ある人物が、天災を突っ切っている。吹き荒れる暴風も轟く雷鳴もものともせず、干渉すらされていないように歩みを進めている。その者に雄々しい角は無く、毛深い耳も無い。頭上に輝ける光輪は位置せず、耳も鋭くはなかった。故に、この世に属する者ではなく、宛の無い幽霊に近い。
幽霊は二つ、物を抱え込んでいる。くしゃくしゃになった袋、そして花畑が描かれた壺だ。これらを力強く抱き締め、幽霊は果てを目指している。
先の見えぬ天災を越えれば、山陵が見えてくる。山を上り、下り、進み続ければ果てがここではないことが分かる。道中、木組みの小屋を見つけたが人は居ない。
より深く山を潜り、日の差さぬ程の奥地へ行けば、鹿の角が抜け落ちている。童話に於けるビスケットのように、道を示すようにして落ちているものだから、幽霊は角を導きとして歩み続ける。
鬱屈とした山を抜けると、海原が迎え出る。気のままに海中へと歩みを進めれば、息苦しくなく、また体が浮き上がることもない。ようやく気づいた、そうか、私は……
幽霊は、宛先を見つけた。あるいは思い出した。だが、意識とは裏腹にその体は海中を歩き進めている。海底には今までに見ない、大きな貝や忌まわしき犬が鎮座している。進むほど、異形の数は増えていく。そのうち体が水に溶けて、異形が群がって、歌が聴こえて――
幽霊は、甲板の上にいた。絵本のページを捲るように景色が変わった。いずれにしても、ここが果てである。辺りを見渡せば、広大な甲板の上にポツリと旗が突き刺さっている。
近付けば、旗の近くは土であり、真っ白な花畑と小さなシャベルがあった。幽霊は荷物を地に置いて、シャベルを握り締める。そして、旗より少し手前に埋めるに丁度いい穴を掘り開けた。
幽霊は荷物を埋める前に最後の確認を、そして別れを告げる。くしゃくしゃの袋の梱包を解けば、指輪が転がり出で、壺を覗き込めば骨粉と骨片。それと、鮮やかな結晶が見える。
幽霊は咽び泣きながら、荷物を旗の――カズデル国旗の下へ納めた。後は埋めるだけだと、惜しみながら土を手でかき集めていると、頭上から声がする。
「俺が請け負おう」
信じられなかった。だって、彼に声はなかった。だってのに聞こえるなんて不思議で、不思議で。幽霊はこの瞬間に幽霊を止め、国旗に寄りかかる男に尋ねる。
「テレシスよ、偉大なる摂政王よ。貴様にその資格があるというのか?」
テレシスは幽霊をじっと見つめ、幾秒か観察に努めていた。当の本人は立派な角と、薄桃色の頭髪をついつい目で追ってしまっていて、時間なんて気にしていなかった。
きっと、悩んだであろうテレシスは言う。
「俺であるならば」
嗚呼、もうダメだ。私は辛い、耐えられない。埋葬の旅だった。追悼の旅だった。この私だけの役割だったんだ!……だが、兄妹仲良くあるというのなら、喜んでこの役割を明け渡そう。
幽霊は、背に隠し持っていたシャベルをテレシスに手渡す。彼はシャベルの具合を確かめるように幾度か握り返し、そのままゆっくりと穴の前にしゃがみ込んだ。そして、慈しむように壺を眺め、指輪を並べ、土を被せていく。花は手向けずともよいだろう、この地は花畑であるのだから。
ロドス・アイランド号の甲板の上、カズデル国旗の下、実兄によって弔われる。
これはなんと、喜ばしいことか……聖母テレジアよ、女王テレジアよ、魔王テレジアよ。
どうか、方舟に揺られ、安らかに眠っておくれ。
哀悼を奏でる幽霊は暗闇に呑まれ、そして光に目覚めた。
いい夢だった!