未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
聳えるキメラと比べればあまりに矮小な人影が二つ、満身創痍に大地を蹴り上げる。
「一人一殺だ! テメェはアレを殺れッ!!」
「あぁッ!!」
挑み掛かる先は──見上げるほどに巨大な異形。牛頭のキメラ。
今にも眼窩から溶け落ちそうな目玉が、ギョロリと、オレを射抜いた。
「……救薙繧定!」
キメラはニタリと継ぎ接ぎの口元を歪めて、錆びた手斧を豪胆に振り下ろす。
このまま突っ込めば断罪よろしくの首ちょんぱが確定。オレは疾駆する足を大地へ深く踏み込み、跳躍。巨人の手斧に飛び乗る。
しかしその先には、既に
「──ッ!」
一体いつからオレの人生はベリーハードになってしまったのか。
手斧の上で宙返りを挟み、壁のような拳を回避。そのまま魔力の弾丸を連続でぶちかましたいところだが……ここで魔力を使い切っては、今度はステゴロよろしくのなぶり殺しが確定する。
「これだから魔力量ゴミカスな身体はよろしくない」
諦めて、流星直下の拳で馬の膝でも叩き割る。
つもりが、
「が……は……!!」
「薙縺阪縺ヲ!!」
オレは見事に背中から大地へ叩き伏せられ、肺から空気を嘔吐した。
「……クソがッ!」
これはオレの声ではない。剛毅の刃がぶつかり合う音の方へと、視線を向ける。
「う……らぁぁああッ!!」
ミナさんは半壊した大剣を振るい、自らよりも遥かに巨大なキメラと鍔を競り合っていた。
が──彼女も既に身体は限界。ふらりと力が抜けて、大地に片膝を突く。
不味いぞ。このままでは、キメラの手斧に押し潰されて。
「ミナさん!」
「テメェの助けは借りねェッッ!!」
オレはなけなしの魔力を練って援護弾を撃ち放ったというのに、彼女はオレへとキッと鋭い視線を浴びせるばかりで、感謝の言葉一つくれなかった。
キメラを放置した代償にオレは背中から鳥類の左足で蹴飛ばされ、ミナさんの傍に顔面から転がり込む帰結である。
「……クソッ、これだから外は……!」
とかなんとか言う余裕すらない。
オレは小鹿みたいに手足を震わせながら立ち上がり、再び、ミナさんと背中合わせに構える。
「……チッ。テメェがオレの武器を破壊しなけりゃ……ンなことにもなってねェのによォ……!」
鋭い鈍色の瞳を掠めたミナさんにも、もう、余裕は残されていない。
「……獣化は、いけますか」
「おかげ様でンな体力は残ってねェ。そういうテメェは、どうだ」
「ただでさえ少ない魔力が、底を尽きそうですね」
「……ハッ。そうかよ……」
軽口を叩く気力すらなくなってきている。気を抜けばぶっ倒れそうだ。どうして救援は来てくれないのか。
「違うだろ」
いつだって逃げ腰な思考を振り払う。いま考えるべきことは、如何にしてキメラを倒すか否か。それだけだ。
……武器だ。武器が必要だ。
「……よし」
ほんっっっっとうに嫌だが、覚悟を決めるとしよう。
未来視を、
途端に稲妻が右眼を弾けて、思わず顔の半分を手のひらに抑え込む。
「ぐ……おぉおおお……!?!?」
「お……おい、どうした!」
それは脳の奥が焼き切れるような感覚だった。唐突に苦悶の声を叫んだオレを見て、ミナさんはびくりと尻尾を大きくする。彼女の声すらもが遠く聞こえる。
オレは喉から溢れそうな生温かい酸味をぐっと呑み込み──右眼を、開眼。
「……ミナさん。後は頼むぞッッ!!」
オレは右腕に魔力の刃まで構築し、フルスロットルの大博打に異形へ突撃した。
「助縺代縺ヲ?」
「調子に、乗るなよ……ぜんぶ見えてんだよッ!!」
オレは糸を手繰り寄せるように斬撃の雨を潜り抜け──キメラの足元へと滑り込む。
そして狙うは、キメラの打ち首──ではなく、手斧を握ったその指先だ。
ただでさえ魔力量ゴミカスなオレが、キメラのぶっとい首を断ち切れる保証はない。
ならばオレのすべきことはただ一つ。
「……取ったッッ!!!!」
鱗の指がボトリと落ちて、手斧が、宙に浮いた。
「……苦縺励薙!!!!」
「今だッ! ミナさんッ!!」
オレはバッと背後を振り向く。
絶好の機会を察知した『銀狼』は、既に大きく宙を跳んでいる。
ミナさんはその両手に巨大な手斧を掴み──。
「オレに……指図するなァァァアアッッ!!」
──キメラの一体を、胴から一刀両断した。
「あと……一体ッ!」
「動けねぇンならすっこんでろ!」
片膝を突いたところで首根っこを掴まれ、気が付くとオレはキメラの死んだ赤黒い大地に転がり込んでいた。
あぁ、もう無理。マジで無理。生きて帰れたらぜぇぇぇっっったいに自堕落してやる。森の魔女も青い悪魔もカスねぇもまとめてオレのメイドにして、しばらくは悠々自適に引きこもり生活を送ってやる。
オレは息を切らしながら、せめてもと未来視でミナさんを援護する。
「右! 斜め下! 上から袈裟斬り!!」
「うる……せぇ! 黙ってそこで寝てろや!!」
残ったキメラとの戦いは拮抗している。ミナさんも体力が底を尽きそうなのだ。
クソッ、もうひと踏ん張りが必要か。オレは視界をクラクラとさせながら、右手をキメラへ狙い定める。残されたミソッカスの魔力を、一点へ集中する。
森の闇に充実する紫色の光に気が付いたミナさんは、瞬間、大声を叫んだ。
「オレに合わせろぉぉオオッッ! シアンッッ!!」
「……あぁッッ!!」
決着も決着。お互い最後の残りの力を振り絞る。
ミナさんは気合で半端な狼姿へと変貌した。そして溢れ出す野生の力で──キメラの胸を、手斧ごと斬り伏せる。
二足歩行の白狼が、オレの方を見て歯肉を剥き出しに叫ぶ。
「オイッ! 決めろッッ!!」
「──魔力の、弾丸」
流星のごとき
♦♦♦
最後のキメラが大地へ倒れると、森の闇には、静寂だけが揺蕩っていた。
闘いの名残を感じさせるものと言えば、荒れた二つの呼吸音だけ。
静けさを取り戻した森は穏やかに、戦勝者たちの余韻を見守る。汗水を最後の一滴まで絞り出したオレは激しく息を切らす。
「はぁ……はぁ……!」
なんとか、クソッたれな未来に打ち勝つことができたらしい。
けれどその代償は重く、オレは魔力枯渇状態によって地べたで仰向けだ。
もう一歩も動けない身体を大地に投げ出していると、のそりと、オレに覆い被さる人影がある。
「……良いザマ、だなァ……『虹眼』のシアン……!」
半壊した大剣を引き摺るミナさんが、八重歯を覗かせながら、オレを見下ろしていた。
「……オレを殺すか」
どうやら、オレの物語はここで完結するらしい。
非常に不安の残る結末だが、まぁ、やれることはやった。
青い悪魔はナチュラル煽りモンスターとして生きることがないよう矯正したし、勇者一行の地雷も解決するにはした。あとはルルアがなんとかしてくれることを祈るばかりである。
「これで……終わりに、しようぜ……!」
逆手に構えられた大剣が、頭上に振りあがる。
未来視を使えば一撃目ぐらいは躱せるかもしれない。
けれど、それは復讐の決着に対する侮辱だ。
だから、オレは右眼を閉ざす。ミナさんが大剣を振り下ろす様を、最後まで見届ける。
大剣の刃は、オレの頬の隣の地面をさくりと貫いた。
「……は?」
思わず間抜けな声を上げたところで、ミナさんは大地に剣を突き付けたまま、声を震わせた。
「…………オレは、ダチも家族も壊したテメェが…………許せねェ…………」
その目に宿る憎悪は消えない。
当然の報いである。どんな事情であれ、オレは彼女の故郷を壊し、彼女はオレに故郷を奪われたのだから。
「だが」
ミナさんは一層、眉間に皺を寄せる。
それは吐き捨てるように、或いは納得を見い出すように、舌打ちを響かせながら呟く。
「テメェは…………そんなオレを、助けた」
「だから」
そっと、差し出される右手。
「これが……オレの、決着だ」
ミナさんはオレから顔を背けながら、確かに告げる。
その胸に残るわだかまりがあろうと、これからも憎悪が燃えようと、彼女は強く気高き心を以て、一つの決着へと辿り着いたのだ。
つまりは。
「……ありがとう、ございます」
「……ケッ。テメェの礼なんざ気持ち悪ィだけだぜ」
せいぎとあくのものがたりは──これにて終幕だ。
♦♦♦
そういうわけでミナさんと仲直りを経て、数日後。
なんかもう干乾びる寸前のミミズみたいな有様でミナさんと一緒に街へ緊急搬送されたオレは、快復するや否や、そのまま森の魔女の脇に抱えられ、今晩の食材としてギルド長室へとお持ち帰りされてしまった。
オレの自堕落生活はどこへ行ったのか。
師匠とギルド長室で二人きり。オレはてっきり、これまでの諸々の事件やあの日にローリエ大森林で大量発生した異形について何か聞かせてくれるのかと思ったが、聞かされたのは老婆のよくするガミガミお説教である。
「以前から常々思っていたけれど、キミは自分と他人を天平に掛けた時、真っ先に自分を切り捨てる節があるね」
「オレはそうやって汗水垂らすのが一番嫌いなんだが……」
「そうやって誤魔化さない。自己犠牲は自分に心理的安全を設けるという意味では役に立つが、その結果、悲しむ人がいることを忘れてはいけないよ」
村一つを滅ぼしたオレとか死んでも誰も悲しまないだろ。むしろ葬式が祝電で大盛り上がりになることは確定している。
と思ってみたものの……案外、青い悪魔や森の枯れ木は悲しんでくれるのだろうか。
「……う、うるさいぞ! この年齢誤魔化し美女めっ!!」
「私を褒める分には、その照れ隠しも許してあげよう」
オレは風魔法による強制寮送還を求めたのだが、不発だった。もはや逃げ場がどこにもない。追い詰められたオレは顔を両手で抑えて、ギルド長室から逃げ出す。
つもりが、オレは
「……シアンくん?」
「……気にしないでください。まだ本調子じゃないだけです」
血を流し過ぎたり汗水垂らし過ぎたりしたのが良くなかったのか、なんだか疲れているらしい。
ドアノブはすぐそこにあると思ったんだがな。目を擦り、
「……ふぅ。あの魔女は常識外れな癖に、時々まともな一面を見せてくるのが困る」
そういう母性が脳をバクらせる一因なんだぞ。まぁ♂なんだが。
ブツクサ言いながら寮へと帰還する。そしてオレはベッドにゴロゴロ寝返りを打ち、徐に、右目を抑え込む。
「……
2.5秒の未来視は負担が過ぎたか。右眼が霞んで見えるのも一時的なものであればいいのだが。
はぁ~~~~……この先はもっとヤバイ未来ばっかりなのに、こんな調子でオレはやっていけるのだろうか。
不安だ。奥の手がもうないってのもそうだが、今回の一件がホラー過ぎたのもそうだ。
「確かに……一秒後の未来には、キメラは一体だったんだがな」
だのに、なにゆえかノイズを走った未来視。そして唐突に現れたもう一体。
あんな体験は初めてだ。いま思い出しても、薄気味悪い感触に身体がぞわりと震える。
「或いは……オレの望む未来に、何者かが介入した……?」
……勘弁してくれよ。オレは魔力量ゴミカスなんだぞ。
理不尽すぎる世界には涙を禁じ得ない。
消えない痛み。未来の急変。異常事態。もうお外がヤになってがばりと布団に潜り込む。
そしたらオマケとばかりに、ミナさんに肩を担がれて森を歩いたあの光景が脳裏を甦る。
『テメェと、やり合って……一つ、分かったことがある』
『……なんでしょう』
『テメェ、魔法は使ってないんじゃなくて、使えないんだろ?』
そうだ。オレは魔法が使えない。大気に満ちる魔素に嫌われた、世界のあぶれ者なのだ。
だから。
『オレの仇は……確かに、魔法を使っていた』
『だが、髪は白かったし、眼も特徴的だった……それが右眼かどうかは、正直覚えてねェが』
『……そうですか』
不自然な虹色の瞳に真っ白髪とかオレの他にいるんだろうか。
「そもそもオレは、脱出するときにどうやって魔法を炸裂したんだったか」
深く、深く、地下実験等に囚われていた頃を思い返す。次第に右眼の痛みを吞み込むほどの睡魔が、オレを侵食していく。
そして最後にオレは、微睡の中で思い出す。
それはオレが鎖から抜け出し、地下の部屋を発ってすぐのこと。
「──ねぇ。あなたが、未来を見えるって噂の子だろう?」
声が、聞こえた。
近づくと、少女が一人、部屋に幽閉されていた。
「やっと、ここから逃げ出す気になってくれたんだね」
彼女はばくだん石を片手に笑う。
……あぁ、オレはどうして忘れていたのだろう。
「ここを出るなら、わたしと一緒にどうかな?」
あの実験棟には──
章間「物語の雰囲気が重くなり過ぎだ。そろそろコメディを投下するぞ」
喜劇「なんだなんだ」
恋愛「とうとうオレの出番か」
絶望「わたしも混ぜて欲しいな」
章間&喜劇&恋愛「「「お前は帰れっ!!」」」
ということで次回は一瞬の章間が入ります。ようやく恋愛タグが息を吹き返します。
更新日は19日の水曜日です。よろしくお願いします。
次回作について相談です。もしも次があるなら、どんなタイトルのお話が見たいですか?以下にタイトル(暫定)を置いておくので、良かったら投票してみてください。それとは別に、冬休みスペシャルで短編を一つ投稿しようと思います。そちらについては、またおしらせできればいいなと思っております。以上、よろしくです。
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