事故ったのは玲奈だった 〜社長夫人はずっと離婚を考えていた〜【原作伏線回収・再構成】   作:山本山 

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71話 現在編

墓所には、夕暮れ近い冷たい風が吹いていた。

 祖父の墓前に立ち、静かに手を合わせる。そこに、一人の男が近づいてきた。かつて新田の駒として動かされていた男、浅田だった。

 

「……玲奈ちゃん……帰国してたんだね。見たくない顔を見せてしまったな。すまん。」

 

「、、浅田さん……。貴方は、どうしてここに?」

 

「……君のお祖父さんに申し訳なくて。せめてお参りだけでも……と。もう来ない。悪かった……」

 

「……母は順調に回復しています。本物のダイヤが、彼女の誇りを思い起こさせてくれているようです」

 

「……そうか。すまん、もっと早く……」

 

浅田はそれ以上の言葉が出ずに、地面をみつめる。数年前より更に小さくなった男の姿。

 

「……貴方のことを許すことはできないかもしれない。でも、こうして訪れることを咎めることはしません。そもそも大森がしたことですから」

 

「……ありがとう」

 

「このお花は、貴方が?」

 

「いや、これは俺じゃない」

 

「貴方じゃない……? 他に、お花を供えてくれている人がいるのかしら」

 

誰に話すつもりも無く、ただ疑問を口にしていた。

 

「そういえば、随分前だが、青木家の墓前で跪いて頭を垂れていた男性を見たことがある。随分と長い間、跪いていたよ。もしかしたら、このお花はその人かもしれない」

 

(…男性…)

 玲奈の鼓動が訳もなく早鐘のように動き出す。

 

「……その人を知っていますか?」

 

「いや、知らない。だが、随分身なりの良い格好で、端正な顔立ちをした男だったよ。何もない俺から見ても、鬼気迫るものを感じたよ。……それしかわからない。役に立てなくて、すまない」

 

「………いいえ、充分です。」

 

そう言い残し、玲奈は墓所を後にした。

歩く速度が知らずのうちに速まる。

自身の鼓動で、周りの音が聞こえない。胸の奥にしまい込んだものが、堪えきれずに溢れ出してくる。

 

「……なんて、不器用なの……」

 

玲奈の足取りが更に速くなる。

鼓動はずっと、速いまま、うるさい。

 

「……智昭……」

 

言葉にした途端、涙が溢れ出す。冷たい風が顔を撫でていく。かえって瞼の熱さを実感させる。

流れるままにしている涙。すれ違う人が心配して振り返っていく。玲奈はまっすぐ車へと急いだ。

 

 

ーー

 

 

車は、夕闇に沈む藤田邸に向かう居住区全体の専用道路の門へと滑り込んだ。

 

かつて、幾度となく重苦しい気持ちでくぐった門だった。住宅エリアの門番は玲奈の顔を認めるなり、驚きに目を見開き、最敬礼でゲートを開いた。

 

玲奈がアクセルを踏み込む。

邸宅までの並木道を駆け抜ける。

邸内ではすでに執事から智昭へ、至急の連絡が入っていた。

 

車を車寄せに荒々しく止め、エンジンを切る。

正面玄関の重厚な扉が、内側から恭しく開かれた。

 

「お帰りなさいませ、奥様」

 

執事が落ち着いた様子で玲奈に声を掛けた後、静かに下がる。数歩後ろで、執事と同じように玲奈を迎え入れるために待つ智昭。息を弾ませながら、玲奈は、智昭を見つめた。

 

数秒の間、見つめ合う二人。

 

広いホールには人の気配も物音もなく、ただ、二人の視線だけが熱く絡み合っていた。

 

智昭の瞳は、凱旋した「RENA」の眩しさと、同時に彼女の頬を濡らす涙の理由に不安で今にも崩れそうなほど揺れている。

 

泣き出しそうな顔で立っている智昭が、先に声を絞り出す。

「……玲奈…………触れてもいいか? 抱きしめてもいいか?」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、玲奈は智昭の胸に飛び込む。彼の体温が玲奈の冷え切った頬をあたためる。

 衝撃で智昭の足がわずかに後ろに下がる。けれど彼は、熱望した彼女の温もりを全身で感じるように、力強く彼女を抱き止めた。

 

「お墓参りに行ってきたの。……可愛いお花が、供えられていたの」

 

「……そうか……」

 

「ありがとう」

 

智昭は言葉を発しなかった。

 

乱れた髪。涙で汚れた頬。自分の腕の中にいるこの女(ひと)こそが、世界中のどんな宝石よりも、どの時代の玲奈よりも、美しく愛おしい。

 

 智昭は、幻となって消えてしまいそうな彼女を繋ぎ止めるように、一層、腕に力を込める。

 

「玲奈、俺が愛しているのはずっと君だけだ」

 

 喉が震えている。思い詰めた彼の瞳。

 

「君の側にいたいんだ。もう一度結婚してくれないか。……頼む、頷いてくれ」

 

彼女の細い肩に顔を埋める智昭。

 

玲奈の視界が、再び溢れた涙で歪む。

 彼女は彼のシャツを掴み、

 

「うん。」

 と短く答え、

 

彼の身体を強く抱きしめ返した。

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