「河童の治療はこれでいいとして…、お前ェなにやった?」
ネッシーをはじめとするUMAに襲われた放課後。
最近、根も葉もない悪い噂が立っていた同級生…「綾瀬さん」の機転により窮地を脱した私は、彼女の自宅に招かれ、彼女の祖母を名乗るお姉さんにお叱りを受けていた。
なんでも彼女は「ドドリア三太」という名の知れた霊能者らしい。ドキュメンタリーにも出たことがあるのだとか。
白い液体まみれだったシャコ星人…高倉くん曰く「ドーバーデーモン」が布団で横になるのを背に、綾瀬さんの祖母は私に圧を向けた。
「エット、ナニヤッタッテイウノハ…」
「自分でもわかってるはずだぜ。
そんな数の怨霊に棲みつかれるなんざ、よっぽどのことをしたとしか思えねぇ。
思い当たる節全部吐けや、こんのすっとこどっこい」
「キョ、去年、横須賀ノ海岸デ肝試シシテ、変ナ触手ニ襲ワレマシタ」
口が悪い。綾瀬さんとは選択授業で一緒になることが多く、その時から「口が悪いな」と思っていたが、祖母譲りなのだろうか。
横須賀と聞いた自称おばあさんは目を細め、手に持ったハリセンで私を思いっきりひっ叩いた。
「なんつーバカやってんだコラァ!!」
「アダァッ!?」
「いいか、バカチン。横須賀は国内最大の海軍基地があった場所だ。
そういう場所には決まって、戦死者の霊が犇いてる。
お前ェはそいつらに棲家として気に入られたんだ。そのレベルになると、ワシでもどうにもできねぇ」
『ソノ通リダゼ、美魔女ノ姉チャン』
やたらと高く、可愛らしい声が響く。
声の方を向くと、赤い浮き輪のマスコットみたいなものが踏ん反り返っていた。
「わっ、なんか浮き輪出た」
「これも怨霊なんですかね…?」
『怨霊?ナンセンスナカテゴライズダゼ、シミッタレタメガネ。
俺タチハ"深海棲艦"。「深海」ニ「棲」ンデル「艦」隊デ"深海棲艦"ナ。字、間違エンナヨ』
「しみったれたメガネってなんですかしみったれたメガネって!」
私が襲われたの、浅瀬だったんだが?それなのに何故「深海棲艦」と名乗るのだろうか。
…いや、もしかすると私が襲われた場所が彼らのナワバリの隅っことかだったのかもしれない。
一応は聞いておこうか、と思った矢先、招き猫が動き出した。
「なーにが"深海棲艦"だ。艦どころか浮き輪じゃねぇかお前」
『俺ミタイナ浮輪組ハ他ノ怨霊ヨリモ怨ミガ薄イシ、何ヨリ霊力ガ少ナクテナ。艦ニナレルダケノポテンシャルガナカッタノサ』
招き猫と浮輪が喋ってる。サン○オかな?
そんなことを思っていると、浮輪が綾瀬さんの祖母へと体を向けた。
『ンデ、美魔女チャンヨ』
「ワシか?」
『ソウソウ。アンタノ推察ハ大体合ッテル。
俺タチハ鎮守府チャンヲ基地…「鎮守府」ニ改造シテ、ソノ中ニ住ンデルワケ。
無許可ナノハ…マ、俺ラノ棲家荒ラシタカラ「オアイコ」ッテコトデ、見逃シテクレヤ。
コチトラ成仏スルマデユッタリ過ゴシタイダケナンデヨ』
「ソンナ勝手ナ…」
「霊の居場所を荒らしたんだ。そのくらいで済んだのは奇跡だぜ」
「ソ、ソウナノ…?」
周囲を見ると、高倉くんと綾瀬さん、ついでに喋る招き猫が赤べこみたいに頷いてる。何か似たような経験があったんだろうか。
あまり根掘り葉掘り聞く話題でもないだろう、と思い直し、私は浮輪へと視線を戻す。
生活に致命的な支障がない以上、悪霊との暮らしは受け入れる。改造もまあ、化粧に多少の不便がある以外はそこまで支障がない。
ただ、一つだけ。私にはどうしても解決しておきたい問題があった。
「アノ、コノ際呪イトカ改造トカハ受ケ入レルカラ、セメテカタコトダケハ止メテ欲シイナーッテ…」
この喋り方は生活に支障がありすぎる。切実になんとかしてほしい。
懇願を込めた私の視線に、浮輪は心底不思議そうに首を傾げた。
『それだったら、その気になれば自由に切り替えられるぜ?』
「ンガッ!?」
切り替えられるんかい!!
この一年の苦悩はなんだったんだ、と怒鳴ろうとし、やめる。
あまりこういう事例に詳しくはないが、綾瀬さんのおばあさんの言い草から、彼らの居場所を荒らした私が100悪いのだろう。
私は喉に意識を向け、何度か声を漏らす。
「ア、アー、ぁ、アぁー、あー…。どう?」
「カタコトじゃないっす」
「おかえり私の声帯ー!!」
「どんだけカタコト嫌だったんだよ」
綾瀬さんにはわからないだろうが、四六時中カタコトだと不便極まりないんだぞ。この喋り方でどれだけ人と関わる機会を無くしたか。
しみじみとこれまでの苦労を思い返す横で、高倉くんが感心したように声を漏らす。
「なんか、怨霊とは思えないくらい親切ですね、深海棲艦…」
「あの鯨もどき2匹も味方してくれたし、実はちょっと特殊な守護霊だったり?」
『俺ら、平和主義なんでよぉ。ブチ殺すのは戦争推進派のブタ野郎がメインなんだぜ、ツッパリちゃん。
急に死んだって報道されてる有力政治家の大半は、俺らがブチ殺して「資材」にしてやったブタ野郎だぜ』
「死罪?」
『死ぬ罪って書く方じゃねーぞ。物資の「資」と材料の「材」だ』
『殺して死罪だと重複しちゃうだろ』と国語の教師みたいな指摘を吐く浮輪。
魂が「資材」とは、どういうことだろうか。
皆の疑念を感じ取ったのか、浮輪さんは淡々と説明を始める。
『俺を除いた深海棲艦はなにも無制限に力が使えるワケじゃねー。
攻撃するたび、「資材」っつーわかりやすい形でエネルギーが減ってく。ゼロになるともうおしまい。なーんにもできん。弾を積んでない艦みたいに、ただ見た目が怖いだけのハリボテになんのさ。
それを補填するのが、戦争を引き起こそうと考えるブタ野郎どものクソ汚ねぇ魂だ。
そのままだとケツ拭く紙にもならねー薄汚れた魂を、工作艦をはじめとした技術班が有用な「資材」に加工してんだぜ。
…ま、コレを把握してんのは俺らみたいな雑魚の裏方だけだがよぉ』
「それ、あの世に行けんの?」
『ンな贅沢許すかよ。俺たちの「資材」になった魂は、使われて無に帰るまで魂を加工された苦痛を味わい続けるのさ。
…あ。血の気が多い深海棲艦には知らせんなよ。資材にする前にバリボリ食いかねねー』
「やっぱ怨霊だわこいつ」
「だからそう言ってんだろ」
平和主義者なのは間違い無いんだろうけど、殺意がオーバーフローしてる。
浮輪とは思えぬ迫力を垂れ流す浮輪を前に、綾瀬さんが呆れを見せる。
一方でおばあさんは警戒…してるのかはわからないが、鋭い視線を浮輪と私に向けた。
「どんな怨霊にせよ、その数に棲みつかれてる以上、一生かけて付き合ってくしかねぇ。多少の不便は受け入れろよ」
「そ、そんなに居るんですか…?」
「気配からして、数千万はいるだろうな。
おまけに、ワシでも手に負えねぇほど強ぇのが何体かいやがる。
これに懲りたら二度とバカな真似すんじゃねぇぞ」
「は、はい…」
言われなくてももうやらない。
コレと一生の付き合いかぁ、と落ち込んでると、浮輪がそれを揶揄うように笑った。
『ハッハッハッ。そんな不安にならなくても、俺らは鎮守府ちゃんたちの味方だぜ。
戦争大好きなブタ野郎になりますとか言ったら呪い殺すがよ』
「ならない」
『ならよし。仲良くやろうぜ』
浮輪が小さい手を差し出す。
握手をしようにも、私の小指くらいの手のひらは流石に握れない。
恐る恐る小指を差し出すと、浮輪はそれをしっかりと握り、何度か振ろうと上下に力を込める。
しかし、見た目通りの力しかないのか、私の小指はびくともしなかった。
「…あれ、信じていいの?」
「仲良くやりたいってのはマジじゃない?
でなきゃウチら助けないっしょ」
「いくらジブンたちに妖怪の力や超能力があるとはいえ、あんな砲撃喰らったらひとたまりもないですからね…」
私以外は霊障の類に詳しいのか、浮輪含む深海棲艦を信用していいか迷う白鳥さんたち。
私だって困っている。改造されたことに対して何も思っていないといえば嘘になる。
しかし、改造された後は大した危害を加えられた覚えがないのも事実。なんなら、今さっきもネッシービームから私たちを守るために盾になってくれた。
難しい問題だなぁ、と思いつつ、私はふと思いついた疑問を彼らにぶつけた。
「………ところで、なんで綾瀬さんたちは宇宙人に襲われてたの?」
「………ノーコメントでお願いします」
「オカルンのイチモツ狙ってきたの」
「綾瀬さん!!!!!」
浮輪組…怨みが薄い上に霊的な才がからっきしだったため、なんの戦闘力も持たなかった連中。裏方の仕事の大半を請け負っている「妖精さん」枠。
浮輪さん…浮輪組を束ねるリーダー。激烈に口が悪い。
鎮守府ちゃん…「中国の人?」とか言われるのでカタコトが一番嫌だった。見た目は現状なんとなってるので特に気にしていない。後日、親に化粧をしてもらってると知ったモモとアイラから怒涛のレクチャーを受けた。