頭の中に貯めていた小話を熱があるうちに出しておきます。
僕がその奇妙な
どうもこんにちは、僕は百鬼夜行連合学院、百花繚乱紛争調停委員会所属3年の狐境シラクです。
などと大仰に名乗ってみたところで、実態は和室に腰掛け寝転びながら書類に判子を押すだけの怠惰な生き物であり、昼食代を節約するために"かっぷ麺''へお湯を注いでは、「これは学生の未来のための必要経費である」と自分に言い聞かせる程度の小人物に過ぎない。にもかかわらず、僕の仲間や仲良くしてくれている友達は今日も僕を頼ってくれる。まったくもって不可思議な世界である。
その日の依頼人は、空崎ヒナであった。
彼女は風紀委員会長らしい無表情を保ちながらまたサンクトゥムタワーの学生寮に現れ、静かに言った。
ヒナ「シラク、ゲヘナで奇妙な噂が広がっているわ」
シラク「……奇妙な噂ですか?」
ヒナ「夜な夜な旧校舎の校庭に現れる“ラーメンの亡霊”よ」
僕は思わず箸を落とした。
ゲヘナにおいてラーメンとは、例えるのならば宗教である。宗教が亡霊になるというのはいかなる事態か。もし本当に亡霊が存在するならば、深夜の屋台で替え玉を要求し続ける飢えた魂に違いない。そんなものに遭遇した日には、私は二度と炭水化物から逃れられぬ。
シラク「……何か、直接的な被害があるの?」
ヒナ「夜食を食べに行った生徒たちが翌朝になると全員、妙に幸せそうな顔で倒れているの」
シラク「それは幸せで満腹なのでは……」
ヒナはじろりと私を見た。
僕は黙った。
こうして我々は調査へ向かうことになったのである。
ゲヘナ夜間自治区は、昼間も騒がしいが夜の方がより騒がしい。ネオンは紫煙のように揺らめき、遠くでは爆発音が鳴り、どこかの生徒が笑っている。あまりにも自由で、あまりにも無秩序で、しかも当人たちはそれを誇りにしている節がある。私はこの学園を理解しようとするたびに失敗する。
ヒナ「シラク、あれ」
ヒナが指差した先、旧校舎の陰に一軒の屋台があった。
赤提灯。
湯気。
そして寸胴鍋。
暖簾には達筆でこう書かれている。
『地獄濃厚豚骨・極楽』
シラク「明らかアレな気がするのだけどヒナさん」
ヒナ「同感ね」
屋台には既に先客がいた。
陸八魔アルである。
彼女はなぜかサングラスをかけ、腕組みしながら着席していた。
「フッ、来たわねシラギクさん。私はこの店の秘密を暴くために潜入していたのよ」
シラク「丼を三つ積んでいる時点で説得力が皆無だが」
アル「こ、これは調査!」
その瞬間、店主が振り返った。
湯気の向こうに立っていたのは、なんと鬼方カヨコであった。
カヨコ「……いらっしゃい」
シラク「鬼形さんだったのか」
カヨコ「……副業」
あまりにも簡潔な回答である。
後に先生経由で判明したところによれば、カヨコは趣味でラーメン研究を続けた結果、ついには深夜限定屋台を開業してしまったらしい。しかもその味は恐ろしく完成度が高く、一度食べた者は翌朝まで幸福感に浸るという。
ヒナ「亡霊じゃなかったのね」
ヒナは呆れ半分、安堵半分の声を漏らした。
シラク「でも、噂はどう説明するの?」
カヨコは黙って一枚の紙を差し出した。
そこにはこう書かれていた。
『食べた者は三日以内に再来店すること』
シラクはゴクリと息を呑み震えた。
シラク「これは……」
シラク「ポイントカード」
あまりにも普通である。
結局、その夜の我々はラーメンを食べ、替え玉を頼み、さらに半チャーハンまで追加した。ヒナさんでさえ珍しく食べる口がが止まらず、アルは途中から完全に調査を忘れていた。
帰路、ゲヘナの夜風が制服を揺らした。
ヒナ「シラク」
ヒナがぽつりと言う。
ヒナ「こういう時間も、悪くないわね」
シラクは曖昧に頷いた。
キヴォトスには戦いがあり、陰謀があり、世界の秘密がある。しかしその一方で、深夜にラーメンを食べて満腹になるだけの幸福も存在する。
そして多分、それこそがこの世界の救いなのだろう。
……もっとも翌日、僕は胃もたれで終日布団から動けなかったのだが。
番外編、ゲヘナのラーメン亡霊。終
なるべく既存の生徒を出しておかないと煮凝りしそうだなぁ