事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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40話 過去編

 

「状況が変わった。スミス、今すぐ本国行きのチケットを手配してくれ。……ああ、それともう一つ。あんたの生徒さんの大森優里と、父親の正雄。こいつらの裏に何があるか、あんたのコネで徹底的に調べて報告しろ。報酬は先に振り込んだ。急ぎだぜ、『先生』」

 

受話器の向こうで、スミスの低く不快そうな声が漏れる。

 

「……っ、お前。俺を顎で使いやがって……!」

 

「怒んなって。俺が捕まれば、あんたも仲良く道連れなのは分かってんだろ? 急いでくれ」

 

エコノミーの窮屈な座席。乾いた空気が喉を刺す。新田は「ケン・スミス」という名前が印字された搭乗券をシートポケットに突っ込み、スミスから送られてきたデータをノートPCの青白い光の中で追い続けていた。

 

「……正雄、お前やっぱりクズだなぁ」

 

画面には、数年前の [100カラット・ダイヤ事件]の記録が並んでいる。

鑑定書に署名したのは、青木静香。正雄の最初の妻だ。

鑑定ミスで父親の事業が潰れ、本人はそのショックで精神を病んで入院。

 

「鑑定ミス、か、こんな話題になるような宝石の鑑定を、ぽっと出に任せねーわな。業界で一番信頼度の高い所に、青木静香の鑑定は信頼があった……。二重チェックだって入るだろ。じゃあ、他に鑑定した奴は誰だ? ……『赤田鑑定所』、こっちが正解だったと。青木静香を『鑑定ミスをした嘘つき』になる訳だ。……その後変わったことはなんだ?」

 

新田は、画面をスクロールしながら、さらに深い階層のファイルを開く。

そこにあったのは、とある病院の強制入院手続きに関する極秘の内部記録。患者名、青木静香。その隣、保護責任者として記された記名。

『大森正雄』

 

「……なるほどな。実の妻を追い詰めて、壊れたところで『病気』のレッテルを貼って隔離か」

 

本人でさえも、最後は自分の目が狂ったのだと思い込まされるまで追い込まれた。

このやり方を新田自身もよく知っている。何度も見てきた「ハメ方」裏の人間がやるそのものだ。

 

「偽の鑑定をしたという『事実』が必要だったとして……その後、何が変わった? 普通なら裏でデカい金が動くはずだが、それらしい形跡は特になし………。おっと、金じゃなくて『女の執念』か? 静香と正雄が離婚して、その直後に佳子と再婚。ハッ、真っ黒だねぇ〜佳子ちゃん……。で、ダイヤの行方はどーなってんだ?」

 

PC画面を見つめる新田の指が、機内のテーブルをコツコツと叩く。指の一定のリズムが静かに続き、思考が加速する。

 

「……まさか、今だに佳子があのダイヤを持ってるのか?」

  

 

 

衝撃と共にタイヤが滑走路を叩き、新田は現実へと引き戻された。

Y市の冷たく湿った空気が、到着ロビーの自動ドアから流れ込んでくる。

 

スミスが用意した「幽霊の身分」が鮮やかに潜り抜けた。自分自身のカードもパスポートも使えないこの「電子的な死」の状態こそが、今の新田にとって唯一の安全圏だった。

 

新田は空港の喫煙所で、使い捨てのスマホを取り出した。

 

「うさん臭い事件の真相が……俺の命綱、かもな……」

 

 

ーー

 

 

Y市の片隅。潮風に晒され、文字の消えかかった

「赤田鑑定所」の看板が揺れている。

新田は指先だけでドアノブを握り、扉を押し開けた。

 

ー チリン ー

 

ドアノブを握った手を、すぐに服の袖で拭う。

 

「……きったねぇな……」

 

埃の舞う店内に、新田の低い声が沈む。

 

「赤田鑑定所さん! 赤田さん! おーい、赤田さん!」

 

奥から、腰の曲がった老人がゆっくりと姿を現した。流石の新田も、一瞬だけ動きを止める。

 

「何の用ですかな?」

 

「……す、数年前の話題になった100カラット、の鑑定書の記録まだお持ちですか?」

 

「……なんの事ですかな……?」

 

スマホ画面に映る「鑑定書」を、目の前にいる腰の伸び切らない男に、新田は少し屈んで見せつける。

 

「あぁ……この頃の事ね。あの時はまだ息子がおったんですがね。想像はでけんかもしませんが、この鑑定所もそれなりに賑わってたんですよ。その鑑定もね、息子がね……」

 

「……今はどちらに?」

 

「………病院ですわ。アルコール依存でしてな……」

 

「この鑑定書の記録ですな……ちょっとお待ちください」

 

ゆっくりとした動作で、男は棚の扉を開けた。綺麗に整頓されている中から、一通の記録を抜き出してくる。

 

「これですな。あれは本当によく出来た模造石でしたわ。ただね、わしの息子の前にもう一人鑑定した人がいらしてな。その人はこの世界じゃちょっとした有名人やったんよ。腕も確かでな。なのに、あの人はこの模造石を本物じゃいうて譲らんかった。今だに不思議に思うとる。あの人が間違える事が信じられん。わしも見たが、あの石は模造石なのも確かでな。不思議じゃ」

 

「ふーん。爺さん、その模造石はどこにありそうだ?」

 

「知らんよ。まぁ、大方闇市にでも流れてるんじゃなかろうか?」

 

 

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