事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

42 / 70
42話 過去編

A国。

深夜の執務室には、ただ一人智昭だけが明かりの下で作業をしている。

壁一面を埋め尽くす立派な本棚には知性と権力を裏打ちしてきた結晶たちが整然と並び、

智昭を囲んでいた。

 

邸宅内の人々は深い眠りについている。ただ彼の執務室からはキーパッドを叩く規則的な音が響きつづけ、時折、ペンで書く紙の掠れた音がまじっていた。

 

束の間、手を止め目頭辺りを親指と人差し指で揉みほぐし、椅子にもたれかかりひと息つく。

PCの横にあるスマホに視線を落とし一度も動きのない画面にほんの少し落胆してしまう。

その時、スマホが、一度だけ短く震えた。

 

「……玲奈か?」

 

スマホを手に取り画面を確認する。

 

送信元不明。[ 青木 静香 ]

 

智昭の眉間に深く皺が寄る。

 

「誰だ……」

 

メールを開く手を一旦とめる。

彼は手早くスマホをPCに繋ぎ、隔離環境(サンドボックス)を立ち上げた。メールデータをその「仮想の密室」へ同期させる。これなら、中に何が仕込まれていても本体へは影響しない。

解析画面に並んだ、未開封の添付ファイル。

智昭はカーソルを合わせ、クリックした。

ディスプレイに、三つのファイルが展開される。

 

【偽の鑑定書】

【100カラットのダイヤモンド】

【100カラットダイヤ鑑定ミスの新聞記事】

 

智昭が長年探しているものが映し出されている。鼓動が早まる。鼓動と同じ早さでスクロールする。酸素を上手く吸えないでいる。

スクロールした末尾に、一文だけが記されていた。

 

 

【藤田智昭 殿 明日23時、Y市、旧青木邸】

 

 

彼はスマホを手に取り、賢志を叩き起こした。

 

「今すぐY市への最短便を確保しろ。民間がなければプライベートジェットを出せ。離陸まで20分だ」

 

「了解。すぐ手配します。何があったんです!?」

 

「説明する時間はない」

 

「…?!罠かもしれません!」

 

「……承知の上だ」

 

 

ーーーー

 

 

高度1万メートル:プライベートジェット機内

若い肉体全身を使い1点に集中している。

キャビンの大型モニターに画像を映し出し、

智昭は思考にふける

 

(……スミスか? いや、あいつはあの国から動いていない……。大森? そんなはずはない、、自ら首を差し出すようなもんだ。……国内のライバル企業か? メリットはなんだ?あるか?ないだろ?……なら、誰だなんだ? 浅田か……新田か? 薬の裏取引か……? それにしても、どうやってこのダイヤを……)

 

智昭は座席の肘掛けを忙しなく人差し指で叩き続ける。この「100カラットのダイヤ」と「当時の記事」をセットで送ってきた差し出し人の執念を感じとっていた。

 

(大森の家系に潜む、別の愚か者か……?)

 

送りつけてきた人間が誰であれ、関係ない。

 

「ダイヤは、必ず手に入れる」

 

智昭の身体は休息さえも拒んでいる。彼の集中が切れることはなかった。

 

 

ーーーー

 

同じ深夜。

Y市の大森邸では、大森たちによる密かな宴が開かれていた。リビングの大型ディスプレイには、A国の滞在先からビデオ通話で繋がった優里の姿が映し出されている。

 

「パパ、ママ。この間ね、A国の藤田邸にお邪魔したのよ。彼らの娘、茜も思い通りよ」

 

ディスプレイに映る優里は艶然と笑い、ワインを飲み干している。

 

「ああ。ようやくお前の価値が発揮されたな。よくやった」

 

優里が正雄と視線を合わせた時、彼女の目蓋がピクリと動いた。

 

「……えぇ、 そうでしょ!」

 

「えぇ、えぇ、その通りよ! 優里ちゃん、よくやったわ。ねぇ、智昭さんってどんな人なの? 聞かせてちょうだい」

 

佳子が勝利の微笑を浮かべて問いかけると、優里は少し間を置いて答えた。

 

「そうね、また今度じっくりお話するわ!」

 

正雄は満足げにヴィンテージワインを口にする。

 

「智昭がA国にいる今、もっと近づきなさい。そのうち彼は、誰が一番ふさわしいか、嫌でも気づくはずだ。優里、その時まで気を抜いちゃだめだぞ。」

 

「わかってるわ。……玲奈姉さん、今頃どこかで惨めに泣いているはずよ。残念ね。」

 

三人は画面越しにグラスを合わせ、この密かな宴が何を意味しているのか、言葉に出さずとも理解していた。

 

遠山家と大森家がなりふり構わず、必死に手繰り寄せた「藤田グループ当主 藤田智昭」。

 

三人は画面上でグラスを傾け、その美酒に酔いしれた。

 

 

ーーーー

 

 

Y市地方空港

22時45分。

静まり返った滑走路に、一機のプライベートジェットが滑り込むように着陸した。

タラップを降りてくる人物が纏う雰囲気に空港の係員は近づく事を躊躇った。

彼は深夜の冷たい空気を切り裂くように歩く。

無精髭だけが、彼に人間味を与えていた。

手配させていたレンタカーのキーを受け取ると、彼は一度も振り返ることなく運転席に乗り込んだ。

(……誰か知らんが、いい度胸だ。そこで待ってろ……)

エンジン音がひときわ大きな音を響かせ、車は智昭と共に夜の闇へと走り出した。

 

目的地は、

月明かりの下主を失ったままの旧青木邸。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。