事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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48話 過去編

執務室から智昭は賢志に連絡する

「賢志、昼前にそちらに向かう。」

 

 

連絡を終えてから朝の日課のランニングに向かう。身体を動かす事で頭の雑音を追い出していく。

朝の爽やかさと裏腹に思考の複雑さに苦笑いしてしまう。

 

スマホが震え、手のなかに収めて確かめる。

 

差し出し人( ダーリン )

メッセージ「どうなってる?」

 

智昭の眼光が切り替わる。暗く重く深く画面の向こう側を見据える。右手首のブレスレットにも否応無しに意識が向かう。

ー チ、チ、チ、チー

正確に刻み続けてる。

 

( 耳障りな音だ )

 

首を1度横に振り溜息交じりにメールを打つ。

 

「慌てては事を仕損じるだけだ。死後の行き先(国)くらいは、選ばせてやる」

 

「随分な余裕だな…いいだろう、今はお前の自信を信じてやる。余計な事するな。」

 

「わかっている」

 

その返信後に送りつけられてきた写真は

茜と玲奈の写真だった。

 

完全に動きが止まった智昭の額から、

次々と汗が流れる。流れる汗は次第に冷えていく。手のひらに収まったままの2人の写真。

 

その上にポタンと汗は流れ落ちた。

 

智昭は、濡れた画面を拭うことができず、ただそのまま見つめ続けていた。

 

 

 

ーーーー

 

 

ー A国開発事業の作業室 ー

 

 

愛理がノートパソコン越しに智昭へ報告する。

 

「仕込みは完了しました。ボス、優里さんのノートパソコンのカーネル層に、ボスとの端末とリアルタイムで同期するブリッジを置きました。後はこのパソコンをプレゼントするだけです。」

 

賢志が補足する。

 

「彼女が『勉強』と称してコードを書くたび、その裏で僕たちがスミスへの『毒』を書き加える。優里さんは、自分が天才的なロジックを思いついたと錯覚するはずです。……彼女の願い通りスミスに認められるでしょう。」

 

賢志がキーボードを叩き、優里の端末のミラー画面を表示させる。

 

「スミスは効率を極限まで高めるコードには目が無い。最終優里の卒論に、あえてスミスが解決できなかった『論理の穴』を埋めるモジュールを忍ばせる。彼がそれを取り込んだ瞬間、バックドアが全拠点で一斉に開きます。、、、、それと康明が政府への報告も済ませています。先程報告がありました。ボスが直接来られると言う事で後で報告に来ると思いますが、人身売買の件は『監視継続』で処理しました。今は、バック組織の巨悪を釣るための撒き餌が必要と言う事で。」

 

「準備は整いました。ボス、大学での勉強会の時、同期の遅延は0.1秒以内に抑えてあります。ボスは最高の『家庭教師』を演じてくださいね!」

 

「よく出来てる。お疲れさん。あとは急がず、機が熟すのを待つのがベストだな。」

 

智昭は肺の中の重たい空気を全て吐き出すように、長く深い溜息を吐いた。

 

「……ようやく、ひとつ駒を潰せるな…」

 

誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 

 

 

ーーー

 

A国大学図書館、勉学に励む者たちの規則正しい静寂に包まれた場所で、優里は少し浮かれていた。今日初めて藤田智昭から直接指導してもらえる日だ。彼に近づくには尤もらしい理由でもある。が、曲がりなりにもアルゴリズムを研究してる人間にとってはこの上ない幸運でもある。

 

彼女はもう1人この場に秋山翔太を呼んでいる。

翔太の姉がセッティングを願い出たのだ。、

 

(結局権力におもねるのよ。ざまぁ無いわね。)

 

「智昭さん、こっちよ」

 

智昭が1度頷き、大きな歩幅で彼女に近づく。

 

「足運んで貰ってありがとう。あの、」

 

指をモジモジさせながら優里が話を続ける

 

「ん?、どうした?」

 

片眉をほんの少し上げながら優里の方へ視線を向けた。

 

「勝手な事をしてごめんなさい。どうしても貴方を紹介してほしいって人がいて……同席してもいいかしら?私と同じ学生なの。」

 

「…あぁ、構わないよ。先に名前教えてくれるか?」

 

「えぇ、秋山翔太さんよ」

 

「秋山……金融業界の秋山さん?か?」

 

瞳を大きくして驚く。

 

「ご存なのね…。そうよ。いい?」

 

「…構わないよ」

 

智昭は無造作に、だが極めて高価な最新型のノートパソコンを置いた。

 

「……これ、使って。君の今の端末は処理が遅すぎるし、プレゼントだ。」

 

「智昭さん……。これ、すごく高いものじゃない? 悪いわ」

 

優里が戸惑いながら、まだ箱に入ったままの銀色の本体に触れて噛み締める様に微笑んだ。

 

「ありがとう。凄く嬉しいわ。」

 

「…そうか、よかった。」

 

あの甘い声色で囁き、真っすぐ優里をみつめ少し首を傾げにっこり笑った。

 

優里の頬がほんのり熱を帯びた

 

「…さ、早速使わせて貰うわ。」

 

席に着こうとした時、優里の背後から男性の声で呼びかけられる。

 

「大森さん、こんにちは」

 

優里はサッと振り返える。

 

「こんにちは、秋山翔太さん。先日はどうも。智昭さん、こちら先程お話した秋山翔太さん。秋山さんこの方が藤田智昭さんよ。」

 

優里は優雅な仕草で智昭の腕に腕を絡ませながら智昭を紹介した。

 

智昭はいつもより柔らかい表情を浮かべながら手を差し出す、

 

「こんにちは、はじめましてかな?藤田です。」

 

「はじめまして、秋山翔太です。今日はお時間頂き光栄です。」

 

2人は握手を交わす。

 

「金融関係で広く従事されてる秋山家の翔太さんですよね?専攻は経済ですか?」

 

「はい。A国の地方と本国の首都とI市を゙拠点に展開しております。専攻はそうですね。なんの面白味もありませんけどね。藤田さんのご名声はA国の方まで届いておりますよ。」

 

彼は屈託のない笑顔で智昭と会話を交わす。

御曹司として又社交界特有の場馴れしている会話だが、多くの人を魅了してきた彼の容貌と若さが相まって清涼感が漂っている。

優里は智昭の、傍らで所在なさげに彼に絡めた腕をゆっくり引いた。

 

 

ーーーー

 

 

多くの学生達が各々に取り組んでいる一角に

智昭は二人の学生に向き合っていた。

 

智昭のノートパソコンの画面には、複雑に絡み合うニューラルネットワークの構造図が展開されている。

 

「この階層構造における再帰的処理の効率化が、アルゴリズムの『美しさ』を決める。優里、君の研究している動的最適化のロジックに、この重み付けを導入してみるといい」

 

智昭の声は落ち着き、教鞭を執る者特有の包容力に満ちていた。

 

「智昭さん、ここの変数の処理……あえて冗長性を持たせているのは、自己進化の際の『遊び』を持たせるためですか?」

 

翔太が、画面を食い入るように見つめながら問いかけた。彼の理解力は凄まじい。

昨日教えた基礎を飛び越え、すでに実装レベルの疑問を投げかけてきている。

 

「察しがいいな、翔太。その通りだ。完璧すぎるロジックは、未知のノイズに弱い。不完全さを許容することが、強靭なAIを作る鍵になる」

 

「なるほど……面白いですね。智昭さんの考え方は、まるで生き物の生態系を組んでいるみたいで、敬服しますよ!」

 

翔太は素直な感嘆を瞳に浮かべ、手元のタブレットに猛烈な勢いでメモを書き込んでいく。その吸収力は、すでに数年この分野を学んでいる優里の背中に手をかけんとする勢いだった。

 

「翔太、本当に凄いわね。私も負けていられないわ。智昭さん、今の理論を私のアルゴリズムに組み込めば、スミス……いえ、教授たちも驚くような成果が出るはずよね?」

 

優里は智昭の賞賛を糧にするように、自身の研究資料を広げた。智昭に向けられた彼女の眼差しには、純粋な敬愛と、不遜なまでの自信で溢れている。

 

「あぁ、間違いない。君のアルゴリズムは、もうすぐ完成の域に達する」

 

智昭は優里に視線を送り極上の笑顔を向けた。

 

その指先が、再びノートパソコンのエンターキーを静かに押し込む。……同期は安定している。智昭がこのキーを叩くたび、愛理の用意したブリッジを通り、優里の卒論用データに『毒』が仕込まれていく。

 

ライブラリーの静寂の中で、三人の思考が交差する。誰が見ても知を分かち合う美しい師弟の風景。優里のノートパソコンを通してスミスの元へ確実に流れ始めていた。

 

 

優里が席を外している間に智昭は翔太に声をかけた。

 

「翔太、スミスには気をつけて。君の家の家業は金融関係だ、優等生など狙うな。なんの意味もない。翔太、君は非常に優秀だ。今後も学ぶなら喜んで指南するよ。どうだ?

そのかわりと言ってはなんだがスミスの動向を教えてくれないか?もし、協力してくれるなら、秋山家の事業の方でも俺が手を貸すこともできる。検討してくれないか?」

 

翔太はしばらく考えた末、不利益は無いと判断し智昭の申し出を引き受けた。

 

 

 

 

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