二人は、というかスネイプはかなり距離をおいて歩いていた。
大して幅もない廊下を右へ左へ、飾っている絵には片っ端から走りより、何体でも並んでいる甲冑にさえも何か不思議なことが起きはしないかとじっと立ち止まるシオリが危なっかしくて近づけないというのが正しかった。
昨日の件で、手を伸ばすことはなくなったが何にでも数センチの距離まで顔を寄せる様子にまた何か起こすのではないかとスネイプは落ち着かなかった。
「いやあ、生で見れるなんて感動だなあ。」
興味が果てなくつきないシオリを制御することを諦めて、スネイプがただただ腕組をして付いていくこと一時間ほどか、ついに動く階段にたどり着いた。
まだワンフロアも見きっていない。
「先生は階段の動きをぜんぶわかってるんですか?」
シオリの好きにするよう諦めたかわりに、案内もしないと決めたらしいスネイプはじっとりとシオリを睨んだまま答えない。
「先生が遅刻なんかしたらみんなを減点しまくってる分、恥ずかしくてたまらないもんね。きっと分かってるんだろうな。」
わざとかそうじゃないのか分からない明るい声で言うと、嬉しそうに階段をのぼりだした。
と、同時にその階段ががたんと端をはずし動き出した。
「あっ。」
スキップしていたシオリはろくに手すりを持っておらず、階段の振動で大きく体が傾いた。
叫び声をあげる間もなく視界が天井を向く。
走馬灯が始まろうとしたところで背中にどんと何かがあたり、視界が真っ暗になった。
なぜか薬のような匂いがする。
「はぁっ、はぁっ、」
一歩遅れてやってきた恐怖に心臓の音がばくばくと急に大きくなり息が上がる。
今のは危なかった。本当に死んでしまうところだった。
暗闇で呆けていると体がぎゅっと何かに締めつけられていることに気付いた。
そして、自分のとは別にもう一つ、背中に大きく速く打つ鼓動を感じた。
(背中あったかい・・・)
体が解放されたと同時に視界も明るくなり、なぜ助かったのかと後ろを振りむいた。
目の前には単に怒っているとも言えない、凄まじい形相のスネイプがいた。
「ご、ごめんなさ・・・」
そう言う前にまた体が傾く感じがしてシオリは冷や汗をかいた。
しかし体はそのまま宙に浮かび上がりふわふわと身動きがとれなくなった。
下を見るとスネイプがこちらへ杖を向けている。何かの呪文らしい。
顔はもうこちらを向いておらず表情は見えなかったが、スネイプが怒鳴りもしないことがさすがのシオリをも黙らせた。
動く階段たちや動く絵画が流れ過ぎるのを見ながら、シオリはこのまま窓から投げ捨てられやしないかまた鼓動を速くしていた。
「レモンキャンディ。」
スネイプが低く唸ると2体のガーゴイルが動いて螺旋階段が現れた。
校長室に来たということは、窓から捨てられる可能性は限りなく低くなっただろう。
安心していると、スネイプが階段をあがりきると同時にシオリの体を支えていたものがふっと消え、校長室の床に勢いよく叩きつけられた。
「いっっっ!!」
声にならない痛みを床を転げ回ってなんとか逃がす。
「校長、お話が。」
「これこれ、一体どうしたのじゃ。レディをエスコートする方法としては宙釣りも床の上もふさわしくないとわしは思うが・・・セブルス?」
「我輩をこやつの世話の任から外していただきたいのです。」
「ふむ・・・理由を聞こうかのう。」
スネイプが言いたいことは山ほどあると大きく息を吸う横で、シオリはまだ校長室の美しい絨毯の上で丸まっている。
「昨日から一度ならず二度までもこやつは我輩の忠告を無視し、不注意という最も馬鹿らしい理由で命を落としかけました。この者の愚かさときたら・・・校長の命に答えようと尽力する我輩にすら手に負えず・・・」
「ほう、一度ならず二度までもシオリの命を助けたのじゃな。セブルス、ようやった。」
「校長!」
なんだかんだといつも忠実なスネイプが声を荒らげた。
ダンブルドアはさも同情するような顔を作ったが、半月眼鏡の奥の瞳がどこか嬉しそうにきらりとした。
「お主の言う通り、これからもそう上手くシオリを助けられるかはわからぬ。セブルスの心配が尽きぬのはわしも気がかりじゃ。シオリ、立てるかの?」
うつ伏せでじっと動かなくなったシオリがぴくっと反応した。
「は、はい。」
「お主は魔法のない世界からやってきたが、魔法が使えないとは決まっておらぬ。現に、お主は恐らく日本人じゃが言葉がわかっておる。英語が堪能なわけではないな?」
「あっ、そう言えばそうだ。わたし英語なんかひとつもできないのに・・・」
「さて、利き腕はどちらか?」
「こっちです。」
「この杖を持ってごらん。」
「校長、なにを!」
「好きなように一振りしてみよ。」
「えっ、先生の杖を?いいんですか?何も起きないとは思うけど・・・」
ダンブルドアはただいたずらっぽく笑って促した。
シオリは何も起きるはずがないのに、不安になった。
杖がほんのりと温度をもっていてまるで生きているように感じられたからか、
それとも杖を持った瞬間に身体中の毛が逆だったからか、
とにかく感じたことのない感覚に襲われた。
(でも、こんな機会もうない!ダンブルドアの杖を振れるなんて!)
シオリは下から上へ、なるべく時間をかけてすうっと杖を振った。
すると、杖を振りきらないうちに絨毯の美しい模様を埋め尽くすほどの真っ白な花々が現れ、
校長室は眩しいほどの純白でいっぱいになった。
花の香りだろうか。
鼻の奥のそのまた奥、頭の中をそうっと撫でられるような魅惑的な甘い香りがする。
「シオリ、お主の魔法のなんと美しいことか・・・まことに美しい・・・」
「これって魔法?なんで・・・?」
花の舞う真っ白な景色の中、
目を瞬かせて立ち尽くす黒髪の少女にスネイプですら一瞬目を奪われる。
(この光景・・・どこかで・・・?)
シオリに悩まされているせいではない、違う鈍い痛みを感じて胸を押さえる。
シオリに会ったことがあるはずはない。
彼女自身、初めて魔法を使ったのだからこの光景に胸を締め付けられるような苦しさを覚えるのは気のせいだ。
それなのに意識の奥の奥、自身ですら触れらないところから痛みにも似た懐かしさが溢れてくる。
あまりにも確かな既視感に困惑しているうちに、花も夢のような甘い香りもいつの間にか消えていた。
それとともに胸の苦しさも消えていく。
「消えちゃった…。」
「シオリ、お主には大きな魔力が宿っておる。それはもとから備え持っていたものかもしれぬし、こちらへ来た時についてしまったのかもしれぬ。とにかく、これは紛れもなくお主の力じゃ。」
「信じられない…私、やっぱり何かすることがあるんだ…。」
「…そのようじゃな。」
一人呟いた言葉にダンブルドアが静かに返した。
二人は同じ考えのようだ。
シオリは使命があってこの世界にやってきた。
そしてその使命を果たすために宿ったのだろう膨大な魔力は、これから成し遂げなければならないことの大きさを表しているようでシオリは杖を振った手を不安げに見つめた。
「わしもセブルスもついておる。それに今は何もわからぬゆえ、思い詰めることはない。時が来るのを待つのじゃ。そしてそれに備えよ。シオリ、お主ならばこの世界を愛し、人を愛し、ありのままでそれを成し遂げることができる。」
「・・・はい。」
シオリは今までで一番小さな声で答えた。
14歳の自分にはあんまりすぎる試練だ。
今朝のように暗く重たい責任に押し潰されそうになる。
見るからに沈んでいくシオリにダンブルドアが歩み寄った。
「ほっほっ、とは言え気がかりなことばかりじゃろう。どれ、今からその一つだけでもなくしておこうかの。」
「なんのこと・・・?」
「お主がこの世界でどう過ごすのか決めなくては。ただ美味しい食事と昼寝を繰り返すだけでも素晴らしいものだが、やることがあるのも悪くなかろう。」
シオリがスネイプを見ると、彼もまた不審そうにダンブルドアを見ていた。
スネイプは嫌な予感がしていた。