未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
英雄が竜を倒した数は片手で数えられるが、竜が英雄を殺した話は数知れない。
つまりは何が言いたいかと言うと、未だ英雄ですらないオレ達に、その偉大な存在はあまりに高すぎる壁だということである。
「意味わからん島に飛ばされた挙句に竜狩りを敢行しろとか、これもう吟遊詩人にオレのための英雄譚を描かせてもいいだろ」
なお、その結末は、灼熱の息吹でデロデロスライムとなる悲しきものである。
オレは右眼の未来視を既に二秒まで引き上げ──クソッ、最悪だな。
黒ずんだ鱗の竜を唖然と見上げるルルア達へ、素早く声を叫ぶ。
「避けろッ! 火炎が来るぞッッ!!」
「「ッ!」」
竜の対角線上に立つ四人が、一斉に弾け飛んだ。
チュンと、眩い光線が草原の大地を駆け抜ける。そして大爆発。空へと昇る火柱。煮えたぎる空気。
こんなん直撃してたらデロデロどころか蒸発してたぞ……。
冷や汗ダラッダラどころではない騒ぎに、ぐっと息を呑む。
「助かったよ。流石は君だ」
「ご、ごめんお姉さんのせいで、」
「謝罪はあとだ、クルークハイト。今はアレをなんとかするぞ」
前方を向くレッシュの眼差しは非常に険しい。
それも当然、相手は竜種。翼を持たぬ地竜であることは救いか。しかしその図体は街一つが寝床に相当するほど巨大であり、黒く燻んだ鱗はそれだけで、黒曜石のごとき硬度を予感させてくれる。
「草花が朽ちている……? あの竜、何か危険だね」
シリウスが疑念に首を傾げる。
灼熱で草原が黒焦げるのは当然だが、そうではない。周囲の草花は炭化とは違う形で、ボロボロと崩れている。
おいおい、まさか毒竜か? ルルア右腕が失くなったのって……。
普通は回復魔法でなんとかなると思うのだが、なにか、竜の特別な力なのかも知れない。
「それに……なんか、苦しそう……」
こんなドピンチだというのに、竜を見て心配そうに眉尻を下げるルルアである。
お前はいつから魔物の心が読める系女子になったんだ。或いはやはり悪魔だから、人の心より他の生き物のことの方が分かるのだろうか。
「──来るよッ!」
竜が──突進した。
その巨体の癖に、空間を歪ませる勢いでオレ達の前に現れる。大木のような前肢を踏み落とす。
天地をひっくり返すような地ならし。跳んで魔法型のレッシュとシリウスは後衛へ。オレとルルアとカスねぇは前衛へ。
それぞれポジションを選んで攻勢を仕掛ける。オレは魔力の刃を、地へめり込んだ前肢へ振るう……。
「わっ! これ便利だね!!」
……ん?
なんか……幼馴染が白っぽい紫髪を揺らしながら、隣で魔法の剣を振るってるんだが……。
「これ? シアン使ってるの、ボクも真似してみたの!」
ものすごい笑顔で告げられるクソ事実である。
おかしい。それはオレが必死こいてようやっと実現した未来技術なんだぞ。
「才能と言うのはどうしてこうもクソなのだろうか。あぁ、こんなにも理不尽に溢れた世の中はやはり間違っているな。オレが魔王になって世界を変えねば、」
「……あっ、シアンめんどくさいモード入っちゃった……」
お前のせいだぞ。
オレはどこか遠い目をした青い悪魔と共に、まるで傷付いた様子のない竜の前肢から離れる。
「鱗が硬いね、お姉さんの手がやられちゃったよ」
稲妻を纏って雷光の速度で動くカスねぇは、青く腫れ上がった手を自己回復しながら、気怠そうに笑った。
「やっぱり竜って言ったら、鱗剥がさないとダメなのかな……?」
竜は鱗を剥いで肉を斬れ。これは英雄譚の常識である。
そして無理やり間合いを詰めることで、竜のお口に呑まれるまでがセットである。
「ボクがやろ──」
「──いや、オレが行く」
はぁ~~~~、誠に嫌だが、ルルアがぱっくんちょされるのはもっと嫌なのでオレがやるとしよう。
オレが究極の汗水タイムに踏み込もうとしたところ、背後でありとある属性魔法を撃ち放っていたレッシュが、大声を叫んだ。
「シアンッ、時間を稼げ!! 俺とコイツで鱗を剥がすッ!!」
なるほど。注意を惹くだけのお仕事か。それなら未来視の使えるオレの独擅場だぜ。
踏み潰しに喰らい付きに火炎のブレスに、ぜーんぶスレスレで躱し続けるオレはサーカスの大スターである。
給与が支払われて欲しいものだが常に支払われ続けているのはオレの命で、そのうえ竜も、ただ暴れるだけの存在ではない。
レッシュとシリウスが二人がかりで構築する異常な魔力に、瑠璃色の眼差しを向ける。
「チッ──」
躱すだけで傷も付けられないオレ達近接組は無視されて、地竜は魔術師組へと突っ込んだ。
「させないっ!」
そこに割り入ったのが、ルルアである。
圧倒的魔力量の暴力が、地竜の突進を真正面から受け止めやがった。
「……うわっ!?!?」
魔力と魔力のぶつかり合いに空間を揺らがせるとかいう規格外を披露するも、不意の尻尾の一撃に吹っ飛ばされる。
オレは心臓をバックバクにしながら吹き飛ばされた先へ急行し、よかった。ルルアは土に汚れながらも、五体満足だ。
「おいっ、あんまり無茶するな!」
お前が死んだら、オレは生きる意味が皆無るからその場で自殺する所存なんだぞ!!
「ボク……まだまだいけるもんっ!」
なにも分かっていない青い悪魔は、過保護すぎるオレにむすりと真っ白な頬を膨らませた。
とその時、草原に吹き流れるそよ風。
「──道を開けてくれるかい?」
シリウスの声が、風魔法に乗る。
正規員なだけあって実戦経験豊富なカスねぇは、振り返ることもなくその場を飛び退った。そして開いた射線上にあったのは。
巨大な蒼い炎槍。
竜の身体にも匹敵するその神槍は、瞬間、煌めきを放ち。
ズドンと、竜の肉を貫く音を重く響いた。
「gayaaaaaaaaaaa!!!!」
地竜の苦悶が鼓膜を轟く。のた打つように天を仰いだ竜。その前肢は──大きく、鱗を抉れている。
カスねぇは剥き出しの肉へ風の刃を撃ち込み、鮮血。
汗を滴る重い瞼の底で、乾いた笑みを引き攣った。
「これでようやく傷一つ、か。お姉さんヤになっちゃうよ」
「ギリギリの闘いになるぞ……魔力量には注意しろッ!」
前肢を負傷した地竜の動きは鈍い。
魔術師組に鱗剥ぎを任せ、近接組が注意を惹く。
尻尾大回転を躱しながら並走するルルアは、息を切らしながらも蒼穹の瞳にオレを覗いて笑う。
「えへへ……なんか、シアンと一緒に闘うのってはじめてかも」
「本来幼馴染というのは仲良くするものであって、ランク戦の敵とみなす存在ではない」
「それは……なんか違うくない?」
「……気を抜くなよ」
「あっ、誤魔化した──」
勝利の予感に叩く軽口もそれまで。
再三に渡る炎槍が、手負いの地竜へ追い打ちをかけた。遂に地竜は両肢を折って大地に伏せる。
「腹の鱗も剥いだよ! あと一息だ!!」
鼓舞するカスねぇの声に、オレとルルアはもう一段階ギアを上げて。
山のような地竜の巨体が、眩い光を発した。
「な、なんだッ!?」
それは新たな星の誕生を告げるように、或いは終わりゆく生命の輝きを振り絞るように、草原を照らし上げる。
手負いの地竜は光の粒子を溢れ、焔の繭に、包まれていく。
やがて巨大な火球のように膨れたその繭は──輝きと共に花弁を開き。
現れる。一体の人型が。
その頭部に竜の角を生やし、傷ついた鱗にその肉体を覆って。
「……ひ、と?」
体躯は人間とそう変わらない。
だのに、草原に人影を落とす彼の存在は、先程よりも遥かに大きく空間を圧倒している。
「…………あ!」
隣からふと聞こえた気づきの声。
ルルアは蒼穹の瞳を大きく見開いたまま、オレを覗く。
「初代勇者一行の、竜闘士だ……! 見た目がお話と違うから、分かんなかったけど……!!」
「……うそだろ?」
流石に本人はとうの昔に死んでいる。模造体か。それでも皮膚をヒリつく覇気は凄まじい。
つまりは現在、戦場の支配権がどこにあるかは語るまでもないことであり。
「……?」
そよ風が、吹いた。
それは人の頬へ触れるように優しく、柔く。
しかしカスねぇの身体に致命的な音を伴って、重い衝撃波を吹き荒らした。
♦♦♦
「……ウィッカさんッッ!!」
ほぼ反射的に叫んだその瞬間、オレは右眼の未来視を、問答無用で限界地点の三秒にまで引き上げていた。痛みは置き去りだった。
突風の吹き抜けた先へと振り返る。
そこにはいるのは、寡黙に佇む竜人。ひらりと、三角帽子だけが宙を舞う。
遥か彼方へフッ飛んだカスねぇは受け身も取れずに、草原を二転、三転と跳ね転がった。
そして右眼に浮かんだのは──カスねぇの胸を貫く、竜人の手刀。
「……待てよ」
今にも焼け溶けそうな右眼の痛み。内頬を嚙み切って堪える。
身体から魔力が漏れるのも厭わずに、出せる限りの速度で竜人の背中へ追い縋る。
「待てっつってんだろうがぁぁぁあああッッ!!」
後先考えずにバカスカ魔力の弾丸を撃ち放った。
とすると、竜人が振り返った。三秒後の未来に、オレの目前に迫って拳を振り抜く姿が映る。
「来るかッ!!」
合わせるように振り抜いた、魔力の刃。
気が付くと、剣が拳に砕け散っていた。
「うそだろおい……」
ガラス片のように儚く散る魔力の刃。
腰の入った正拳突きの余波に、オレはその辺の布生地みたく吹っ飛んで数秒前のカスねぇと同じ帰結を辿ることになる。
……ウワァァァ!! さすがに強すぎるよぉ~~、エンエンエン!!
とうとうオレのクソ雑魚メンタルは限界を迎え、闘いの最中だというのに心は師匠に助けを求めた。
けれど世界は残酷なもので、今の立ち合いにてオレをクソ雑魚スライムと判断した竜闘士の模造体は、次なる標的を見据えた。
「──ッ!! この速さ、」
「──レッシュッ!」
またも右眼に浮かぶ、真っ二つにされる残酷な未来。
なんかもう痛いのか悲しいのか、右眼から溢れる涙を飛散しながらオレは再び割り入る。そしてぶつかる拳と拳。
「……ぐ……ぁ……!!」
元初代勇者一行に及ぶはずもない。オレの右腕は、拳から破裂して肩まで血を弾け飛ぶ。
三秒も先の未来を盗み見る不正を働けるのは唯一の救いか。魔力の棘鎧で相手の動きを牽制し、左腕に魔力の刃を構築する。
そして振り下ろすも……はぁ、ほんと終わってんな。
人差し指一本で受け止められたぞ。
「……」
「……クソッ! 澄ました面しやがって……!!」
「──シアンッッ!!」
その氷のような顔付きへと、ルルアは上空から跳び下りる形で苛烈に蹴りを喰らわせてくれる。
が、竜闘士の仏頂面が微動だにすることはない。ルルアのほっそい足首を掴み。
ゴキュリと、酷い音が鳴る。
「ぁ˝……ぐ……!!」
「テ、テメェェェッッ!!!!」
よくもオレの幼馴染に苦しそうな顔をさせたな!!
ルルアを投げ飛ばす竜闘士の隙を突き──オレは抉れた鱗を殴り飛ばす。
微かに呻きを洩らす竜闘士。やっとダメージを与えることに成功したというのに、ガパっと開いた竜の顎からミニ火炎放射が放たれた。
躱せると思うか? 無理だぞ。皮膚を焼け爛れたオレは吹き飛ばされてルルアと激突する。
潰された足首を回復魔法に癒すルルアは、引き攣った笑顔で、仁王立ちする竜闘士を見つめる。
「あ、はは……ボク、結構強くなったと思うんだけどなぁ……これ、ちょっとしんどいかも……」
確かに、オレ達はこれから、汗水を垂らすという言葉では足りない苦労を強いられるだろう。その点は否定しない。
だが。
「オレ達は──一人じゃない」
皮膚の焼け爛れた身体を起こせば、今もオレとルルアの抜けた穴を必死に補う三人がいる。
シリウスとレッシュの魔法の弾幕に、既に鱗の抉れた皮膚を守る竜闘士は苦悶に唸っている。
竜闘士は無敵じゃない。一人じゃなければ、勝ち筋は充分にある。
だから。
「勝てる。勝ってみせる。何事もなく、全員で」
オレに回復魔法を浴びせてくれるルルアは、ドチャクソ可愛い笑顔で頷いた。
「……そうだね! シアンもちょっとは強くなったし!!」
「ちょっととはなんだ。お前好みの強い男だろ」
「つ、つよ……?」
それ以上は聞きたくないぞ。
さて、小休止は終わりだ。カスねぇがオレ達へと声を飛ばす。
「早くこっちに戻ってきてくれないかなぁ、少年! お姉さんもう限界だよ!!」
「行くぞ、ルルア!」
「うんっ!!」
カスねぇの涙目を見て、オレはルルアと顔を合わせて苦笑する。そして共に草原を駆けて戦線へ復帰する。
そうだ。状況はいつだって最悪だった。それでも、オレは毎度乗り越えてきたんだ。なら今回だって。
やれる。オレ達なら勝てる。希望を見ろ。オレは右眼を酷使して未来を見据える。
だから、
「──危ないっ!! ルルア嬢!!!!」
シリウスの切羽詰まった声が、オレの意識を現在に呼び戻した。
竜闘士は目の前にいる。シリウスはなぜ焦って。
オレは引っ張られるように、横目を向ける。
そしてそこから、毒々しい刃がぬっと飛び出し──寸でで、ルルアを押し飛ばす人影。
「ぐ、ぅ……!?!?」
シリウスが刃に腹部を貫かれる。
そのまま大地へ縺れ転げる姿。シリウスは青い顔で、ジワリと赤く染みた腹部を抱え込む。
そしてその背後に──ぬらりと、影が起き上がる。
「あらぁ……あらあらあらぁ?」
『先生』は魔王の呪いを帯びた短剣を握りながら、口元を手のひらで隠し、オレ達を──いや、未来の見えるオレを嘲笑していた。
オレが立ち尽くす中、レッシュはシリウスの元へと駆け、声を叫ぶ。
「おい、何をしている! サッサと治癒しろ!!」
「だ、駄目だ……回復魔法が効かない……!!」
「なにッ!? ……チッ、痛いだろうが少々我慢しろ──」
……なんでだ。どうして思いつかなかった。聖盾の守護者がオレ達をわざわざこの島に誘き寄せる理由があるか?
回復魔法の効かぬ呪い。喰らわせた『先生』。ルルアの右腕を奪う犯人は。
爬虫類のごとき冷酷な瞳が、ルルアを映す。
「右半身が疼くそのいやーな気配、きっと、あなたがそうなのねぇ?」
「な、なに」
ねっとりと細みを帯びた瑠璃色の瞳は蛇のようで、ルルアは僅かに強張った。
「芽は早めに摘まさせてもらうわ」
不可避の凶刃が、次代の勇者を襲う。
遅れて臨戦態勢を取るルルア。迫る『先生』へ雷撃魔法を放つ。しかし『先生』は、直前で闇の渦巻きに消える。
「え」
電撃は虚空を穿つ。
そして次の瞬間には──ルルアの背後に立った『先生』。
ルルアは振り向きざまに、蒼穹の瞳を見開いて。
「あ、」
「その腕は貰い受けるわよ?」
だけど、
「──ルルアァァァッッ!!!!」
ぐちゅりと、忌々しい音が左眼を深く貫いた。
大地に膝を突く。反射的に左眼を抑え込んだ。
なのに、赤が消えない。ずっと、ずっとずっと暗闇に赤色ばかりが映る。
二度と味わいたくなかった目玉を溢れる熱さに、体裁もなく、喉奥から苦悶を叫び上げる。
「…………シ、アン…………?」
「フフ……あなたには素晴らしい右眼があるじゃない。左眼なんて必要ないものね?」
声が、うまく聞こえない。
追撃からルルアを守らなくては。歯を食い縛って顔を上げる。
三秒後の未来に、聖盾が壊れる。竜闘士が朽ちる。『先生』は、闇の渦巻きに消えていく。
……そうか。『先生』がオレ達を誘き寄せた理由は──勇者の戦力を。
「守護者を削ってくれて助かったわ。私一人じゃ苦しかったもの」
「ま……て……!!」
オレは左眼を抑えて呻きを洩らし、両膝を大地に突きながら右手を伸ばして。
ブチリと、途絶える意識。
「──シアンッ!!」
幼馴染の絶叫が、闇の中に残響した。
章間「筆者がやり過ぎたのでオレの出番が来るらしいぞ」
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次回作について相談です。もしも次があるなら、どんなタイトルのお話が見たいですか?以下にタイトル(暫定)を置いておくので、良かったら投票してみてください。それとは別に、冬休みスペシャルで短編を一つ投稿しようと思います。そちらについては、またおしらせできればいいなと思っております。以上、よろしくです。
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