月下の花を摘むのは誰   作:ledi

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クリスマスプレゼント

 

 

11月の半ばにさしかかると、ホグワーツは日を追うごとに寒くなっていった。

教室と教室をつなぐ渡り廊下に吹く風は通る者の体温を一瞬で奪ったし、息が白く凍る地下教室での魔法薬の授業は生徒達にかなり不評だった。

誰もがいつもよりしっかりと鍋をのぞいているふりをして少しでも暖をとろうとした。

 

シオリ、もスネイプの私室でかじかんでしまった手でぎこちなく杖を振りながら、イギリスの冬の寒さを身をもって感じていた。

そんなシオリをよそに、スネイプは今までと変わりなく秋でも冬でも同じ仏頂面で机に向かっていた。

扱う薬の多くが室温以下の温度を好むからだろうか、これほど冷えるというのに彼は少しも困らない様子だった。

それでもシオリが耐えきれず毛布を持ってきた日からは空だった暖炉に火が灯されるようになった。

スネイプの淹れてくれる温かい紅茶と時折薪の爆ぜる音だけがする穏やかな時間に、どんな寒い日もシオリはほっと息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐそこのクリスマスに生徒たちが色めきだした12月のある日、ホグワーツは雪に覆われて湖はいつもの深い青を潜めカチカチに凍り、シオリは初めて見る純白の景色に感激していた。

 

 

「こんなに雪が積もってるの初めて見た!すっごいね、きれいだね。」

 

「イギリスの中でもここは特に寒い地域だと思うわ。シオリ、ちゃんと暖かくして談話室で寝てしまわないようにしてね。」

 

「うん。ハーマイオニーは家族とのクリスマス楽しんでね。」

 

 

学校は明日からクリスマス休暇で、ハリー、ロン、シオリは休暇中に学校に残る生徒のリストに名前を書いていた。

シオリは自分の場合は帰るところがないから仕方ないが、帰る場所があるのに帰りたいと思えないハリーに心から同情した。

ハリーの家の問題についてロンやハーマイオニーも理解していた。

ダーズリー一家がどれほど辛くあたるのか、ハリーが詳しく話すことはなかったが二人とも子供なりに察しているようだった。

だからシオリが何も言わず居残ることを決めても、三人が理由を聞いてこなかったのはありがたかった。

 

 

その日の昼食後、四人は図書館に向かった。

もうずっと前から、授業と授業の合間に図書館に通うのが四人の習慣になっていた。

ハーマイオニーをのぞく三人は、できればこんなことはしたくなかったが仕方なかった。

うっかりニコラス・フラメルの名前を漏らしてしまったハグリッドが、今度こそ慎重になってもう何もうっかり教えてくれなくなったのだ。

 

 

「私が家に帰っている間も図書館に行くでしょう?何か見つけたらふくろうで教えてね。」

 

 

ハリーが次の本に手をかけながらため息をついた。

フラメルが何の功績で本に載っているのか分からない上に、賢者の石を狙っているスネイプにこちらの動きが悟られぬよう先生に協力を頼めないハリー達は、毎日とにかく本を読み漁っていた。

 

 

「君の方は家でフラメルについて聞いてみてくれ。先生達は無理だけど、パパやママなら聞いても安全だろう?」

 

 

ロンが彼に似合わない分厚くほこり臭い本をめくりながら言った。

 

 

「ええ、安全よ。二人とも歯医者だから。」

 

 

ハリーとシオリは顔を見合わせ、クスリと笑ってまた本に目を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇になると楽しい誘惑がいっぱいで、ハリーもロンもフラメルのことを忘れてしまった。

みんなが家に帰って閑散とした談話室は寂しいどころかハリー、シオリ、ウィーズリー兄弟の贅沢な遊び場になった。

フレッドとジョージがキッチンから失敬してきたマシュマロやソーセージなどを暖炉の火で炙ってのんびりと食べたり、ロンが勝つと分かっているチェスを何回戦も観戦したり、いたずらしてパーシーに追いかけ回される双子を眺めて笑ったりした。

 

 

そうしてゆっくりと時間が過ぎてやってきたクリスマスの朝、シオリはベッドの足元に包みが二つ置かれているのに気付いた。

一つは大きく、一つは小さい。

クリスマスプレゼントのことをすっかり忘れていたシオリは、何も送っていないことを申し訳なく思いながらハーマイオニーからの大きな方の包みを開けた。

 

 

「わー!蛙チョコいっぱい!ハーマイオニー好き・・・」

 

 

蛙チョコレートの大箱を開けて、ずらりと並んだうちの一つを早速頬張る。

小さい方の包みはハーマイオニーのとは反対に、中身があるのかと疑うほど薄く軽くほとんど封筒のようだ。

振ってみてもなんの音もしない。

裏にはA・Dと記されている。

 

 

「ダンブルドア?まさかプレゼント贈ってくれるなんて・・・一体何が入ってるんだろう。」

 

 

慎重に包みを破ってひっくり返すと今度は二回りほど小さな包みが出てきた。

いよいよ本当に中身があるのか怪しい。

またそれを破って逆さに振ると、ころんと豆粒が転がり出てきて膝の上に落ちた。

部屋の隅に消えてしまわないよう慌てて拾う。

 

 

「危なかった・・・こんなのなくしちゃうよ。なんだろこれ?」

 

 

そっとつまみ上げて目の前に掲げると、それは豆というより何かの種に見えた。

手のひらに乗せてよく観察しようとした次の瞬間、シオリは種が手の中にすっと入り込んで消えるのを見た。

 

 

「あれ?中に入った?」

 

 

せっかくもらったものを失くしてしまった。

慌てていると種の乗っていた場所に何かを感じた。

 

 

トクントクン・・・

 

 

手のひらの内側で小さく脈打つものがある。

言葉を失ってただそこを見つめていると、一際大きくドクン、と鳴って深い緑の小さな芽が顔を出した。

それは皮膚を突き抜けるのではなく、平たく、シオリの身体の表面にまるで美しい絵のように芽吹いた。

芽がゆっくりと身をよじり開いて、また次の葉を開く。

みるみるうちに茎を伸ばし蕾をつけて、誰かが筆で描き足しているかのようにシオリの白い肌をするすると覆っていった。

追いかけて袖をまくって見ると、肘のあたりまで届いて成長を止めたそれはゆっくりと蕾を綻ばせ、大きな白い花が開いた。

 

 

「これって・・・」

 

 

それは月下美人の花だった。

儚くも大きく咲き誇るその花は見たこともないほど鮮やかな純白で、シオリの腕に葉や茎を絡ませながら淡い光を放っている。

あまりにも不思議で美しい姿に見とれていると、破った包みが一人でに宙に浮き文字が浮かび上がった。

 

 

”これは触れた人間の性質によって異なる姿を現す魔法の種

念じれば主の望む形にとどまる

愉快なアクセサリーとでも思っておくれ

メリークリスマス シオリ”

 

 

「愉快すぎるでしょ・・・こんなの最高のプレゼントだよ!」

 

 

まるで風が吹いているかのように自分の腕で優しく揺れている花を見ながら、シオリは腕輪を思い描いた。

すると、花も葉も茎もあっという間に身を縮めて手首を二重にするりと囲んでイメージした形に収まった。

 

 

「きれい・・・魔法って素敵だなあ。」

 

 

ダンブルドアが自分を気にかけてくれているということにも胸が温かくなり、自然と笑みがこぼれる。

手に入れたばかりの宝物をなんとなく人に見せびらかしたくない気持ちになり、ハーマイオニーが帰ってきたら見せようと、シオリは服の袖を伸ばした。

 

 

談話室へ降りると、プレゼントをもらったことがないハリーが頬を喜びに赤く染めてロンとお菓子の包みを開けているところだった。

ロンのママの編んだ暖かそうなエメラルドグリーンのセーターが瞳の色によく似合っている。

同じくお手製のセーターを着た双子はシオリを捕まえて左右からメリークリスマスと言うが早いか、暖炉の前に陣取ってシオリの長い髪を魔法でいじくり遊びだした。

休暇に入ってからというもの、パーシーとシオリは二人のおもちゃだった。

みんなでのんびりと朝食をとった後、パーシーの監督生バッジを盗んで追いかけっこをすることに飽きた双子は再びシオリの髪をいじっていた。

二人から逃げることはできないと理解しているので、闇の魔術に対する防衛術の本を読みながら好きなようにさせていると、二人が突然歓声を上げてハイタッチをした。

またチェスをしていたハリーとロンが何事かとそっちを見た。

 

 

「これはさすがの君も敵わないぜ。力作だ。」

 

「シオリ、昼食はそれで大広間に行ってくれよ。パーティーの主役間違いなしだ。」

 

「まず鏡を見せてもらっていい?」

 

 

ハリーとロンが笑っている。

嫌な予感がしてアクシオ、と呼び寄せた鏡にはホグワーツのような立派な古城を頭に乗せたおかしな少女がいた。

生え際は見慣れた黒い髪なのに、途中から灰白色に変わり石化している。

ところどころ訳の分からない場所から部屋や階段が飛び出しているのも含めて不思議な造形美がある。

思っていたよりも酷いことになっていた自分の頭にシオリは目を見開いたが、同時に二人の魔法の腕に感動せずにはいられなかった。

 

 

「たしかに力作・・・二人ともすごいよ。ガウディも顔負けの違法建築だ。」

 

「誰だいそれ?」

 

「マグルの頭のおかしな建築家だよ。でも二人には敵わなかったみたい。」

 

「「お褒めの言葉ありがたく頂戴いたします。」」

 

 

頭がおかしいという言葉をどう捉えたのか、フレッドとジョージはばかに恭しくお辞儀をしてみせた。

そしてシオリの手を引いて立ち上がらせ、ダンスでも踊るようにくるくると回りそのまま大広間までシオリを引きずっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスなど自分になんの関係もない仕事をさせろという不満を隠さず、しかしダンブルドアに逆らうことはできず、スネイプは昼食の席についていた。

クリスマスのご馳走の時は、ホグワーツに残った数少ない生徒と教師がともにテーブルを囲むというのがダンブルドアが校長になってからの決まりだ。

スネイプがテーブルから溢れんばかりのチキンやケーキをむっすりと睨み付けていると、シオリとグリフィンドールの面々がやってきた。

そのあまりに奇妙な姿に一同あっけにとられ、次にスネイプ以外が愉快そうに笑った。

シオリは頭の上に堂々とそびえ立っている城を存外気に入り、更に杖を振って雪を降らせていた。

積もった雪が大広間の明かりを反射してきらめき、その姿をさらに荘厳にしている。

 

 

「ほっほ、これは素晴らしい!私も混ぜていただいても?」

 

 

双子とシオリの魔法に喜んだフリットウィックは、城に雪が積もるはしから青い薔薇が花開く魔法をかけた。

さらにマクゴナガルが小指ほどの大きさのメリークリスマスと歌う鳥を数羽プレゼントし、城の周りを飛び回る愛くるしい姿がみんなの目を和ませた。

普段の彼女に似合わぬ愛らしい魔法だったが、ワインの進んだほんのり赤い顔を見ればそれも納得だった。

二人の一流の魔法使いのおかげで、シオリの頭はすっかりファンタジーの一説に出てくる魔法の城となっていて、ダンブルドアは手を叩いてそれを喜んだ。

スネイプだけは終始一言も発することなく、マクゴナガルに無理矢理よそわれたチキンを進まぬフォークでつついてワインで流し込んでいた。

 

 

「ほら、もっと大きく開けて。」

 

「ジョージやめて。自分で食べれるってば。」

 

 

小鳥たちに小さくちぎったパンをあげながらシオリが顔をしかめた。

 

 

「姫が指一本動かさなくても全てが万事うまくいくように先回りするのが僕たちの役目なのさ。」

 

 

そう言いながらねじ込むようにシオリの口に入れられたチョコレートケーキは大きすぎるように見える。

 

 

「じゃあ、この、頭、もうとってくれない?首が、痛く、なってきちゃって。」

 

 

口の回りをチョコクリームで汚しながらもごもごとシオリが言うと、フレッドがわざとらしくとんとんとシオリの口にナプキンを当てた。

 

 

「姫、お口が少々お汚れになっておりますよ。」

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「食べ終わったら雪投げしようぜ。ゾンコの仕掛け玉を中につめてぶつけ合うんだ。それまで頭はそのままだ。」

 

「雪投げ?いいね!」

 

 

雪投げという魅力的な言葉に、シオリは頭のことをすぐに忘れて次のケーキを選び出し、口の端に残ったクリームを小鳥が嬉しそうについばんだ。

 

クリスマスの美味しいご馳走に心通った親しい友人達、スネイプは自分が得ることのなかった時間を過ごして無邪気に笑うシオリを見つめていた。

学生時代、両親と少しでも離れていたかったスネイプはシオリと同じようにクリスマスをホグワーツで過ごした。

しかし楽しい思い出はなく、いま目の前に広がる幸せとはこうだと言わんばかりの光景に、胸焼けのような気分の悪さを感じていた。

もともと好ましくないこのような騒がしい場に自分が馴染んでいない、馴染みたくもないという思いが一つ、もう一つは普段目にしないシオリの笑顔がそこかしこに振りまかれ、忌々しいハリー達グリフィンドール生が彼女を囲んでいるからだった。

スネイプと毎晩のように会っているということをハリーに知られてはいけないシオリは、一般的なグリフィンドール生と同じく彼に話しかけることはなく、まるでそこにスネイプがいないかのように振る舞っていた。

実際、特に見るものもないスネイプがパーティーの間にシオリを見ていても一切目が合わなかったことは多少彼を面白くない気持ちにさせた。

ダンブルドアがパーティーをお開きにするまで、スネイプは双子がくだらないことをしてシオリにかまう度にグリフィンドールから減点したいのを堪えるだけの不毛な時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは。」

 

 

もうクリスマスも終わろうかという時間に似合わない明るいその声に、スネイプは薬を調合する手を止めた。

自分とは違ってクリスマスを存分に楽しんでいる様子のシオリに、今夜はきっと来ないだろうと思いマダムポンフリーから頼まれたリストにある薬を片っ端から作っていたところだった。

 

 

「すごい、これ全部一人で?」

 

 

完成しているのだろう薬が詰められた小瓶は20はくだらない。

いつもは書類を片付けている作業机の上は小鍋と材料でいっぱいだ。

 

 

「我輩をなんだと思っている。」

 

「魔法薬の優秀な先生です。教えるのはあまり上手じゃないけど。」

 

「どうしてもというのであれば休暇中でも減点はできるが、それがお望みかね?」

 

「クリスマスにそんなことしないでください。上手じゃないわけじゃなくて・・・特に一部の生徒にだけ、教えるのが苦手みたい。」

 

 

ソファの方からクスクスと聞こえてくるのを知らぬふりでスネイプは鍋をのぞいた。

シオリがハリー達のことでスネイプにはっきりと思いを伝えた後も、もちろんハリーへの嫌がらせが減ることはなかった。

その度にシオリは正面切ってハリーをかばい、スネイプがハリーにいちゃもんをつけようと近づく前にわざとらしい質問で足止めしたりしていた。

そうやって授業中にいくら火花を散らしても、夜になれば何事もなかったかのようにやってくる彼女をスネイプもなに食わぬ顔で迎えた。

変なところで二人は似ているのか、それとも似てきたのか。

どちらにせよ、シオリがスネイプを一人にさせなかったあの夜から、二人はハリーのこと以外はなんのいさかいもなく穏やかな時間をともにしていた。

 

 

「はあ、この部屋寒いなあ。紅茶いれよっと。」

 

 

スネイプが薬を調合している時はシオリが紅茶をいれるのだが、これが不思議と何度やってもスネイプがいれたような味にはならなかった。

人にもらうものの方が美味しいのは当たり前だと言ってシオリは出来について特に気にしていなかったし、スネイプもいつも黙ってそれを飲み干した。

しかし今日は、いつものようにカップを受け取ろうとしたスネイプが眉をひそめた。

 

 

「その・・・花はなんだ?」

 

「え?・・・あっ。」

 

 

シオリは視線の先の自分の胸元を見た。

黒い寝巻きの襟ぐりから今まさにゆっくりと緑の模様が伸びてきて、白い花がおくゆかしく顔を出したところだった。

 

 

「勝手に出てきちゃったの?意外と自由なんだね。もう寝るだけだし好きにしてていいよ。」

 

 

まるで飼っているフクロウにでも話しかけているような様子にスネイプが怪訝そうに顔をしかめる。

 

 

「ダンブルドアからのクリスマスプレゼントなんだ。こんな小さい種だったんだけど、私の体に入っちゃって。そしたらこんなきれいな花になったの。愉快なアクセサリーだと思ってくれだって、魔法って本当になんでもできて面白いなあ。」

 

 

嬉しそうに話すシオリとは反対に、スネイプの眉間のしわがより深くなる。

それはどう見ても装飾の域を越えたかなり高度な魔法で、恐らくだが古い妖精の魔法の類いだろう。

妖精の魔法は自然の魔力を礎としているため、魔法がもたらす結果には不確定な要素が多い。

本来よりも効果の低い魔法になることもあれば、時には驚くほどの力を発揮することもある。

呪文学が発達し、安定した効果のある便利な魔法が増えた現在ではほとんど見かけることもない代物だ。

ダンブルドアが何を考えているのかまでは分からないが、少なくともただのプレゼントでは終わらないものだろう。

そう考察していたスネイプだったが、プレゼントという言葉にそういえば・・・と、ちらりと視線を移した。

 

いつもシオリがかけているソファと対になっている小さなテーブルに一冊の本がある。

それは、少し前にダンブルドアに強く、強く言われて用意させられた彼女へのクリスマスプレゼントだった。

物わかりがよく変に大人びてはいるがシオリはまだ十四歳の子供。

元いた世界では家族とクリスマスを祝っていただろう。

一つもプレゼントが届かないような悲しい思いをさせてはならないという提案に、スネイプが同意見だと表明することはなかったが、プレゼントを用意したのはそういうことだった。

包装もされていないそのままの本がただそこに置かれているだけのことでも、誰にも何も贈ったことがないスネイプにとっては何となく落ち着かない妙な緊張感がある。

早く済ませてしまいたいが、どう渡すべきか考えあぐねて薬の調合に逃避していると、シオリの方が本に気がついた。

 

 

「ねえ、これ何?セブルス今さらこんなの読むの?」

 

 

ソファで紅茶をすすりながらシオリが指差した本の表紙には「闇の呪文体系概論とその防衛術の実践」と書かれている。

闇の魔術に傾倒し、一度は死喰い人まで堕ちた彼にそんな学術的なタイトルはたしかに今さらだ。

しかしシオリにとっては興味深いタイトルなのか、手に取りたそうにしているのが見て分かる。

ダンブルドアの言う通りにしたという事実は不愉快極まりないが、スネイプはシオリの目の輝きに低くつぶやくような声で答えた。

 

 

「・・・それはお前のものだ。」

 

「・・・?」

 

 

意味がわからず首をかしげるシオリにスネイプは口許を歪ませた。

鍋を27回かき混ぜなければならないのに、今が何回目だったか分からなくなってしまった。

これ以上なんと言えばいいのかも分からない。

人から何も与えられなかった彼が、人に与えるということも知らないのは当然のことだった。

 

 

「・・・クリスマスには・・・物を贈る習慣があるだろう。子供の欲しがるものなど分からん。お前が不要なら・・・」

 

 

本の意味を察したシオリはスネイプをまじまじと見た。

プレゼントの話をしているとは思えない、毒でも飲まされたようなひどく苦々しい顔。

いつも不機嫌で、すぐに苛立って、真っ黒なその姿を育ちすぎた蝙蝠とよく揶揄される気むずかしい男はクリスマスを祝ったことなどないのだろう。

それでもぎこちなく紡がれたその言葉はシオリの胸を温めた。

シオリはスネイプを初めて愛しいと思った。

 

 

「ううん、すっごく嬉しい。大事にする。」

 

 

二人は少しの間見つめ合って、スネイプが先にふいと目をそらした。

失敗した鍋の中身を片付けてそれ以上何もいわないスネイプに、緩む口を隠すためシオリは本を開いた。

教科書よりも詳細で数段上の内容だが理解できないほどではない。

心底嫌そうな顔をしながら自分のために真剣にこの本を選ぶスネイプが浮かんできて、また笑みがこぼれる。

 

 

「これ、今の私にぴったりだよね。さすが先生。素敵なプレゼントありがとう。」

 

 

やはり何も返ってこなかったが、シオリは満足そうに本に目を戻した。

スネイプはいつも通り無駄のない手付きで次の調合の準備をしながらも、わざとらしいくらいのシオリの礼にむずがゆい居心地の悪さを感じていた。

しかし、自分の贈ったものを嬉しそうに抱きかかえて読むその姿に、こんなクリスマスも悪くないと思ったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

特に言葉を交わすこともなく、それぞれに過ごしているといつのまにか日付が変わっていくらか経っていた。

部屋の中が妙に静かなことに気がついてスネイプが顔を上げると、シオリが本を抱きながら目を閉じている。

暖炉の火を背に受けて、プレゼントを手に気持ち良さそうに毛布にくるまる姿は絵に描いたような幸せなクリスマスの子供で、昼食の時の光景とは違い、シオリのその姿にスネイプの口許は自然と緩んだ。

風邪をひかないよう、もう部屋に帰そうと小さな肩を揺らす。

 

 

「起きたまえ。もう今夜は・・・」

 

 

ぐっすりと眠ってしまっているシオリの頭がかくんと横に倒れて体ごとソファから落ちそうになった。

スネイプはとっさに頬に手を添えるようにして彼女の頭を支えた。

なおも気持ち良さそうに寝息をたてている様子にほっと息をつく。

いや違う、起こすべきだと思い直したのもつかの間、スネイプは自身の手にある温もりに気を取られてしまった。

 

 

(柔らかい・・・)

 

 

スネイプの大きな手はシオリの頬と耳をおおっていて、どちらも彼が知る何よりも温かく柔らかかった。

人の体にほとんど触れたことのないスネイプは、初めての感触に少しの興味がわいた。

触れたい。

そう自覚した瞬間に反射的に手が離れようとした。

それでも純粋な興味が彼を唆し、起きる気配のないシオリの寝息に押されてスネイプはそっと顔を近づけた。

 

閉じられた目蓋と伏せられたまつ毛、控えめだがすっきり通った鼻筋に小さな赤い唇。

人の造りとはこうも均整のとれたものだったかと、何度も見たはずのその顔に首をかしげる。

そしてその顔がいま自分の手の中にあるのはとても不思議な気分だった。

スネイプは顔に手を添えたまま、指先だけを動かしてシオリの耳の縁をゆっくりとなぞった。

普段は意識しないそこもやはり整っていて、小さく柔らかかった。

そう言えば、痣を治すためにシオリの足に触れたことがあった。

あの時は意識していなかったが、今は毛布に隠れているこの足も驚くような完成された造りをしているのだろうか。

思い出せない感触に思いをはせながら、シオリの耳に視線を戻した。

自分のものでさえ触ったことのない軟骨の部分はなだらかなおうとつが芸術的ですらある。

そこはくにくにとして頬とはまた違う柔らかさで、二本の指で優しくこねて感触を味わっているとシオリが"んっ"と小さく息を漏らし顔をしかめた。

 

スネイプは自分が何をしていたのか気付いて目を見開いた。

シオリの身体を弄んでしまっていた手を止める。

不適切だ、すぐに離れるべきだ。

そう思えた彼はそのまま手を離していれば何も知らずにいることができたのかもしれない。

しかし、正しくあろうとするスネイプを引き留めるように、出口のない迷路に誘いこむように、シオリがふっと微笑んでスネイプの手のひらに頬をすり寄せた。

 

 

「・・・っ、」

 

 

過敏になっている手のひらを白い頬がふにふにと甘く刺激する。

穏やかな寝顔の少し下、彼女の胸元、鎖骨の丘陵にそって黒い服から顔をのぞかせている白い花が視覚をも甘く支配した。

とろりとした味わったことのない幸福感に息がつまる。

この光景を、愛らしいと人は言うのだろうか。

はじめての感覚に胸が苦しいくらいだというのに、素知らぬ顔で咲き誇る花が憎らしい。

これほどまでに高鳴っている自分の身体とは反対に、無防備で純粋なシオリの寝顔が、何の悪意もないというふりをして・・・・・・スネイプの胸の奥に優しく歯をたてた。

チクリとつけられた小さな噛み痕から、幸せな光景に歪みが入ってもう一つ別の感覚が込み上げてくる。

 

 

ゾクッ

 

 

まるで二つで一つなのだと言うように、幸福感を追いかけやって来た黒い感情に背筋が震えた。

苦しいような心地良いような、彼の知る何にも例えようのないそれはやけに官能的でもある。

怒り、悲しみ、憎しみ、彼は幼い頃から様々な暗い感情とともに生きてきた。

しかし、薄暗くも身を焦がすほどの熱を持ったこの感情をスネイプは知らなかった。

 

それは独占欲。

 

どんなにリリーを思っても、彼女を奪われても、自信のない彼は怒り憎むばかりで自分のものにしたいとは思えなかった。

何も持たない人生を強いられてきた彼の悲しい性だった。

 

だから今、愚かなことをしてしまった自分を拒絶するどころか完全に身を預けているシオリの無垢な温かさに、スネイプは求める悦びと苦しみを生まれて初めて自覚してしまった。

何度も見てきた他の人間に向けられる彼女の笑顔、無邪気に触れ合う体、感情豊かな眼差し。

何とはなしに苛立っていただけの頃が遠い過去のように霞がかり、今ははっきりとした負の感情が頭を支配していた。

スネイプはシオリと出会ってから様々な思いが芽生えるのを感じていたが、その違和感から目をそむけてきた。

その代償を払わされるように、彼はシオリをどうしたいのかたった今最悪な形で理解してしまった。

 

 

"自分だけのものにしたい"

 

 

この思いにまだそれ以上の名前はないが、暗い感情に似合わないシオリの幼い寝顔はスネイプに自然と自己嫌悪を抱かせ、考えるのも恐ろしいその先からまた目をそらした。

シオリの顔から手を離し、ソファから落ちそうになる体を起こさないようにゆっくりと抱き上げた。

腕のなかの安心しきった安らかな寝顔を少しの間見つめる。

一見穏やかに見える光景だが、スネイプの眉間には深いしわが刻まれその顔は苦悩に歪んでいた。

 

 

聖なる夜に彼に与えられたのは、プレゼントと呼ぶにはあまりにも醜く、甘美なものだった。

スネイプはシオリに触れるほど、呼吸を感じるほど、はっきりとするその感情を何度も否定しながら、彼にくったりと全てを預けている身体をベッドにそっと寝かせて小部屋の扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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