事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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39話 過去編

食事を終えたあとのリビングは、一見、穏やかな家族の休日のようだが何かが馴染まない歪さが漂っている。

 

智昭が少し席を外した隙に、優里は茜の隣にそっと座り直した。

 

「……茜ちゃん。ママとお話しできなくて、残念だったわね……」

 

優里は茜の小さな肩を寄せ、軽く抱きしめた。

 

「安心して、パパがああ言ってたけど、茜ちゃんのことが大好きなのは変わらないわ。知ってるでしょ? 心配しないで。それにしてもママは……ママは本当に『強い人』ね。私なら、茜ちゃんの声を聞いたら寂しくて耐えられないもの。何もかも放り出して、すぐ茜ちゃんの元に飛んできちゃうわ。だからママって凄い人ね。茜ちゃんが側に居なくても平気だなんて、本当に強い人だわ」

 

優里は茜の目を見つめ、慈しむように微笑む。

 

「ママは茜ちゃんがいなくても頑張れる強い人だけど、茜ちゃんが寂しくなっちゃったら、すぐ近くにいる優里おばさんのところにおいで。いっぱい遊ぼう。ゲームもたーくさん一緒にやりましょう。そうして、大好きなパパには元気な茜ちゃんをいつも見てもらおう? ねっ! 優里おばさんと約束よ!」

 

「……うん。わかった。パパの前では泣かない」

 

茜の瞳から不安が拭えない。

 

「優里おばさん……」

 

優里はゆっくりー茜と視線を合わせ、

 

「ん? どうしたの?」

 

と、美しい微笑みと共にそっと頬を包み込んだ。

人の温もりを感じて、茜はポロポロと涙が頬を伝い、優里の手を濡らしていく。

 

「優里おばさんは側にいてくれるの?」

 

「ええ、もちろんよ。いつも側にいるわ」

 

優里はもう一度優しく茜を抱きしめる。今度は腕の中に抱くように抱きしめた。

女性特有の柔らかな感触が、茜に安心感を与えている。茜はふっと全身の力を抜き、優里に身体をあずけた

 

 

優里の口元が僅かに動いた。

 

暫くすると、彼女の腕の中で幼子の寝息が聞こえる。

 

田代は近くで二人の様子を見守りながら待機していた。いつの間にか身体の前で合わせていた手に力が入ってる。

 

智昭が戻り、優里の腕の中から茜を抱上げ、田代さんに託す。

 

「寝かせてあげて」

 

「……承知しました」

 

「優里、……送ろう。行こうか。」

 

智昭の無駄のない言葉に従い、優里は邸宅を後にした。

 

車内には深夜の冷たい空気が流れ込み、思いの外、車内温度が下がっていた。智昭は無言でヒーターを入れてから、

 

「忘れ物はないか?」

 

「ええ、無いわ……あっ、ちょっと待って」

 

と言うのが早いか、智昭の頬に軽くキスをした。

 

「今日のお礼だと思って。勝手に押しかけて来たのに、ご馳走まで頂いて……ありがとう。」

 

「……ああ、どういたしまして。こちらこそ茜の相手をしてもらって、ありがとう」

 

微動だにしない智昭の表情に優里は少し面食らったが、彼の反応が鈍くても気にならない程、彼女は機嫌がよかった。

 

「出発するよ」

 

いつもより深くアクセルを踏み込み、彼女の住む場所まで送り届けた。

 

 

 

 

 

1人になった車内。

 

智昭は路厚に車を止めると、頬を拭いながら深いため息をつく。酷い不快感を鎮める為に片手で目を覆い隠す。エンジン音だけが長い事聞こえていた。

 

 

「クソっ」

 

 

短く吐き捨てた。

 

 

ジャケットの内ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで非公開のストレージを開く。映し出された数年前の玲奈を、ただ、ただジッと見つめている。

 

画面にはバイトしている時の屈託のない玲奈の笑顔だ。画面を指先でそっと撫でる。

 

遠ざける事しかできないのに、

彼女を手放す事ができない。

己の立場から逃れる事もできない。

 

 

車のハンドルを強く手で打ちつける。

 

 

久々に聞いた声が……あんなに震えてるだなんて……あの絶望した顔……。

 

 

「……すまない……玲奈……」

 

彼の言葉が密閉された車内に重く積み重なっていく。

 

「……すまない……」

 

「俺は最初から君だけだ。出会った頃からずっと、ずっと君だけなんだ」

 

 

聞いてくれる人の居ない空間で、彼は繰り返し呟いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

一人離れた場所で玲奈は、突然暗転したタブレットの画面に映る自分を見ていた。

 

彼女の頭の中で、知らない女性の声が繰り返し再生されている。

 

「……茜ちゃん、今はパパとお食事中よ?」

 

それに続いて、智昭のためらいのない拒絶も繰り返される。

 

「……っ……」

 

玲奈は声も出せずにいる。ただ止まることのない涙が頬を伝い落ちていく。

 

智昭の隣には、既に誰かが……。

 

その残酷な現実だけが、たったひとつの真実かのように玲奈を覆い尽くす。

 

 

 

「貴方はなぜ一度も私を見てくれないの?」

 

 

 

 

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