事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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41話 過去編

Y市の古い住宅街。

錆びついた門扉を開けると、膝丈まで伸びた雑草が足に絡みつく。

新田は、手入れの途絶えた庭を十歩ほど歩き、玄関のドアの前に立った。

外観の荒廃ぶりに反して、ドアノブには人が繰り返し握った形跡が残っている。

 

新田はノックもせず、ドアを開けて中に入った。

 

「……相変わらず、外だけは死んだふりだな。親父」

 

古い2LDKの室内は、驚くほど整然としていた。だらしない男が住めばカオスな世界になるはずが、ここの住人は掃除をマメにしている様だ。生活臭は然程気にならない。

ただ、部屋には必要なものしかない。シンプルにテーブルと椅子。

 

部屋には洗いざらしではあるが、それなりに整えられた警備員の服が吊るされている。

文机の上には、最新のタブレット端末と、書き込みの激しい競馬の予想紙。

浅田裕二は、画面の中のオッズを凝視したまま、短く鼻を鳴らした。

 

「……お前か。随分早い帰国だな? 1ヶ月後じゃなかったか。……今は『最終』で忙しいんだ。邪魔をするな」

 

「仕事の話をしに来たんじゃねぇ。……佳子から預かったままの『100カラット』。どこに隠した」

 

新田は賭けに出た。正雄と親父は幼馴染だ。今でも正雄の愚痴を聞いてやる仲であり、警備員の仕事さえ大森グループの口利きだ。前妻の事を知らないはずがない。そしてその理由も。

 

浅田の指が、タブレットの画面上でぴたりと止まった。

静まり返った平屋に、時計の秒針の音だけが響く。

 

「……何の事だ。俺にあるのは、明日の軍資金だけだ」

 

新田は、机の上の予想紙を払い除け、浅田の目の前に屈み込んだ。

 

「藤田グループの御曹司、藤田智昭を知ってるな? あいつがいま血眼になって探してる奴がいる。自分の娘を誘拐しようとした奴だよ。俺は犯人を知ってる。誰かわかるか?」

 

「誰だ? まさか……お前っ! 誰に手を出してんだ!」

 

「半分正解。半分ハズレだ。俺は依頼されただけだ」

 

「……正雄か?」

 

「フッ……その通り。想定内か?」

 

新田は、獲物を値踏みするように浅田を観察する。

 

「藤田はもうある程度の事を掴んでるだろう。大学の監視カメラ、その日のうちに回収したからな。……時間がねーんだ」

 

なんの動きもない浅田。

新田の視線が、部屋の隅々を舐めるように這う。壁、天井、床下。

どこにも「それ」らしき違和感はない。苛立ちが、指先からじわじわと冷たさに変わっていく。

 

「……なんか言ってくれよ、親父」

 

言葉とは裏腹に、新田の瞳は暗く、鋭く、浅田の喉元の動揺を逃さない。浅田が一瞬、揺れた。

 

「誰も無事ではいられないはずだ。俺より親父の方が藤田智昭って男の力を知ってるだろ? そいつが娘のために総動員してんだ。……いいか親父、あいつは足手まといになりそうな幼子を連れて行ってんだ。わざわざだぞ? 溺愛といって過言じゃねーよな?」

 

「……あぁ、まぁ、そうだな」

 

「俺は交渉しなきゃいけない、それしか生きる道がねーんだ。……っ、時間がねー、、次の取引までに、強力な札が……カードがいるんだ。なぁ親父、何か知ってんだろ?」

 

新田は、動かない浅田の頭上から、凍りついたような声で淡々と事実を語る。

 

「藤田の奥さんは、茜の母親……青木玲奈だろ? で、その青木玲奈の母親は、あの藤田智昭が溺愛してる茜の祖母が……青木静香だよな?」

 

「親父、アンタは誰のために沈黙してんだ? 『鑑定ミス』の業まで子孫に残すつもりか?」

 

今度は浅田の身体が大きく揺れた。

観念した様に、黙ったまま浅田は立ち上がる。寝室のベッドの下の板を一枚ベリッと剥がし、そこに存在してはいけない物。厳重に、丁寧に包まれている。

 

「これだ」

 

新田の顔も見ず、浅田は右手で差し出す。

その包みを新田は受け取った。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

十数年前。

 

青木静香は、瞳を輝かせながら鑑定書に署名し静かにペンを置いた。宝石を保管庫に戻し

 

「素敵なご主人様の元へ導かれますように」

 

と、彼女らしい別れの儀式を終えて部屋を後にする。

 

隣の部屋で息を潜めていた佳子は入れ替わりに部屋に入った。

 

「……フッ……ほんっと、何言ってんのかしら馬鹿じゃないの?」

 

佳子は迷いなく保管庫を開け、100カラットの天然ダイヤモンドを、用意していた精巧な模造石と差し替えた。

何のためらいもなく偽りの箱を保管庫へ戻し扉をしめたあと、不自然に口角を上げて呟いた。

 

「さようなら 静香」

 

その足で佳子は正雄の幼馴染、浅田祐二のところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、これちょっと預かってて?」

 

「正雄に頼めよ」

 

佳子はにっこり笑い

 

「すぐ取りに来るわ。よろしくね」

 

「…おい!置いていくな…なんなんだアイツ」

 

「厄介事じゃねーだろうな!すぐ取りこいよ」

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