未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
第29話
黒い結晶が妖しく光る魔王城に、聖邪の闘気が激しく激突する。
その二つは縺れ合う流星のごとく、大地を裂いた。天をも穿った。一撃を重ね合うごとに、重厚な衝撃を世界に震わせた。
「クハハッ! どうした、勇者ァ!!」
「ぅ……!」
聖力を放つ勇者の力と、魔瘴を放つ魔王の力は、互角。だのに──勇者は竜巻のように暴れ狂う魔王を、捉え切れない。
聖剣で魔王の肌を撫でたと思ったら、聖なる鎧を砕かれた。風の大魔法を浴びせたと思ったら、魔瘴の渦に切り裂かれた。その劣勢は、徐々に重みを増していく。
「我はこちらだぞ?」
「──ッ!!」
残像の一体が飛び出した。勇者から見て右側だ。
だから勇者は、利き手の右腕に握った聖剣で応戦すればいい。だと言うのに、
その無駄な動きが命取りで──深く吹き飛ばされる華奢な身体。壁面と重くぶつかり合い、真っ白な肌から血しぶきが飛び散る。
「あ˝……ぎぃ……!!」
なにゆえ、彼女は劣勢なのか。
それは仲間に背中から腹を貫かれたからか。否。
仲間に落雷を浴びせられたからか。否。
「クック……クックック……! 我に傷をつけるとは、流石は当代勇者と言ったところだな」
魔王はふらつく勇者を囲むように残像を幾体も生み出しながら、ニヤリと、長い犬歯を剥き出しにして嗤う。
その邪悪に歪んだ紫色の瞳には──
「だが……事前の策略では、我が一枚上手だったらしい」
「──利き腕さえあれば、少しは違う結末であったかもしれんなぁ?」
未来のルルアは──
♦♦♦
ぼやりと、いつもの染みだらけな天井が浮かび上がる。
どうやら目が覚めたようだ。
オレは未来視の頭痛に額へ手を当て、クソデカため息を吐く。
「……またか」
何度も繰り返し見た、魔王城でボロ雑巾となったルルアの姿である。
絶望の未来で隻腕戦士とか、もうアレでしかないだろ。タイムマシンで過去に助けを求めるべきじゃないだろうか。
オレはまだ薄暗い朝っぱらから涙を禁じ得ず、部屋に厳重封印した未来早見表を眺める。
「アイツが右腕を失うのは……いつ頃のことなんだろうか」
原因となる未来は、既に別の未来視によって知っている。
季節は夏。舞台はどこかの地下遺跡。
ルルアが赤黒く抉れた右肩を抑え込んでいる光景が……クソッ、本当に嫌な未来だ。
「候補生最後の試験か、或いはギルド正規員になってからの遠征か」
おそらくはこの二つのどちらかでクソイベントが発動するものと思われる。
ここ大陸最西部の付近は年がら年中気温が低い。あんな如何にも南国チックな植物が生えている場所に行くとなると、最終試験か遠征の二つぐらいしか心当たりがない。
そのうち最も早いのが、候補生恒例行事が一つ、最終試験と称した遠方でのスパルタ訓練である。
「はぁ~~~~……嫌になっちまうぜ」
未来視バレしたオレは、ルルアが魔王に殺されることを師匠に伝えている。
なので今年の最終試験が南国チックな場所で行われるとは思えないが、それはさておき、最終試験で汗水を垂らさなければならないことは確定している。
なんかもう、魔王側は暗躍したい放題だしルルアは聖力の予感を発揮し始めたし、世界はオレに過労死しろとでも言うのだろうか。
加えて酷いのは──未来のルルアが隻腕でいると言うことは、それすなわち、ルルアは
呪術特攻の聖力を貫く呪いと言えば──魔王の。
「世界はどれだけオレに苦労を掛けさせるつもりなのか」
オレは重しが重ければ重い方がいい漬物かなにかと勘違いされているのかもしれない。
ふざけるなよ!
そんな重圧のせいでオレはダラダラと汗水を垂らさないといけないわけで、つまりは今日も朝っぱらから鍛錬に励むのである。
人気のない公園の静けさの中、砂場で座禅を組む。
瞼を閉ざして手を丹田に組み合わせ、己が体内の魔力を、集中させる。
「……」
たぶん、
なんとなくわかる。
成長の余地があるとすれば、今年で14歳を迎えるオレが、あとは肉体的にどれぐらい成長するかという程度だろう。
「悲しい話だ」
魔力操作は熟達し、魔力量は相変わらずゴミカス。剣の才能は凡なので拳の方にもご活躍いただいているが、こういう技術は一日にしてならない。
魔力の弾丸、魔力の刃、魔力の棘鎧、そして未来視。
オレの手札は四つだけ。だからこそ、リアさんに武具の依頼をした。
「こんなもんか」
小石を二つ、宙へ投げる、その軌道が一直線上に重なったところで、正拳突き。
拳と触れた小石は傷一つ付くことなく、その裏側の小石だけ破壊する。
なーんて武の才能に溢れたことができるはずもなく、二つとも粉々に破壊してしまって土へと還すオレである。
「天は二物を与えずとは言うが、オレは一物も与えられていないぞ」
このクソ未来視が一物のうちに入るなら、オレはもうこの世界を引退する所存だ。ルルアが生存する未来を勝ち取れるまでは死んでも世界にしがみつくが。
それに、まぁ、やれることは充分にやっている。あとはもう、クソッたれな未来に備えることしかできないのだ。
だからオレは毎日鍛錬を。それでも不安は。オレは本当にルルアを救え……あぁ。
「……クソがッ」
オレは拳で小石を粉々に砕き、朝の講義に向かった。
♦♦♦
「やぁ、少年!」
今日も放課後補習クソクソタイムを過ごしていると、突如、背後から抱き締められた。
ぎゅぅっと、背中を押し付く柔らかい感触。
あまりの驚愕にすぐさま後ろを向く。琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた、綺麗なカスねぇがそこにいる。
「きこりの泉にでもぶち込まれたのだろうか……」
「少年少年~っ!!」
鼻歌鳴らしながらぎゅぅぎゅぅと、青い悪魔にも男の娘系師匠にもないモノを押し付けてくる泥棒猫である。
不味い! このままではオレの心がカスに支配され……!!
激しく運動をしたわけでもないのに息をぜぇはぁと切らしながら、オレはなんとか引き剝がすことで事なきを得た。
そして振り返ると、やっぱり今日のカスねぇは、なんだかほわほわとしている。
「薬でもやってるんじゃないだろうな」
「少年との約束を、お姉さんが破るわけないだろっ」
「だったらオレの冷蔵庫に貼ったドラ猫使用禁止の紙をしれっと破り捨てないで欲しいんだが……」
まったく……この人のことは本気で心配になっちまうぜ。
「お姉さんお姉さん、今日はご機嫌なんだ」
「オレの部屋から盗み出した貯金箱で、賭博にでも大勝ちしましたか?」
「違うよ。賭けは負けて少年の第二の貯金箱を持ち出すことになったけど、お姉さんがご機嫌なのは別の理由さ」
何かカス過ぎることをサラッと流さないでほしい。
普段なら絶対にだんまりを決め込んでいるだろう情報の漏洩である。ご機嫌なカスねぇに反して、オレは気分は絶望急降下だ。
だがまだ慌てる時間ではない。こんなこともあろうかと、オレは青い悪魔のハネムーン貯金箱は三つ用意しているんだ。よし、今すぐにでも聖域に帰って貯金箱の状態を。
「なんとね、
オレはギュルリと翻った。
「…………マジですか?」
「大マジだよ! サイズは石ころぐらいが限界で、移動できる距離はちょうどこの屋内訓練場の四分の一ぐらいだよ!!」
「それ実用性皆無なのでは……」
さすがに、人と人が行き交う転移の魔法の完成形ではなかったか。何かの拍子に未来が大きく変わったわけではないようだ。
まぁ、原理が出来上がったということが大切なのだろう。頬を赤らめて力説するカスねぇが子供らしくて可愛い。
「ほらほら、少年! 今すぐ見に来てよ!!」
「分かりました分かりました。なので引っ張らないでください」
もう完全にクソガキと化した目元ヤサグレお姉さんに腕を引かれて、倉庫へと向かう。
道中、補習もなく三人で仲良くしている青い悪魔とレッシュにシリウスを見つけたので、ついでとばかりに声を掛ける。
おーい! 今からカスねぇが転移の魔法のデモやるってよ~!!
「えっ! 楽しそうだからボクも行くっ!!」
「へぇ、それはすごいね。是非とも見たいや」
「あぁ、興味深いな。俺も見物するとしよう」
結果、魔法陣の前に立つカスねぇはガクブルと膝を震わせていた。
冷や汗ダラッダラにオロオロと琥珀色の瞳を泳がせて、ごにょごにょと、オレの耳元へ囁く。
「……ど、どうしてこんなに人を集めたのかな? おおお姉さん緊張しちゃうじゃないか」
「人の貯金箱を勝手に盗み出した罰です」
当然である。
笑って見過ごしてやると思ったか。その豊満な身体で支払わせなかっただけ有難いと思ってほしい。
学会で転移の魔法を失敗したトラウマからか、三角帽子を深く被ったカスねぇは息を吸ったり吐いたりしている。
「で、では、転移の魔法を実践いたします」
カスねぇはカチコチとした足取りで、倉庫の四隅にある転移陣Aに石ころを設置した。
その対角線上には転移陣Bがある。
そしてカスねぇは、転移の魔法陣を発動するべく転移陣Aへと魔力を込める。
ほわんと、紫色の光が転移陣へ血を巡らせるように宿った。
次第に光を充実する転移陣は、やがて眩い光を発し──。
ぱしゅんと、光が途絶える。
「ぇ」
カスねぇの表情が、真っ青に染まった。
動かぬ転移陣を前に固まるローブ姿。重い瞼の底には琥珀色の瞳が見開き、その指先は、酷く震えている。
ダメだ。このままではまたあの未来に逆戻りである。なによりオレは、カスねぇのそんな絶望した顔は見たくな──。
「……ウィッカさん!」
と、オレは心臓をバックバクさせながら駆け寄ろうとした、その時である。
「……ん?」
誰かの、声がした。
それが誰の声なのかは分からなかった。
けれど──
「わぁ!?」
「な、なんだ……!?」
転移陣の一つが、光る。対向も光る。それだけなら転移の魔法は大成功でカスねぇもニッコリなのだが、三つ、四つ五つ六つと、転移陣は共鳴するように生まれる。
床も天井も壁もギッシリと埋め尽くし、それらは歯車のように回転する。
「カスねぇ! これは一体!!」
「わ、分からない! み、みんな! 今すぐ倉庫から逃げ──」
溢れ出す光に、オレ達は掻き消されていく────
胸に詰まるような匂いが、鼻腔を流れ抜けた。
ざぷり、ざばりと、心地よく打ち寄せる音があった。
「う~ん……」
ジリジリと、肌を焼き付ける感覚。背中に浴びるサラサラとした砂粒の感触。
なんだか妙に暑苦しいな……誰かが近くで、火の魔法でも使っているのか?
オレは緩慢に目元を擦る。そしてゆっくりと、瞼を押し開いて。
宝石のように青い水溜まりの煌めきが、視界を目一杯、青空との境界線まで爽快に拓けていた。
「……は?」
知らぬも知らぬ絶景だ。なんだこの美しさは。
思わずがばりと立ち上がったところ、既に三人、オレの前で立ち尽くしている人影に気が付く。
その一人である我が友シリウスは、苦く頬を引き攣らせて、オレへと振り向く。
「これは……もしかすると、すごいことになってしまったのかな……?」
「ん……ぅ……」
そして最後に目を覚ます五人目。
オレは振り返り──思い知った。
何も知らぬ幼馴染は、目をごしごしとしながら、ぼんやりと周囲へ首を振る。
「ここ……どこ……?」
照りつける太陽。
寄せては返る青い波。
そして──
…………なるほどな。
たぶん、ルルアはここで右腕を失う。
次回は6日の土曜日。よろしくお願いします。
次回作について相談です。もしも次があるなら、どんなタイトルのお話が見たいですか?以下にタイトル(暫定)を置いておくので、良かったら投票してみてください。それとは別に、冬休みスペシャルで短編を一つ投稿しようと思います。そちらについては、またおしらせできればいいなと思っております。以上、よろしくです。
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