死心戒戦   作:まくろくろすけ

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第3話 事後

 

 10月5日午後5:00

 東京郊外の路地にて。

 

(どうして気づかなかった!?

 あの女の心術(しんじゅつ)か?

いや、今はそんな事どうでもいい!)

 

 亮《りょう》を襲った女を撃退した長身(ちょうしん)の男は、そのまま亮の元へと駆け寄った。そばには、亮に向かってうずくまる(さくら)の姿もみえる。その青年は、ただひたすらに友の名前を呼んでいた。

 

「おい君! 大丈夫か?」

 

 その声に気付いた青年は、声のする方に向かって頭を下げた。

 

「俺なんかより、亮を…………

 亮を助けてやってください!

 大切な、大切な友達なんです!!」

 

 青年は、地べたに頭を付け懇願(こんがん)し続ける。

 

「お願いします……お願いします……!!」

 

トンッ

 

 しゃがみ込んだ男は、震える青年の肩に手を置き、優しい声で語り掛けた。

 

「大丈夫。

君の友達は絶対に死なせやしないよ」

 

 その言葉を聞き、青年は言葉を絞り出す。

 

「はいっ……ありがとう……

ありがとう……ございますっ…!!」

 

「うんうん……さてと。」

 

 男は顔色を変え、亮の(ほう)へ向き直ると、冷静に彼の傷を観察し始めた。

 

(思った以上に腹の傷がエグいな……急がないと万が一もある。)

 

男は立ち上がり、亮の身体を慎重に抱える。

 

「君、ちょっとここで待っててくれる?」

 

そう言うと、男は空高く飛び上がった。

 

「……えっ?」

 

 驚いた桜が空を見上げた時、そこにはもう男の姿は無かった。

 

「っ……はあー…………」

 

桜は少し安心したのか、ため息をつく。無理もない。16歳の青年が、いつもの帰り道で通り魔に襲われたのだ。恐怖でトラウマになってもおかしくない。しかし今、彼の心を覆い尽くしていたのは恐怖でも嫌悪でもなかった。

 

「くっ」

 桜の頭に、亮が刺されたときの光景がフラッシュバックする。友達が目の前で刺された。しかも、パニックになって動けなかった自分を守るために刺された。桜はその事実に深い自責の念を(いだ)いていた。

 

「亮! 頼む……生きてくれ……!」

 

 桜は目を(つむ)り、両手を組み、誰もいない夜空に向かって祈り始める。自責(じせき)と後悔と悲しみに(さいな)まれた彼は、友の為にただこうする事しか出来なかった。

 

 

 

 

 ──────あれから10分、いや、20分は経っただろうか。桜が祈りながらしゃがみ込んでいると、

 

 

 ザッ

 

 

「はっ……」

 

 

「ごめん、遅くなった。」

 

長身の男が何処(どこ)からともなく帰ってきた。

 

「あ、あの! 亮は!

亮は助かったんですか!?」

桜の口から言葉が飛び出す。

 

「大丈夫、心配しなくていい」

 

その言葉を聞き、桜の心が少し軽くなる。

 

「はっ……! よかった……!」

 

「だけど……」

「えっ?」

「いや、いいんだ。そうだな……

少し付いてきてくれるかい?」

 

桜が戸惑いながら(うなず)くと、男はさっと手を差し出した。

 

「手、掴んで?」

「え? はい……」

 

そう言われて桜は、男の左手を掴む。

 

「オーケー、それじゃ……いくよ!」

 

 男が桜の身体を近くまで引き寄せた次の

瞬間、2人は空高くまで飛び上がっていた。

 

「うおおお!!」

 

桜が思わず(おのの)く。

 

「しっかり掴まっててよ」

「は……はい!」

 

 桜は自分の右手に力を込めた。すると、周りの景色が目まぐるしく動いていく。しかし、動いているのが周りでは無く自分たちの方だという事に気付いたのは、移動が終わってからであった。

 

 音や風を置き去りにする程の凄まじいスピード。いや、スピードというより最早、瞬間移動やワープなどの類いに近かった。

それほどまでに、桜にとっては速く、一瞬の出来事のように感じられたのである。

 

「……さっ、着いたよ」

 

 

 ものの数秒で、桜はある建物の前に到着していた。辺りに人気(ひとけ)は無い。それどころか、車の音や虫の声すらも聞こえてこない。

そして、目の前にある白いコンクリートの建物は、一軒家程の大きさで古びた建築物という印象を持たせる。

 

「あの、ここは?」

 

「んー……病院かな。さっ、入って入って」

 

 男の背中を追って中に入ると、病院の待合室のような内装が広がっていた。外装とはまるで違い、綺麗で清潔、典型的な病院といった雰囲気である。

 

 男は何も言わず、薄暗い(あか)りに包まれた細長い廊下を突き進んでいく。桜も急いで男のあとを追う。

 

 ──しばらくして、廊下の突き当たりで男が足を止めた。

 

「この奥に君の友達が()る」

 

 そう言うと、男は突き当たりにある病室を親指で差す。この中に、亮が()る。桜の心は不安で一杯だったが、ついに意を決してスライド式の扉を開けた。

 

 

桜が、部屋の中に入ると……

 

 

 ゴクッ

 

 

彼は思わず息を呑んだ。

 

 

 その眼前には、チューブに繋がれ、人工呼吸器を付け、身体(からだ)に包帯を巻かれている亮の姿があった。

 

「亮っ!!」

 

痛々しい友の姿に動揺を隠せない。

 

 長身の男はベッドの真横にある鉄製の丸椅子に腰掛け、淡々(たんたん)と説明を始めた。

 

「彼は、腹を2ヶ所刺されてて傷も深かった。

けど……致命傷には至らなかった。そうだよね? 絹布(きぬの)さん」

 

 男がそう呼び掛けると、部屋の奥の扉から30代ぐらいの女性が現れる。身に付けている衣服から見るに、医師であるようだ。

 

「それはそうですが、大事な事を伝え忘れていますよ?」

 

「…………」

 

 

男は少し黙ってから口を開く。

 

 

「君、名前は?」

 

「え……暁桜(あかつきさくら)です」

 

「桜くん、オレは君に言わなきゃならない事が

ある。まず、君らを襲ったさっきの女……アレは"魔眼(まがん)"っていって、人ならざる化け物だ」

 

 

 思いもよらない言葉に、桜は明らかに動揺をみせた。

 

 

「えっ、と、バケモノ……?

すみません、ちょっと何を言ってるのか……」

 

そんな桜をよそに、男は話を続ける。

 

「魔眼は人を殺す習性と、人間離れした力を持ってる。君もそれを間近で見たはずだ」

 

「……!!」

 桜は自分達を襲った女の、怪物のように大きな腕を思い出していた。

 

「例えるなら、人並みの頭をもつ人喰い熊だ。とてもじゃないけど一般人が太刀打ちできるもんじゃない。だから、君や君の友達が逃げられなかったのも無理はない」

 

 

      違う……そうじゃない

 

 

       俺は怖かった

 

   もし、自分が刺されたらどうしよう

     いやだ……死にたくない

     それで頭がいっぱいだった

 

 

       でも、亮は違う

 

亮は、自分の身も(かえり)みずに俺の事を

助けてくれた

 

 亮1人だけなら逃げられたかもしれないのに

 

 

         俺が、

 

  俺がいたから亮はこんな目に()った

 

 

         全部、

 

       全部俺のせいだ

 

 

   俺がもっと勇気を出していれば

 

    俺が最初に刺されていれば

 

 

          俺が

 

 

         オレが

 

 

 

         おれが

 

 

 

 

 

         おれが

 

 

 

 

 

 

 

 

        お れ が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜い! おい! 大丈夫か?」

 

「っ!」

 

桜は男の声に気付き、我に返る。

 

「あ、いや、すいません。えっと、なんて?」

 

「いいかい? もう一度言うよ、桜くん」

 

 

 

 

「彼はこのままだとあと3ヶ月で死ぬ。」

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