「シオリにはまるで今夜のことが分かっていたようじゃ。」
ハロウィーンの夜、トロールの始末を終えたスネイプは校長室にいた。
のんびりと話すダンブルドアに口許をひくつかせる。
そんなことは分かっている。
頑なにこちらを見なかったあの顔は明らかに何かを隠している。
そしてクィレルの視線。
いつもの飄々としたシオリとはかけ離れた傷つき汚れた姿をじっと見るその目には、異常な執着のようなものが感じられた。
二人の間に何かよくない繋がりがあることは間違いがないのに突き止められないもどかしさがスネイプを苛立たせた。
不機嫌であることを隠せていないスネイプを面白がっているのか、アイスブルーの瞳は今宵もきらきらと輝いている。
「あの子は一度もわしのもとへは来なんだ。」
ダンブルドアは肩をすくめてため息をつきながらスネイプを見た。
わざとらしい仕草にスネイプは後ろ手に拳を作って深呼吸をし、ありのまま吐きそうになる言葉を整えた。
「・・・あの娘が我輩のもとへ来るように仕向けたのは校長、あなたでしょう。」
「我ながらいいアイデアじゃった。シオリにはこれからも支えが必要じゃろう。強大な闇にたった一人で立ち向かえる者などおらぬ。」
「あなたにはあの者の使命とやらがお分かりで?」
「それは分からんよ。分かったとしても手出しは無用じゃセブルス。それがこの世界の流れであるならば。」
ただ手をこまねいてシオリが傷つくのを見ていろということか。
彼女が例年の一年生より遥かに優秀であるということは、一番近くでその成長を見ているスネイプがよく分かっている。
一年生レベルの魔法なら無言呪文でほとんど使えるようになっているのだから恐ろしい。
オリバンダーの言っていたようにあの杖の意思が強いからなのか、気の合うシオリは杖に思っていることを伝えるのが得意なようだ。
気が合うという表現が正しいのかは分からないが、少なくともスネイプは魔法が成功する度に杖にありがとうだとか、あなたはすごいだとか話しかけているのを何度も聞いていた。
最近は無言呪文の前に杖に口づけるのが儀礼になっているようで、魔法を使うまでの速さで勝るという利点を失っているだろうと注意しても直す気がないあたりはまだ子供だと感じるが、使命とやらのためにシオリが出来ることを尽くしているのはよく伝わっていた。
だとしても、まだほんの十四歳の少女が野生のトロールを相手に生き延びるだけでも難しいのに、他の生徒をかばいながら立ち回ったというからスネイプの胃が多少痛んだのも無理はない。
無惨にも失われた髪は薬で元に戻せるだろうが、魔法でも取り戻せないものはいくらでもある。
「わしは"やつ"の気を引かぬためにもあの子に近づきすぎることはできん。心配なのであればお主がこれまで以上に目を光らすことじゃ。しかし手を出してはならん。あの子の思うようにやらせてやることが重要なのじゃよセブルス。」
それは結局、見捨てるということではないかとスネイプは鼻をならした。
「生徒を守るのが教師としての務めだと理解していましたが。」
「もちろん。お主は同じ目的のためにあの子と手を取り合い、互いを守るのじゃ。さすればハリーをあの恐ろしき夜から守ることができたように、我々の計画が闇の力にも敵う日が来よう。」
スネイプはダンブルドアの言おうとしていることが理解できず、ただその目を見つめ返した。
互いを守る?
シオリが自分を守る時が来るなど、あるわけがない。
「わしはお主を危険に晒すばかりじゃ、これからもそれは変わることはなかろう。じゃがその昔、お主が望んだような結果を急ぐことがあってはならぬ。セブルスよ、人は生きねばならぬようにできておる。それはハリーのためのみならず・・・」
いつもスネイプを苛立たせてばかりの瞳が寂しげに揺れている。
この身が死ぬべき時を逸してまだ動いている理由を唯一理解しているはずのダンブルドアがこんなことを言うのは初めてだった。
スネイプはなぜか今、自分の手に指を絡めてこちらを見上げるシオリの姿が浮かんでいることをダンブルドアに知られたくなかった。
自分でも分からないことを他人に推し測られるのは酷く腹立たしいものだ。
それに、時が来ればその命をいつだってなげうつ覚悟を持っているスネイプには、ダンブルドアの言葉が馬鹿げていると思えた。
なげうつなんて大層なことでもない。
元々今流れている時はあってないようなもので、余生を一人の女性のために捧げて終わりを待っているだけなのだから。
それでも次に頭に浮かんだのは先程の傷ついたシオリの姿で、スネイプはダンブルドアだけでなく自分にも心を閉じた。
分からないことを考える必要はない。
やるべきことは十年前から決まっている。
ハリーのために死ななければならない時が来たのなら、それが最もふさわしい己の最期なのだ。
「来るべき時に、成すべきことを。それだけのこと・・・あなたならよく分かっているはずかと。」
「わしは、シオリが死んだら悲しいようにお主が死ねば涙を流すじゃろう。」
「校長、もう下がっても・・・」
「・・・思うことがあれば目をつむらぬことじゃ。口に出さねば何も伝わらぬ。残念なことに、口に出したとて酷い勘違いをするようにも人はできておるとわしは思う。お主が誤らぬことをわしは祈っておる。」
「・・・失礼します。」
シオリが死んだら悲しいなどと、口に出すのもおこがましい策略家の老人に、スネイプは思わず廊下の石の壁を殴った。
彼女がこの世界で死ぬことは何を意味するだろう。
元いた世界に帰るのか、それとも帰ることはできずこの世界でその命を終えるのか。
どちらであれ、スネイプは自分の知らぬところで傷つき死にかけたシオリを心配する以上に、恨みすらしていた。
悲しいなんて言葉の前に、勝手に近づいて勝手にいなくなろうとした彼女のことが許せなかった。
同時に、たかが十四歳の少女にそう思っている自分を認めたくなくてまた腹が立った。
シオリのことを考えれば考えるほど眉間の皺が深まり足は早くなり、あの三頭犬に付けられた傷が痛んだがそれすらも気にならなかった。
スネイプは私室に戻ると傷を治そうと呪文を試したが、傷に魔力がこもっているのか全く癒えなかった。
やむを得ず応急処置をして痛み止めを調合する。
何も考えずとも迷わず動く手に任せているうちに、頭に上っていた血が降りていくのを感じた。
しかし、もう後少しで薬が出来上がるという時にふと、足を押さえて痛みに顔をしかめるシオリが頭をよぎった。
その瞬間、一鍋分の薬液にわずかに多く火が入り明らかに本来のそれとは違う色になってしまった。
「・・・っ、エバネスコ。」
乱暴に杖を振り、鍋の中のものと側に置いていたいくつかの材料が意図せず消えた。
スネイプは鼻から大きく息を吐いたがやはり収まらず、先ほど壁を殴ったばかりの手で机を強く叩いた。
スネイプの怒りを察するかのように、その夜からシオリはぱたりと訪ねてこなくなった。
ハリー達といるようになって自由な時間がなくなったのが本当の理由だったが、スネイプにとってはシオリが来なくなったということに変わりなかった。
ある日、廊下で見かけたシオリはハリーと笑い合いながら並び歩いていた。
スネイプは嫌な記憶をつつき起こす悪夢のような光景から目をそらし、見慣れないその歳らしいあどけない笑顔に背を向けた。
だから、彼女の黒い瞳が足を引きずる自分を心配そうに見ていたことに気付けるはずもなかった。
スネイプは一人で地下へと続く階段を降りる時、彼の心もまた下へ下へと沈んでいくことからも目をそらすしかなかった。