重そうな黒いローブをはためかせながら、思いやりの欠片もない早足で前を行く背中を追いかける。
ずっと小走りでひたすら下へと降りてきた。
周りの景色を見る暇もない。
少しでも目を離せば置いていかれるに違いない。
初対面でも分かってしまうほど大人気なく良い性格ではないこの男は、この世界で最も勇敢と言え、最も愚かだとも言えるとシオリは思っていた。
まだ子供の自分には人を愛するゆえの間違いや、愛だけに生きる不器用すぎる人生は理解できない。
大人になったからって理解できるとも、したいとも思わない。
魅力的な登場人物がたくさんいる中で、スネイプのことは好きになれなかった。
それでも彼の最期に自然と涙が流れたのは文章表現が素晴らしかったからか、ただ同情したのか自分にも分からなかった。
とにかく自分ならこんな生き方はしたくないの一言に尽きる。
そんなことを思いながら走っていると突然減速した背中にぶつかった。
「いたっ!」
「・・・ここだ。道は覚えたな?」
虫けらでも見るような目で見下ろされてシオリはむっと口を尖らせた。
負けじと睨み返す。
「いいえ。こんな早足で来て何も教えられてないのに覚えられるわけないですよね?」
「教えられるまで待つのは愚か者の特徴だ。我輩なら少なくとも前を見て歩き、無礼にも人にぶつかることはない。」
「・・・・・・ぶつかってすみませんでした。」
「入れ。」
フンと鼻をならし、ぎいっと開けられた重そうなドアの向こうは溢れるほどの魔法の匂いで満たされていて、シオリの腸が煮えくり返るような怒りは一瞬で消えた。
火もないのにぽこぽこと湧いているフラスコ、七色に発光する液体、4本指の枯れた手・・・全てがここはハリー・ポッターの世界なのだと教えてくれる。
窓のない地下室は暗く湿気ており、生活するにはとてもいい部屋とは言えなかったがシオリの目は爛々と輝いた。
「わー!魔法薬の教授の部屋・・・イメージ通り!ここが私の部屋になるんですか?」
「静かにしろ。ここは我輩の部屋だ。」
騒がしさにぴくぴくと顔を引きつらせるスネイプをよそにシオリはもう部屋に入ってあちこち動き回っている。
「これなに?気持ち悪い!これは・・・とても綺麗!あれはなんですか?」
「・・・っ、」
頭が痛くなりこめかみを揉む。
どうしてこんなことになったのか。
ダンブルドアはいつも面倒なことを自分に押し付ける。
その中でもこれは最悪だ。
子供など生徒だけでも十分うるさく不快だというのに、異世界から来たマグルの子供と生活するなんて想像するだけで頭が割れそうだ。
「ねえ、あれはなんですか?キラキラしてる緑色のやつ!」
「飲んでみるといい。骨がとけて立てなくなり、ごみのように床に転がって腐るのを待つだけになってもよいのなら。」
「・・・!」
息を飲む音が聞こえて静かになった。
所詮は子供だ。
恐怖で押さえつければ言うことを聞くだろう。
スネイプは深く息をはき、ローブを脱いて落ち着こうとした。
「すごい!骨生え薬とあわせたら骨折とかを治せそう。色々使えそうだなあ。」
なぜか目を一層輝かせて正しい使い方まで当てるこの少女はどうやらこの方法では躾けられないらしい。
スネイプはローブを投げ捨てて声を荒らげた。
「静かにしろと言っているだろう。聞こえないのかね?」
「はい。静かにします。」
シオリは黙ったはいいものの、そのまま部屋の散策を続けた。
全てが興味をひくのか一つ一つをじっと観察している。
スネイプはひとまず静かになったシオリを好きにさせて椅子に座り込んだ。
長くなるだろうそれを止めさせたいがまたうるさくなるのも不愉快で、紅茶を淹れて待つことにした。
杖をふってポットとカップを出し、水を熱湯に変える。
気づくと側にシオリがいてその様子を黒い大きな目がまじまじと見ている。
「・・・なにかね。」
「あ、別にほしいわけじゃなくて・・・紅茶苦手だし。魔法ってすごいなあ。」
そう言いながらまた薬が置かれた棚に戻っていく。
全く自分を恐れず物を言うこの少女をどうするべきか。
スネイプにはホグワーツで恐れられているという自覚があった。
もちろん彼はわざとそうしていた。
論理的な思考が育っていない子供に言うことを聞かせるにはそれが一番いいに違いないのだ。
実際たいていの生徒は(あてはまらない双子もいるが)この方法で上手くいく。
スネイプは横目でシオリを見た。
眠っていたというから寝間着なのだろう、黒いワンピースから伸びた手足は細く、材料棚にあるたくさんの小瓶をなぞる指もか細い。
興味深そうに首を傾げるたびに、長い髪がはらりと流れて肩にかかり、ゆったりとした流線を描く。
先ほど自分を見上げてきた瞳は、光の入らないはずのこの地下室でもきらきらと輝いていた。
ごく普通の・・・やや好奇心が強すぎるだけの子供に見えるこの少女が異世界から来たなど未だに信じられない。
ダンブルドアの命令がなければ、今すぐ真実薬でも飲ませて正体を暴きたいところだ。
大きな不安要素をそのままにしておく気持ち悪さに苛立ちが増す。
なぜダンブルドアはあんな悠長なことを…痛む頭をおさえながら視線を上げると、細い指が今まさに真っ赤な花に触れようとするところだった。
ガタンッ
「っ!?」
シオリは突然手をつかまれて体ごと後ろに引っ張られた。
自分を抱きかかえているのがスネイプの腕だと気づき後ろを見上げる。
「な、なに?」
「これには花が咲いている間だけ、人を死に至らしめる毒がある。これに限らず魔法生物や植物はその見た目から有害かどうか判断することは大人の魔法使いでも難しい。我輩の言いたいことが分かるかね?」
「・・・知識もないのに考えなしに触ってすみません。」
意外にも伏し目になり、シオリは小さな頭をぺこりと下げてしおらしく謝った。
思っていた反応と違ってスネイプは眉根をひそめたがこれでよいと思い直し、言葉を続けた。
「ダンブルドアは君を信じたい、と考えているようだが我輩は違う。どんな手を使っても正体を暴くべきだ。我輩がダンブルドアの命に背く口実を作らないよう振る舞いには気をつけるべきかと。」
「・・・はい。」
「部屋へ案内する。そこで大人しくしていたまえ。」
大人しくなったシオリを連れて奥にある部屋へと向かう。
元々持て余していた空き部屋だ。
そこを使うようにと言われた通りに扉を開けると、そこにはダンブルドアが手配したのだろう寝室らしくあつらえられた空間があった。
ベッドに清潔な白いシーツが敷かれ、木製の机と椅子、小さな本棚には子供向けの魔法の本が置いてある。
「・・・ありがとうございます。」
「我輩ではない。」
「・・・あの、さっき・・・助けてくれて・・・」
「そう思うのであればこの部屋から出ないことだ。食事など必要なものは校長が手配するだろう。我輩は別の仕事があるのでね。」
子供には分からないだろうがと聞こえてきそうなシオリを見下げる目からは、不安や緊張や警戒が見てとれる。
彼にとってハリーに関する情報は自分の命よりも重要なものなのだ。
あまりに攻撃的な態度もハリーを守ろうとする強い思いの表れとも言える。
シオリはやっと好奇心を抑えて自分の行動を心から悔やみ、冷静にスネイプの心情を考えることができた。
「私、ハリーのことを守りたいと思ってます。あなたの邪魔はしません。本当に。」
スネイプは少し目を見開いてからそれ以上の感情は見せず、ローブを翻しさっさと部屋を出ていった。
伝えたいことは伝えた。
スネイプが自分をどうするかは彼次第だから考えることはやめよう。
シオリはそう思い切ってベッドに倒れこんだ。
本棚にずらりと並んだ本のタイトルに心惹かれながらも瞼が閉じていく。
「つ・・・かれた・・・」
暗転した視界にまでスネイプの黒いローブと眉間にしわのよった顔が浮かんだところでシオリは意識を手放した。