フィジギフゴリラのデビルハンター   作:リーグロード

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領域展開

 

「「「「「カンパ~イ!」」」」」

 

 その音頭と共に、ビールジョッキがガチャンとぶつかり合う。

 この店は何処にでもある普通の居酒屋。少し違うところがあるとすれば、それは今日の客の面子だろうか。

 

「ガッハッハッハ!!ワシ!絶好調じゃ!!」

 

 今回の新人歓迎会前に命じられた悪魔駆除を、パワーが単独で完了させた。

 前回の永遠の悪魔との戦い以降、パワーの力はさらに強化されており、デンジが動く前に悪魔を滅多打ちにして終わらせてしまったのだ。

 そのせいで、普段から偉そうな態度のパワーがもっと偉そうにしている。悪魔駆除の出番の取られたデンジはポチタを抱いて不貞腐れることしか出来ず、今も飲みの席でパワーに自分が如何に最強の悪魔なのかという自慢話に付き合わされている。

 

「最強の悪魔であるこのワシとバディを組めておるのじゃ、デンジとポチタは本当に運が良い!!」

「その話はもういいから、飯も来たし、もう食おうぜ」

 

 パワーの自慢話を聞き流しながら、デンジは目の前に並べられた料理に手を伸ばす。デンジが食べ始めたのを見て、自慢話を中断したパワーが「これはワシのじゃ!」と声を上げ、いつものように好物の肉や刺身を奪い取る。

 

「まったく、あいつらは……」

「ははは、アキさんのところは賑やかですね」

 

 酒の席とはいえ、行儀を弁えないパワー達の様子に、保護者であるアキはため息を吐くが、同僚はそんなアキの様子を見て楽しそうに笑う。

 そうして、新人歓迎会の名に相応しく、デンジとパワーが先輩らに歓迎されているなか、遅れてもう一人の新人がやって来た。

 

「あの……道迷っちゃって……」

「コベちゃん、コベちゃん、こっちおいで」

 

 そう手招きされて先輩の空いてる横の席に着こうとしたのだが。

 

「あぅ……、えっええ……、ふぇっ!?」

「ワフッ」

 

 何故かその席には、堂々と「ここは自分の席ですけど、なにか?」と言わんばかりに器用に前足で腕組みし、ふんぞり返っているポチタが陣取っていた。

 

「この子、新人君の契約してる悪魔だっけ?なんでこんなとこいるの?ここはコベちゃんの席だからお姉さんの膝の上においで~……」

 

 コベニを呼んだ先輩がいつの間にか隣に座っていて、ふんぞり返っていても可愛いポチタを抱えて、コベニの席を用意する。

 

「んだ?ポチタ、いつの間にそんなところにいたんだ。あっ、もしかしてお前、その女のこと気に入ってるのか?」

「え~、もしかして君、コベニちゃんのことが好きでイタズラしちゃったの?可愛い~!」

「ふぇっ!?……ええっ!!」

 

 デンジの言葉に、ポチタを抱えた先輩はその理由の可愛さに頬擦りしながら大喜び。一方、臆病なコベニは内心で悪魔に目を付けられたのではと戦々恐々。初対面ならチェンソー付きの愛らしい子犬に見えただろうが、永遠の悪魔との戦いでデンジと共に悪魔をチェンソーで切り裂いていた光景を目撃しているため、コベニにはポチタが恐ろしく映るのだった。

 

 本当は隣に座るのすら怖いのだが、遅れてきたせいで空いている席は上座くらいしかなく、さっき上司であるマキマが遅れてくると聞こえたので、その席は自然と除外される。

 そうなると残された席は一つしかなく、コベニは大人しくポチタと先輩の隣に座るしかなかった。

 

「と、隣、失礼します……」

「どうぞどうぞ、ほら、コベちゃん。好きなの沢山食べな?」

 

 遠慮がちなコベニのために、先輩が自分の前にサラダや揚げ物をスッと寄せてくれた。 その心遣いに感謝しつつ、目の前に寄せられた皿から料理を取り分けていると、なるべく視界に入れないようにしていたポチタが突然割り込んできた。

 

「ワン!」

「あっ、ありがと……、うぅ……」

 

 屈託のない笑顔で、ポチタが自分の取り皿にからあげをよそってくれた。その心遣いは嬉しいが、手のないポチタがからあげを持つには前足で直接掴むしかなく、取り皿に置かれたからあげにはオレンジ色の抜け毛が付いていた。

 目の前でよそってくれた物を残すのも気まずいし、かといって悪魔の抜け毛が付いたからあげを食べるのは抵抗がある。 食べるべきか否かで悩むコベニを救ったのは、意外な人物だった。

 

「おのれぇ!それはワシのからあげじゃ、盗るでない盗人!!」

 

 ポチタがよそってきたからあげは、パワーの目を盗んで持ってきたもので、いつまでも食べないコベニの皿に残っているのを見つけたパワーが、強奪するようにポチタの抜け毛がついたからあげを掴み、そのまま口に放り込んだ。

 

「もぐもぐ、むぐっ!?うぇ~、ぺっぺっ!!」

 

 からあげとは異なるポチタの毛がパワーの口内に広がり、驚いたパワーはその毛を吐き出そうとえずいていた。

 そんな彼女の様子を見て、コベニは助かったという安堵とともに、口元をわずかに緩め、少しだけザマァという暗い感情を抱きながら見つめていた。

 

「ぐぬぬぬ!ウヌめぇ!!さてはワシのからあげに毒を混ぜおったな!?」

「ふぇ~っ!?ち、違います。私は何も!!」

「噓をつくな!これじゃから人間は嫌いなんじゃ!!!」

 

 パワーはコベニを犯人と決めつけて責め立てるが、原因であるポチタ本人はそそくさとその場を離れ、デンジの膝元へと移動していた。

 まさに外道!悪魔のような所業!!ポチタ──恐るべし!!!

 

「こ~ら!飲みの席で喧嘩しないの。パワーちゃんも、大人しく座っておこうね」

「う!」

 

 今にも机を飛び越えて、コベニに掴みかかろうとしていたパワーの頭を、姫野がゴーストの右手で押さえつける。

 森野ホテルでの階段の時と同じような状況に、パワーは力の限り抵抗する。

 

「ぬぬぬ!むうん!!!」

「ありゃ!?」

 

 頭を押さえていたゴーストの右手からパワーが力尽くで逃れると、まさかの事態に姫野は驚いた声を上げる。

 

「ふっ……、な~はっはっは!見たか、このワシの力を!!そういえば、ウヌはいつかステーキにして食ってやると言ったのう!」

 

 勝ち誇った顔で物騒なことを言うパワーに、ここまで静観していたアキとデンジがいつでも止めれるようにと腰を上げようとしたその時だった。

 

「パワーちゃん。お店の中で何騒いでいるのかな?」

 

 遅れてやって来たマキマが騒ぐパワーの前に立って声を掛けてきた。

 

「っま!?きょっ、こいつがワシのからあげに毒を混ぜたのじゃ、ワシは被害者なんじゃあア~」

「ふぇっ~~~!!?」

 

 先程までの勝ち誇った顔は何処へやら、完全にビビり散らかすパワーに、腰を浮かしかけていたアキとデンジは座り直して、酒と料理に再び手を伸ばした。

 一方で、いきなり騒ぎの犯人役にされて上司のマキマに突き出されたコベニは涙目で、必死に首を振って無実を訴える。

 

「う~ん、一体どっちが噓つきなのかな?」

「こっ、この女じゃ!人間はすぐに噓をつく!!ワシを殺そうとした悪い人間はこの女なんじゃ!!」

 

 マキマの鋭い視線に圧倒されながら、パワーは懸命に嘘を重ねて自分を守ろうとする。

 その一方で、小心者のコベニはパワーの勢いと上司のプレッシャーに挟まれ、反論することもできず、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 

「マキマさん。コベニちゃんは悪くないよ。パワーちゃんの言ってる毒ってのは、ポチタ君の抜け毛のことだから」

「ポチタ君の抜け毛?」

 

 流石にこれ以上は可哀想だと、姫野が助け舟を出す。だが、最後の言葉がよくなかった。

 ポチタの抜け毛に反応したマキマは、表情こそ変わらないものの、その圧が一層増したように感じられた。

 

「状況が良く飲み込めないんだけれど、順を追って説明してもらってもいいかな。あっ、パワーちゃんはそこで大人しく座っていてね。静かにしてなくちゃダメだよ……」

「はっ、はい……」

 

 言い訳や噓を吐くであろうパワーを大人しくさせ、コベニと姫野から状況説明を受ける。そして、コベニがポチタから熱烈なアプローチ(イタズラともいう)を受けたことを聞いた瞬間、コベニの背筋にゾクリと悪寒が走る。

 

「へぇ、ポチタ君からからあげをプレゼントされたんだ、コベニちゃん」

「あっ、ひいいぃぃぃ!!!」

 

 何故か詰められていると感じたコベニは恐ろしさから悲鳴をあげる。

 

「なるほど、事情は分かりました。パワーちゃん、ちょっとこっちにおいで」

「ひっ!ち、ちがっ……、ワシはなにも悪く……」

「パワーちゃん、こっちに来ようか」

「……はい」

 

 二度はないと告げられたように感じたパワーは、大人しくマキマのそばへ移動する。

 首を刎ねられるのか、内臓を抉られるのかという恐怖に怯えるパワーの角を、マキマがそっと撫でる。

 

「うん、やっぱりね。このツノ……、パワーちゃん血を飲みすぎて力も凶暴性も上がっちゃってるんだね」

 

 確かに、言われてみればパワーの角がいつもよりも成長して伸びているように見える。

 

「もしかして、永遠の悪魔との戦いで血を飲みすぎたからっすか?」

「そうだよね。でも、永遠の悪魔との戦いで、その悪魔を倒す時に大量の血を使ったんでしょ。だから多分、今朝の悪魔駆除の依頼をパワーちゃんだけで解決したんでしょ。その時に摂取した血が決め手だったんじゃないかな?」

 

 デンジが原因について尋ねると、マキマはパワーを見つめながら、心当たりがあるような言葉を返す。

 そして、マキマはパワーの角から手を離して、この事態の解決方法を提案する。

 

「それじゃ、この歓迎会が終わったら、血抜きしないとだね」

「はい」

「血抜き?」

「そっ、パワーちゃんは定期的に血を抜かなきゃ、今よりも傲慢で恐ろしい悪魔になっちゃうの。それは、森野ホテルで悪魔と戦った時にもう見たんだよね?」

 

 その説明に、あの場にいた全員は、永遠の悪魔を圧倒するパワーの姿を思い出した。

 

「ていう事で、デンジ君。しばらくバディいなくなっちゃうけど、パワーちゃんのこと、しばらく借りていい?」

「そりゃいくらでも!」

 

 ガーン!と擬音語が聞こえそうなくらい絶望したパワーが、これが最後の晩餐とばかりに、から揚げや刺身を口いっぱいに頬張り始めた。

 

 マキマが揃ったことで、新人らの自己紹介タイムに入った。

 自分の名前と契約している悪魔に趣味を発表する。最初は普通の歓迎会の雰囲気だったのだが、自分達とは別の新人が悪魔に殺されたという話になってから、コベニと荒井の空気が一気に暗くなった。

 

「マキマさん、永遠の悪魔との戦いの報告を知ってるなら、あの悪魔がポチタを狙っていた。もっと具体的に言うなら、ポチタの事を恐れていたのは知ってますよね?」

「うん、知ってるよ。その悪魔がなんで恐れていたのかという理由もね」

「「っっ!?」」

 

 遠回しに探りを入れようとしたことをあっさり看破するマキマに、アキと姫野は驚いた表情を浮かべる。

 その反応を見てマキマがクスッと笑うと、アキと姫野は「しまった」と心の中で呟いた。こちらの意図が見抜かれている以上、マキマに対して正攻法はもちろん、裏をかく手段がどれほど効果を発揮するかも分からない。

 

「アキ君らが聞きたがっているのは分かるけど、それは秘密保持の為に言えない。けれど、私よりも飲んだら、ひょっとしたら口を滑らせちゃうかも」

「その言葉、本当ですね?」

「だったら、私もやるぅ!!」

 

 ポチタの秘密を賭けての飲み勝負が始まったが、蟒蛇のごとき飲みを披露するマキマに勝てるわけもなく、アキと姫野はテーブルに突っ伏してリバースしないように必死だった。

 

「おっ、これも美味そう!ポチタもこれ食ってみろよ。中に肉入ってる!!」

「ワンッ!」

 

 居酒屋の料理という、酒を飲めないデンジにとっては初めて入る店の料理に、ポチタと一緒になって楽しんでいた。

 そんなデンジの横に、先程までテーブルに突っ伏してダウンしていた姫野が近づいてきた。

 

「んあ?」

「ワフッ?」

 

 急にやって来た姫野にデンジとポチタが首を傾げていると、姫野がデンジの口元に顔を近づけた。

 そして……。

 

「ん」

 

 デンジの顔を掴んでキスを仕掛けてきた。

 

(なんで!?キス二度目?やべぇ、またベロキス!?しかも、今度のめっちゃ柔らかい!なんだコレ!?舌……じゃない?とろけてる!?)

 

 酔った姫野はキス魔になることを知らないデンジは急な二度目のベロキスに困惑している。

 その間に、口の中に最初の一回目とは違う感触が襲ってきて、デンジは姫野に何を口の中に入れられているのか気付いた。

 

『ゲロだ!!』

 

 マキマの尋常じゃないペースに乗せられて悪酔いしてしまった姫野は、デンジの綺麗なファーストキスの思いでを塗り替えるようなトラウマ(ベロキス)を植え付けた。

 そのあまりの最悪な事態に、それを見ていた一同は騒然とする。中でも、一番テンションを上げたのは、先程まで絶望していたパワーだった。

 

「マズいぞ!これはマズいぞ!あ~あ!」

「え?」

 

 口の中にゲロを放り込まれたデンジを見て騒ぎまくるパワーに、どうしたと荒井が反応する。

 

「デンジは口に入れた栄養になるモノを飲み込むクセがあるんじゃ!!」

 

 そんなパワーの言う通り、口の中に嘔吐されたゲロをデンジは吐き出すどころか、口を閉じて飲み込もうとしていた。

 

「ワワンッ!!!」

 

 まさかの事態に、慌ててゲロを飲み込む前に吐き出せとデンジの腹にポチタが全力の体当たりをぶちかます。

 

「っ!オエエエエ」

 

 間一髪、ポチタのファインプレーのおかげで姫野の嘔吐したゲロを飲み込まずに吐き出したデンジ。

 お座敷の床がゲロ塗れになってしまったが、最悪の未来に辿り着かずに済んだデンジは、涙を流しながら、口の中に残った吐瀉物を洗い流すべく、荒井に付き添ってもらいながらトイレへと向かう。

 

「シスベシフォーウ!!」

「ドフォ──ウ!?」

 

 ゲロキスされたデンジの敵討ちだとばかりに、怒りのポチタの回転キックが酔った姫野の頬に炸裂する。

 

「なっ!?」

「こいつ……!!」

 

 明確な悪魔の人間に対しての攻撃行為に、酔いつぶれていない面々が危険視して、捕らえようとする動きを見せる。

 だが、そんな彼らをパァン!と手拍子一つで止める。

 

「ストップ。今回のこれは明らかに姫野ちゃんが全面的に悪い。なので、ポチタ君には非はない。だから、罰を与えるのもなしね」

「はい……」

 マキマがそう言うと、確かに契約者にゲロを飲ませた姫野が悪いかと、悪魔を危険視していた面々も納得して引き下がった。

 ゲロキスの事件をきっかけに、これ以上店に迷惑をかけられないとの判断で、それぞれ解散することになった。店の外に出て、それぞれ帰路につこうとしている中、まだグロッキー状態のデンジにマキマが話しかけた。

 

「それじゃ、デンジ君。私はパワーちゃんを血抜きしなきゃならないから、酔ったアキ君を家に送って帰れるかな?」

「う~、了解です。マキマさんも、パワーのことよろしくお願いします」

 

 覇気のない声で答えるデンジに手を振って、絶望するパワーを連れてマキマは去っていった。

 残されたデンジはまだ口の中に吐瀉物の臭いを漂わせながら、酔ったアキを肩に担いで、夜の繫華街を通り抜けていく。

 

「俺のファーストキスの思い出が汚れちまった……」

「ワフゥ……」

 

 デンジの呟きに、ポチタが慰めるかのように足にすり寄って慰める。

 こうして、新人歓迎会という名のデンジの人生最悪の日は終わりを告げたのだった……。

 

 

 


 

 

 

 悪魔の契約条件である血の褒美をくれてやったその日の昼、甚爾は昼営業もしている近くの焼肉屋に足を運んだ。

 平日の昼間ということもあり、そこそこの客の多さと、店内の雰囲気も上々だった。

 俺は席に案内されると、既に決めてあったメニューを注文する。

 

「生ビール1つ、それから昼のAランチ定食と単品でハラミとカルビ2人前で……」

「ご注文承りました」

 

 店員が愛想よく対応し、厨房の方に注文を通しに行った。

 そんな店員の背中を横目に、俺は改めて店内を見渡した。昼から焼肉とは贅沢な気もしないでもないが、懐事情は温かいので問題はない。

 血を流して貧血気味なので、早く注文した料理がこないかお冷を飲んで待っていると、俺の隣の席に別の客が案内された。

 

「いや~、昼間から焼肉なんて贅沢だな。でも、この間取引先からもらったクーポン券もあるし、たまには贅沢も必要だよな」

 

 なんだか妙に独り言の多いサラリーマンが隣の席に座った。どこかで見たような顔立ちな気もするが、なぜか俺の頭には中国版ドラ○もんのイメージが浮かんでくる。

 少し気になりつつも、お冷を一口飲むと、サラリーマンはメニューを開いて店員を呼び始めた。

 

「すみません!この昼のBランチ定食でお願いします」

「ご注文承りました」

 

 手早く注文を済ませ、厨房の奥に店員が消えていったのを見届けると、再びサラリーマンの独り言が始まる。

 

「今日は会社に半休申請したから、服に焼肉の匂いがついても全然問題ない。家に帰っても妻と子供は幼稚園のイベントで少し遅くなるらしいし、焼肉の匂いを嗅ぎつけて文句を言ってくる前に、服を洗濯して風呂に入れば全て解決!こんな最高のチャンスでもなければ昼間から焼肉なんて来られないだろう!」

「…………」

「あっ!すみません!」

 

 ガッツポーズで一人テンションが上がっていたサラリーマンは、俺の視線に気づいて、慌てて頭を下げて謝った。俺は特に気にしていないので、無言で手を挙げて大丈夫だと伝える。

 

「お待たせしました。ご注文のAランチと生ビールです。残りのご注文の品は少々お待ちください」

「ゴクリッ……」

 

 俺の席に置かれた料理、それとキンキンに冷えた生ビールを見て、隣のサラリーマンが生唾を飲む音が聞こえた。

 俺は気にせずに、生ビールのジョッキを持って、ゴクリと喉を鳴らすと、サラリーマンが羨ましそうに俺の生ビールを見る。その視線を無視して俺はグイッと生ビールを呷った。キンッキンに冷えたビールの喉越しは最高だ。

 

「ふぅ~……」

 

 そして、空になったジョッキを置いて、店員を呼ぶ。

 

「生ビールもう1つ追加で」

「かしこまりました」

 

 空になったジョッキを下げて厨房へと消えていこうとした店員に、隣のサラリーマンが呼び止める。

 

「あっ、すみません。こっちも生ビールを1つ」

「はい、かしこまりました」

 

 申し訳なさそうに注文するサラリーマンは、少し恥ずかしそうにして俯いた。俺は気にせずにAランチに手を付ける。

 この店のAランチは塩だれ焼肉と白米とサラダの組み合わせ。俺は早速塩だれ焼肉を白米の上に乗せて、一気にそれを頬張った。

 

「うめぇ……」

 

 味がどうこうなんて関係ない。ただひたすらに美味い、それだけの感想。塩だれ焼肉と白米を一緒に頬張る、この美味い飯こそが最高の贅沢だ。

 それをさらに贅沢にするのが……。

 

「お待たせいたしました。生ビールとハラミとカルビ2人前です」

「なにぃ!?生ビールのおかわりに加えて、ハラミとカルビを2人前だとぉ!!?」

 

 俺の席に追加で持ってこられた品に、隣のサラリーマンは驚いて声を上げている。

 メニューと財布を見比べて悩む素振りを見せるサラリーマンを横目に、俺は届いたハラミとカルビを焼いてる隙に、生ビールを楽しむ。

 

「お待たせしました。Bランチと生ビールです」

「おぉ!待ってました!!」

 

 どうやら、隣のサラリーマンの席にも注文した料理が届いたようだ。

 テーブルの上に置かれた料理に舌なめずりをしそうな顔で、サラリーマンは早速生ビールを手にする。

 

「では早速といきたいところだが、こんな平日の昼間から他の同僚や家族に黙って焼肉とビールはちょっぴり罪悪感があるよな。仕方がない、使うか今!ここで!!」

「…………?」

 

 隣のサラリーマンが両手を広げてから印を結んだ。

 

『領域展開 昼飯の流儀』

 

 説明しよう。領域展開昼飯の流儀とは、自分が座った席の空間内を「ここは美味しくご飯を食べる場所」と自己暗示という名の結界で包み込み、平日の昼間からお酒を楽しんでも、家族に内緒で焼肉を堪能しても罪悪感を抱かないようにする、サラリーマンの究極の技である」

 

 多分、心の中で説明してたんだろうが、普通にその心の声が駄々洩れで、隣のサラリーマンの独り言が丸聞こえだ。

 というか、今あのサラリーマン領域展開って口にしなかったか?いや、ただの偶然だろう。自己暗示とか言ってたし、この世界の漫画かなにかで似たようなものはあるんだろうな。

 

「じゃあ、改めて。はふっ!んぐんぐ!かぁ~!!この為に生きてんな!!!」

「はぁ?」

 

 見間違いか!?隣のサラリーマンが料理に手をつけて酒を飲んだ瞬間、顔が一瞬劇画みたいに変わりやがった。しかも、何故かこの後熱海に向かわなければと、急にそんな使命感が湧いてきた。

 いやいや、ただの気のせいだと頭を振って正気に戻る。

 

 もう隣のサラリーマンの言動に反応するのはやめておこう。俺は焼けたハラミとカルビを楽しみながら、ジョッキに残った生ビールを流し込んでいく。

 

「ふぅ〜、食った食った!満足したぜ!!」

 

 どうやら隣は食い終わって店を出るようだ。

 

「お会計は合計で3000円になります」

「あっ、クーポンあります」

「はい。あれ、申し訳ありませんお客様。このクーポンはAランチ対応となっておりまして、Bランチは対象外となっております」

「なにぃ〜〜〜!!?」

 

 うわ、ダサッ。っていうか、オチまであんのかよ。

 

「あっ、すみません。生ビールおかわりとカルビとハラミとホルモンとビビンバ追加で」

 

 まあ、あのサラリーマンにならって、俺も自分の昼飯の流儀として、金やクーポンに拘らずに、美味い飯を満足いくまで堪能するか。

 




呪術だと思った?残念、ヒロシでした
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