「おーい、そこの君たち! 次、やってみないか?」
部員のひとりが笑顔で声をかけてくる。
グローブを外した彩花の頬は、うっすら赤い。
ミットを打ち終えたばかりなのに、息も乱れていない。
「え、俺たち?」
健太が自分を指さす。
「そう、そこの二人!」
「よし、見てろよ!」
健太が勢いよく立ち上がる。
彩花がニコニコしながらグローブを手渡す。
「がんばってね、健太くん」
「お、おう!」
健太はグローブをはめ、リングの前に立った。
部員がミットを構える。
「準備いいか?」
「もちろん!」
ドンッ。 ……ポコ。
ポコ、ポコポコ。
……静寂。
健太のパンチが、やたら軽い音を立てている。
見た目の勢いはあるのに、まったく響かない。
部員:「……もうちょっと腰を入れてみようか」
健太:「今、入ってたんすけど!!」
彩花:「あはは、音が優しいね」
笑いをこらえる僕。
健太がふくれっ面で僕を見る。
「笑うなよ、〇〇!」
「わ、笑ってない!」
部員が手を挙げた。
「じゃあ次、君もやってみる?」
僕もグローブを受け取ってリングの前に立つ。
ゴムの匂いと、手のひらに伝わる重さ。
想像してたよりずっと分厚い。
「ほら、こう構えて」
部員が手本を見せる。
僕は言われた通りに左を前に出して――
パコ。
ポコ。
……ポコポコポコ。
部員:「……うん、リズムはいいね」
健太:「なにその慰めコメント!」
彩花:「ふふっ、二人とも可愛い音してる」
僕と健太、同時に叫んだ。
「可愛いじゃねぇ!」
健太が息を整えて、彩花のほうを見た。
その目は、ちょっとだけ真剣だった。
「彩花……俺は、お前に負けない!」
「えっ?」
「俺は、俺は……ボクシング部に入る!!」
部員たちが「おお!」と歓声を上げる。
拍手まで起こった。
僕は、グローブを見下ろしたまま黙っていた。
……実は僕、考えていた。
大学に入ったら、
ボクシングをやろうと。
半年ほど前、駅前で出会ったあの男。
“銀の狼”。
あのときの衝撃が、ずっと胸の奥で燃えていた。
強くなりたい。
自分を変えたい。
僕は拳を握り、まっすぐ部長を見た。
「……僕も。ボクシング部に入ります」
部長がにやりと笑った。
「いいねぇ、やる気のあるやつは大歓迎だ!」
背後ではあの歌が流れている。
「ジャジャジャジャジャン! ジャジャジャジャジャン!」
力石徹のテーマ。
桜の花びらが、リングの上をひらりと舞う。
三人の視線が交わる。
部長がボールペンを取り出し、
入部届を差し出した。
書け、名前を
力石の歌が流れる
僕たちは、ペンを握った。
名前を書き込む音が、
まるで新しいページをめくるように響いた。