俺がデビルハンターになって結構な時が経った。普段は俺とデンジが組んで悪魔を殺しているが、ガキと言える年齢から青年といえる程度の年齢に成長した今では、デンジも俺抜きで充分に悪魔を殺すことも出来るようになった。
原作では臓器や目玉を売っていたデンジだが、俺が傍にいるおかげでヤクザたちも変に手出しはできず、五体満足のままでいられている。
「こい、鎌の悪魔」
右手を突き出して鎌の悪魔を呼ぶと、虚空から鎌が出現する。それを掴んだと同時に地面を蹴り上げて、常人では考えられない速度で目の前の悪魔に肉薄する。
「っなぁ!?」
「俺の生活費になってくれてあんがとさん」
鎌の一振りで悪魔は真っ二つに両断される。俺は悪魔の返り血を一滴も浴びることなく戦闘を終了させると、ヤクザに渡された携帯で迎えを寄越すように連絡を入れる。
『おかけになった電話は──』
繋がらない電話を切って俺は舌打ちをする。
「ちっ!繋がるようにしていやがれよ」
通じない電話をポケットに入れて、悪魔の死体を近くの物陰に投げ捨てるように隠すと、俺はヤクザの事務所に乗り込んでいく。
「おい、悪魔を殺したぞ……って、いねぇのか」
事務所の扉を開ける前から人の気配を感じていなかったが、開けたら本当に人っ子一人いなかった。
事務所を荒らされた形跡もなし、金品や書類もそのままで、まるで夜逃げのようだと感じながら、俺は置かれている書類に目を通していった。
そこに書かれている内容はヤクザならありふれた物騒なものばかりだったが、1つだけ目に留まる内容が書かれていた。
「銃の密輸入か……」
銃の悪魔が世間を騒がして以降、銃の所持は遥かに重罪となっている。
当然、そうなれば銃の入手も厳しくなり、ただのヤクザじゃ銃を手に入れるのなんて不可能に近しい。
それでもこうして銃の売買に関する書類があるのはどういうことかと頭の中で整理すると、1つの解が浮かび上がる。
「ああ、そうか。原作開始が近いのか……」
俺は事務所を出ると、原作開始となる廃工場を虱潰しに探して回った。
「なぁ~、まだ着かねえのか?」
ヤクザが運転する車の後部座席で悪魔と一緒に座っているガラの悪いガキが悪態をつく。
「親父、なんであんなガキを好きにさせとくんですかい?」
「いいからお前は黙って運転してろ」
まだヤクザになりたての新人の頭をドつくと、組長はバックミラー越しに態度のデカイデンジを睨みつける。
昔、まだデンジが悪魔と契約したばかりの頃はこんなではなかった。
借金を盾に従順に言うことを聞く駒だったガキのデンジがこうも変わったのはあの悪魔のようなガキと出会ってからだった。
当時、デンジが狩った悪魔を、どこからともなく現れた年上の子供に横取りされたと聞いたときは、ふざけた真似をしやがってと一瞬腹が立ったが、よくよく話を聞いてみると、その子供には身寄りがなく、倒した悪魔を食料にしていると知ったときは、これは使えると思ってほくそ笑んだ。
すぐに動ける若い奴らを使ってそいつを捕まえ、労働力か、外国に売り払えるようにしろと命令した翌日くらいだった。使いに出した連中の1人がボロボロになって事務所に戻ってきた。誰にやられたのか聞くと、捕まえようとしたガキだと言う。ガキ相手にこのざまとは何事だと怒鳴り散らしたのを覚えている。
ヤクザにとって面子は命だ。面子を潰された以上、そのガキを捕まえて後悔させるしかない。今度はウチの組から腕利きの連中を送り込んだ。明日にはボロボロになったガキが連れて来られると高をくくっていたが、その予想は見事に外れた。
組でも屈指の実力者たちが血塗れで事務所に戻ってきたのだ。そしてその直後、件のガキが不敵な笑みを浮かべながら事務所に乗り込んできやがった。俺は恐怖した。孫よりも若いそのガキが、頬に血をつけて堂々と現れたことに。
「よぉ、俺を捕まえようとしたのはアンタか?」
ヤクザの事務所に乗り込んできた癖に、まるでご近所挨拶かのように気軽に声を掛けてくるガキにビビったのは俺だけじゃねえ、血の気のある若い奴が壁に立て掛けられてある長ドスを手に取ってガキに斬りかかりに行った。
その時俺はガキを殺して面倒事になると思うよりも先に安堵した。これで不気味なガキが死んでくれると。
だが、ガキは襲いかかってきた若い奴の斬撃をいとも容易く躱し、逆に顔面に右ストレートをぶち込んだ。
「がぁっ──!!?」
「おら、どうした?もっと頑張れよぉ!!」
後ろに吹き飛びそうな若い奴の服を掴み、そのまま引き寄せて今度は何発も拳で顔面を殴りつける。若い奴の顔は腫れ上がり、至る所から血が噴き出す。それでもガキは殴るのを止めない。俺は恐怖した。あのガキが人を殺すことを躊躇わない人間であること、そして若い奴を殴り続けるその姿に、人間ではない何かを感じた。普通、人は人を殴ることに忌避感を持つ。それはヤクザでも同じで、人を殴るときには自身を激高させ、怒りでその忌避感を振り払うものだ。
しかし目の前のガキはどうだ?淡々と作業のように、人を殴殺しかねない勢いで殴り続ける。その姿に、俺はしょんべんが漏れそうだった。
「ありゃ、もう気絶しちまいやがったのか?」
殴られ過ぎて気を失った若い奴をゴミのように放り捨てると、そのガキは俺に向かって歩いて来やがった。
「こ、殺せぇ!!」
俺は必死に事務所の手下どもに号令をかけた。当然、今の光景を見て怯えている奴らもいたが、ヤクザの世界では親分の命令は絶対だ。
ナイフ、バット、鉈を手にし、一斉に襲いかかる手下ども。 どれだけ強かろうと、所詮はガキだ。数の暴力には敵わないと思いながら、手下たちがそのガキに殺到する様子を見ていた。
だが現実は違った。若い奴が持っていたナイフをかわし、バットを持った奴の手首を打ち据え、鉈を持った奴の腕を受け止めて握り潰す。 そこから先は塵殺という言葉がふさわしい無双劇だった。壁に、床に、天井に、襲いかかった手下たちが埋め込まれていく。 俺の机の上に、手下の一人の歯が転がってきた時には、思わず情けねえ悲鳴を上げてしまったもんだ。
「お前、偉そうだな」
気付けば俺の前に立っていたガキは机を踵落としでぶっ壊し、俺はいつの間にか床に叩き付けられていた。
這いつくばるような形にさせられた俺の頭の上に足を置いて、そのガキは3つの契約を結ばせた。
1つ、俺が狩った悪魔の死体を適正価格で買い取れ。
2つ、俺に今後余計なちょっかいをかけるな。
3つ、迷惑料としてお前らの持っている家を一軒俺に寄越せ。
俺はその契約を了承した。死にたくないからじゃない、俺だってヤクザだ。世の中には逆らっちゃいけない人間の区別くらいつく。このガキは俺みたいなただの人間が逆らってはいけない存在だとな。だから承諾したんだ。
ガキ一匹に組を潰されたなんて噂されたら面目が立たない。だから、当時の俺はこの話が他の組の連中に漏れないよう必死だった。
そのせいで、デンジがあの悪魔みたいなガキに近づくのを止める暇もなかった。気づいたらデンジはあのガキの子分みたいについて回り、俺らはもうデンジを気軽にこき使えなくなっていた。
「なぁ~、なぁ~、俺さ早く帰ってアニキと飯食いに行きたいから、もっと飛ばしてくれよ!」
「……デンジの言う通り、スピードを上げてやれ。今は夜だ。人通りも少ない」
「はい」
昔は素直に言うことを聞いていたデンジの姿はもうどこにもない。あの悪魔のガキから変な影響を受けて、俺たちヤクザを舐めるような態度を取るようになった。
もちろん、俺たちに逆らうような生意気なガキなんて必要ない。悪魔を退治中に亡くなった──そう、あの悪魔のガキに報告するつもりで、公安が来るような強力な悪魔の元にデンジを向かわせた。借金の件は惜しいが、いつ俺たちに牙を剝くかもしれない危険分子を放っておくわけにもいかないからな。見殺しにするつもりで送り込んだんだ。だが、デンジは生き延びやがった。
奴はあの悪魔のガキに色々と仕込まれたのか、今や並のデビルハンターよりも強くなっていやがる。
「着いたぞ」
夜の廃工場は不気味で、悪魔が根城にしていそうな気配がプンプンしている。
運転していた新入りの若い奴も、廃工場の雰囲気に呑まれてビビッてやがる。それに対して、デンジの奴はビビる素振りもなく、飼ってる悪魔と一緒にはしゃぎながら、手に入った金で何処の飯屋に行くか相談してやがる。
「…………見当たらないっすね。何処かに隠れたとか?」
先頭を歩く俺の後ろを着いて歩くデンジは吞気なもんだ。
これから起こることも知らずにな……。
「お~い!何処にいるんだ、悪魔。さっさと出てこいよ」
「静かにしろ、デンジ」
ごく普通の注意をしてくる組長のジジイに対し、俺は「へ~い」と気の抜けた返事だけを返す。それに対して、ジジイは特に何も言わず、廃れた廃工場の奥へと無言で歩き続ける。
なんとなくきな臭い雰囲気を感じながらも、俺は言われた通りに黙って後をついていく。やがて廃工場の奥深くにたどり着いたところで、ジジイは立ち止まり、振り返ることなく話しかけてきた。
「デンジよ。お前は昔と違って生意気になりやがった」
「あぁ?どうしたよ突然、ついにボケちまったのか?」
「テメェが薄汚ねえガキの頃は犬ッコロみてぇに俺の言うことを素直に聞いて、安い報酬で働いていた。だが、今はどうだ?あの悪魔のガキみたく俺らヤクザを舐め始めてきて、今日も俺らをタクシーかなんかと勘違いした発言をしやがる」
「はぁ?その話長くなんの?年寄りの長い説教とか面倒でダルいんだけど……」
「その態度、オメェ、俺らヤクザを舐めてんじゃねえぞ」
漸く振り返ったジジイの目に殺意が籠っていた。そこで俺は気が付いた。
(あっ、このジジイ。俺を殺す気だ……)
そう悟ったと同時に、背後から忍び寄ってくる足音を捉えて、横にステップを踏むように避ける。
すると、先程まで俺のいた場所に運転手だったヤクザが長ドスを突き出して飛び込んでいやがった。
「ああ、そういうことかよ、ジジイ。だったら、こっちも遠慮はいらねえなぁ!!!」
ポチタの尻尾にあたるスターターロープを引っ張ってエンジンを吹かし、殺そうとしてきたヤクザの頭めがけてチェンソーの刃を振り下ろす。
「あっひゃっひゃっひゃ!!!ヤクザ舐めてるだって?んなの当然だろ。不意打ちでも俺とポチタを殺せないような雑魚の集団なんてぜぇ~んぜん怖くねぇってぇ~の!!」
バッサリとヤクザをポチタで切り裂き、血飛沫を浴びながら俺は高笑いを上げる。
その様子を見ていたジジイは、慌てた様子を一切見せないでいた。
「アニキと違って俺なら殺せるだなんて思ってやがんのか?だったらお前ら馬鹿だぜ!俺とポチタが揃えばどんな悪魔だってぶっ殺せるんだからよぉ!お前らヤクザなんかが俺らに敵うかよ!!」
「流石に俺もヤクザの力だけで、お前らに勝てるだなんて思い上がっちゃいねえ訳よ。だからよ、テメェみてえに悪魔と契約することにしたんだ」
ジジイの後ろから悪魔が姿を現した。
そいつはグロテスクな見た目をした悪魔で、ジジイを内臓っぽい触手みたいなので突き刺して浮かばせる。
「そう、だから君を殺す為に僕はこいつらヤクザと契約したんだ。望む対価はデビルハンターの死!」
廃工場の壊れた天井から差し込む月明かりで全体像が露わになった悪魔が俺とポチタを見下すように宣言する。
すると、奥の方から手に武器を持ったゾンビみてえなのがゾロゾロと現れる。
「君、凄く強いんだってね。僕の力がないと勝てないってこいつらが泣きついてきちゃってさ。でも、馬鹿だよこいつら。めっちゃ馬鹿!僕の悪魔の力をあげるっつったらさぁ!自分から僕の奴隷になってくれんの!!僕はゾンビの悪魔だからね、こうしてヤクザ全員ゾンビにしてあげたわけ。死なない不死の軍団の完成って訳だけど、つよ~いデビルハンターの君は僕のゾンビ軍団に勝てるかな?」
「はっ!上等、死なねえだけで、元は雑魚のヤクザ共だろ!!だったらよ、俺とポチタの敵じゃねえな!!!」
その言葉と共に群がるゾンビの中に突入する。
「あ~あ~!うるせぇんだよ、ゾンビども!!そんな鈍い動きで俺とポチタを止められるなんて思うなよ!!!」
ゾンビ映画のように鈍い動きのゾンビは、日頃から悪魔を狩っているデンジにとっては脅威になり得ない。ポチタのチェンソーの刃を伸ばしてバラバラに切り刻めば、不死身のゾンビでもただの肉塊に変わってしまう。
「俺はアニキにビシバシしごかれたんだ!テメェらみたいな雑魚が相手になると思うんじゃねぇ──!!!」
「噓でしょっ……?」
無数のゾンビを悪魔の力ありとはいえ、たった1人で殲滅していっている俺に、ゾンビの悪魔は驚愕の声を上げる。
「げっひゃっひゃ!ビビってる、ビビってる。アニキは言ってたぜ、喧嘩でも殺し合いでもよ、ビビった奴から負けるってな!!」
「っ!に、人間風情が!!悪魔の僕に勝てると思っているのか!?」
「ひひっ、だったら俺を殺してみせろよ、悪魔!!」
ゾンビの悪魔の挑発に俺は余裕綽々で応じる。それに対してゾンビの悪魔は怒りの表情でジジイを後ろから刺した触手を飛ばしてくる。
だがそんな不意打ちでもなんでもない、闇雲に飛ばした攻撃がアニキから戦闘の手ほどきを受けた俺に当たるもんかよ。
「オメェさては弱いだろ!そんな見え見えの攻撃なんざ、アニキのヤベェパンチやキックに比べたら屁でもねえんだよぉ!!!」
「ギャアァァァ──ー!!!」
ゾンビの悪魔が繰り出した触手は、俺が振るったポチタの刃によってズタズタに切り裂かれ、悲鳴を上げた。
「アニキはもう一つ言ってたぜ!チャンスは逃すな、畳み掛けろってなぁ!!!」
痛みに泣き叫ぶゾンビの悪魔に飛びかかり、ポチタのチェンソーで顔を切り裂いていく。 ゾンビの悪魔はさらに悲鳴をあげ、残った触手を必死に振り回して抵抗し、それが偶然当たって俺を吹き飛ばした。
「いっててぇ~。ちっ!アニキならあんな触手避けもせずに、掴んでるだろうな」
「くぅ~、ワン」
「悪い、ポチタ。油断した」
弱々しく鳴くポチタを撫でながら、デンジは油断せずゾンビの悪魔に向き直る。ゾンビの悪魔の攻撃を受けてもデンジがまだ立ち上がれるのは、ポチタが盾となって触手の攻撃を防いだからだ。
しかし、その代償は大きく、ポチタのチェンソーの刃の回転は目に見えて鈍っている。
「っっ!!殺す!殺してやる、デビルハンター!!!」
「はっ!吠えてんじゃねえ、そうやって吠える奴は負け犬か三下だってアニキはよく言ってるぜ!!」
激高するゾンビの悪魔に俺は怯むことなく、ポチタの刃を回転させて突撃した。ゾンビの悪魔は触手を鞭のようにしならせて叩きつけてくるが、今度こそ俺はその全てを見切るように躱していく。
ついにゾンビの悪魔の目前まで迫り、チェンソーを振り上げて一気に切り裂いた。
「悪魔の血でもよぉ、飲めば悪魔は傷が治るんだろ!!だったら、飲み干せポチタァァァァァァ!!!!」
「────っ、ワン!!!」
ブロロロロォォォ!!!!
ゾンビの悪魔の返り血を飲んだポチタのチェンソーの回転が復活した。
目論見通り、ポチタの勢いが復活したのを見ると、俺は雄叫びと共に笑みを浮かべる。
「ポチタ復ッ活ぅぅぅ!!!これで今度こそ、テメェをバラバラに切り刻んでやるから覚悟しやがれぇ!!!」
「あっ、あああああああぁぁぁぁ!!!く、来るなぁぁぁ!!!」
その恐怖の悲鳴がゾンビの悪魔の最後の断末魔となった。チェンソーによってバラバラに切り裂かれたゾンビの悪魔は、やがて完全に動かなくなる。
「にしても、このゾンビの悪魔の死体どうすっかな?ジジイもヤクザも全員ゾンビになっちまったし、これどうやって金にすりゃいいんだか……」
「ワフ……?」
これからどうやって報酬を得るか思いつかず、頭を悩ませる。そんな俺の様子を見て、ポチタも首をかしげながら鳴いている。
「あ~、考えても分かんねえし、後の事はアニキに任せるか」
「ワン!」
とにかく、アニキに会おうと廃工場から出ようとすると、俺の視界の端で動く何かが映った。思わずそちらを振り向くと、そこにはマフィアみたいな黒スーツを着込んだ赤髪の美人が立っていた。
「これは、君たちがやったのかな?」
「えっ、あっ、はい。あっ、でも俺デビルハンターで、そこら辺に転がってる死体は全部こっちのゾンビの悪魔がゾンビにしたんだぜ!」
咄嗟に美人さんの質問に答えてしまう。しかし、冷静になった瞬間、この状況がまるで自分が大量殺人を犯した現場のように見えることに気づき、冷や汗をかきながら必死に言い訳を並べ始める。
顔のいい美人に嫌われるのは最悪だ。しかし同時に、この美人がその立ち振る舞いからアニキのように強い存在だとデンジは直感的に悟った。
どうにか敵対せずに済むよう、大人しく立ち尽くしていると、美人さんは俺の方へ──いや、ポチタに向かって近づいてきた。
「君、チェンソーの悪魔でしょ。随分と可愛いくなってる」
「グルルッ!」
「あのっ、ポチタのこと知ってるんすか?」
「ポチタ?ああ、この子の名前?」
美人がポチタの頭を撫でようとすると、ポチタは警戒するように唸り声を上げる。
ポチタがそうやって警戒する相手に、俺はついポチタのことを知っているのかと訊ねてしまう。
すると美人さんは、俺の質問そのものよりもポチタという名前に反応したようだった。
警戒するポチタを撫でられなかったことに少し残念そうな美人が立ち上がり、俺と目を合わせた。
こうして間近で顔を見ると、これまで道端で会ったどんな女性よりも整った顔立ちをしている。声も澄んでいて、特徴的な瞳もこの人の顔にぴったり合ってる。なにより、ゾンビたちの血の臭いに混じってほのかに香る女性特有の良い匂いがした。
だから俺は思わず叫んでしまった。
「俺、デンジって言います!悪魔ぶっ殺せるぐらい強いですし、悪魔狩りまくって金もいっぱい稼げます!!」
「…………」
直立不動のまま、自分がやらかしたことを悟った。
そういえば、アニキにもお前は口が上手くないって言われてたよな。沈黙がすげぇ気まずい。
「君は悪魔を殺せるの?」
「うへっ?じゃなくて、はい!殺せます!!」
「それは、このポチタって子と一緒に?」
「そうっす!俺とポチタが揃えば狩れねえ悪魔なんていねえっす!」
意気揚々と答えると、美人さんは何か考える素振りを見せると、俺の顔に手を当ててお願い事をしてきた。
「ねえ、そういえば君の名前は聞いたけど、私の名前はまだ言っていなかったね」
「えっ、まあ、はい、そうっすね」
「私の名前はマキマ。公安に所属するデビルハンターなの」
「公安の……」
アニキから聞いた覚えがある。俺らが時々戦う悪魔の中でも強い奴は公安っつう強えデビルハンターが相手する存在だって。
アニキなら楽勝でも、俺とポチタじゃ死ぬ思いして漸く勝てるかどうかの相手をこんな美人がやってんのか?
「もしかして、疑ってる?」
「ああ、いや、マキマさんが弱いとは思ってないですけど、公安のデビルハンターって強い悪魔と戦うから筋肉ムキムキのマッチョ野郎ばかりかと……」
「確かに世間一般のイメージじゃそんなものだろうね。でも、悪魔と戦うのに筋肉はそこまで重要じゃないんだよ。多分それはポチタ君と一緒に戦ってるデンジ君もよく分かってると思うけど」
「えっ、やぁ~、そうっすね」
頭の中に浮かんだアニキの姿を消して、俺はマキマさんの言葉に同意する。
だけど確かにそうだ。ポチタと一緒に戦うと、筋肉なんかが重要じゃないってよく分かる。まあ、アニキの存在のせいで筋肉あった方が強いってイメージがデカイんだけどもな。
ぐうううぅぅ~~~!!!
「あっ、すんません。今の俺の腹の音っす」
悪魔をぶっ殺した後にアニキと飯でも行こうとしてたのに、ヤクザどもがゾンビの悪魔と契約しやがったせいで余計に動き回って腹が減っちまった。
マキマさん、俺の腹の音に引いてないよな?
「そっか、悪魔を退治したばかりだものね。だったら、この先にあるパーキングエリアで一緒にご飯食べよっか。勿論、ポチタ君も一緒にね」
「はい!って、あ……やっぱダメっすわ」
「なんで?」
「今俺、金持ってなくて。ヤクザと一緒に行動するとき、俺って馬鹿だから言いくるめられて盗られる可能性あるからって。だから、金は家に隠してるのと、アニキに預かってもらってるんすよ。だから今の俺って無一文で、一回家に取りに帰らないとなんで」
「ふ~ん、だったら今回は私が奢ってあげる。お近づきの印にね」
「えっ、マジっすか!?やったな、ポチタ!!」
「ワフッ!」
奢りという言葉にポチタを抱き上げて喜ぶ。腹も減ってるから喜びはひとしおだ。
こうして俺とポチタはマキマさんと一緒にパーキングエリアで飯を食うことになった。
近くの廃工場を片っ端から調べていたら、いつの間にか夜が明けて朝日が昇ってきた。さすがに原作の第1話はもう終わっているだろうと諦め、これが最後と決めた廃工場にたどり着いた。
「最後の最後でビンゴかよ」
その廃工場は厳重に警備がされており、警察に加えて公安と思わしき連中が死体やらを回収していた。
俺はその連中に見つからないように、廃工場の屋根に登って穴の空いた箇所から中を覗き込む。
「流石にもうデンジの姿は無いか。にしても、まだちらほらとゾンビになった死体が落ちてんな。ってことは、やっぱしここがゾンビの悪魔とデンジが戦った廃工場か。ポチタ……」
悪魔の中でも人懐っこく、俺とデンジの家族だったポチタがデンジの心臓になっていると察した俺は、一瞬だけ目を閉じて、これからのあいつらの幸せを願った。
「さて、ここは臭え血の臭いがしてたまらねえし、俺もマキマとは関わり合いになりたくないから、逃げるとするか」
そうして廃工場を後にした俺は原作に今度は関わることの無いよう、今後の人生に思いを馳せた。