新 お母さん無自覚美人過ぎです 大学生編   作:松田義和

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女神降臨 前編

朝から――母さんの様子がおかしかった。

 

いつもなら僕が朝食のトーストを焼いてる横で、

寝ぼけ眼でコーヒーをすすりながら「寒いねぇ」って言ってるのに、

今日は違う。

 

キッチンから、やけに軽やかな鼻歌が聞こえる。

トントン、と包丁のリズムまで妙に弾んでいる。

 

僕はトーストをくわえたまま、じっと母さんの背中を観察した。

エプロンのリボンがきゅっと結ばれ、髪もきれいにまとめてある。

なにより――服装。

 

白いブラウスに薄いピンクのカーディガン。

しかも首元には小さなネックレス。

普段は仕事用のパーカーとジーンズなのに、

どう見ても今日は“おでかけモード”。

 

「……母さん、今日なんか楽しいことあるの?」

 

僕が尋ねると、母さんはやたら明るい声で答えた。

「え? なに言ってるの〇〇くん。何もないわよー。いつも通り、いつも通り♪」

 

……語尾に“♪”がついた。絶対なんかある。

 

「いや、なんか、いつもより……テンション高くない?」

 

「そうかしら? うふふ、ほら、いい天気だし♪」

 

確かにいい天気だった。

けど、母さんが朝からこんなハイテンションなのは年に数回レベル。

なんだろう、この胸騒ぎ。

 

トーストを食べながら観察してると、

母さんが鏡の前で髪を整えてるのが見えた。

しかもイヤリングまでつけてる。

僕、思わず声をあげた。

 

「母さん、それ、完全に出かける準備じゃん!」

 

「ううん、たまには気分転換なの♪」

 

……気分転換でイヤリング!?

おかしい。

でも、何を聞いても「内緒♪」みたいな顔をしてニコニコ。

怖い。絶対なんかある。

 

結局そのまま朝食を終えて、

モヤモヤしたまま大学へ出発した。

 

 

放課後、ボクシング部

 

授業が終わって、いつものように部室へ向かう。

廊下からすでに騒がしい声が聞こえてくる。

 

「ははっ、マジかよ!」

「本当に来るのか!?」

 

扉を開けた瞬間、

部員全員の視線が一斉に僕に突き刺さった。

 

「……な、なに?」

 

部長がニヤニヤしながら近づいてくる。

「おい、〇〇。今日、お前んちの母さんが来るって本当か?」

 

僕、完全にフリーズ。

 

「……え?」

 

耳を疑った。

意味がわからない。

誰がそんなこと言い出したんだ?

 

「は? なにそれ。誰がそんな――」

 

言いかけた時、部員たちが一斉に

“ある人物”に視線を向けた。

 

――彩花。

 

「……え、まさか。」

 

彩花はちょっとだけバツの悪そうな顔をして、

ぺこりと頭を下げた。

 

「……ごめん。

 〇〇くんには内緒で、お母さん呼んじゃった。」

 

一瞬、僕の頭の中が真っ白になる。

 

……え? 呼んじゃった?

僕の母さんを? どこに? ここに? 今? 今日!?

 

「……あ……あ……」

 

喉の奥から変な音しか出てこない。

隣で健太が腹を抱えて笑ってる。

「マジでやったのか彩花! お前、最高!」

 

「最高じゃねえよ!!」

 

僕の絶叫が部室に響く。

彩花はちょっとだけ苦笑いを浮かべて、

「だって一度みんなに会わせてみたかったんだもん。

 〇〇くんのお母さん、いつも話に出てくるし。」

 

「出してねぇよ!? そんなに出してねぇ!!」

 

部員たちは拍手まで始めてる。

「おーい、女神降臨じゃん!」

「主将にも伝えとけ、ついに伝説の母上が来るぞ!」

 

……伝説!? なんで!?

もう手遅れな空気。

完全にバズる5秒前。

 

そして、僕の頭に朝の光景がよぎった。

ウキウキ母さん。

ブラウス。

イヤリング。

“気分転換”の笑顔。

 

全部つながった。

 

「……あーやーかー!!!!!」

 

部室に僕の悲鳴が響き渡る。

彩花は「ごめんごめん」と手を振るが、

笑ってる。完全に悪びれてない。

 

その時だった。

 

コンコン。

 

軽くドアを叩く音。

 

全員、ピタリと動きを止めた。

ミットの音も、縄跳びの音も、呼吸の音すら止まる。

 

「……まさか。」

 

僕の心臓がドクンと鳴る。

嫌な予感が、確信に変わる。

 

部室全員が、息を飲んでドアの方を見る。

 

次の瞬間――

 

「こんにちは~、ボクシング部の部室はこちらでしょうか?」

 

柔らかくて澄んだ、あの声。

 

僕は、ゆっくりと顔を覆った。

 

「ああ……来た……本当に来た……」

 

部員たちの間に、雷が落ちたような衝撃が走る。

 

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