月下の花を摘むのは誰   作:ledi

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はじめての朝

次にシオリが目覚めたのは朝だった。

もちろん暗い地下室では鳥のさえずりはなかったが、柔らかな湯気をたてている今置かれたばかりだろう朝食と、ダンブルドアからの小さなカードが朝であることを教えてくれた。

 

 

"おはよう。昨晩はよく眠れたかな?

こちらの世界へきたことで体も疲れていたことじゃろう。

今日はゆっくりとホグワーツの中でも探索するといい。

よい一日を。"

 

 

「ホグワーツの中、自由に歩いていいの!?最高・・・はやく朝ごはん食べて行こうっと!」

 

 

トーストとソーセージ、果物を勢いよく平らげる。

グラスには黄色い飲み物が入っていた。

夢にまで見た憧れのそれを恐る恐る手に取ってみる。

温かみのある色味とは反対によく冷えたグラスが気持ちいい。

 

 

「これってきっと・・・」

 

 

ごくりと喉を鳴らして、そっと口をつけた。

冷たいものがこくりと喉を通り、優しくてすっきりとしたかぼちゃの甘みに目がさえる。

シナモンだろうか、ほんの少しのスパイスが後を引いてもう一口、もう一口を手を動かす。

気付けばグラスをぐいっとかたむけて勢いよく飲み干していた。

 

 

「これがかぼちゃジュースか・・・すっごく美味しい!本当にハリー・ポッターの世界に来たんだなあ。」

 

 

空になった盆の上を見てしみじみと思う。

シオリはハリー・ポッターシリーズの魅力的な登場人物達も大好きだったが、本当に存在していると錯覚させるほど鮮やかな食べ物、生き物、景色、全てが好きだった。

 

 

「でも・・・この世界の人達にとっては楽しいことばかりじゃない。失ったものは戻ってこないし、悲しみは本物なんだ。全部を知っているまま来てしまった私は物語に邪魔な存在・・・」

 

 

シオリは今年十四歳になった。

まだまだ子供だが、まったく幼いという年齢でもない。

これから様々なことを経験して、人として成長していく時期だ。

しかしこんなのは必要以上の試練だ。

何が正解かなんて、大人にだって分かるはずがない。

それでもこの世界にいる上で自分はどうするべきか必死に考える。

 

 

「そう、邪魔なんだ。でも私が無理言ってここに来たわけじゃないし、別世界に人が移動するなんて自然に起きることじゃない。誰かが無理やり起こしたことなんだ。そうまでして呼ばれた私には役割がある・・・どんな・・・?」

 

 

魔法も使えない自分と、この世界の人々との違いは物語の行く先を知っているということ。

シオリはそれをこの世界にとって危険なデメリットだと思ったが、むしろメリットになるから呼ばれたのかもしれない。

 

 

「物語を知っている上で私が行動することでなにか良いことがあるのかな・・・でも私のせいで筋が悪い方に変わっちゃったら最悪、ハリーも皆も・・・そんなの怖くて動けないって!」

 

 

頭を抱えて叫ぶと、ドアがどんどんと大きくノックされた。

小さな部屋に一人きりで、もう一人同居者がいるのをすっかり忘れていた。

 

 

「あ・・・おはようございます・・・」

 

 

恐る恐るドアを開けると、昨日からずっとそうだったのではというくらい同じだけ眉間にしわを寄せた大きな黒い影が立っていた。

 

 

「今が何時かわかるかね?」

 

 

シオリはいつの間にか机に置かれていた時計を見た。

 

 

「・・・朝の七時です。」

 

「我輩は朝の七時に自室で静かに紅茶を飲むこともできないのだろうか。」

 

「それは・・・私が気をつければいいです。ごめんなさい。」

 

 

シオリは肩をすくめて形だけ謝り、部屋から一歩出てドアを閉めた。

スネイプの部屋は改めて見渡してもまだまだ興味をひかれるものばかりで体がうずうずしてくる。

また昨日のように棚に向かって走り出すのではとスネイプが慎重に様子を見ていると、くりんとシオリの顔がこちらを向いた。

やはり大きな黒い瞳はこんな地下室でもきらきらと光を映している。

 

 

「ダンブルドア先生が校内を冒険していいって手紙をくれました。行ってきます。」

 

「駄目だ。」

 

「どうして?」

 

 

シオリはもうすでに一歩踏み出しそうな姿勢でギギっと止まった。

 

 

「まず、目上の人間には敬語を使いたまえ。」

 

「・・・どうして校内を歩いてはいけないんですか?」

 

「昨日のことを覚えていないのかね。マグルの君にはなんの分別もつかない。一人でホグワーツの中を動き回って生きて帰ってこれるとでも?」

 

「でもホグワーツの中には生徒に危害を加えるものはないですよね?動く階段とかピーブズは怖いけど・・・私でも死にはしないです。」

 

 

本当に全てを知っているのか。

階段、ピーブズなどホグワーツに通わないと分からない細かいことだ。

子供なんてただでさえ知能が低く、自分勝手なものだというのに。

この小さな頭に口に出すだけでも危険な情報が詰め込まれているかもしれないとなると、ダンブルドアがなんと言おうと厄介以外の何者でもない。

スネイプが脳内で悪態をついていると、睨まれるだけでらちがあかないと思ったシオリが動いた。

するするっとスネイプを避けて鍋の乗った机をこえてひとりがけのソファにちょこんと座った。

 

 

「先生が紅茶を飲むのを待っているのでホグワーツを案内してください。ダンブルドア先生は私の面倒をみてあげなさいって言ってたし、迷惑なことは言ってないですよね。」

 

「断る。」

 

「断らないでください。」

 

 

おかしなことは言っていないはずだと少しも憶さず真っ直ぐな瞳が見返してくる。

昨日ので少しは言うことを聞くようになったかと思ったがそんなことはなかったらしい。

スネイプは眉間に指をあてて目を閉じた。それからふーっと長く息を吐いた。

 

 

「寝間着のままでうろつくつもりかね。部屋に着替えが届いているはずだ。」

 

「ありがとう!」

 

自分の部屋へ飛んでいく姿はやはりただの子供だ。

シオリはさっきまで思い悩んでいたことをすっかり忘れて、ハリー・ポッターの世界を楽しんでいた。

 

薄い扉はシオリの悩ましい独り言を筒抜けにし、それを聞きたくなくても聞かされていたスネイプは彼女の黒い瞳に応えてしまったことをすでに後悔していた。

それでも存外あっさりと茶器を片付け、自らも部屋を出る用意を始めた。

 

 

 

 

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