の瞳にその黒は強すぎた。

いつまでも呆然と立ち尽くしているマルフォイはもう目の前にないシオリの顔をまだなぞっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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