「ん……、あれ、何処だここ?」
目を覚ましたデンジが最初に目にしたのは、どこかで見覚えのある天井と真っ白なベッドだった。身を起こすと、体中に鈍い痛みが走り、それをきっかけに意識を失う直前の状況が鮮明によみがえった。
「っ!そうだ、ポチタ!ポチタは──っ!!」
ベッドから跳ね起きて、ポチタの無事を確認すべく、デンジは病室らしき部屋を飛び出した。
廊下に飛び出した先で誰かにぶつかってしまう。非は自分にあるものの、デンジは今の苛立ちをぶつけるようにその相手を睨みつけた。
そこには、黒いスーツを着た公安らしき男女二人が立っていた。
「君がデンジ君やな?ああ、落ち着き。さっき君が叫んでた悪魔、あの子はマキマさんが預かっとるから、心配せんでもええよ」
「マキマさんが?」
あのヤクザに連れ去られたわけではないと知り、デンジは安堵の息を深く吐いた。そんなデンジの様子を見て、目の前の男は興味深そうにデンジを眺めていた。
「にしても、さっきのアキ君もそうやけど、ほんまにそのポチタって悪魔は好かれとるようやね」
「アキ?アンタ、アキに会ったのか?」
「そうやで。っと、そういや自分らの自己紹介を忘れとったな。ウチは京都から来た黒瀬ユウタロウ言います。こっちはバディの天童ミチコ言いまんねん」
「どうぞ、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく……」
ポチタの無事を知って緊張が解けたデンジは、気の抜けたような返事をする。そんなデンジの態度にも、二人は怒ることも不快感を示すこともなく、先程と変わらない様子で接してくる。
「まあ、俺達がデンジ君に会いに来たんは、さっきの悪魔の無事の報告と、おまけで見舞いに来たさかい、もう帰りますわ」
「それでは……」
そう言って、二人はデンジに背を向けて去って行った
しかし、その途中、黒瀬がふと思い出したように立ち止まる。
「ああ、そうや。2つ伝え忘れてたことがあったわ。この後、マキマさんが君のお見舞いに来る。その時に、弱い君を強くするための指導役の先生を紹介するらしいのが1つ。もう1つは、4課で生き残ってるのは、アキ君と君のバディの魔人とコベニって女の子、それともう一人いたらしいけど、もう公安を辞めてしまったらしいで」
「ああ、そうっすか……」
「なんや冷めた反応やな。美人のマキマさんがお見舞いに来てくれるのが嬉しい!とか、仲間が一杯死んで悲しい!とかないん?」
「まあ、マキマさんが来てくれるのは普通に嬉しいっすけど、仲間が死んだって言われても実感湧かねえし、そもそも、喋ったこともあんま無かったんで」
デンジのドライな反応に、黒瀬は目を丸くした。だが、一方で納得する部分もあったようで、苦笑した。
余計なことを言うなとばかりに、相方の天童に頭を叩かれた黒瀬は、本当に反省しているのか分からないような軽い謝罪でその場を済ませた。
なんにせよ、二人はもっと重い反応を予想していただけに拍子抜けしたが、それならそれでいいかと思い直して、今度こそ二人は帰っていった。
そうして、ポチタの無事を知れたデンジは体が痛いのを思い出して、先程まで自分が寝ていたベッドに大人しく横になって、今後のことを考えながら眠りについた。
「デンジ君、デンジ君……」
「うぅん……、誰だよ……って、マキマさん!?」
誰かの呼ぶ声でデンジが目を覚ますと、そこにはマキマの姿があった。驚きのあまり飛び起きようとしたが、体が思うように動かず、中途半端な体勢のまま固まってしまった。
そんなデンジを見て、マキマは真剣な表情で「大丈夫、デンジ君?」と心配そうに声をかけた。
「うっす!寝起きでちょっとびっくりしちゃっただけで、体の方だってもうこの通り!」
「そっか……」
両腕を上げて元気いっぱいな様子を見せるデンジに対し、マキマは特に感情の籠らない声で答えた。
そんなマキマの態度に、デンジは何か怒らせてしまっただろうかと不安になるが、そんな不安は次に聞こえた声で飛んでいった。
「ワン!」
「ポチタ!お前も無事だったんだな!?」
マキマの隣から姿を現したポチタを見て、デンジは喜びのあまり抱きしめた。
再会の喜びに浸る中で、デンジはふとマキマの存在を思い出し、ポチタを布団の上にそっと置いて、ここに来た理由を尋ねた。
「あの、そういやマキマさんがここに来たのって、俺とポチタを会わせるだけじゃなくて、なんか俺を鍛える人を紹介するんすよね?」
「うん、そうだよ。黒瀬さんが言ったように、今のデンジ君じゃ敵勢力に敵わなそうだからね。そんな君を指導してくれる人を明日紹介するね」
明日という急な話に驚いたデンジだったが、それ以上に一つの不安が頭をよぎった。
寝る前にポチタの無事を確認してベッドに横たわっていた時に考えていたのは、初めて戦闘中に血を吐いて倒れた自分のせいでポチタを危険な目に遭わせてしまったこと。この先どんなに強くなっても、この心臓ではいずれ命を落とすだろう。それが日常ならまだしも、戦闘中に倒れることを考えると、不安と恐怖が胸を締め付けた。
しかし、黒瀬という男から聞いた話の中に、今回の襲撃で生き残った誰かが公安を辞めたという事を思い出し、それがデンジの中で一つの選択肢として浮かんできた。
「あの、マキマさん。俺、その指導ってのされても意味ねえかもしれないっす。だって、俺の心臓が病気で、いくら強くなっても、また倒れるかもで、その……」
公安を辞めるなんて言葉はどうしても出てこない。クソみたいなヤクザを殺して金を稼ぐ道を絶たれた時に助けてくれた恩人であり、しかも見惚れるほどの美人に、そんな恩を仇で返すような後ろめたい真似はできないでいた。
それを察したマキマは、デンジの心臓あたりを指で軽く突き、これまで崩さなかった無表情を笑顔に変えて、優しく語り掛けた。
「大丈夫、だって今のデンジ君の心臓はもう病気になんてなってないから」
「ふぇ……?」
マキマはまるで母親のような慈愛に満ちた表情を浮かべており、デンジは胸が締め付けられるような感覚に戸惑いながら、その言葉をゆっくりと心の中で噛みしめていた。
そして、「心臓の病気が治った?どうして?」という疑問が頭をよぎる中、病室の扉が開き、アキが姿を現した。
「どうやら、デンジもポチタも無事のようだな」
「あれ?早パイ、なんだよ見舞いかよ?」
「まあ、そんなとこだ。マキマさん、こっからの説明は俺が引き継ぎます」
「うん、じゃあよろしく頼もうかな。それじゃ、デンジ君。また明日ね」
「あっ、マキマさん……」
アキと交代するように病室から出ていくマキマに、デンジは無意識に引き留める言葉をかけるが、既に廊下へと出てしまったマキマに届くことなく静かに扉は閉まった。
ドアが閉じた後も未練がましく見ていたデンジだったが、そんなデンジの心境を知ってか知らずか、アキが先に口を開く。
「さっき部屋に入る前にチラッと話の内容は聞こえた。お前の心臓だがな、それはもうお前のじゃない」
「俺のじゃねえ?言ってる意味が分かんねえな?」
「だな。今のは少し端折り過ぎた。もう少しちゃんと説明する」
そうしてアキの口から告げられたのはデンジの心臓は既に病に侵されきっており、先の戦闘で無茶な動きをし続けたせいで限界に達していたということだった。
このままでは一生寝たきりで寿命も短いと医者に診断されたが、今回の襲撃事件で亡くなった荒井の心臓が移植されたことで、現在の状態まで回復したようだ。
「ふ~ん、じゃあもう俺の心臓じゃねえんだ。でも、人間の心臓って死んだ奴のと取替えることが出来るんだな。初めて知ったぜ」
「普通は無理だ。他人の臓器を取替えたりなんかすれば拒絶反応というものが出る。精々が延命治療程度のものだが、マキマさんが公安で管理している悪魔の力で無理矢理に治療したらしい」
「へ~、じゃあ俺はラッキーってことだ。けどよ、なんで野郎の心臓なんだよ。出来るなら男よりも女の心臓の方が良かったぜ」
そんな感謝の念もないデンジの一言に、アキはふとホテルで姫野が言った『デンジ君だって、自分の心臓になるなら、野郎なんかよりも、私みたいな美女がいいでしょ!』という言葉を思い出す。
「文句を言うな。荒井の善意を蔑ろにする気か」
「善意?死んだから俺の心臓になっただけだろ」
「違う。俺も、姫野先輩も、荒井だって、死んだらお前に心臓を提供すると決めていた。前々からな」
「はぁ?なんで……?」
アキはヒルの悪魔との戦いの後、デンジが心臓に病を抱えていることを知っていたと明かした。その時点で知っていたのはアキだけだったが、森野ホテルでデンジがトイレで血を吐いたのを見た姫野に事情を話した。実はその話を、部屋に引きこもっていた荒井も偶然聞いていたようで、騒ぐパワーとデンジの声が気になり顔を出そうとした際、盗み聞きする形で知ったらしい。そして、新人歓迎会の後、姫野にドナー提供の合意をしたと報告してきたという。
「なんか、俺の知らねえところで随分話が進んでたんだな。まっ、最初から心臓をくれるっていうんなら、感謝はしといてやんねえとな!」
「ワフッ!」
そう言って、デンジは布団の上に横になり、その腹にポチタを乗せて満足げに笑みを浮かべた。そんなデンジを、アキは複雑な表情で見つめる。
「なんだよ。これでもちゃんと感謝してるつもりだぜ」
「いや、それはもういい。ただ、明日マキマさんが紹介する指導役のデビルハンターだが……、覚悟しておけよ」
それだけ言い残して、アキは病室を後にした。
そんなアキの不穏な最後の言葉も、心臓の問題から解放されたデンジにはどうでもいいことで、ポチタを抱えたまま病院を抜け出し、飯を食いに行った。
とあるゴーストタウンと化した夜の街で、悪魔と対峙する男がいた。
「待て!待ってくれ!!」
「そりゃ無理な相談だ。なんせ俺は愚かで下等な弱っちい人間なんでな。偉大なる悪魔様を相手に舐めプなんざ出来ねえだろ」
命乞いをする悪魔は、日本式の白い鎧兜を身に纏い、白い陣羽織を羽織った鎧武者だった。
出会ったのは本当に偶然だった。マキマの監視から逃れるために群衆の中に混じって、そのまま現場から離れて悪魔被害でゴーストタウンとなった街に迷い込んだところを、道の真ん中で白い鎧兜の悪魔が鎮座していたのだ。
遭遇したときには「命が惜しければ、首を垂れて平伏せよ!愚かな人間よ!!」と威勢を張っていたが、甚爾がその足元に唾を吐き捨てた途端、冷気を纏った刀を手に叩き切りに掛かってきた。
鎧武者らしく武芸に長けているのだろう。その太刀筋は見事なものだったが、油断と慢心の一撃では甚爾に通用するはずもなく、刀の切っ先が髪にかすめる程度で紙一重の回避に成功した。
そのまま、地面に振り下ろされた刀の峰を足で踏みつける。
「貴様!武士の魂になんてことを!!むっ!!?」
武士の魂ともいえる刀を足蹴にされたことで怒りを燃え上がらせるが、甚爾の異次元の身体能力と相手の動きに合わせた体重移動による押さえつけにより、刀を踏みつける足を払いのけることができなかった。
「期待外れだな。今の俺はちょっとばかし悪魔って存在に難儀してるってのに、こんな程度じゃ警戒している俺が馬鹿みたいに思えちまうだろ」
そうガッカリしたように呟く甚爾は、刀を踏みつけていた足を解放した。突然自由になった悪魔は刀を取り戻そうと力を入れたせいで、態勢を崩し数歩後退してしまう。
漫画で見ればクスっと笑ってしまうようなシーンだが、実際に戦闘中の甚爾にとっては内心で呵呵大笑しながら、チャンスとばかりに悪魔の手を蹴り飛ばす。
「なっ!?ワシの刀があぁぁぁ!!!」
「こいつは貰っとくぜ」
蹴られた衝撃で悪魔の手から離れた刀が、宙をくるくると舞うのを甚爾がキャッチして奪い取る。悪魔の刀だから何かしらの特殊能力があるかと期待してみたが、さっきまで悪魔が握っていた時には冷気を放っていたのに、今のこの刀からは何の力も感じられない。
どうやら、この刀はただの普通の武器らしい。その場で何度か素振りしてみても、水や炎、氷といったエフェクトは一切発生しない。やはり、悪魔の武器自体はただの装備で、悪魔本体が何らかの能力を付与していたと考えるべきなのだろうか。
「ちっ、なんちゃってでもいいから、水の呼吸とか炎の呼吸とかしてみたかったんだが、諦めるとするか」
「返せ!それはワシの刀ぞ!!」
「やだね!返して欲しけりゃ、俺のこの首でも叩き落とすんだな」
「うぬぬぬ!!人間の癖に小癪なぁぁぁ!!!」
悪魔が刀を取り返そうと襲いかかる。しかし、その動きは甚爾にとってはあくびが出そうなほど遅く、余裕をもって回避する。
ついでと言わんばかりに、悪魔の伸ばした右腕を奪った刀で斬り落とす。
ズバッ!という音とともに悪魔の右腕は宙を舞い、地面にボトッと落ちる。ただの刀に戻ったこれで切れるか半信半疑だったが、どうやら名刀の類だったらしい。
「ぐわああぁぁああ!!う……腕がぁぁぁ!!」
「いい切れ味だ。刃物系の悪魔と契約はしているが、サブウェポンとして十分に期待が出来るな」
悪魔の右腕、それも鎧ごと斬り落とした刀の刃を見つめながら、甚爾はその刀の評価を上げる。
斬られた腕から血を流しながら睨みつける悪魔を見て、後はただの消化試合だろうと心の中で楽観していたその時、背筋に悪寒が走る。
いや、実際に周囲の気温が下がっていることを五感で感じ取り、甚爾は油断や慢心を振り払って悪魔を注視する。
目を凝らすと、薄っすらと悪魔の周囲に霜が降りているのが見える。そして、今持つ刀を悪魔が握っていた際に、冷気を纏っていたことを思い出す。
「鎧+冷気の悪魔。なにがモデルだ?」
「っかあああああ!!!」
目の前の悪魔がただの鎧武者の悪魔かと思っていた甚爾が考察していると、悪魔が口を開いて輝くような銀色の風を吐き出した。
一瞬の予備動作から、悪魔が何を仕掛けてくるのか察した甚爾は既に周囲の家の屋根へと回避していたが、先程まで甚爾が立っていた道が氷漬けになっていた。
「ドラクエのかがやくいきかよ……」
「おのれ、さっきからちょこまかと逃げ回りおって!!」
「あん?腕を斬られて絶叫してた奴のセリフとは思えねえな」
逃げる甚爾を追いかけながら、悪魔は氷の息を立て続けに吐き出す。しかし、攻撃前のほんの僅かな息を吸う予備動作の間に、甚爾はすでにその場から姿を消しており、どの攻撃も空振りに終わっていた。
「さて……、お遊びはここまでだな。マキマに見つかる前に、そろそろ終わらせよう……」
「な、なにっ!?」
悪魔の攻撃から逃げ続けていた甚爾は何も無策で逃げていたのではなく、悪魔の背後を取れる絶妙な位置と距離を計算していた。
ついにそのベストポジションを掴んだ甚爾は、驚異的なスピードで悪魔の背後に回り込み、両足を一刀両断で斬り飛ばした。
こうして、片腕だけとなった悪魔は地面に転がり、物語冒頭の命乞いの場面へと繋がるのだった。
「あのさ、答え合わせとして聞いとくけど、鎧兜に冷気って、お前もしかして冬将軍か?」
「そ、そうだ!いや、そうです!」
まさかの正解に、何処かの素晴らしき祝福された世界が頭に過ったが、それはとりあえず置いといて。
冬将軍か……と甚爾は何やら考え込み始めた。今後の戦う予定の悪魔との相性を考えるが、どれも当てはまらない。つまるところのハズレという訳だ。
「まあ、将軍だったなら、負け戦でその首置いてけ!!」
「待っ──!!」
命乞いを無視して首を刎ね飛ばした。後に残った死体を調べても銃の悪魔の肉片の気配はなく、完全にハズレの悪魔だった。
強さもそこまでではなく、契約した悪魔を呼び出す必要もなく無傷で終わり、少し物足りなさが残った。
「しゃあねえ、美味い飯屋でも探して気晴らしするとするか。まあ、なんの成果も無かった訳じゃねえしな」
悪魔の死体から鞘を回収して、新たに手に入れたサブウェポンを腰に差す。
「あ、刀の恐怖が上がったら、サムライソードの奴が強くなったりするのか?まあ、どうにかなるだろ。それよりも飯だ、飯……」
甚爾が雑魚だとか小物だとか感想欄でひたすら書かれるから、ちゃんとした戦闘シーン入れました!!
ちゃんとこの世界の甚爾君は強いです!!!
あと、高評価か低評価しかないんで、願わくば高評価をプリーズ!!!