仮面ライダーウイニング/仮面ライダーラセン Cross Dimension   作:赫牛

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晶の世界

 私は炎の中にいた。とても熱くて、息が詰まり、夜の闇を照らすそれは眩しかった。

 だがそんなものは些事だ。私が最も強く感じているのは匂い。

 血の匂い。

 死の匂いだ。

 死屍累々、とはよく言ったもので、現状を言い表す言葉にこれ程相応しいと思うものは無かった。煌々と燃える車の中で、或いは逃げ出そうとして何かに引き裂かれ、おびただしい量の血を失って死んだ人達は数えきれない。

 しかし私の目は、その中のたった二人に吸い寄せられる。その二人だってもう呼吸は止まっているのに、その人達を呼び続ける声は止まない。

 

「お母さん!お父さん!」

 

 繰り返し何度も、何度も二人を呼ぶ。けれど当然、応えは無い。それでも私は止められない。少し考えれば分かる現実を受け入れず、ありもしない希望に縋り続ける。何故ならそうしないと自分は壊れてしまうから。

 

 

 

 だけど遂に、その希望は叶う事は無かった。

 

 

 

 

 

 私……青葉楓(あおばかえで)は目を覚ます。いつも通りの自分の寝室。寝汗をかいていて少しべたつく。

 深く息を吸い込んで体を起こす。空気を吐き出して、緊張をほぐす。

 

「久々見たなー……あれ」

 

 この所……弟子クンが来てからと言うもの、この夢を見ていなかった。もしかしたらもう見る事は無いのかもと思っていたのに。

 何かちょっと、嫌な予感がする。

 シャワー浴びよ。今日はランニング休みだし。

 汗で張り付く寝間着を剥がしながらベッドを出る。

 部屋が少し暑い。もう夜もエアコンをかけて寝ないと熱中症になってしまうくらい暑くなってしまったか。まあ7月、夏だし。

 窓を開けると、ぬるいが新鮮な空気が入ってくる。息を吸って、また吐く。

 窓、開けたままにしとこうかな。

 そう言えば、と思い出す。私と弟子クンが初めて会った日、弟子クンはこの窓から入ってきたらしい。開けてた私も悪いけど、普通開いてるからって入ってこようとするかね。

 まあそんな奇特な人、弟子クンくらいしかいないよね。今ちらっと下を覗いたら誰かいたりしない……。

 

「およ?」

 

 何だろう。何か変なものが見えるな。肌色で、指が五本あって、力んでぷるぷるしている。

 右手だ。

 右手がぐぐっと持ち上がって、ベランダのへりを掴んで体がにゅっと出てきた。そして当然、その出てきた誰かと目が合う。

 

「あ……」

「……いるんだ……」

 

 奇特な人2号、発見。

 

 

 

 

 

「それで?申し開きは?」

「……その、えっと、違くて」

 

 起きてきた弟子クン……鳴神真哉(なるかみまさや)に見張ってもらっている間にシャワーを済ませた私は、正座させられているこの青年の事情聴取へ乗り出していた。

 見た所弟子クンと同じか少し上の年頃であろう青年は、多少口ごもりながらも言い訳を始める。

 

「俺、言われたと言うか、頼まれてここに来たと言いますか……」

「誰に?」

「それは……その」

「と言うか言われたからと言って、それって不法侵入しても良い理由にはならないよね」

「……おっしゃる通りです」

 

 ちらりと横を見ると弟子クンが苦笑いをしていた。人の事は言えない、と言う顔だ。だから黙ってるんだろう。

 

「で、でも急いでたので……」

「普通にチャイム鳴らせば良くない?」

「最初はそうしましたけど出なかったので……」

「……それが待てないくらい急いでるって事?」

 

 頼まれたと言う割にはこの子自身が焦っている様にも感じたし、何かそうなるだけの事情がある様にも思える。何よりこちらを害してやろうと言う邪気を感じない。

 ただ、言葉を濁されるのは困る。

 

「君が何に困ってるのか正直に言ってくれないと、こちらとしても助けようが無いよ」

「う……」

「誰が、君に、何故ここに行くように言ったのか。答えて」

 

 言葉に詰まった青年はポケットをまさぐり、躊躇いがちに何かを差し出してきた。

 黒に光る、それは……。

 

「クリスタル……?」

 

 クリスタル。私達仮面ライダーの力の源であると同時に、怪人ヴァーミンに変身する事のできるアイテムだ。竜の頭部の図柄が刻まれたそれは不思議な存在感を放っている。

 

「これをどこで?」

「拾った、と言うか、こいつが俺に話しかけてきたんです」

「これが君に?」

「信じられないですよね……?」

「うーん……」

 

 荒唐無稽な話と言う訳でもない。クリスタルと所有者の相性によってはそう言う事も起こり得る。例えば弟子クンが持っているクリスタルは、夢の中で語り掛けてきた事があるそうだ。だからこの子が言っている事も嘘じゃないんだろう。そもそも、そんな嘘を私達に吐くメリットが無い。

 

「師匠、これ」

 

 弟子クンが懐から橙のクリスタルを取り出し、黒のそれと並べる。

 

「同じだ……」

「ですよね」

 

 弟子クンが持つクリスタルに描かれているのは竜の頭部。黒のクリスタルに描かれているのと、全く同じ。勿論有り得ない事ではない。同じ種類のクリスタルを数十個隠し持っていたケースだってある。ただ色が違うのは初めて見た。

 クリスタルは半導体の塊であり、信号を流す事で秘められた生物の力を発現させる事ができる。色の違いは同じ生物の別側面を捉えたと言う目印?違う能力が発現する?

 いや、それは一旦置いといて。

 

「このクリスタルは何て言ってたの?」

「ええと……破壊の力が来る。戦士の所まで連れて行ってほしい……だったかな」

「破壊の、力……」

「何ですか、それ?」

「いや私に聞かれても」

 

 随分と抽象的だ。クリスタルが脅威と捉える何かなのだろうけど、具体的に何かだと特定は無理だ。先生がまとめてくれた記録にそう言った記載も無かったはずだし、本当に見当がつかない。

 

「まあ兎に角了解はした。にしても、良くそんな得体の知れないものの言う事信じたね」

「それは……だって、なんだか助けてほしそうだったから。だから自分ができる事をやりたいなって」

「……そっか」

 

 本当、弟子クンに似てるなぁこの子。

 

「何ですか?」

「ううん……君、名前は?」

「あ、俺、渡風雅(わたりふうが)って言います」

「風雅くん、一先ずこのクリスタルは預かっておくよ。情報代と言う事で、不法侵入の件は不問にしてあげる」

「やった、ありがとうございます!」

「そうだね、来たついでだし何か食べていく?弟子クンが作るから」

「え、良いんですか?」

 

 隣で弟子クンがえ、と言う顔をした。

 

「師匠、流石にそれは甘すぎませんか?」

「駄目かな?それとも何、自分の時はそんなの無かったーとか思ってる?」

「い、いや別にそう言う訳じゃ……」

 

 口ごもる弟子クンを見ながら、何を作ってもらおうなんて呑気に考えていた。

 のだが。

 突如、家中にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 

「うわっ!……何ですかこれ……?」

「どうやらそう言う訳にもいかなくなったみたい」

 

 耳を押さえる風雅くんと、すっかり慣れた私と弟子クン。何が起きたか分かっている私達は頷き合って走り出す。

 

「え?ちょっと!」

 

 風雅くんの戸惑いの声が聞こえるが、構ってはられない。ドアを開け、地下に続く階段を降りる。このスペースは私達の活動に関連する物を詰め込んだ、言わば秘密基地だ。備え付けられたモニターを確認して頷き合って、ヘルメットを手に取りバイクに跨る。

 

「え、ちょっと!どこ行くんですか!?」

「急用でね、風雅くんはここで待ってて」

 

 この警告音はクリスタルが励起した状態を感知して鳴る物。即ち鳴ったという事は、どこかでヴァーミンが活動していると言う事だ。モニターにはその地点が映し出されている。現場に向かってヴァーミンを止めるのが私達の仕事、と言うより使命。

 

「待ってください!」

 

 この街、花恵市(はなめぐし)の各所へアクセスできる地下道へ繋がるゲートが開き、いざバイクを発進させようとした所で、風雅くんが声を上げた。

 

「急用って、これに関係するやつなんですか?」

 

 風雅くんがまだ手に持ったままの黒いクリスタルを掲げる。

 

「……そうだね」

「だったら俺も行きたいです。これが何なのか、俺も知りたい」

「危険だよ、素人がついてくるもんじゃない」

「それでも!何も知らないままなのは嫌なんです!」

 

 そう言い切った風雅くんの目は真剣で、真っ直ぐ私を見ていて。

 これに応えないのは少し大人気ない気がして、ため息をつく。

 

「そこにヘルメットあるから、取って」

「え?」

「行くんでしょ?私の後ろに乗って」

「あ……はい!」

 

 嬉々としてヘルメットを手に取る風雅くんを見て思い出す。そう言えば初めて弟子クンと会った日も、結局現場に連れて行ったんだっけ。まあ同行人を守るのも、仕事の内か。

 ふと隣を見ると、ヘルメットの奥で弟子クンがにやついているのが見えた。

 

「なに?」

「何でも。先行きますね」

 

 それだけ言って弟子クンは走り去った。応えた後もにやけたままだった。何か腹立つ。

 

「すみません、後ろ失礼します!」

 

 ヘルメットを被った風雅くんが後部座席に跨る。

 

「ちゃんと掴まってね、お腹に手回して良いから」

「え、いやそんな……」

「じゃあ、行くよ!」

 

 エンジンをふかし、勢い良く走り出す。短い悲鳴が聞こえ、お腹にしっかり手が回された事を確認して、更にスピードを上げる。

 悲鳴と走行音が木霊する中、私達は通路を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 ゲートが開き、建物の陰から地上に出る。目の前にあるのは花恵アリーナ。今日は確か大きめのイベントがあったはずだ。

 アリーナの入り口は逃げ惑う人々でごった返している。ならば恐らく、ヴァーミンはあの中だ。しかし入り口があれでは正面から入るのは無理だな。

 じゃあ仕方ないか。

 

「弟子クン、こっちから入るよ」

「え……あー、はい」

 

 弟子クンに声をかけ、入り口から少し離れた人気の無い場所までバイクを走らせる。ガラス張りの向こうに人がいない事を確認して、懐から銃を取り出す。

 

「ええっ!?じゅ、銃じゃないですか!」

「そう言う細かいのは良いから、ちょっと黙ってて」

 

 取り出した特製の銃にクリスタルの破片を装填。トリガーを引き、更に細かく砕かれたクリスタルの弾丸をガラスに向かって撃つ。何発かで、ガラスには大きなひび割れができていた。それを確認し、バイクをバックさせ距離を取り、スロットルを回す。

 

「な、何してるんです……?」

 

 唸りを上げるバイクに不安を感じたのか、風雅くんが尋ねてくる。まあ、私が何をしようとしているのか、彼だって察しているとは思う。

 

「しっかり掴まっててね」

「え、まさか……ちょっと、ままま待っ——」

 

 言い終わる前にバイクを発進させる。ひび割れたガラスに向かって一直線に走行し、そして勢いのままガラスに突撃する。けたたましい音を立てながらガラスは粉々になり、それを突き破って私達はアリーナ内へと侵入を果たした。

 

「き、器物損壊……」

「だから、そう言う細かいのは良いって」

 

 現時点でも風雅くんは目を白黒させている。こんなのまだ序の口なのに混乱されてしまっては困る。

 

「師匠、この奥みたいです」

「分かった、行こう」

 

 バイクから降り、弟子クンが先導するのについて行く。聞いた話によると、弟子クンが持つ橙のクリスタルにはヴァーミンの気配を感知し教えてくれる機能があるらしい。今の所十割的中しているから、今回も任せて良いだろう。

 

 

 

 

 

 そして辿り着いたのは、観客席に囲まれたステージ。設置されているのはドラムやスピーカー、キーボード。どこぞのバンドのライブだったのだろう。

 しかし今その上でスポットライトを浴びているのはバンドマンではなく、異形の怪人……ヴァーミンだった。

 

「や、止めてくれ!悪かった!俺が悪かったから!」

「うるさい!あんたはいつもそう、自分勝手だ!」

 

 逃げ遅れたバンドマンにハトの様な特徴を持つヴァーミンが迫る。

 ヴァーミンはクリスタルを使用して人間が変身するもの。故に動機もそれぞれではあるが、経験上では復讐心を抱いた者がヴァーミンになるケースが多い。同時にクリスタルは所有者の復讐心に最も強く共鳴し力を増すので、必然的にヴァーミンは強大な力を行使する場合が多くなる。

 今回も詳細は不明だが、会話から察するにバンドマンに対する復讐が動機なのだろう。だからこそ、大事になる前に止めなければ。

 

「行くよ、弟子クン!」

「はい!」

 

 

 

 

 

 青葉楓と鳴神真哉、二人がそれぞれ形状の異なる機械を取り出し、腰に押し当てると帯が自動で巻かれ固定される。

 楓が身に付けるのは銀の本体に金の縁取りがされたベルト、『ラセンドライバー』。

 真哉が身に付けるのは反対に金の本体に銀の縁取りがされたベルト、『ヴルムドライバー』。

 楓は右側面の、真哉は上側面にあるトレイを引き出し、それぞれ緑と橙のクリスタルをセットし、ドライバーに装填する。

 

GALE(ゲイル)

BLAST(ブラスト)

 

 クリスタルに込められた力を示す音声が鳴り、ドライバーが鼓動する。

 楓は両腕を前で交差させ両掌で蝶を模る。腕を胸まで引き、そして右腕を左上へ突き出す。

 真哉は右腕を何かを掴み取ろうとする様に前へ伸ばし、左腕でそれを支える。そして右腕を捻り、両の拳を強く握り込む。

 そして二人は叫ぶ。

 

 

 

 変身!

 

 

 

 音声コマンドが入力されたドライバーから、風と爆炎が放出される。周囲の分子を再構成して生成された黒いインナースーツの上に、それぞれうねる風と炎が纏われ、それは鎧へと変わる。

 最後に顔を覆ったエネルギーが仮面となり、大きな二つの複眼が命の輝きを灯して光る。

 

「え、嘘、うそうそうそうそ……!」

 

 二人の姿を見て困惑する風雅を後目に、二人は観客席から跳躍し一気にステージへと降り立つ。

 

「な、何だお前ら……まさか!」

 

 二人の姿を見て狼狽えるヴァーミンを見据え、二人の戦士は並び立つ。

 楓が変身した、風の鎧を纏い、蝶の仮面に赤の複眼を持つ戦士、仮面ライダーラセン。

 真哉が変身した、爆炎の鎧を纏い、竜の仮面に緑の複眼を持つ戦士、仮面ライダーヴルム。

 この二人こそ、この花恵の街を守る戦士、仮面ライダーである。

 

 

 

 

 

「仮面ライダーか!くそっ!」

 

 ヴァーミンが翼をはためかせ低空飛行で突進するのを、ラセンとヴルムは身を翻して躱す。

 

「逃げて」

「は、はいいい……!」

 

 ラセンの言葉にバンドマンはへっぴり腰になりながら逃げていく。

 

「あ、待て!」

「行かせない!」

 

 追いかけようとしたヴァーミンの前にヴルムが立ちはだかる。ヴァーミンが鋭い爪を備えた腕を振り回すが、それらは全て最小限の動きでいなされ、隙が出来た所でヴルムがカウンターのキックを脇腹に放つ。怯んだヴァーミンが再び翼を広げ、滑空する。

 しかしそれは、ヴルムの背後から跳躍してきたラセンの拳によって撃墜される。

 

「っ……お、おい、二人がかりなんて卑怯だぞ!」

「ヴァーミンになって非力な人間を襲うのは卑怯じゃないの?」

「う、うるさい!うわあああああっ!」

 

 抗議をすげなく返されたヴァーミンは逆上し、翼を広げ今度は高く飛ぶ。ステージの周りを飛び回り、徐々に速度を高めていく。

 

「私に任せて」

「はい!」

 

 ヴルムが後ろに下がり、ラセンがステージの中心に立つ。スポットライトを浴びるラセンがドライバーの上側面を叩くと、クリスタルが輝く中心部分からエネルギーが風となって放出され、ラセンの右脚に収束していく。

 ステージ上を周回していたヴァーミンが方向転換し、ラセンに向かって一直線に突っ込んでいく。凄まじい速度で進むそれを、ラセンは完全に見切っていた。紙一重で躱し、すれ違いざまにエネルギーが込められた右脚を叩きつける。

 ヴァーミンは吹き飛び、観客席を幾つか破壊しながら墜落する。よろよろと立ち上がるが、体内を撃ち込まれたエネルギーが駆け巡り、身体に亀裂が走る。

 そして叫び声と共に、ヴァーミンは爆発する。

 

 

 

 

 

 炎が治まった後、爆心地には気弱そうな青年が呻きながら倒れていた。その傍らには灰色のクリスタルが転がっている。

 

「壊れてませんね」

「別段強くなかったけど……相性良くなかったのかな?」

 

 普段ならヴァーミンを倒すと変身に使っていたクリスタルは砕けているのだが、稀にそのままの状態で残っている場合もある。当てどころなのかクリスタル自体の耐久性によるものなのかは定かではないが、兎に角そう言った物は回収して後で砕く事にしている。勿論今回の物も例外ではない。

 と。

 

「すごっ、凄い!え、貴方達、もしかして仮面ライダーなんですか!?」

 

 興奮冷めやらぬ、と言った様子で風雅くんが話しかけてくる。観客席からステージに降りてきて、近くで食い入るように私達の姿を見ている。

 

「そうだけど、絶対言いふらさないでね」

「は、はい!勿論です!」

 

 少年の様に目を輝かせている風雅くんを邪険にするのは忍びないが、別にヒーローショーをやってる訳じゃない。兎に角クリスタルの回収を……。

 

 

 

 そう思った私が一歩踏み出した時。

 それは、開いた。

 

 

 

「なに……?」

 

 不意に妙な重圧を感じて私は立ち止まった。さっきまでの和やかな雰囲気が突如として一変し、重いざらざらとした空気がステージに渦巻いている。

 いや、上か。

 

「あれは……?」

 

 同じものを感じたのか、弟子クンも頭上を見上げていた。

 そしてその視線の先には、不可解なものがあった。

 それは一言で表すなら『穴』。ステージ頭上の空間に何かが出現し、その向こう側から七色の光が漏れ出している。

 私は不思議と直感した。

 これは通路だ。そして。

 

「何か……来る……?」

 

 そう感じた次の瞬間、凄まじい速さで何かが落下してきて間一髪で躱す。

 それは筋骨隆々の全身に水晶の様に透き通った突起を纏い、赤い眼を光らせた異形の者。

 

「ヴァーミン……?」

 

 私の呟きに異形が振り返る。その眼差しに、何故か底知れぬ恐怖を感じる。

 いや、恐れているのは私でなくクリスタルが……?

 

「ヴァーミン……何だそれは」

 

 くぐもった低音が耳朶に響き、無意識に一歩下がっていた。そんな私を意に介した様子も無く、異形は地面に落ちているクリスタルを拾い上げ、そして……喰らいついた。

 

「なっ……!?」

 

 声を上げたのは私か弟子クンか、それとも二人ともだったのか分からない。目の前で行われている事が余りにも異質で、現実味を薄れさせる衝撃があった。

 そして確信する。こいつは、ヴァーミンじゃない。もっと別の恐ろしい何かだ。

 

「お前は、一体……?」

 

 クリスタルを『喰い』終わった異形がこちらを見る。ただ振り返る動作に、かつてない程のプレッシャーを感じる。

 

「俺か?……俺は、クリスタル(Crystal)デストロイヤー(Destroyer)。この世界を……壊しに来たぞ」

 

 表情が分からないはずなのに、私には目の前の異形……クリスタルデストロイヤーがにやりと笑った様に見えた。

 こいつは野放しにしては駄目だ、そう感じた私は臨戦態勢をとる。

 

「戦うのか、俺と?良いだろう」

 

 嘲笑う異形が一歩、また一歩と近づいてくる。それを注意深く観察し、動きと動きの合間を突いて走り出す。最初から全力で、振りかぶった拳を異形に向かって放つ。並のヴァーミンなら決定打にもなり得る一撃。

 しかし異形はそれを片手でいとも容易く受け止めた。

 

「なっ……」

「ふん、こんなものか。この世界の仮面ライダーは」

 

 驚いたのも束の間、がら空きになった私の胴に異形の拳がめり込んだ。今までに感じた事の無い痛みが走って思わず後退る。

 

「師匠!」

 

 弟子クンが割り込み、パンチを連続で異形に浴びせる。だがそれでも異形は怯む様子を見せない。

 

「こいつ……!」

「効かんな!」

 

 振るわれた裏拳を弟子クンは後ろに飛び退いて避ける。それを見た異形は全身に力を漲らせ、鋭く伸びた水晶の針を弟子クンに向かって飛ばす。咄嗟に炎の壁を創り出した弟子クンだが、幾つかの針が壁を貫通しヴルムの鎧に傷を付けていく。

 悠長に見ている場合じゃない。私も復帰しなければ。

 奴の重い一撃に耐えるには、青のラセンしかない。

 そう思考し、トレイを引き出してクリスタルを緑の蝶が描かれた物から青のカジキが描かれた物へと入れ替え、装填する。

 

STREAM(ストリーム)

 

 緑の鎧が風となって散り、代わりにベルトから放出された水流が全身をくまなく覆う。それは青く、頑強な鎧へと形を変え、カジキを模した一本角の仮面に変わらぬ赤い瞳が輝く。最後に水のエネルギーが右手に集まり、青い剣に変わる。

 青のラセンは陸上での機動力は他に劣る代わりに、防御力が数段上だ。これなら……!

 

「はあっ!」

 

 両手で剣を持ち体重を乗せて斬りかかる。私の接近に気付いた異形は針を飛ばすのを中断し、剣戟を受け止める。

 

「邪魔だ!」

 

 鍔ぜり合う中異形は自由な方の拳で私を撃つ。痛みが走るがさっき程ではない。まだ耐えられる。

 だから、今の内に……!

 気付かれないようじりじりと下ろしていた剣の柄で、ドライバーの上側面を叩く。ドライバーからエネルギーが放出され、水に変換されたそれが剣に収束する。威力を増した剣が輝き、均衡が徐々に傾き、そして異形の腕を弾き体勢を崩した。

 

「くっ……!」

「はあああああっ!」

 

 その隙に、青く輝く剣で異形を切り伏せる。斬撃のエネルギーが爆ぜ、炎が立ち昇る。

 手応えはあった。これで……。

 

「っ……!?」

 

 怖気がして、私の甘い考えは否定される。

 炎が消えたステージ。その中心に、水晶の異形は傷一つ無く立っていた。

 

「なんだこけおどしか。やはり大した事無いな」

「嘘……」

「だが……目障りだ」

 

 異形が水晶の針を飛ばす。咄嗟に防ぐも、顔を上げた瞬間に異形はもう目の前にいて、光を纏った拳が真正面から襲ってくる。

 

「くっ……!」

 

 剣で防いだ、はずだったが拳は容易く剣を砕き、私の胴を撃った。凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられると同時に変身が解除される。ドライバーから弾き出された青いクリスタルから火花が散り、そして砕け散った。

 

「師匠!」

 

 異形に弟子クンが組み付くがすぐに振り払われ、体勢を崩した所に針の雨が降り注ぐ。もろに受けた弟子クンの変身も解除されてしまい、膝から崩れ落ちた。

 私達を見下ろし鼻で笑った異形が、くるりと向きを変えて歩き始める。異形が見ているのは……。

 

「え、俺?え、え?」

 

 突如狙われた風雅くんが後退るが、異形は確実に距離を詰める。

 

「逃げて、風雅くん!」

「あ、ああ……」

 

 呼びかけるも、恐怖で固まってしまったのか風雅くんはその場から動けずにいた。震える彼に、異形の魔の手が迫るのを、私はただ見ているしかできない。

 私では、太刀打ちできない。

 

 

 

 

 

 何なんだ、これは。

 私達の今までが全部無駄だって、こんな理不尽、あってたまるか。

 こんなの、何か奇跡の一つでも起こしてくれなきゃ釣り合いが取れてないぞ。

 そう、何だって良い。

 世界は理不尽で、どうしようもないって良く言うけど、それでも今くらい何か起きたって良いでしょ……だから。

 何でも良い、誰でも良いから。

 あの子を、守って……!

 

 

 

 

 

 その場にいる誰もが存在を忘れて、しかし確かにまだ在ったもの。

 七色の光が溢れる、通路の出口。

 そこから、バイクのエンジン音が聞こえた。

 

「え……?」

 

 その場にいた全員が見上げた穴、そこから光を突き破り、降り立つ者がいた。

 ステージを走るそれは急ブレーキをかけながら方向転換し、こちらを……正しくは異形を見据えた。

 それは緑の装甲を纏い、金の角を冠し赤い複眼を輝かせ、白いマフラーをたなびかせる。

 それは正しく……。

 

「仮面、ライダー……?」

 

 この世界のものとは、明らかに異なった姿。

 それでもそれは、紛れも無く仮面ライダーだった。

 

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