昨日の騒動が嘘みたいに、
今日はキャンパスが静かだった。
入学式の翌日。
今日は学生証の交付や履修ガイダンスだけ。
母さんは来ない。
それだけで、世界がちょっと平和に感じる。
僕は校舎のロビーで健太と彩花を見つけた。
昨日と同じように、二人並んで笑っている。
「おーい、〇〇!」
健太が手を振る。
彩花は小さく会釈。
昨日のスーツ姿じゃなく、今日はラフな私服。
どちらも、少し“大人”っぽく見えた。
手続きが終わると、
駅前のカフェに入った。
「大学生っぽくね?」
健太が笑いながらアイスコーヒーを一気飲み。
彩花はホットミルクティーを両手で包み、
「ねぇ、こうして三人でまた会えるなんて、
なんか不思議だね」と微笑んだ。
僕もコップを回しながら言った。
「……まさか、同じ大学とは思わなかったよ」
健太がニカッと笑う。
「まぁな。俺だって予定外だった」
「だって健太、お前バスケの推薦で関東の大学決まってたじゃん」
「うん、決まってた。
でも、入学直前になって――なんか違うなって思ったんだよ」
「違う?」
「うん。
勝ち負けの世界にどっぷり浸かるのも悪くねぇけど、
……なんか“あの町”の空気が忘れられなかったんだ」
彼の言葉が、春の光みたいに柔らかく響いた。
「バスケも好きだけど、
俺、〇〇と彩花と過ごした日常が一番楽しかったんだ。
だから、もう一回あの感じで生きたくなった。
……あと、〇〇のお母さんにまた会いたかったってのもあるけどな」
「おい」
「ははっ、冗談だよ」
冗談っぽく笑ったけど、
少しだけ本気の匂いが混ざっていた。
今度は僕が彩花に目を向ける。
「彩花だって、美大に行きたかったんじゃ?」
彩花は、ほんの少し間を置いて、
湯気の向こうで笑った。
「うん。ずっとそう思ってた。
でも、美大ってさ、
“描くこと”しか見てくれない感じがして……」
「それで?」
「私、〇〇くんのお母さんに会って、
ちょっと考え方変わったんだ」
「……母さんに?」
「うん。
冬休みのとき、商店街で偶然お母さんと話したの。
“絵を描くって、うまくなることより、誰かの心が動くことが大事よ”って言ってくれたの。
その言葉、ずっと残ってた。
だから、もっと“人”のいる場所で学びたくなった。
……それで、ここにしたの」
静かな時間が流れた。
窓の外では、春風が桜の花びらを揺らしていた。
健太がストローをくわえながら言った。
「結局、俺ら三人とも――お前の母さんに導かれたってことじゃね?」
「……そんなわけないだろ」
そう言いながらも、
どこか否定できなかった。
母さんの笑顔、
あの天然で不思議な力。
たしかに、いつも“人の心を動かす”。
健太がニヤッと笑う。
「まぁ、母さんが動かしたのは学長の心もだろうけどな」
「やめろ」
「学長、あのあと保健室で倒れたって噂だぜ?」
「知らねぇよ!」
彩花が笑ってストローをくるくる回した。
「でも……なんかいいね」
「なにが?」
「こうやって、また三人で始められること」
健太が笑い、僕も頷く。
外の風が少し強くなって、
窓の外で桜の花びらがカップの縁に落ちた。
春はまだ終わっていない。
いや――ここからが、
僕たちの“本当の春”の始まりなんだと思った。