未来視で幼馴染のことが分かるんだが、絶望しかない()   作:うずつるぎ

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第41話

 

 見知った留学先の天井が、淡い日差しを浴びて、静かに影を揺らいでいる。

 

 どうやらオレは、悪夢から覚めたらしい。

 理解した途端、はらりと、目尻を伝う温かい感触があった。

 

「…………よかった」

 

 思わず零れ落ちる安寧の息。

 師匠は死んでいない。アレは悪夢だったのだ。言い聞かせるように、布団を強く抱き締める。

 けれど──あの惨状が待ち受ける未来であればこそ、心音は増々激しさを帯びて。

 

「…………寝ている場合かッ!!」

 

 がばりと、ベッドを起き上がる。

 アレはこれより一か月後の出来事。しかし、大陸最西部から中央まで伝令兵たちがバトンを繋いできたことを考えれば──。

 

 

 ちょうど今頃が、魔物の軍勢がネオ・フロンティアへ押し寄せる時期感であり。

 

 

 このままでは、師匠が本当に。

 

 

「……」

 

 それだけはイヤだ。だがどうする。数日で帰郷できるような道のりではない。隣街で飛竜を借りるか? 

 しかし飛竜を移動に使うなんぞ、聖女様の許可でもなければ。

 それに、飛竜での帰郷にしたって数日かかることは確実。もしも、今日という日が魔物侵攻の当日だったのならば。

 

 詰まるところ──オレが賭けられる選択肢は、ただ一つ。

 

「……カスねぇッ!!」

 

 寝室の扉を思い切り開け放ち、大声を飛ばす。目的地は、朝っぱらからシャワーの音がするお風呂場。そして問答無用で扉を開け放つ。

 

「うわぁ!? 少年!?!?」

 

 重い瞼をくわっと見開き、慌てて、豊満な身体を腕と足で隠すカスねぇである。聖都に来てもオレの寮に入り浸り、魔術の塔からの朝帰りシャワーでカス節約術を実現するその姿には感服せざるを得ない。

 

 昨晩に見た未来のせいでオレの脳はカスねぇに破壊つくされており、感謝も含めて色々と込み上げるものがあるのだが──今は。

 

「な、なにかな? お姉さん、激しいアプローチは嫌いじゃないけど──」

「今すぐオレを()()()()()でネオ・フロンティアまで飛ばしてくれ! 早くッッ!!」

 

 ぽかんと、カスねぇは口を開いた。

 

 何を言ってるんだ、この馬鹿は。

 とでも言いたげなカスねぇの反応は、当然である。彼女には、今、ネオ・フロンティアで何が起こっているのかを知る術がないのだから。

 だから、普段のドラ猫な調子のカスねぇは、この状況を使ってワンチャンス狙おうとしている。

 

「……は? 一体どうしたのさ、少年。まさかエッチな本でも忘れてきたのかな? そ、それなら代わりにお姉さんが……」

「頼むウィッカさん! このままだと師匠が死ぬッ!!」

 

 しかし未来の火事場を知っているオレは尚も唾を飛ばした。そして背伸びをして乳白色の肩を掴み、激しく揺らす。

 そこで、オレが冗談を言っているわけではないことに気が付いたようだ。

 あられもない姿の癖に、研究者特有の真面目な顔つきに戻ったカスねぇは、鋭く言葉を繋いだ。

 

「……少年も知っていると思うけど、転移の魔法はまだ人を安全に、」

「そんなことは百も承知だッ!!」

 

 だから早くしてくれ。すべての可能性を考慮したうえで、師匠を助けられる選択肢はこれしかないのだ。

 オレは迫真の表情でもう一歩迫り、目を剥いてカスねぇに縋った。

 

「オレはここで転移させてもらえなかったら……もう二度と、アンタを肯定できなくなるッ!!」

 

 カスねぇはみるみるうちに、その顔を引き攣らせた。

 

「え……それはお姉さんヤ……でも流石に危険……あうぅ~……お姉さんの中の悪魔がぁ~~~!!」

 

 理性と欲望の板挟みとなり、涙目で両手で頭を抱えるカスねぇである。

 それでもオレが手を引いて何度も催促すれば、ライトグリーンの長髪を濡らしたまま魔術の塔に連れて行ってくれる神ねぇである。或いは、欲望に呑まれた悪ねぇとも言う。

 

 魔術の塔に辿り着いた。ギルド倉庫を対抗とした魔法陣の前に立つ。

 とそこで、爽やかな声、背後から聞こえた。

 

「──やはり行くんだね、シアンくん」

 

 振り返るとそこに居たのは、鎧を纏って大聖堂の守護者姿なライトだ。彼は右手に小袋を携えながら、いつもの美麗な笑顔で言う。

 

「今朝、聖女様からのお告げがあったんだ。君に力を貸してほしいとね」

 

 ずいと差し出される小袋。

 紐を解いて確認すると、そこには上質な回復魔石が三つ、収められている。

 

「聖女様が用意してくれた。あまりに急で、現状だと用意できるのはこれだけなんだ。ごめん」

「いや、本当に助かる」

 

 やはりコイツは勇者だ。良いやつ過ぎる。どっかの青い悪魔は見習ってくれ。

 オレとライトの流れるようなやり取りを見て、カスねぇは何かに納得したように、深く息を吐き出した。

 

「なんだかよく分からないけど……少年はお姉さんのことも助けてくれたからね、きっと、お姉さんとは見えている景色が違うのかな?」

 

 カスねぇは転移陣の前へと跪く。

 オレは転移陣の中央に立った。カスねぇは、険しい表情でオレを見上げる。

 

「言っておくけど、今の転移魔法は人を運べるような代物じゃないんだ。一応座標は設定してあるけど、意味の分からないところに不時着するかもしれないし、遥か大空に転移するかもしれない。地中で生き埋めだってこともある」

「えっ」

 

 想像以上にヤバい代物なんだが……。

 

「そのうえ、運よく地上に転移できたとしても、転移中に身体のどこかが欠損したりねじ曲がったりするかもしれない」

「うそですよね……?」

「本当だよ。それでも、少年はやるんだね?」

 

 うーん。やっぱり止めで。

 と言うつもりだったのにオレはこくりと頷いてしまって、汗水大確定である。

 

 オレの固い意志を見たウィッカさんは、転移陣へと魔力を注いだ。

 光が、充実する。周囲の景色が呑まれていく──。

 

「ありがとう、ウィッカさん」

「……死んじゃヤダよ、少年」

 

 その言葉を最後に、シュンと、意識は光に消えた。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 いつか、こんな日が来ると思っていた。

 

「ま、魔物を押し返せねぇ! 西門を破壊される!!」

「堪えろ!! まだやれる! 『英雄の守り人』の名に賭けるんだッ!!」

 

 魔法の弾ける狂騒。あちこちから聞こえる、ギルド員たちの阿鼻叫喚。

 ここは地獄だ。

 魔山の向こうから、ローリエ大森林から雪崩込む魔物の群れが、街の外壁を押しつぶすように不吉な嘶きを轟いている。

 

 一体どうして、こんなことになったのか。

 

 とは思わない。この事態は、『絶空』との再会を果たしてから、既に予測していた。

 

 だから、住民を避難させる動きは驚くほど迅速で、上手く行った。

 

「ギルド長。住民の避難は完了いたしました」

「……そうか」

 

 音もなく執務室へ現れ、滔々と告げる秘書。

 私は重々しく頷き、リアが磨いてくれた剣を、確かに握り込む。

 

「なら、そろそろ私の出番だな──」

 

 もう、この街に闘えない者は残っていない。闘いに命を散らすことを恐れる者もいない。

 だから私は──魔物に包囲されつつある街を、風魔法で空に浮かびながら見渡す。そして──風の魔法を右手に操り、大地を抉り飛ばす。外壁へ突撃する魔物どもを一掃する。

 

 一掃するが、またわらわらと、魔物が現れる。

 

「キリがないな」

 

 こんな地獄に、私の弟子たちが巻き込まれなくて良かった。心底思う。

 聖力に満ちているあそこなら、ルルアちゃんが勇者として力を付けるだけの時間も、充分に稼げるだろう。

 

「……」

 

 謝りたかった。ティナの名を轟かせるためだけに、純粋な弟子たちを利用しようとしたことを。

 伝えたかった。歴代勇者の中でも私とルルアちゃんにしか分からないだろう、聖力との付き合い方も。

 

 それでも──希望の種が潰えるよりは、マシだろう。

 

 だから最善。

 これが師としての責務。先代勇者としての、()()の最後の大仕事。

 ドゴンと、異常な大震撼に空気が重く揺れる。外壁の一部が、大きく吹き飛ばされた。

 

「来たか」

 

 街へなだれ込む魔物。防衛の陣形が崩れた。

 数の暴力が入り乱れてしまえば、もう、手塩を掛けて育てたギルド員たちも通用しないだろう。

 

 私は風となり、破壊された外壁の方へと向かう。

 とそこに渦巻くは──大きな闇色の虚空。

 

 紫色の肌をした悪魔が、ぬらりと、姿を現した。

 

「久しぶりだね、『絶空』」

「あらぁ? 少し派手に暴れ過ぎたかしら、老いぼれ勇者さん」

 

『絶空』の姿に確信する。これは、魔王の魔瘴にあてられた魔物の暴走だろう。

 

「以前は弟子が世話になったな……」

「あなたこそ、私の子を随分と可愛がってくれて……」

 

『絶空』はおかしそうに、あらあらと首を傾げた。

 

「あの子は私の所有物よ」

「あの子は私の愛弟子だ」

 

 それぞれ零した一言に、周囲は静寂を満ち──。

 

「「──殺す」」

 

 確殺の意志が重なる。

 空間を歪ませるほどの大技が、幾千も衝突した。

 

 その余波で建物は崩れ、外壁はひび割れ、魔物は滅ぶ。

 神話のごとき一進一退の攻防は、次第に周囲から生き物の気配を淘汰し、街の地形を粒子へ還す。

 

「ぐ……!」

 

 一撃を斬り込めば、すぐに一撃を喰らわされた。

 刹那の交わりだと言うのに、お互いの身体から弾ける熱が止まらない。

 

 そして先に膝を突いたのは──

 

「フ、フフ……!」

 

──『絶空』だ。

 

 どうやら案外、私はまだ勇者であるらしい。

 負った傷を回復魔法で癒しながら、『絶空』のソレを見つめる。

 

 肩で息をする『絶空』は──傷口に白い光を溢れ、大量の汗粒を零していた。

 

「流石は、老いても勇者様、ね………」

「衰えているのはお前もだろう。『絶空』」

「でもぉ……『聖力』を失いつつある今のあなたに、私を殺し切れるのかしら?」

「無論。お前を殺す程度ならまだまだやれるようだ」

 

 代替わりが近いのだ。

『聖力』が、次代の勇者へと受け継がれつつあるのだ。

 けれど私が勇者でなくなるその前に──私の弟子を散々痛めつけたコイツだけは、必ず叩き伏せる。

 

 真っ赤に燃え盛る胸底。

 しかし頭は冷え切っている。判断は鈍らない。

 私は暴風と化し、『絶空』へと距離を詰める。そしてその首筋へ一閃をなぞり。

 

「これで終わらせるッ!」

 

 

 

 

 

 ずぼりと、自分の腹部が熱く燃え上がる感覚。

 

 

 

 

 

「……が……は……っ!?!?」

 

 濃密な鉄錆の香りが、喉奥から溢れ出た。

 身体から急速に熱が抜けていく。理解が、追いつかない。私は冷静だったはずだ。

 

 そうだ。

 怒りに意識を呑まれることなく闘いに身を投じていた。それは間違いないことなのだ。

 

 なればこそ。

 

「……流石でございます、()()()♪」

 

 私のどってっぱらを貫く一撃を見抜けなかったのは──偏に、乱入者の実力が私を上回っていたからなのだろう。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──師匠ッ!!」

 

 その光景に瞼をブチ開いて手を伸ばしたところで、オレは再び意識を呼び覚ました。

 

 転移の魔法の影響だろうか。

 五感はぐらぐらと、陽炎のように揺らぐ。上手く世界を識別できない。

 それでも──大地を伝播する魔法の大震動と、瓦礫の山と化したギルド本部の名残を見れば。

 

「無事に……ネオ・フロンティアまで転移できたか……!」

 

 分かったなら急げ。オレは街中を駆けようとして、しかし立ち上がれなかった。

 

「……?」

 

 見下ろすと、オレの右脚は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐ……ぉお……!!」

 

 認識した途端に、激痛を弾ける脳細胞。痛苦が喉奥から溢れ出す。

 歯を食い縛って小袋を漁り、回復魔石を一つ握り潰した。これで残り二つ。

 

「大丈夫だ……! まだ、間に合う……!!」

 

 呪文のように言葉を繰り返し、建物が半壊して、魔法の閃光が色とりどりに瞬く街中を走る。

 未来視の光景は南門の方だったはずだ。なのに、近づけば近づくほど、闘いの気配が失せていく。

 

「師匠……師匠!!」

 

 息が切れる。手先が冷えて震える。魔力強化が荒ぶる。

 オレは外壁が全壊した南門へと駆け。

 

 そして見つけた。

 

 

 更地の中央で、空を見上げて倒れ込む人影を。

 

 

「……ぁ」

 

 

 どってっぱらを貫かれ、左腕を失い、右脚は千切れそうで。

 

 

 それでも──師匠はまだ、息をしていた。

 

 

「……師匠ッッ!!!!」

 

──間に合った!! 未来に打ち勝ったッ!!

 遠くに離れていた師匠の傍へ駆け込み、素早く大地へ膝を突く。

 直視するのも辛いほどに、傷が酷く深い。魔力が尽きたのだろうか。師匠は回復魔法も使わずに、身体を焼くことで傷口を塞いでいるようだ。

 

「……ぅ」

 

 オレの声に気が付いたのだろう。虚ろだった赤色の瞳が、ふと、光を宿す。

 

 顔色土色に青ざめた師匠は──血に固まった口の端を、軽く緩めた。

 

「はは……幻覚、か……私も、年だな……」

「まぁ、樹齢二百年にもなれば視力にもガタは来ますか」

 

 ひゅおりと、オレと師匠しかいない更地に、こっちじゃまだ冷たい風が吹き抜けた。

 

「…………本物、か…………」

「本物だが……」

 

 おかしい。一体なにを以てオレを本物判定をしているのか。まぁ、師匠が生きていたのが嬉しすぎるあまり口を滑らせたオレも悪いかもしれないが。

 

 それはさておき──今は。

 

 袋から回復魔石を取り出し、師匠の右手に握らせる。力が入らないのだろうか。オレは師匠の右手を包み込み、力を込める。

 

「師匠、回復魔石だ。すぐに傷も治る」

 

 ぽかぁ~っと、瀕死の師匠は山吹色の光に包まれて。

 

 

 

 

 

 しかし傷は癒えなかった。

 

 

 

 

 

「は」

 

……おかしいな。質の悪い回復魔石だったのだろうか。でも、大丈夫だ。もう一つある。

 オレは慌てて次の魔石を取り出し。

 

 師匠はやんわりと、血だらけの右手でオレの手を押し退けた。

 

「意味は、ないよ……この傷には……」

 

 よく見ると──師匠の身体は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……待ってろ」

 

 きっと、回復魔法では駄目な傷なのだろう。回復魔法を使える人ならきっと師匠を。

 駆け出そうとしたところ──服の裾を、弱弱しく掴まれる。

 

 師匠は力なく笑って、掠れ声を囁く。

 

「済ま……ない……」

……なにがだ。

 

「ずっと、キミ達を利用して、いた…………私の名声の、ためだけに…………」

 

…………黙れよ。

 

「だけど…………気が付い、た……弟子たちを愛して、やまない……自分を…………」

 

 頼むから……黙って、少しでも体力を温存してくれよッ!!

 

 喉が引き攣って言葉が出ない。師匠を振り払って回復魔法を使える人を探しに行けばいいのに、足は激しく震えて、少しも動かない。

 

 そうだ。

 

 心は、予感しているのだ。

 

 

 もう、どうにもならないことを。

 

 

「キミは……本当に、泣き虫だ、な……」

 

 ぽたりと、赤い瞳に落ちる幾つもの雫。

 師匠は血濡れの右手を、オレへと伸ばす。

 そしてオレの頬に手をあてがって、やさしくやさしく、目尻を拭ってくれる。

 

「嫌だ……師匠……ッ!!」

「大丈夫、だ……私がいなくても……キミ達、なら……」

 

 師匠の呼気がどんどんと薄れていく。

 違う。オレはこんな結末を望んじゃいない。オレは未来を変えるためにこの右眼で。なのに、なんで。

 闇が、世界を暗く包み込む。オレの意識を呑み込んでいく。

 

 

 それでも──オレは未来を変えるために、今日まで必死に汗水を流したのだから。

 

 

 頑張った分だけ、希望はあるのだ。

 

 

「……あれ。いつの間に帰って来ていたんだい?」

「……シリウスッ!!!!」

 

 頼れる我が友の声が聞こえた。

 バッと絶望から顔を上げる。

 瓦礫の山の上には、冷たい風に黒髪を揺らすシリウスが立っている。

 

──助かったッ!!!!

 

 世界は一気に闇を晴れて、壊れたネオ・フロンティアの景色を取り戻した。

 

「シリウス!……シリウスッ!!」

 

 オレは何度も崩れ落ちそうになりながら走る。瓦礫の上に立つシリウスを見上げて、声を飛ばす。

 

「師匠に! 師匠に回復魔法を掛けてやってくれ! 頼む──」

 

 スッと、救いをもたらすように差し出される手のひら。

 オレは縋るように手を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 ズドンと、オレは大地へ重く吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「ッ──!?!?」

 

 受け身も取れずに大地を跳ね転がる身体。

 シリウスは右手のひらをオレに向けたまま、冷徹にオレを見下ろす。

 そして甚だ疑問そうに抑揚のない声を響かせる。

 

「君の師匠に回復魔法をかける? 僕が?? 君なんかのために???」

 

 シリウスはまたも右腕を振るった。

 とすると紅蓮と呼ぶのも烏滸がましいほどの巨大な火球が空を浮かんで、オレと師匠を目掛けて濃く影を落とす。

 反射的に、師匠を抱えて火球から逃げ出した。それでも躱しきれずに背中が熱く弾けて、オレは師匠と共に大地へ倒れ込んだ。

 

「あ……がぁ……!!」

 

 おかしい。なにかがおかしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シリウスは舌を鳴らして、酷く冷たい口調で告げる。

 

「いい加減、気が付けよ」

「おい……なんでだよ……」

 

 

 なんでお前が、オレと師匠を殺すような真似をするんだ。

 

 

 シリウスは虫唾が走るとばかりに、眉間へ皺を寄せた。

 

「イライラするなぁ。君は薄々気が付いていたはずだろ? そうだ。()()()()()()()()()()()()

「な、なに言って」

 

 微風が、シリウスの長い前髪を揺らす。

 そして喪失した左眼を覗かせる。

 残った漆黒の瞳は出来損ないを見るように、無常にオレを射抜く。

 

「友情が正常な判断を鈍らせたかい? そんなに信頼を裏切られるのが怖いかい? まぁ、いつまでもその右眼に甘えているようじゃあ、その程度だろうね」

 

 ハッと、鼻を鳴らす声。

 シリウスはニヤリとその口元を歪め──空虚な街の中で、オレを嘲笑った。

 

「そうだ。僕が人柱の片割れにして──()()()()()()()()さ」

 

 壊れたネオ・フロンティアの街並みが、極度の静寂に浸された。

 

「…………うそだ」

 

 大地に両膝を突いてシリウスを見上げたまま、零れ落ちる震えた声。

 だって、ミナさんは言ったんだ。もう一人の実験体は、オレと同じく真っ白な髪で、瞳も虹色で。

 

「黒く染まったよ。魔王に堕ちたその時にね」

「……うそだ」

「左眼は抉り取ったよ。その時にはもう、僕の身体には魔王が根付いていたけれど」

「……」

 

 そもそも……オレの知っている魔王の名前は『メーダ』なんだ! だから──。

 

「う、うそだ!」

「ルルアちゃんを暗殺しようとしたのも、将来有望なウィッカさんを堕落に誘おうとしたのも、」

「うそだッ!!」

「……うるさいなぁ」

 

 今度は軽く振るわれる右腕。たったそれだけのことで周囲に無数の瓦礫が吹き荒れ、オレは全身を殴打される。

 シリウスが魔王? お前は良い奴だろ。なんで。

 うまく、身体に力が入らない。シリウスは瓦礫の山から下り立ち、師匠の頭を踏み躙る。

 

「さて、君が来たんだ。どうせ次代の勇者なルルア嬢も来るだろう?」

 

 苦悶する師匠に思わず手を伸ばしたところ、シリウスの足元に、闇の渦巻きが穴を開いた。

 

「魔王様。私めが右眼を回収いたしましょうか」

「……いいや。もっと楽しい案があるよ」

 

 立ち上がれないオレへと迫ろうとした『先生』を制止するように、シリウスはニヤリと邪悪に笑う。

 その右脚を大きく振り絞り──師匠を、オレの傍まで蹴飛ばした。

 

「ぅ˝あ……!」

「し、師匠ッ!!」

 

 そして、悪魔の声を囁く。

 

「そんなにお師匠様を助けたいのかい?」

「……ッ!!」

 

 目を剥いて顔を上げるオレ。

 シリウスはそれを見て、随分と楽しそうに嗤う。

 

「君の師匠は魔王の呪いに侵されている。傷は治らない。近いうちに死ぬだろうね」

「……シアン、くん……聞く、な……!!」

 

 聞かずにいられるものか。

 シリウスはスッと──五本の指を、オレに突き付けた。

 

「五日だ」

 

 それはタイムリミットだ。

 

「五日以内に、ルルア嬢たちを連れて魔王城へ来い。そこで僕が相手をしてやる。僕を殺せば、晴れて君のお師匠様は生還だ」

 

「聖剣を用意する暇は与えない。聖鎧も着させない。必ず五日で来い。それが、僕にできる最大限の譲歩だ」

 

 積み重ねた準備が、すべて崩落していく。

 絶望の奈落に堕ちていくオレを前に、シリウスはニヤニヤと、いつもの笑みを浮かべる。

 

「限られた選択肢の中で、君はどう藻掻くのかな?」

 

「僕はそれを楽しみにしているよ」

 

 そう言ってシリウスは『先生』の作った闇の渦巻きに飛び込み、荒れた街から姿を消した。

 

 

 




 ということで、2025年はこれにて〆です。
 え? こんなヤベー状態で年を締め括るなって? 来年のシアンくんに期待しましょう()

 あと、年末スペシャルとして短編で「海想ふ」という作品を投稿しているので、暇だったら遊びに来てください。〇代目勇者のお話です。
 次回作の文体の参考にアンケートも開催しているので、ご協力いただけると幸いです。

 次回の更新は、少し早めに1月2日の午前9時頃です。
 今年一年、筆者にお付き合いいただきありがとうございました。

 それでは、よいお年を!
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