未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない()   作:うずつるぎ

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第37話

 

 大鐘楼の早鐘が、春の霞空を叩く。

 

 それは人を急かすように、或いは異常を知らせるように、聖都を忙しなく響く。

 

「号外! ごうがーいッ!!」

 

 ひらり、ひらりと、春夜の花吹雪のごとく儚く街を散る紙切れ。

 そこに書かれたソレは、誰の眼にも止まるよう、太く大きく紙切れの中で主張している。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 それは女神歴355年。淡い陽光が心地よい、春のこと。

 

 大陸は永久の吹雪に凍り付いた。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「し、ししし死ぬのですかこのわたくしが!?!?」 

 

 オレはこれまでの人生において人がすっ転げる様子を見たことがなかったし。今後も青い悪魔にすっ転げさせられるだけの人生を送る予定だったのだが、なるほど、人が転ぶのは驚きのあまり背筋を伸ばした瞬間、重心が後ろに傾くのが原因のようだ。

 

「クソほど驚くじゃないですか、聖女様」

 

「私は何があっても驚きませんよ」だなーんて涼しげな顔をしていた聖女様が嘘のようである。

 オレはあわや固い床に頭をぶつけそうになった聖女様のお身体を支え、ふぅとため息。聖女様はバックバクしている心臓を胸に抑えながら、薄い水色の瞳をガン開きにしている。

 

「め、メルリア様からは重大な話があるとは聞いていましたが……まさか、自分の死期とは、」

「ちなみに殺されますよ」

「!?!?」

 

 ダメだこれ。むしろこのままオレに驚かされて心臓爆発するのが死因なんじゃないだろうか。

 息をはぁはぁと切らして、情けねぇ聖女様から離れる。

 暫しあって落ち着きを取り戻した聖女様は、先ほどまでの清廉とした佇まいを取り戻し、部屋の椅子に座って深く瞼を閉ざした。

 

 もう化けの皮は剥がれたんだぞ。その清純な雰囲気には騙されないからな。

 

「なぜ、あなたがそんなことを知っているのかという点は、この際置いておきましょう。メルリア様もそのように仰っていました」

「助かります」

 

 気の利く女神さまはこれだから素晴らしい。

 

 え? そんならオレに世界最強の力を渡した方が早いだろって?

 

……中途半端に気を回す女神さまはこれだから困る。女神教総本山かつ最高権威者の前で悪態をつくオレの度胸を褒めてくれ。心の声が漏れたのなら、明日は大広場で磔の刑だぜ。

 

 聖女様は顎に細い人差し指を当てながら、はて、と繊細な彫絵を刻んだ球状の天井を見上げた。

 

「なぜ、わたくしは死ぬのでしょうか」

「分かりません」

 

 それが分かれば苦労しない。オレが見たのは、聖女様の訃報を知らせる号外のみだ。

 死んだだけであんなに多くの人を立ち止まさせるなんて羨ましい限りだ。オレとか死んでも森の肥料にされることすらなく朽ちていくだけだぞ。

 

「むしろ心当たりはございませんか?」

「……ありませんね」

 

 ないのか……。

 例えば、自分を恨んでいる人間がいるとか食事に毒盛られる可能性とか。

 

「これでもわたくしは聖女です。皆様から敬愛されていますし、警備は万全。食事に関しても管理に抜け穴はありませんよ」

 

 えっへんと、修道服を纏い胸を張って答える聖女様である。

 もうさっきの醜態を晒したせいなのか、外の目がないからと言って威厳を台無しにするやりたい放題である。

 

「じゃあなんで殺されてるんですか」

「こちらから聞きたいことです」

 

 どん詰まりじゃねぇか。

 

 幼馴染がコミュ障だったのときも同じこと思った気がするぞ。しかも、今度は世紀の未解決事件が相手だ。

 こんなん無理だろ。

 オレは絶望のあまり、聖女様のお部屋で地団駄を踏んでギャン泣きを響かせた。

 

「うわぁ……」

 

 オレの情けなさ過ぎる姿に、聖女様はドン引きしていた。

 

 だってさぁ、どうしようもないものはどうしようもないだろ。聖女様から手掛かりもないようだし、はぁ~、解散だ。解散。

 オレは聖女様の守護を放棄して、一室を発とうとしたのだが。

 

「……あの」

 

 ひやりと、冷たい手先の感触が、オレの背中に触れた。

 

「なんでしょう?」

 

 振り返ると、手首にうっすらと傷跡を残した右手が、おずおずと引っ込む。

 

 一室を満ちる静寂。

 やがて──聖女様は迷い子のような声を揺らした。

 

「あなたはどうして……わたくしを、助けようと……」

 

 本当のところを言うと、オレは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 世界がどう思っているかは知らんが、オレにとっての人生の中心は、ルルアだけだから。

 

 なーんて超重力感情を幼馴染に抱いているために、幼馴染を放ってまで聖都に向かって聖女様を助けるつもりはなかったのだが……まぁ、留学させられたことで事情が変わった。

 

 聖女様は勇者と同じく女神サイド。きっと、直接的な戦闘でなくとも魔王討伐に力を貸してくれるだろう。

 別に今の聖女様が死んでも代替わりがあるだけなのだが、大事な場面で代替わりとかいうゴタゴタに時間を取られるわけにもいかない。

 

 要は打算である。

 

 聖女様はオレの右眼だけを覗き、ごくりと、生唾を鳴らした。

 

「……その気配。わたくしは聖女であるから分かります。あなたは、」

「オレは──助けたいんです。勇者を」

 

 ハッキリと割り入る固い声。

……そうだ。オレは、ルルアに死んでほしくないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そう、ですか……」

 

 軟弱怠惰。隙あらば汗水を垂らさなくて済むよう自堕落を追い求めるオレから、こーんなまともな言葉が出てくるとはな。

 以後千年はあり得ないぞ。樹齢千年の師匠とお揃いだね(笑)。

 

 そんなオレの一言は、さすがの聖女様の心をも、動かすことができたようだ。

 聖女様は床を見つめ、ポツリと、呟いた。

 

「……メルリア様から、一つ助言を聞いています」

 

 なんだなんだ。どうしてそんな大切な情報を伏せていたんだ。

 さて、聖女様を死に追いやった者は誰なんですかね。もうネタバレしちゃっていいですよwww

 

「これより三日後の夕刻。聖都勇者学院で頼まれたことを、必ず順守してください。そこに、開ける道があるようです」

「えっ」

 

 厄ネタが降りかかってくる対象はオレなのかよ……。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 そんなわけで、なぜだかオレが汗水を垂らさなければならないことが確定した当日。

 

 オレは学院生が一同に集った訓練場の片隅で、煌めく魔法合戦の光を遠く眺めていた。

 

「学院にも実戦形式があるなんて聞いていないぞ……」

 

 授業の項目に上がるまでその可能性を見て見ぬ振りをしていたのだが、結果は厳しいものだ。

 刃がぶつかり合う音と魔法の爆発音が、大合唱を訓練場に奏でている。

 

「なんて居心地の悪い音楽なんだ」

 

 音楽始めたてのガキでももっとマシな音を奏でられるぞ。

 ちなみにカスねぇはこの場にいない。あの人は研究員として留学し、現在は魔術の塔でギルド倉庫の転移陣を対抗にした魔法研究に勤しんでいるので、授業を受けるということはないのである。

 

 ズルすぎるだろ。

 

「以前より腕を上げたんじゃないか? レッシュ」

「まぁな。伊達に三大ギルドへ加入したわけではない」

 

 これは学院に旧知のいる、レッシュの声。

 すっかり学院に染まってしまって、最近では夜な夜な舞踏会なんかに呼ばれている様子である。

 

「なんで知ってるかって?」

 

 ルルアも呼ばれてるらしいからだよ。

 なお、右眼のせいで距離を置かれがちなオレが呼ばれていないのは衆知のことである。

 

「いやぁ、流石は留学生だ。やるね」

「ライトくんも凄いね! ボク向こうじゃ敵なしなのに……びっくりしちゃったっ!!」

 

 煤塗れな姿さえもどこか風情のあるイケメンが握手を求める相手は、同じく髪の毛爆発しているルルア。

 歯ごたえのある相手を見つけられたのがよっぽど嬉しいのだろう。青い悪魔はライトの手を掴み、ぶんぶん振っている。

 

 仲睦まじい限りで何より……何より……。

 

「……何よりなのか?」

 

 オレは恐ろしい真相に背筋が伸びた。

 考えてみろ。ライトはイケメンで性格が良くて。なおかつルルアにとっては存分に力を発揮できる相手なんだぞ。

 

 一体オレのどこに勝ち目があるというんだ()

 

「おい! 誰でもいいからオレと訓練をしろ!!」

 

 このままではいけない。

 オレはオレの魅力を青い悪魔に見せつけるべく、ずんずんと学院生へ勝負を挑み掛かった。

 結果は丸焦げだった。

 

「よっわ……」

「なんでコイツが留学生なんだ……?」

「酷すぎる。どうして世の中はこんなに理不尽なんだ」

 

 水魔法で窒息させかけられたり、風魔法で四肢を消し飛ばされそうになったり、手札を一枚も使わないと誰にも勝てないのはいつも通りだ。

 終いには、心配そうに眉尻を下げたルルアがひょこひょことやってきて、オレを山吹色の光で包んでくれた。

 

「シアン……なんで本気でやらないの?」

 

 バカッ! まるでオレが手を抜いているみたいな言い方はやめろ!!

 

 確かにオレは全力を出していないが、それはこのあと聖女様のお告げにより面倒に巻き込まれることが確定しているので、そのために体力を温存しているだけなのだから。

 

「オレの力は、英雄譚にも登場するほど偉大だからな。本当に、いざという時にしか解放してはいけない禁断の力なんだ」

「そんなの言ってるからいっつも情けないんだ……」

 

 呆れ顔でため息を吐く青い悪魔。

 やれやれ、誰のおかげで呑気に日々を過ごせていると思っているのか。まぁ、オレが勝手にやっているだけのことなので見返りは一切求めないが。

 

 それはそれとして、できればオレと結婚してくれると嬉しい。

 

「だが、やるときはやるだろ。カッコいいだろ」

「……うんっ。シアン、ホントにいざって時だけは頑張るよね」

 

 ちょっと頬を赤く染めて小さく頷くルルア。

 よし。言わせた。これでオレの幼馴染はオレのヒロインで安泰だな。

 代わりに、周囲の男児は氷点下一直線の氷魔法みたいな視線をオレにぶつけてくるのだが。

 

「テメェ……随分と見せつけてくれるじゃねぇか……」

「ぜひ俺たちとも訓練して欲しいなぁ……!」

 

 アァァァアアア~~~~!!!!!

 

 青筋を立てた学院生どもは腹いせとばかりにオレをボコし、ぐすん。結局、どこに行ってもこれだ。もう師匠のところ帰るもんね。

 オレは荷物をまとめて訓練場を発とうとしたその時である。

 

 出入り口の影に隠れて、見るからに面倒臭そうな三人組が、一人の少年を取り囲んでいた。

 

「おい、動くなよ、庶民が」

 

 ドシドシと、頻りに響く重い打音。

 随分とイカつい顔した少年が、片膝を少年の腹へ抉り込んでいる。そして、取り巻きの二人はニヤニヤと笑っている。

 背丈の低い少年は、ケホケホ息を吐きながら声を振り絞った。

 

「や、やめてくれよ……!」

「んん? オレの親父は大司祭様だぞ? 逆らうつもりか?」

「……」

 

 オレは、魔女の支配下から聖都へとやってきて、一つ理解したことがある。

 

 それは、世間では身分とやらがかなり幅を利かせているらしいことだ。

 

『子は子らそれぞれに役目がある』

 

 女神教第四条。それがすべての元凶なのだと思う。

 この傾向は、魔族の数が少なくなる大陸中央へ向かうにつれて濃くなった。つまりは大陸の中心たる聖都がこの有様なのだから、世界は身分一つで左右される現状なのである。

 

「さてはて、可哀そうな現場を見てしまったな」

 

 どうしようか。答えは決まっている。かつて実験施設で縛り上げられたオレを思い出して反吐が出る。

 目撃してしまったのが学院生なら今後への影響もあって見なかったことにしたかもしれないが、オレは既に煙たがられている留学生だからな。

 

 つまりは、後腐れもなくカス共をぶちのめせるわけだ。

 

「テメェら……」

 

 そういうことで、オレは右腕をぐるぐる回しながら現場へ向かい。

 

「──おい。何をしている」

 

 ずいと、オレの前に割り入る背丈の高い影。

 

 見上げると、金色の瞳を険しく連中へ向ける、ライトのイケメン横顔があった。

 

「……首席サマのお出ましかよ」

「そんなに暴れたいなら、僕と一戦やろうじゃないか」

 

 学院首席からの威嚇。

 一瞬の沈黙の果て、連中は睨みを利かせて盛大に舌を鳴らした。

 

「……チッ。ただの村人ごときが……聖女様の幼馴染だからって調子に乗りやがって」

 

 捨て台詞を吐くだけ吐いて、不良学院生どもは訓練場を出て行った。

 まったく、嫌な奴らである。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 虐められていた少年は頭をぺこぺこと下げて、その場を発った。

 

 イケメンで性格が良いうえに、実力があるどころか、人助けまで積極的にするライト。

 やっぱり、もうお前が勇者やれよ。

 

 なぁ、ライト──。

 

「……はぁ。いけないな、あぁいう連中は。やっぱり今の世界は身分と役割に支配され過ぎている。だからあんな奴らが、」

「……ら、ライト?」 

 

 金色の瞳からハイライトを失い、影の中でブツブツと呟くライト。

 その身体から黒いオーラが立ち昇っているように見えるのは気のせいだろうか。オレは思わず、手を引っ込めて。

 

 シュッと、おかしな雰囲気が唸りを潜めた。

 

「あぁ……済まない。気にしないでくれ」

 

 いつもの爽やかな笑みが戻る。

 よかった。まぁ、人間誰しもそういう時はあるだろう。

 

 我を取り戻したライトと共に訓練場へ戻って残りの授業時間を過ごし、放課後。

 スパルタ補習もない天国学園生活だというのに、友達のいないオレは一人寂しく校内を探索する悲しき生物と化していたところ。

 

「おい」

 

 野太い声を掛けられた。

 まさか、このオレに話しかけてくれる奴がまだ学院にいるだなんて。

 

 オレは速攻振り返り──とそこに居たのは、書類を抱えたロザン校長。

 

 ニヤリと、脂肪に弛んだ頬が嫌な形に歪んだ。

 

「貴様は留学生ではあるが、現在は学院生であるな?」

「まぁ……そうですが」

「では、この書類をライトの机へ置いておいてくれ」

 

 ぶっ飛ばすぞ。

 ずいと胸へ押し付けられた書類を受け取らざるを得なかったオレは、完全に生徒と先生の関係性である。

 

 今すぐにでも書類を投げ飛ばしてやりたいところだが、これもどれも全ては、「頼まれ事を断るな」という聖女様からの助言に従っての行動である。

 受け取った書類は、『生徒会』と書かれたモノ。実力だけでなく学校運営にまで携わるとか、やはりライトは勇者だな。うん。アイツが勇者をやるべきなんだ。

 

「今度聖女様に会ったら打診しよう」

 

 オレは固く頷きながら誰もいない教室へ到着し、書類を机へドン。

 さて、これで雑用は終わり。それじゃあまた校内をぶらぶらとでも。

 

「……ん?」

 

 なんか……ライトの机の中に、真っ黒な手帳が挟まってるんだが……。

 

 チラリと、周囲を見渡す。

 よし、夕日の差し込む教室に人はいないな。

 

「オレの中のナチュラル煽りモンスターが言っている。これを覗けと……!」

 

 グへへ……黒本とか中二病じゃん。アイツも可愛いところあるんだな。こんなん絶対に見られたくないもんだろwww。

 さて、これをネタに明日はライトを揶揄いでもするか。

 

 オレはそっと黒本を抜き出して、その表題を目の当たりにした。

 

「……『()()()()()()()()()()』?」

 

…………なるほど。変な宗教ですか。

 

「アイツは次代の勇者になるべきただのイケメンだと思ったんだが……」

 

 どうやらオレの目は、老いぼれ師匠と同じぐらいには節穴らしい。

 

 




 次回の更新は24日の水曜日です。
 誰かがクリスマスプレゼント持ってきてくれるかな……?
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