事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】 作:山本山
【Y市:地方空港レンタカーカウンター】
22時50分。智昭のレンタカーが走り去って数分後。
賢志は真っすぐカウンターへ向かい、素早く予約表を渡した。
「藤田だ。キーを」
あくびを゙堪えている若い職員が一人。
彼は賢志の隠す様子もなく顕にしている焦燥感に異質なものを感じて眠気が一瞬で飛ぶ。
慌ててトレイに一本のスマートキーを載せた。
「はい、藤田様。駐車場102番に配車しております」
賢志はキーを掴み、背後の部下2人に短く命じた。
「行くぞ……急げ」
静まり返った空港ロビーに、低い声が響く。
【 空港駐車場:102番スペース 】
街灯の乏しい広大な駐車場。賢志は息を切らすことなく、最短ルートで黒のSUVに辿り着いた。
目的地まで車で10分。すぐ出発すれば、智昭のその背後を固めることができる。
賢志がSUVのドアノブに手をかけ、スマートキーの解錠ボタンを押す。
「…………」
無音。
ハザードランプの点滅も、アンロックの機械音もしない。もう一度押す。強く押し込む。
「……ッ! 反応しない?!」
賢志はキー側面の小さな溝を爪でこじ開け、内蔵された物理キーを引き抜いた。それを強引にドアの鍵穴に差し込み、回す。カチリ、と虚しい手応えがして、キーは途中で止まった。
「……クソっ……別の車のキーだ」
賢志の背中に冷たい汗が流れる。紛失ではない。奴らの明らかな罠だ。
【 レンタカーカウンター 】
「どうなってるんだ!!」
「別の車を用意しろっ!! サッサとしろっ!!!」
「申し訳ございません、すぐに確認を……あっ」
突然怒鳴られ、従業員の手元が狂う。端末の操作を何度も失敗し、画面が切り替わらない。
「早くしろ!!」
「2、203です!」
賢志は高級時計を外してカウンターに放り投げた。(迷惑料)の変わりに差し出した。
「急げ……今何分かかった?」
「はぁ……はぁ……、時間は23時05分です」
「……15分……クッソッ……!」
賢志は奥歯をガリッと強く噛み締める。
ようやく確保した別の車で、賢志は空港を飛び出した。猛スピードで旧・青木邸へと向かう車内。賢志の瞳は前の闇を見据える。新田への激しい殺意が沸き起こる。
【 旧・青木邸:私道 】
23時10分。
賢志の駆るSUVが、旧・青木邸へと続く最後の一本道に差し掛かった。
急勾配のカーブを抜けた瞬間、ハイビームの光が闇の中に「壁」を映し出す。
「……ッ!」
激しく衝突した形跡のある、2台の放置車両。フロント同士がめり込み、狭い私道を完全に塞いでいた。
ハンドルを強く殴りつける。
――ガンッ――
激しくクラクションが鳴り響く。
「どかすぞ! 降りろ!」
賢志がブレーキを踏み、車を停車させようとしたその時。不吉な音が足元から響いた。
―― シュウウウウ…… ――
不自然に低い、空気が抜ける音。車体がガクンと傾き、制御を失ったタイヤが泥の中に沈み込む。
「あぁぁ……クソっっ! 鋲(びょう)だ!」
賢志はドアを蹴り開けて飛び出した。
路面には大量の四方鋲が撒かれている。
SUVのタイヤは4本とも、無残に切り裂かれていた。
「……賢志さん、車はもう動きません。……これ、わざ……」
「黙れ!!」
部下の言葉を遮り怒鳴る賢志。
ギリギリと歯が軋む音がする。
賢志は前方を激しく睨みつけていた。
「……っ」
賢志は拳を高く振りかぶり思い切りボンネットに叩きつけた。
―― バコン ――
空港での鍵のすり替えに、
この無理やりなバリケード。
新田という男の土俵で遊ばれている。
賢志は胸を圧迫されてる様だった。
「……走るぞ」
「ですが、ここから邸宅まではまだ距離が……」
「走れと言っている!!」
賢志の声が森の眠りを妨げる。彼はライトを消すと、泥まみれの斜面を駆け上がり始めた。
「頼む……間に合ってくれ……」
【 旧・青木邸:玄関 】
重い玄関扉を開けたと同時に二人の男が左右から智昭を挟み込んだ。古い家のかび臭い匂いが漂っている。
金属探知機が智昭の体をなぞり、
荒々しい手つきでポケットを探られる。
「腕を上げろ」
智昭は左右の男達を睨みつける。
誰の支配下にも置かれたことのない男が、今はただの囚われ人になり下がる。懐の銃とスマホが没収され、鈍い音を立てて床に転がる。
智昭は終始、男達を睨み続けるしかなかった。
そのまま、左右の腕を拘束されたままリビングへと誘導される。以前一度だけ足を踏み入れたことのある場所。
そこになんの縁も持たぬ部外者が、
我が物顔で居座っている。
「まさか1人できたのか? マヌケだな。俺が1人で来るわけねーだろ?」
ソファに前かがみで腰掛ける新田。彼は薄笑いを浮かべている。
智昭の視界に新田が入るなり、血が彼の頭に濁流の如く流れ込み、そのままの衝動で新田に掴みかかろうとしたが、左右を固める男達に抑えられビクともしない。
智昭の眉間に強い力が寄せられ、新田を見据える眼光は一段と深まり、彼の端正な顔立ちが崩れていく。智昭は荒い息遣いを整えるのに一度だけゆっくり瞬きをし、息を吐き出した。
そのまま真っすぐ新田を見据えて、言葉を叩きつける。
「何が、目的だ?」
低く、腹の底からの響く声だった。