未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない() 作:うずつるぎ
第40話
それは、春の麗らかな陽気が鳴りを潜め、長雨が聖都の湖畔を揺らすようになった頃のことだ。
「シアンくん。ロザン校長からの呼び出しです」
「はい?」
一体、なんの話だろうか。
オレの肩を叩いた先生は、先導するように廊下を歩く。その足取りは嫌に速いというか、慌ただしいというか、妙に焦っているように見えた。
なんだか、胸の奥がざわつく。
オレは誤魔化すように廊下を立ち止まって、窓辺に空を見上げる。
その曇天は暗く、重く、とても不吉な模様をしていたことを、よく覚えている。
「……あれ? シアンも来たの??」
質素倹約が命な女神教徒の癖に金銀きらめく校長室には、留学生の総員が。
オレは、聖女様のお部屋で暴れ散らかした一件が露見したのかと思ってビクビクとここまで来たのだが……ははーん。なるほどな。
「見えてきたぞ」
留学期間はまだ折り返しを迎えたところだが、師匠はとうとう、オレの不在を寂しく思うあまり壊れてしまったらしい。
演じているのか素なのか、あの魔女は本当に、常識と言うものを知らないからな。どうせ、留学を強制的に切り上げて、可愛い弟子を手元に取り戻そうとか思っているのだろう。
子離れできない魔女はこれだからwww。
「シアンも似たようなものじゃない……?」
なお、近頃は師匠の風魔法によるお仕置きを得られないあまり身体が疼くとかいう禁断症状を発症し、ルルアに風魔法をぶちまけてもらうことで欲求不満を解消しているオレのぶっ壊れた性癖は見ないものとする。
……ん˝ん˝っ。閑話休題。
執務室の上等な椅子に座った校長が、ジロリとオレ達を見回す。
そして、でっぷりと脂肪に垂れ下がった頬を、重々しく動かす。
「さて、私がわざわざ諸君らを招集した理由だが」
どーせまた、いつもの嫌味から入るんでしょう?
サッサと結論だけ寄越してください。具体的には、師匠がギャン泣きしてオレのこと呼んでるって。
「
うまく、頭に言葉が入ってこなかった。
この人は何を言っている……? かんらく?? 要塞都市が???
……そんなわけがあるか。あそこには、師匠こと4代目勇者がいるんだぞ?
視界が、くらくらと揺れる。オレは乾いた笑みを引き攣る。そうだ。
重い沈黙の中、校長は憂いに視線を机へ落とす。
「つい先ほど、ネオ・フロンティアより言伝を繋いできた伝令兵が聖都へ参った」
「休むことなくで聖都まで走ってきたのだろうな。彼は疲労困憊ながら、こう言ったそうだ」
一月ほど前、魔物の軍勢がネオ・フロンティアを破壊つくした、とな。
気が付くと、オレは勢いよく翻って校長室の扉へ手を掛けていた。
「シアン? どこ行く──」
「師匠のところに決まっているだろ!!」
バッと振り返って腹底から響く大声。
心臓がドクドクとうるさい。汗が大量に滴る。頭が真っ白になりそうだ。なんだ……なんだよこの感覚。
ルルアは華奢な身体を震わせた末に、固く、オレに頷き返す。
「う、うん。そうだね。ボクも──」
とそこに割り入る、いつになく粛々とした校長の声。
「──それはなりませぬ」
なんだ。今は急いでいるんだ。下らんことなら後にしてくれ。
舌を鳴らして睨んだところ──校長は床に片膝を突き、首を垂れた。
「先ほど、聖女様がメルリア様よりお告げをお聞きになられました」
滔々と述べて、校長はゆっくりと面持ちを上げる。
その目つきはまるで、神話の一幕に立ち会ったことに興奮したように輝かしい。
そしてその羨望の眼差しは、間違いなく、ルルアへと注がれていて。
「今代の勇者は──あなた様であると」
再び、校長室は静寂に緊迫した。
……あぁ、そうか。そういうことか。
とうとう、魔王が復活してしまったのだ。だからネオ・フロンティアは魔物の軍勢に。
急がなくては。ルルアの腕をぐいと引く。少しも動かない。
ぽかんと口を開いたまま固まるルルアは、程あって、自分で自分を指差す。
「ボクが…………勇、者…………?」
「左様でございます。これより勇者様は聖女様の元へと向かわれなければなりませぬ。そのために、今からネオ・フロンティアへ帰ることは叶いませぬ。分かりますな?」
隠れんぼが得意な連中だ。どこからともなく現れた大聖堂を守る兵士たちは、オレ達を捕らえるかのように校長室の出入り口を塞ぐ。
「……クソッ!」
次から次に邪魔しやがって。師匠が……師匠が!
オレが歯軋りしていることに気が付いたのだろう。レッシュはパシンと両手を鳴らし合わせ、オレ達の意識を一点に集約した。
「……分かった。ならばこうするぞ、シアン」
レッシュはオレ達三人を順番に見据える。
「俺とコイツで聖都に残る。貴様とクルークハイトでネオ・フロンティアへ帰る」
「後で合流するぞ、それでいいな?」
オレはこくりと頷き、ウィッカさんの手を引いて学院の廊下を駆け抜けた。
♦♦♦
長雨の続く頃、オレとウィッカさんは魔馬に跨り、要塞都市ネオ・フロンティアを目指した。
道中は往路よりも厳しい。土色の街道は降りしきる雨にぬかるみ、馬の体力をみるみるうちに吸い上げる。
だから、街行く先で何度も馬を変えた。金に糸目は付けなかった。
ネオ・フロンティアに帰ることだけが、最優先だった。
「少年……少しは、休まないと」
「駄目だ……そんな暇はない!!」
遂には街道にまで現れるようになった魔物。まるで大陸西部から逃げ出すように、人が馬車の群れを成して聖都の方へと大移動している。
オレ達は世界の流れに逆らうように、大陸西部へと突き進んでいく。
季節のせいで、旅路は上手く進まない。日に日に、胸を疼く焦燥は酷くなる。
その度に馬を走らせる時間を増やした。眠る時間が減った。街道で野営をすることが多くなった。
文句ひとつ言わずについてきてくれるウィッカさんには、頭が上がらなかった。
「なぁ……知ってるか? ネオ・フロンティアがぶっ潰れちまったって話」
それは、何度目かの馬の限界が来て、久しぶりに街の宿に泊まった時のことである。
行きと違って随分ともの寂しくなってしまった酒場には、オレとウィッカさんの他に、卓を囲んでしけた面をする商人の一派の姿があった。
「やめろよ、んな景気の悪い話はよぉ」
「まったくだぜ、近頃じゃ魔物もどんどん強くなって手が付けられねぇ。こりゃ俺も引退か?」
護衛と思しき男は、やれやれとばかりに首を振ってジョッキを呷る。
「っぱり、魔王が出現したって話は本当だと思うか?」
シンと、酒場は静まり返った。
やがて、商人の一人が。
「……だってよぉ、あの僧侶ティナが──」
「黙れッ!!」
皿を叩き割る音に、酒場は凍り付いた。
気が付くと席を立ち上がって、三人の客を睨むオレ。やめろ。その先は聞きたくない。動悸に乱れた呼気が上がる。オレは目を剥いて唾を飛ばす。
「師匠が……師匠が死ぬわけないんだ! 師匠は強いんだぞ!! あの人が、そんな……ッッ!!!!」
彼らはそっとオレから異様な右目から視線を逸らし、押し黙る。
オレは歯を食い縛って椅子を蹴飛ばし、酒場を発った。宿の階段を乱暴に踏み鳴らし、部屋のベッドに飛び込んで包まった。
なのに──当代勇者が現れた。そんな希望の噂と共に耳にした、
「……違うッ!!」
ずっと、ずっとずっと、悪い夢を見ている気分だ。
これが未来視で見ている夢なんじゃないかと何度も願った。でも、寝ても覚めても現実だけが続いていた。
自分が情緒不安定になっていることは自覚している。それでも、あぁ……クソ。
オレの癇癪にオロオロとしていたウィッカさんは割れたお皿のことを酒場の主人へ平謝りし、遅れて部屋へと戻ってくる。
ベッドに塞ぎ込んだオレへと、その細長い手先を伸ばす。
「しょ、少年」
「ウィッカさん! なぁ……違うよな!! 師匠は……師匠はッ!!」
胸が苦しい。顔を上げて手を伸ばす。かひゅりと、自分の呼吸が不確かに聞こえた。
落ち着かなければ。分かっているのに、嫌な思考を止められない。反射的に両手で喉仏を抑える。
「……かひっ……ひゅ……!」
オレは息も満足に吸えないまま、ベッドを蹲って──。
そっと、オレを真正面から受け止めてくれる温もりがあった。
「大丈夫……大丈夫だよ、お姉さんが傍にいるからね」
むにゅりと、顔に押し寄せる柔らかい感触。背中をととんと優しく叩かれて、落ち着いた声を耳元に浴びる。
抱き締めるその力は強く、しかし優しく、オレの呼吸は少しずつ落ち着いていく。
「……ウィッカさん」
きっと、たくさん無理な旅をさせてしまっているからだろう。
これまで以上に目元へ深いクマを刻んだウィッカさんは、覗き上げたオレを見て、緩く笑った。
「いいさ、少年はまだまだ子供だよ。お姉さんにたくさん甘えるといい」
「……ありがとう、ございます」
そっと、オレは腕を細い背中に回す。
抱き締められたウィッカさんは茶化すように、へらへらと目元を細める。
「まったく……ルルアくんに怒られても、お姉さんのせいじゃないからね?」
「……うん」
「ほら、おいで、少年」
甘い抱擁に溺れていく自分を、止められない。
だって、ウィッカさんにこうしてもらっている間だけは、オレは落ち着いていられたから。
♦♦♦
それから数日後、オレ達はとうとう、ネオ・フロンティアへと戻ってきた。
圧し掛かる空は、いつもの曇天。
見上げる先には、白い化粧をした魔山。
そして、その麓に威容を放つ、要塞都市の姿は。
影も形もない。
そこにあるのは、ただ、瓦礫となった更地だった。
「これは……」
「……師匠ッ!!」
これ以上は我慢できなかった。オレは馬から跳び下り、大声を叫んで瓦礫の山となった外壁を乗り越える。あちこちへ首を振りながら、師匠を呼ぶ。
空虚な更地は、もはや街の原形を留めていない。堅牢だったギルドの骨組みと禿げた街路灯の支柱が残るばかりで、そこは瓦礫の海が広がるばかりだ。
「オレが帰って来たぞ!! 師匠ッ!!」
大地に吸い込まれて消えるオレの声。返る返事がない。
なんでだ。師匠なら、オレの居場所だってもうとっくに捕捉できるはずだろ。
「どこだ! おい!! 返事をしろ!! 師匠──」
「……少年」
つつんと、オレの背中を突く感触があった。
息を切らして振り返ると、ウィッカさんが、後ろに立っていた。
細くて長い指先が、そっと、差し示した。
「……ギルド長は、あそこで待っているってさ」
それは、瓦礫が押し退けられて、幾つか立った簡易テントが建っている場所だ。
やっと……やっと師匠に会える。
なのに足は上手く動かなくて、なんで。
「ウィ……ウィッカさん、待って……」
「うん。大丈夫だよ。お姉さんが一緒に行ってあげるからね」
行きたいのに、行きたくない。
オレはオレが良くわからないまま、ウィッカさんに手を引かれてテントの前に辿り着く。
冷気が、くるぶしを漂った。
テント前には秘書さんが立っていて、深々と、頭を下げた。
「シアン様。こちらに」
オレはぺらりと、天幕を捲って。
ぱしゃんと、夢のしゃぼんが弾け飛んだ。
「…………」
霜を下ろした長いまつ毛。
濁った赤い瞳。
導かれるように手先で触れた残滓は…………とても、冷たかった。
「……ぁ、あ……! あぁ……!!」
もう、止められるものはなかった。
目から溢れるモノも、喉から溢れる絶叫も、あとは流れ出すだけだ。
オレは──
「師匠!……ししょうッ!……じじょう˝ッ!!」
オレは分かっていたはずだ。
あれだけ強い師匠が、未来視に一切、『
信じたくなかった。だから見ないフリをしてきた。
けれどこれが現実。紛れもない事実。初めからこの未来を知っていれば、オレは。あぁ、オレが至らないばかりに師匠は。オレのせいで。オレの力不足で。
オレは世界を拒絶する。遠く、遠く、もう見たくないものを見なくていいように、意識を闇へと押し除ける。
瓦礫の海と化したネオ・フロンティアの跡地に、重い慟哭が、いつまでも鳴り響いた。
女神歴355年。五代目勇者の誕生、および、僧侶ティナの死亡。
世界は現状、先の見えない不安と闇に覆い隠されている。
そんな悪夢を見た。
ということで、未来視持ち主人公にだけ許された夢オチ形式はここで消費することにしました。
これが一度きりの飛び道具であることは、筆者も自覚しています。読者の皆様には、ストレスを掛けてしまいごめんなさい、というやつです。
以後は一切夢オチを使わないことをここに約束いたします(信用0)。これから物語で起こることのすべては、現実として受け止めてくださって構いません。
つまりは分かるね?
覚悟の用意をしておいてくださいってことだよ()
最後になりますが、次回の更新は31日の午前9時頃です。
よろしくお願いします。