事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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62話 現在編

少し前に、辰也は清司との約束の食事に出かけた。

 

部屋に残った翔太は、A国での話を伝える前に、手元の端末でレンタカーの情報を集めていた。彼のスマホに詳細な情報が入る。

 

「……やっぱり変だ。レンタカー会社、記録が不自然に操作されてる。借り主はA国籍の男だけど、登録された住所は実在しない。……会社側は『藤田グループの指示で、すべて本国の担当部署に引き継いだ』の一点張りだ」

 

その場にいる全員が、翔太の報告に顔を見合わせる。

 

「そこまで徹底してるの? ……何のために? 彼は一体、どうなっているの?」

 

玲奈は手を止め、窓の外に広がる月のない夜空に視線を移した。

 

「私達が見落としているもの……いえ、私が見落としているもの……? どこから……?」

 

彼女は深く思考しようとするが、ふと視界が揺らいだ。

( まずは、目の前のことからよ…… )

 

玲奈のスマホが震える。辰也からの報告だ。

『清司の未整理のログ』の情報と、短いメッセージ。

『清司は「智昭は個人的になにか動いてる気配はする」と感じている』

 

辰也のメッセージを、礼二も翔太も共有する。

 

「……客観的な事実だけを並べれば、智昭が心酔しているのは間違いなく優里だ。君を突き放し、彼女にすべてを与えた。……いやいや、待てよ。アイツが離婚を切り出してきたのは、優里が智昭を庇ってからだ。A国から帰ってきて数ヶ月後だ。清司の言う『気配』が本当なら、俺たちに見せている藤田智昭と、本来の彼は……違うのか?」

 

智昭が事故の映像に手を加え、痕跡を消している。相手との裏取引か?

だが、そのメリットが見えない。

思考が膠着し、部屋の空気が重く淀み始めたその時、翔太が静かに立ち上がった。

 

「……玲奈さん、顔色が悪い。思考の前に、燃料が必要だ」

 

翔太は有無を言わせぬ手つきでスマホを操作し、デリバリーを手配した。

 

「甘いものと、コーヒー。今の玲奈さんには糖分がいるよ。ベリーのタルトにするね。……礼二さんも、倒れられたら困る」

 

「……そうだな。頼む」

礼二も、玲奈の疲労が限界に近いことを悟り、短く頷く。

 

やがて届いたのは、飾り気のないサンドイッチと糖度の高いタルト、そして濃いコーヒー。

つかの間の休息。張り詰めているだけじゃ視野が狭くなる。遊びのないハンドルほど危険なものはない。礼二は翔太の機転を胸の内で称賛した。

戻ってきた辰也もコーヒーを手に取り、苦い顔で口を開く。

 

「……智昭は昔から、無意味なことはしない男だ。今回の社長人事もそう。実力のない優里をトップに据えるなんて、普通なら自滅行為だ。だが、あえてそうした『合理的理由』があるとしたら?」

 

「……利益、あるいは『防御』か。愛する人へのプレゼントという名目で、彼は何か、思惑がある」

 

翔太がコーヒーの湯気越しに言う。

 

「……前にも言ったけど、智昭さんは予言していた。『いずれ、礼二さんや玲奈が優里の実力に疑問を持つだろう』と。彼は、僕たちがこうして疑念を持つことさえ計算に入れて動いていたのかも……」

 

玲奈は、三人の言葉を脳内でデータ化し、論理の階層へとはめ込んでいく。

甘いタルトの味が、疲弊した脳に染み渡り、止まりかけていた回路を再起動させる。

 

( 智昭……。彼の行動の裏に隠れてる思惑。今は計算しても解(こたえ)が出ない )

 

まるで堅牢なセキュリティで守られたブラックボックスを目の前にしているようだ。

 

「……わからない。今出ている情報だけじゃ、変数が多すぎる。あの男が組んでいるプログラムは、私たちが考えているよりもずっと多層的なのかもしれない。……そして、完璧に守られている」

 

玲奈の指先が、再びキーボードの上に戻る。

その指先に、迷いはもうなかった。あるのは、解明への冷徹な渇望だけだ。

 

「辰也さん。智昭が個人的に動いているという『気配』の、その物理的な痕跡……資金の動きじゃなく、彼が密かに接触した『人間』のリストが欲しいわ。それから翔太。正雄と優里、A国で誰と接触し、どんな噂話が出回ったか……その周辺を拾ってきて」

 

「……玲奈。君は、智昭が隠している『何か』を、力ずくで引きずり出すつもりかい?」

 

「ええ、その通りよ。曲がりなりにもまだ妻なのよ? 私がここまで苦しんだ理由くらい、知る権利はあるでしょう?」

 

玲奈の声は低く、凍りついていた。

 

「バグを放置するのはエンジニアの流儀に反するわ。徹底的に解析して、エラーの正体を突き止めるだけよ」

 

「……わかった。全力で協力するよ。案外、綻びは社内にもあるかもしれない。今度藤田グループに行った時、探ってみよう」

 

モニターの青白い光が、彼女の冷徹なまでに冴え渡った瞳を照らし出す。

そこにあるのは、かつて誰かの為に犠牲にした自分じゃない。自分の為に持てる力を注いで今までのシステムのエラーを突き詰める作業だ。

「真意」を骨の髄まで暴き出そうとする、自身の人生への答え合わせだ。

 

カタカタと、深夜の室内にタイピングの音だけが響き続ける。

 

玲奈は今、最初の一撃を打ち込むための、長く険しい解析(スキャン)を開始した。

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