新 お母さん無自覚美人過ぎです 大学生編   作:松田義和

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不死鳥

大学生活にも、少しずつ慣れてきた。

講義と食堂、そして放課後のボクシング部。

汗の匂いとミットの音が、ようやく“日常”の一部になりつつあった。

 

リングの上では、主将の剣崎さんが黙々とスパーリングを指導している。

その眼差しは、相変わらず氷のように鋭い。

けれど、不思議とあたたかい。

 

地下の練習場には、独特の静けさがあった。

誰もが息を合わせ、拳だけで語り合う。

 

――そんな空気の中で、ドアが開いた。

 

ギィィ……

 

重たい金属音が、練習場の空気を切り裂く。

 

誰も動かない。

けれど、全員の視線が同じ方向へ向かっていた。

 

ドアの前に立っていたのは――黒のレザージャケットの男。

その姿を見た瞬間、胸の奥がざわめいた。

 

あの男だ。

駅前で――冷たい風の中で涙を流していた、“黒い男”。

 

 

剣崎がロープを跨いで振り返る。

軽く口角を上げて、声をかけた。

 

「来たか、松田。」

 

その瞬間、部長がすぐに僕たちに説明する。

 

「おい、新入生、よく聞け。

 この人は松田一輝(まつだ・かずき)さん。

 空手部の主将で、“不死鳥(フェニックス)”の異名を持つ。

 剣崎さんと並んで、うちの大学の“四天王”の一人だ。」

 

部室に一瞬、どよめきが走った。

 

健太がつぶやく

「不死鳥とか狼とか四天王とか」

「この大学、やっぱりヤバいな……」

 

部員たちの囁きが、緊張と興奮を混ぜ合わせる。

 

松田は静かにサングラスを外した。

深い瞳。

一度見たら忘れられない光を宿している。

 

「新入生は三人、だな。」

低く落ち着いた声が響く。

 

その目が、僕に向いた。

 

一瞬、息が止まった。

 

 

「……君は。」

 

その声を聞いた瞬間、冬の駅前がフラッシュバックする。

風、街の喧噪、そしてあの涙。

 

「……君は、この大学に来たのか。」

 

「えっ……あなたは、ここの学生だったんですか?」

 

「三年だ。」

松田は微かに笑った。

「まさか、ここで会うとはな。」

 

剣崎が眉を上げる。

「知り合いか?」

 

僕はうまく答えられなかった。

ただ頷くことしかできなかった。

 

「駅前で……少しだけ。」

 

その一言に、剣崎の目が鋭く光る。

 

「……ふん。」

 

部長が説明を続ける。

 

「松田さんは、“不死鳥”と呼ばれてます。

 一度倒れても立ち上がる。

 過去の公式戦で右腕を折られても、その試合を勝ち切った男です。」

 

松田は苦笑した。

「それはもう昔の話だ。

 俺より強いやつなんて、いくらでもいる。」

 

「それでも、“死なない拳”って呼ばれてるのは事実ですよ。」

部長が笑う。

 

剣崎が腕を組み、無表情のまま言った。

「……こいつは、俺と同じ三年だ。

 流派は違うが、こいつの拳も本物だ。」

 

松田は軽く頷いて、視線を再び僕に戻した。

そして――ふいに周りを見渡した。

 

まるで、誰かを探しているように。

 

その仕草に、僕は息をのむ。

視線の先には誰もいない。

けれど、松田の瞳は、遠い記憶を追いかけているようだった。

 

「……いや、なんでもない。」

松田は静かに言い、また僕に目を戻した。

 

「君の目、前より強くなったな。」

 

「え?」

 

「迷いとまっすぐが、混ざってる。

 拳を握る時は、どちらかを選べ。

 それができた時、人はようやく立てる。」

 

剣崎が軽く笑う。

「相変わらず説教臭いな。」

 

松田が返す。

「お前も人を見るようになったな。“銀の狼”。」

 

「……“不死鳥”がよく言う。」

 

二人の間に、わずかに火花が散った。

だけどその中には、確かな尊敬があった。

 

 

松田が帰り際にふと振り返る。

「剣崎、また来る。合同練習でもやろう。」

 

「いいだろう。」

 

短く、それだけ。

 

松田はドアの前で一瞬立ち止まり、

もう一度だけ、部室の奥を見た。

まるで――そこに誰かがいるかのように。

 

そして、静かに去っていった。

 

 

静寂。

 

部員たちがざわつき始めたのは、

ドアの閉まる音が完全に消えてからだった。

 

僕は拳を握ったまま、動けなかった。

“銀の狼”と“不死鳥”。

同じ大学に二人の伝説がいるなんて――。

四天王って他にも後二人このレベルの人がいるのか?

 

でも、それ以上に気になっていたのは、

松田のあの一瞬の視線。

 

――彼は、誰を探していたんだろう。

 

 

 

 

 

 

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