1980年 7月上旬
哲也は、書斎の机の上に積み上げられた『月刊アスキー』を広げ、父に課せられた「今年の冬までに読者投票で最高評価を取れるゲームを制作し、投稿する」という課題について考えていた。
「まずはこれまでの高評価作品について調べるべきだな」
雑誌には、読者投稿プログラムのコーナーがあり、毎号、意欲的なアマチュアプログラマーたちの作品が掲載されている。それらは、ほとんどがBASICか、哲也が今学んでいるアセンブリ言語で書かれたゲームやツールだった。
哲也は、特に読者投稿プログラムの評価ページに注目した。ここでの最高評価とは、単純な投票数ランキングである。
「掲載されたプログラムについて、読者は創刊日から2週間以内に、誌面についているハガキで好きな作品を一作品選び投票し、その投票数で、毎月の総合順位が決まる」
つまり、最高評価とは、読者の独善と偏見によって判断されるシビアな競争だ。
哲也は、これまでの学びからゲームの良し悪しは「技術の洗練さ」、「アイディアの斬新さ」、「完成度」という三要素が強いと考えるようになっていた。
「技術を磨くだけでなく、未来の知識をアイデアに昇華し、TK-80BSでどこまで完璧な商品として作り上げれるかが鍵になる」
彼は、雑誌を床一面に広げ、投稿されているゲームの傾向の分析を始めた。
作品のほとんどがアクション/シューティングかパズル/思考ゲームに別れていた。
アクション/シューティングは、BASICで書かれたものは動きがカクカク。アセンブリのものは滑らかだが、内容が『ブロック崩し』や『スペースインベーダーの模倣』など、オリジナリティに欠けるものが多く、技術は高くても、アイディアがないものが多かった。
パズル/思考ゲームは、オセロや将棋など、論理に特化しており処理速度は問題ないが、視覚的なインパクトや中毒性が弱く、アイディアと完成度はあっても、技術的な驚きに欠けていた。
しかし、その中で一作品、哲也の目を引くものがあった。
それは前々号に掲載されていた『ワン・ライン』というゲームだ。
「これを作ったのは、N.T.という人か……」
『ワン・ライン』は、画面上を動き回る敵を避けながら、自機で線を引き、その線で画面のスペースを囲んでいく、極めてシンプルなアイデアのゲームだ。囲んだスペースが自分の「領地」となり、画面の一定割合以上を囲むとクリアとなる。
技術的には、画面の特定座標の処理(I/O)がアセンブリで高速化されているだけで、描画自体はテキスト文字に頼っていた。だが、そのアイディアが圧倒的だった。「線を引き、領地を広げている途中で敵に触れるとミス」というシンプルなルールが、敵の動きと自分の欲との駆け引きという、信じられないほどの緊張感と中毒性を生み出し、異例の投票数を獲得していた。
「戦闘ではなく『領地を広げる』という発想は、後の『クォース』や『ヴォルフィード』といった名作の源流になるような考えだな」
哲也の技術では、「カクカクとしたテトリス」や「容量オーバーのRPG」にしかならない。リアルタイムな操作を求める限り、今のハードの制約から逃れられない。
シューティングゲームを出してみたかったが今出すと俺も模倣と思われ、投票して貰えない可能性もある。
「なら、『操作性よりも、アイディアで勝負できる、計算と論理が核のゲーム』に、『視覚的な斬新さ』を加えるしかない」
未来で大ヒットしたゲームの傾向を必死に検索し、彼はあるシンプルなアイディアに辿り着いた。
「迷路ゲームはどうだ?」
現在のアスキーの迷路ゲームは、#を壁、Aを自キャラとする単純なもの。だが、未来には、「迷路を探索し、隠された宝を見つけ、モンスターと戦う」という要素を組み込み、後のRPGの基礎を築いた伝説的なゲームがある。それは、「画面全体を更新せず、自キャラの周囲の狭い視界だけを描画する」ことで、処理速度の遅さを逆手に取ったもので、視界が狭い分、緊張感が出るようになるはずだ。
「視界を制限し、描画処理を大幅に減らす。そして、戦いと探索という奥深さを加える。アセンブリで高速化した計算能力は、敵との遭遇やダメージ計算の『乱数処理』に回せばいい」
時計が20時を回った頃。書斎のドアがノックされ、父・寛介が入ってきた。父はネクタイを緩め、カバンを床に置き、疲れた顔でテーブルについた。
「哲也、まだやっていたのか。夕食はもう済ませたぞ」
「父さん、今いい? ちょうど考えがまとまったんだ」
父は頷き、ソファに腰を下ろした。
「待て、哲也。今回完成するまで俺はお前の作品に干渉しない」
父さんは、哲也が「なぜ」と聞き返す前に立て続けに口を開いた。
「いいか、哲也。お前がそのゲームを投稿する前に、今回も俺にプレゼンをしてもらう。ただ前回のように、ただ『気持ち』を語るだけではないぞ。『なぜそのアイディアが市場に受け入れられると考えたのか』、『どんな工夫を加えたのか』、その他諸々を、説明してみろ」
その言葉を聞いた瞬間、徹夜の体には緊張が走った。それを察知した父が言葉を発した。
「そう身構えるな。ただお前に自身で作ったものや思考を言語化できるようになって欲しいだけだ。プレゼンの結果でアスキーへの投稿がどうこうなる事じゃない」
「それと、ご飯は毎日食え。お母さんそろそろ怒りそうだぞ。ゲーム制作に集中して時間を忘れてしまうのは俺も分かるし、お前が賢いのも分かるが、まだ子供なんだから、親側の気持ちも考えてくれ」
「うん」
次の日、哲也はすぐに迷路ゲームの制作に取り組んだ。
基本は、プレイヤーがキーを叩くと、一歩前進し、そのたびに画面が更新されるターン制。これにより、滑らかな描画速度を放棄する代わりに、ゲームの奥深さを追求できる。
俺が制作しようとしているゲームの魅力は大きく3つあり、
一つ目は、視界の制限で画面には、自キャラの上下左右数マス分しか描画しない。これにより、描画処理が極限まで減り、アセンブリ化されたコードが瞬時に画面を書き換える。プレイヤーは常に情報不足により次のマスはアイテムか敵かという不安と期待の中で一歩を踏み出すことになる。
二つ目は、戦闘形式(高速オートバトル)とアイテムで、 敵に遭遇した際、複雑なコマンド選択は意図的に排除した。これは、TK-80BSの限られた描画速度でメニューを表示する際の処理遅延を嫌ったためだ。代わりに、戦闘は即座に高速な数値計算(オートバトル)に移行する。
プレイヤーの介入は、「探索を継続するか、一旦引き返すか」という戦略的な決断と、「薬を使うか否か」という資源管理に限定される。
アセンブリで高速化した計算能力は、敵の強さ、プレイヤーの攻撃力、そして乱数に基づくダメージ計算に全て投入され、一瞬で戦闘結果がテキスト表示される。この「一瞬の決着」が、次の探索へのテンポを崩さず、プレイヤーに「自分の装備と、運を信じるしかない」という、独特のギャンブル的な中毒性を植え付ける。
アイテムは、マスに現れる薬と敵を倒すことで手に入るステータス上昇アイテムがある。
三つ目は、成長の可視化で、また、アイテム取得によるステータス上昇は、画面上部に「HPが30増えた!」とテキストで明確に示されるようにした。これは、後のRPGが持つ「成長の可視化」の喜びを、可能な限りシンプルに実現する試みだった
つまり、プレイヤーはマスの情報と手持ちのアイテム、ステータスを元に戦闘の継続、撤退の判断をし、より長くプレイを継続させるのが目的になる。
制作は順調に進んだ。未来の知識は、データの効率的な配置と、UIのヒントとなった。特に、TK-80BSの限られたメモリの中で、無限に近いダンジョンを表現するため、未来の知識にあった「擬似的な自動生成アルゴリズム」を応用した。これにより、マップデータを丸ごとメモリに格納する代わりに、「乱数と特定の規則」で通路と壁を生成し、ゲームの容量を劇的に削減することに成功した。
1980年11月、外の空気が冷たくなってきた頃、哲也はバグチェックを終え、ゲームを完成させた。タイトルは、『ラビリンス(Labyrinth)』。
完成から数日後の週末。哲也は、父にプレゼンを依頼した。
哲也は、TK-80BSの前に父を座らせた。父はリラックスした格好で、哲也の一言一句を聴き逃さぬよう構えていた。
「父さん、これが俺が『月刊アスキー』に投稿する迷路ゲーム、『ラビリンス』です」
父は腕を組み、画面を見つめている。哲也は、慎重に言葉を選んだ。
「このゲームは、単なる迷路ゲームではなく、『探索、戦闘、成長』という三つの要素を、TK-80BSの制約の中で最大限に高めた『思考型ゲーム』です」
哲也はゲームを操作してみせた。キーを叩くと、壁と道と、時折現れる敵が表示され、画面は瞬時に切り替わる。
「目標は、『技術、アイデア、完成度の全てで、競合を圧倒すること』に設定しました。」
「技術面では、『視界制限』というアイデアで、画面全体を描画する無駄を無くしました。これにより、描画処理を最小限に抑え、アセンブリの高速化を最大限に活かしています。アスキーに載っていた『ワン・ライン』という作品が、速さを活かして領地を広げたように、俺は『速さ』を決断を促すという『探索の緊張感』に変えました」
「アイデア面では、『探索と成長』という要素を加えました。複雑なアクションは要らず、必要なのは、先を読む決断力と、乱数に挑む勇気です。アセンブリで高速化された正確な乱数処理は、プレイヤーに、『次の一歩が吉と出るか凶と出るか』という、深い中毒性を与えます」
「そして完成度。このゲームは、擬似的な自動生成アルゴリズムを採用していて、無限に近いダンジョンを、わずかなメモリで再現しています。これによって、容量を気にせず、何度も遊べるという『商品としての価値』を高めています。バグも、俺が知りうる限り全て潰しました」
哲也は言い切った。
「俺は、アセンブリで作ったから速い、という技術自慢で終わらせていません。この『速さ』を、『新しい遊びの体験』のために活かしました。『フロンティア・カンパニー』で学んだ『論理の面白さ』を、アクションではなく、『思考と探索』という形で表現したのが、この『ラビリンス』です」
書斎には、静寂が満ちた。父・寛介は、ゆっくりとキーボードに手を伸ばし、数分間、黙ってゲームをプレイし続けた。
そして、父は深く息を吐いた。
「よし、哲也。技術的な完成度は、文句のつけようがない。そして、自分の思考を『技術的な裏付けと、市場の動向』に基づいて、正確に言語化できていた。感心したよ」
父は満足そうに微笑んだ。
「お前は、『制約の中で最大限の結果を出す』という、設計者としての覚悟を、今回のプレゼンで証明した」
父は、原稿用紙とカセットテープを差し出した。
「これは、お前の目指す夢の最初の『市場評価』だ。この雑誌に載る者の中には、お前と同じように、自分の全力をかけている者もいる。どんな結果であれ、受け止め、自分の糧にしろ!」
「はい」
12月初旬。
哲也は、丁寧に清書したプログラムリストを原稿用紙に貼り付け、父に教わった通りにカセットテープにゲームデータを記録した。カセットには、「Labyrinth T.T.」と、自分のイニシャルを書き込んだ。
その郵便物を封筒に入れ、投函口の前に立ったとき、冷たい冬の風が彼の頬を撫でた。
「よし、やってやる」
彼は、未来の記憶に頼るのではなく、自分の技術とアイデアで作り上げた『ラビリンス』を、雑誌社へと送り出した。
その小さな郵便物が、日本のゲーム業界、そして世界を変える企業に向けた、彼の最初の「市場への宣戦布告」となった。
1981年3月上旬。
先月の2月に創刊された作品の投票結果が今日創刊される月刊アスキーに載る。
冷たい風が吹き込む書斎で、哲也は父と共に、最新号の月刊アスキーの「アスキー・プログラム・チャレンジ」の結果ページを食い入るように見ていた。
「載っているぞ、哲也。『ラビリンス』だ!」
父の声は、興奮と期待に満ちていた。リストの中で、『ラビリンス』のタイトルと、その横に記された得票数を見た瞬間、哲也の心臓は高鳴った。
『ラビリンス(T.T.)』
得票数:120票
哲也は歓喜に震えた。これまで読んできた月刊アスキーの結果と比べても120票は多いと言える数だ。
しかし、哲也の視線は、喜びよりも先に、その月の総合一位のプログラムに吸い寄せられた。
総合一位:『ピンホール・アクション(N.T.)』
得票数:215票
得票数は120票に対し、総合一位の『ピンホール・アクション』は215票。得票数でダブルスコアに近い大差をつけられていた。
「なんでだ……? 言っちゃ悪いが、N.T.さんのゲーム内容的に俺の方が技術的にもやり込み具合でも優れていると言えるぐらいに完成度に差がある。なのに何で得票数でこんなに差がついたんだ!」
父・寛介は、既にその理由に気づいていたようで、静かに目を閉じ、哲也に教えるかのように口を開いた。
「今月の総合一位である『ピンホール・アクション』は確かに技術的な洗練度では『ラビリンス』を下回るが、面白く、素晴らしいアイディアが詰まっている。そして、このゲームの強みは、プログラムリストが非常に短く、読者が雑誌を見ながら打ち込む際の手間を極限まで削減している所にある。さらに、ルールが単純明快で、遊んでからわずか数分で中毒的な面白さが伝わる。読者は全ての掲載作品を遊ぶ時間がない」
哲也の脳裏に、N.T.の戦略が電流のように走った。
「そうか……。投票期間はたったの二週間。読者は、リストの長いプログラムを打ち込み、奥深さを理解するまで時間をかけるよりも、すぐに遊べるゲームを優先する……」
哲也の『ラビリンス』は、無限に近いダンジョンと探索の奥深さが魅力だ。遊べば遊ぶほど面白さがわかる「スルメのようなゲーム」だ。 しかし、リストの長さと、奥深さを理解してもらうのにかかる時間が、投票期間の短さと噛み合わなかった。
対して『ピンホール・アクション』は、「リストが短い」(手間がない)と「すぐに面白い」(魅力を即座に伝える)という二点において、読者側の時間的制約を完璧に突いていた。
「俺が、深みのあるゲームを作ることだけに集中していた……。でも、N.T.は、最高の評価を取るために、読者の『時間』と『心理』という、市場の仕組みを分析していたんだ」
哲也は、握りしめた拳を震わせた。俺は技術とアイデアに固執しすぎるあまりに視野が狭くなり『月刊アスキー』という市場を理解しきれてなかったんだ。
「そもそも、勝負の土俵にも立ててなかったてことか…」
父・寛介は、静かに哲也の頭を撫でた。
「哲也、お前の『ラビリンス』は、傑作だ。それは間違いない。市場に不利な作品を作ったにも関わらず、これだけ投票を獲得できたのがその証拠だ。だが、N.T.は、『市場を見極め』それに『適したゲーム』を作成できるだけの能力と戦略を持っていた」
父は、厳しくも温かい視線で哲也を見た。
「お前は、これまでの二回の挑戦で、技術者としては成長した。だが、大勢の人々を惹きつけるために学ぶべきは、『人々の気持ち』と『世の中の仕組み』だ。今回の敗北は、お前がその二つに目を向けなかった代償だ」
哲也は、悔しさに唇を噛み締めた。
「俺が次に作るものは、ゲームの完成度だけに固執したものじゃない。遊ぶ人が求める物、そんなゲームを作ってみせる」
哲也の目には、既に次の戦場が見えていた。それは、コンピューターの技術的な深淵だけでなく、市場という名の『人間の心』を読み解く、新しい挑戦の始まりだった。
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