それまでは実質デンジが主役って感じ
行きのヤクザの車よりもさらに高級感のある公安の車に、マキマと並んで座るデンジは緊張していた。
「そういえば、デンジ君」
「はいっ!」
「そんなに緊張しなくていいよ。それと、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「俺に答えられることなら何でもいいですよ」
「じゃあ聞くんだけどね。君が言っていたアニキって人はどんな人なのかな?」
「アニキのことっすか?そりゃもちろん、最強のデビルハンターっすよ」
マキマに訊ねられたデンジは、目をキラキラと輝かせながらアニキについて語る。
曰く、どんな悪魔やヤクザでもアニキの前では無力であり、普段は無気力に見えるが、戦闘となれば別人のように好戦的になるとのこと。数多くの悪魔と無理やり契約を結ばせ、自分とポチタが組んでも唯一勝てない存在だと断言する。
その語りには誇張も嘘も含まれていないようで、デンジは心の底からそう感じているとマキマは確信を持った。
正直、チェンソーマンであるポチタと一緒になっても勝てないと言われた際は、マキマの表情が僅かながらに歪んだが、デンジの膝の上に座るポチタ自身が肯定するように「ワンッ!」と鳴いたことから、マキマはそれが事実なのだろうと受け入れる。
「それは非常に興味深いね。だったら提案なんだけど、デンジ君にポチタ君、それにそのアニキさんもまとめて公安に入らない?」
「俺らが公安に!?いいんすか?」
「いいもなにも、ゾンビの悪魔を倒せるようなデビルハンターを野放しにしておけないし、そのアニキさんはデンジ君とポチタが組んでも勝てないデビルハンターなんでしょ?だったら、公安に受け入れない理由はないね」
「やっりぃ~!ヤクザの奴らが死んで金をどうすっか困ってたんすよ。きっとアニキも喜んで公安に来てくれるっすよ!なあ、ポチタ」
「ワフッ」
「…………」
デンジの膝の上で丸くなったポチタが、しっぽをパタパタと振って応える。その光景にマキマは声を出すこともなく、微動だにしなかった。正確に言えば、彼女は行動を抑えていたのだ。今の彼女の胸中にあるのは嫉妬。長年追い求めてきたチェンソーマンが他人の膝の上で、まるで普通の犬のように丸くなっているのだから。
支配の悪魔の力を使えばデンジを支配することはたやすいだろう。しかし、それはチェンソーマンと敵対する危険をはらんでいた。だからこそ、マキマはデンジを支配することも殺すこともせず、嫉妬の感情を抑え込むために、デンジとポチタから視線を外した。
やがて車がパーキングエリアに到着すると、デンジとポチタは一緒に駆け足で売店へ向かい、メニューを吟味し始めた。
「どれにしようかな~。おっ、ポチタ。うどんがあるぜ!フランクフルトにアメリカンドッグも!!」
「ワン!ワン!」
「どれを食べるか決まった?私は……カレーうどんにしようかな」
各々が食べたい料理を注文して待っている時間、デンジはマキマの気を引くために話を始めた。
「それで、昔ポチタがホットドッグを食べてるときに、アニキがホットドッグに使われてる肉は犬だって嘘をついて、ポチタが食べてたホットドッグを落としたことがあるんすよ」
「バウッ!アウッ!」
「へぇ~、そうなんだ」
マキマは基本的に無表情だが、ポチタ関連の話題になれば若干ではあるが表情が変化すると見抜いたデンジは、ポチタの話題でマキマの気を引くことに成功する。
勿論、当の本人であるポチタは過去の暴露話をするデンジを後ろ足で蹴りつけたりと抵抗するが、生まれて初めてといえるぐらいこうして異性と仲良くなれたことに浮かれたデンジにはポチタの抵抗は意味をなさなかった。
「ねえ、他にもポチタ君のお話ってあるかな?」
「そりゃもちろん、俺とポチタは昔っから一緒っすからね」
昔から一緒と言われたマキマの顔に僅かばかしの陰が出来る。
だけどデンジはそれに気付かない程浮かれており、ポチタの話題でマキマの気を引けたことに有頂天になっていた。
そうして、デンジが次のポチタとの思い出を語ろうとしたタイミングで、注文した料理が出来上がる。
「へへへ、待ってました!ほら、ポチタ。こっちがお前の分な!」
「ワンッ!」
注文したフランクフルトとアメリカンドッグをポチタの前に差し出す。
お互いに目の前に料理が揃ったことで、お行儀よく手を合わせていただきますと唱えて食事を始める。
デンジが熱々のうどんを美味そうに食べるなか、先にアメリカンドッグとフランクフルトを食い終えたポチタは美味しそうにうどんを食うデンジを見つめる。
「ポチタ君、もしかしておうどんも食べたかった?じゃあ、はい。あ~ん」
そんなデンジを見ているポチタの視線に気付いたマキマが、自身のカレーうどんを箸で掴み、それをポチタの口元へ運ぶ。
「ワウッ……」
「あっ、いいな、ポチタ!」
口元に押し付けられるように差し出れたカレーうどんの麺にちょっと嫌そうな反応を見せるポチタに対して、美人であるマキマからあ~んされるシチュエーションに羨ましがるデンジ。
そんな二人と一匹に、マキマの後方で待機していた公安のデビルハンターが声をかける。
「緊急事態です。この付近に悪魔が出現したそうです」
詳しく話を聞けば、森の中で娘が悪魔に拐われたという言う男が現れたらしい。その話が本当なら公安が出動する案件だ。即座にポチタにあ~んしていたマキマは、これをチャンスと考え、公安に入る前の試験だと言いくるめて、デンジとポチタをその悪魔の元へ送り込んだ。
結果、チェンソーマンの力が想像以上に弱っていたことが分かり、デンジはただの人間にしては異様に強く、思考もデビルハンターらしくイカれていることを示した。
「これは、岸辺さんに取って代われる拾い物をしたかな?」
小動物の視界を通じて見たデンジの動きは、どことなく公安最強のデビルハンターである岸辺を彷彿とさせる強さがあった。
もちろん、実際に岸辺と比較すれば彼の方が圧倒的に強いだろうが、デンジも歳月と経験を重ねれば、岸辺のような最強のデビルハンターになれるかもしれないとマキマは期待を抱く。
「ただいま戻りました。マキマさん、言われた通り森の中にいた悪魔は俺とポチタでぶっ殺しておいたぜ。後ついでに攫われたっていう、ちっこいガキも保護しときましたんで」
「ご苦労様、デンジ君にポチタ君。試験の結果は満点。ようこそ、公安対魔特異課へ」
「はぁ、はぁ、はぁ、ちくしょう!死にたくねえ!!!」
ゴロツキのような男が悪態をつきながら、必死に夜道を逃げるように走っている。彼はヤクザだ。それもただのヤクザではなく、今や世界中で違法とされる銃の密売に関与する一員だった。
この日、ヤクザの男は仲間たちと近々始まる大きな祭りのために英気を養っていた。酒を飲み、女を抱き、夜の街を上機嫌で歩いている最中、異変が起こった。
一人、二人、三人、と夜道を歩く仲間の姿が音もなく消えていく。最初に一人が消えたときは、酔ってはぐれたのかと思ったが、三人目が消えた時点で、これは異常事態だと気が付いた。
「クソォ!なんだ、悪魔か?それとも公安の連中が嗅ぎ付けてきやがったのか!?」
更に気が付けば周囲にいた仲間の姿は何処にもなく、残ったのは自分一人だけになってしまった。
まるで安っぽいホラー映画のようだと恐怖し、ヤクザの男はその場から逃げ出した。脇目も振らずに走り続けるが、背後に何かの気配を感じる。どれだけ走っても、その気配は一定の距離を保ちながらついてくるのだった。
「はひぃ、はぁ、はぁ、ち……ちくしょう!いつまでも隠れてねえで、姿を現しやがれってんだ!!」
息を切らして逃げ切るのは不可能だと悟った男は、自暴自棄になりながら、背後から迫ってくる何者かに怒声を上げる。
すると、先程まで聞こえてこなかった足音が聞こえてくる。それは段々と男に近付いてきており、やがて男はその人物と対面する。
「よぉ、鬼ごっこはもうお終いか?」
若い男だった。少しヨレた安物の服を着ているところから、お役所仕事の公安ではないことは一目で分かる。
しかし、それ以上に感じ取れたのは、男の異質ともいえる強さだった。ヤクザの男も裏社会で長年生き抜き、世界中で違法とされる銃の売買にも関与できるほどの実績を持っている。
そんなヤクザの男から見ても、目の前の謎の男の体格と立ち振る舞いから、その圧倒的な強さを本能的に悟ってしまった。
(こいつ……俺よりも強い!!)
そう認識した瞬間、ヤクザの男は懐に忍ばせていた銃を抜き取ろうとした。
銃の存在は例の日まで絶対に秘密にしておかなければならない。それでも、ヤクザの男が銃を出そうとしたのは生き残るための本能ゆえの行動だった。
だが、それも無駄に終わる。
「なんだ、やっぱし持ってやがったのか」
「っ、がああああああぁぁぁ!!?」
ヤクザの男が銃を抜くよりも早く、男は距離を一瞬で詰めて懐に飛び込み、ヤクザの男の銃を握る腕をそのまま握力だけで握り潰した。
右腕を骨ごと潰されたヤクザの男は、痛みとショックで懐に隠していた銃を地面に落としてしまう。
「どれどれ、タマのほうは……入ってるな」
そこそこ慣れたような手つきで弾倉に弾が入っているか確認すると、男は今も折られた右腕を押さえて恐怖に顔を歪ませたヤクザの男の方に顔を向ける。
「な、なんなんだ。なんなんだよ、お前!?」
「はっ、野郎に自己紹介する気はねえよ。あと、お前が口にしていい言葉は残りの銃と弾が何処にあるか。分かったらさっさと吐け、でねえとお前の頭を銃で吹き飛ばす」
男はヤクザの男の額に銃口を突き付けながら、ドスを効かせた声でそう脅す。その脅しに屈したヤクザの男は恐怖からベラベラと喋りだす。
「お、俺は何も知らねえんだ。本当だ!銃を渡されただけで、管理をしているのは別のもっと偉い奴だ。そいつの名前は沢渡アカネっていう女で、なんかの悪魔と契約していることぐらいしか知らねえんだ!!」
「なるほどね……」
銃の所在を知らないため、他の情報を渡して命を繋ごうとしているのは、ヤクザの男の呼吸と発汗から明らかだ。そして何よりも、男は沢渡アカネの名前を知っている。
(あんまっかし設定は覚えちゃいねえが、ヤクザ襲撃での主要キャラの一人だった筈だな)
前世の記憶から甚爾はその情報が偽りである可能性は低いと判断した。
ならば、もうロクな情報も持っていないであろう、目の前で怯えて蹲り、命乞いをしているこのヤクザの男をどうするか。
「安心しろ。もうお前を銃で撃とうとは思ってねえよ」
「ほ、本当──っ!!?」
頭に擦りつけられていた銃口が離れていったことに安堵したヤクザの男が、顔を持ち上げた瞬間、その頭がサッカーボールのように蹴り飛ばされた。
甚爾の人外染みた脚力で蹴られた頭部は胴体と泣き別れし、そのまま飛んで行って壁に汚いシミを作った。
「まっ、銃で殺しはしねえが、だからって別に殺さねえとは言ってねえがな」
人を殺したというのに、呆気らかんとした態度で手元にある銃をいじる。
素人知識ながら、銃に取り付けられてある
パァン!
「ヂュッ!」
「なんだ、初めて実弾は撃ってみたけど、結構当たんじゃねぇか。ふっ……」
こっちに近付いてこようとした鼠の悲鳴を聞きながら、硝煙を吹き消して甚爾はそう呟く。
今後、デンジの住む家をマキマ宅にするか、早川家にするかアンケート取ります。